第四十一話 決闘裁判
「よぉ、お前レイユだっけ? 計算が狂っちまったな。なぁ、今どんな気持ちだ?」
俺は挑発するようにわざとふざけて言った。
ひとまずレイユは無視して、キュイールを押さえつけてる騎士に剣を突き付けてキュイールの開放を要求する。
怖気づいた騎士はあっさりキュイールの縄をほどき始める。
「おい! 何してるんだお前達、僕の命令に逆らうのか!?」
「――うるせぇ、少し黙ってろ」
怒鳴りつけるレイユを睨みつけて言い放つと、レイユは言葉に詰まる。
騎士達はキュイールを開放すると安堵の表情を浮かべた。恐らく騎士達もレイユの命令には疑問を抱いているようだ。
「貴様……自分達が何をしているかわかっているのか!?」
「ああ、もちろんわかってるぜ。悪者を退治するついでに、連れを助けに来たんだよ」
処刑台から降りたキュイールは、また涙が溢れ出る。
「ユ、ユウシさん……何で来たんですか? 私はあんなにひどいことを言った――」
――俺はキュイールをぶん殴った。
「バカヤロウ! お前頭いいんだろ? たくさん勉強してきたんだろ? 聖女様の為ってのもご立派だけどよ、お前の自己犠牲で守られてリリアが喜ぶ訳ねぇだろ! あいつと一緒にいてそんなこともわかんねぇのか!?」
キュイールは後ろに倒れて頬を手で押さえ、一瞬呆然とした表情を見せる。
しかしすぐに感情的になって反論した。
「でも……他にどうしたらいいって言うんですか!? 私一人じゃどうしようも出来ないじゃ――」
――俺はキュイールの胸ぐらを掴んで立ち上がらせる。
「一人じゃねぇだろ? そこの馬鹿な貴族なんかぶん殴れ! 悪魔だろうが貴族だろうが関係ねぇ、自分が本当に正しいと思った道を突き進め! その為に俺達がいるんだろうが!!」
俺はキュイールの目を真っ直ぐ見つめて言い放ち、胸ぐらを離すとキュイールは涙で濡らした頬を拭って呟いた。
「ユウシさん……」
俺達のやり取りを呆然と見ていたレイユに視線を向ける。
「おい、レイユ。その剣はキュイールの大切なもんだ、今すぐ返さないならその腕ごと斬り落とすことになるけど……どうする?」
神炎の加護発動【身体能力上昇】【自然治癒力上昇】【俊敏上昇】【属性解放】【オートプロテクトフィールド展開】
俺は剣を構えて、脅しがてらに加護を全開で発動させる。するとレイユの顔はみるみるうちに恐怖に染まりキュイールの剣を落とし、後ずさりする。
「お、お前……加護持ちだったのか。一体何者なんだ」
「俺はただの借金取りだよ」
「しゃ、借金取りだと?」
俺は睨みつけてスキルを発動させようとすると、レイユは焦って大声を張り上げた。
「フォール!! 何をしてる早く助けろ!」
「騒がしいですね。計画が台無しじゃないですか? この群衆の中であまり目立ちたくないんですがね」
バレフォールは重い足取りで現れる。やれやれと言わんばかりだった。
「ようやくお出ましか? 目立ちたくないなんて言ってる場合かよ」
「フォール! は、早くこいつを始末しろ!」
レイユは恐怖に染まった表情で、バレフォールに命令する。
「困った人ですね……レイユ様、ここは一旦引いた方が得策かと思われますが?」
「何を言ってるんだフォール! この僕をここまでコケにしてただで済ませられる訳ないだろ!」
「そうよ! この場で決着をつけるわ!」
リリアがやって来て言い放つと、リリアはキュイールを見て目を丸くする。
「キュイール……あなた、身体が光に覆われてるけど。もしかしてその緑色の光って……癒しの加護じゃないの!?」
よく見ると、確かにうっすら緑色の光に覆われている。
「え……? そんなまさか、私が加護なんて」
キュイールは自分の身体を見て確認すると、驚愕の表情を浮かべる。その様子をレイユは見て愕然とする。
「そんなバカな……落ちぶれ貴族のキュイールごときが、神に選ばれし加護を宿すだなんて――」
「――そこまでだ!」
突然聞こえた声の主を見て、リリアは声を上げた。
「総主教様!」
総主教と呼ばれた老人は濃紺の祭服をまとい、司祭と思われる二人を連れて現れた。少し長めの銀髪で、険しい顔をしている。
「レイユ、これは一体何の騒ぎかね? こんな勝手が許されると思っているのか」
「総主教様! リリア・メイデクスとキュイール・ペストレアは昨夜のモンスター騒ぎの犯人なんです!」
レイユの言い分を聞いた総主教は、少しの間考えている。
「リリア……本当なのかね?」
リリアは総主教の目を見てはっきり答える。
「違います、キュイールも私も無実です。昨日からの騒動は、レイユ・ビスクイとそこの執事こそが真犯人です」
「ふむ、両者の意見が真っ向から食い違っているなら……決闘裁判で決めてみてはどうかな?」
俺はよくわからなかったので、リリアに小声で聞いてみた。
「なぁ、あのおっさんってそんな偉いの? 決闘裁判ってなんだ?」
「あの方はガレニア教の総主教様で、この街の司法権を持ってるの。決闘裁判は簡単に言うと戦って勝った方が無罪で、負けた方が有罪になる裁判方法よ」
質問に答えたリリアの顔を見ずに、俺は呆れた顔をして呟いた。
「さすが中世の時代設定だな、公平性もクソもねぇじゃねぇか……そんなことより、キュイールに決闘なんて任せて大丈夫なのかよ」
「大丈夫、決闘には代理人を立てることが出来るの」
リリアはニヤッと口角を上げて得意げに答えた。
「お互いの代表者が勝負して勝てばいい訳か……それなら心配なさそうだ」
俺がリリアとコソコソ話していると、総主教がキュイールに耳打ちをした。
「わかりました! 決闘裁判で決めましょう」
キュイールは強く主張した。俺達を頼りにしているからなのか、今までのキュイールとは少し様子が違う。
「いいでしょう、それで構いません。僕の代理人はこのフォールです」
レイユはバレフォールが勝つと確信して、決闘裁判に応じたようだった。指名されたバレフォールはあまり乗り気ではない様子だ。
「それじゃ、キュイールの代理人は俺が――」
「――キュイールの代理人は私、リリア・メイデクスが務めます」
俺が言いかけると、リリアが一歩前に出て宣言した。
「おい、何言ってんだよ!? お前は昨日――」
「――負けじゃねぇ!」
拳を握り締め、キュっと目をつむり大きな声を出す。それはリリアらしくない口調で、振り向いてからニコッと笑った。
「ユウシがそう言ったんでしょ? 大丈夫……私を誰だと思ってるの? 『泣く子も黙る聖女リリアさん』なんだから」
「それ……俺のやつなんだけど」
「細かいことはいいでしょ! ……絶対に勝つから」
リリアはバレフォールを真っ直ぐ見つめる。俺はリリアの覚悟にこれ以上ケチをつけたくなかった。
まぁ、いざとなったらルールなんて関係ねぇ。龍神の加護を使ってでも何とかするさ。
俺は密かにそう決意して、リリアの決闘裁判を受け入れることにした。




