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第四十話 処刑台の上で

 夜が明けると、自分の身長の二倍程の高さにある鉄格子から、少しずつ光が差し込んで来た。


 キュイールは昨日の街の騒ぎから一睡(いっすい)も出来ないまま、ネズミの()い回るカビ臭い牢獄で朝を迎えていた。


 キュイールは絶望していた。濡れ衣を着せられ、牢獄に閉じ込められた状況を(くつがえ)すことは出来ない。


 二人にひどいことを言ってしまった。

 昨夜のユウシとリリアの顔が脳裏によぎる。きっと傷付けてしまったに違いないと思った。




「せっかく少し仲良くなれたのに……これからも一緒に、旅を続けるものだと思ってた。時間はかかっても、そのうち友達みたく、もっと親し気に話ができる仲間になっていくんだと、ただ漠然(ばくぜん)とそう思ってた。僕は……意思も覚悟も矜持(きょうじ)も、何もかもが足りてなかった。魔族の皇帝を討つ? 世界を救う? まるでバカだ、お笑い草だ、僕はいつも口だけで弱くて空っぽだ。魔族どころか人間相手に屈服(くっぷく)してるんだから……」



 キュイールは小声で呟いた。


 唯一の救いは、リリアには疑いはかからないと、レイユが約束してくれたことだけだ。


 牢獄の隅で横たわり、時間が過ぎるのを待っているとコツコツと足音が聞こえてきた。

 やがて小窓からレイユが顔を見せて口を開く。




「こりゃびっくりだなキュイール、君の家かと思う程お似合いの場所だな。居心地はどうだ? くっくっく」




 レイユはニヤニヤして笑いを堪えながら、横たわるキュイールを見ている。

 キュイールが何も言わず黙っていると、レイユは鼻で笑う。


「そうだ、キュイール。やっぱりリリアが主犯だと証言してくれよ? よく考えたらうちの執事に簡単に負けるような、弱い聖女なんかもう必要ないだろ」


 キュイールは立ち上がり、レイユが顔を見せてる小窓に近づいて行く。


「何を言ってる! 約束が違う、リリア様達には疑いをかけない約束だ。そんな証言なんてする訳ないだろ!? そもそも私だって無実なんだ」


 キュイールが怒鳴ると、レイユはうんざりした表情をした。


「はぁーあ、無実ねぇ。やってないものを、やってませんと証明するのは、意外と難しいぞ? まぁそんなことより、是非お前に見せたいものがあるんだ。楽しみに待ってるといい、じゃあな」


「ちょっと待て! どういうことだ、おい、待て! おい!」


 キュイールは何度も扉を叩いてレイユを呼ぶが返事はなく、イライラして勢いに任せて扉を思い切り蹴った。





 モヤモヤしながらうずくまって数時間が過ぎた頃、レイユの部下の二人がやって来た。

 キュイールは牢獄から出され、街の中央広場に連れて来られた。中央広場には大勢の住民が集まっていた。



 広場の真ん中には処刑台が設置され、レイユが不敵な笑みを浮かべて立っている。

 ある程度覚悟をしていたが、いざ処刑台を目にしたキュイールは、驚愕し呼吸がうまく出来なくなった。死の恐怖で冷や汗が噴き出し、その場で座り込もうとするが無理やり処刑台に上げられる。



「聖都ラビナスの麗しき民よ! 私はガレニア騎士団団長のレイユ・ビスクイだ! 皆も昨夜の痛ましい事件を知っているだろう。この中にも家族や恋人、親しい友人を亡くした者もいる筈だ!」


 レイユが剣を持って、大声で演説を始めた。よく見るとレイユの持っている剣は、キュイールが父親から託された剣だった。


「昨夜の事件は人為的に起こされたものだ! モンスターを手引きしてこの街を破滅に追いやろうと目論(もくろ)み、実行した犯人をこの私が捕まえた。その男の名前はキュイール・ペストレア! 今、処刑台にいるこの男だ」


 レイユの主張に喝采(かっさい)が沸き起こる。やがて『殺せ! 殺せ!』と騒ぎ出した。

 一度は恐怖に支配されたが、レイユの嘘にだんだんと怒りがこみあげてくる。



「しかし! 残念ながら、この男は主犯ではない! 主犯の名前を吐かせる為に、これからこの男に尋問を行う!」



「レイユ、その剣を返せ!! それはお父様から託された大切な剣だ! お前が触れていいものじゃない!!」


 キュイールが怒声を上げるとレイユは舌舐めずりをして、キュイールに小声で話しかける。


「せっかくだから、お前の剣で首をはねてやろうと思ってな。キュイール、それではお待ちかねのショータイムだ。あっちにも二つ処刑台があるだろ? よく見てみろよ」


 レイユは楽しそうにキュイールに話しかけ、他の処刑台に向けて人差し指を指す。レイユが部下に合図をした。





「お、お父様……お母様……何で」





 処刑台に上げられたのは、キュイールの両親であるガレットとフラリネだった。


 キュイールの顔が絶望の色に染まる。その顔を見てレイユは満足そうに笑い、キュイールに耳打ちをする。




「大急ぎで部下に連行させたんだ」




 嬉しそうにレイユは小声で話を続ける。


「さぁキュイール、昨日の事件の主犯の名前を言えよ? リリア・メイデクスが主犯だとな。そう証言すれば、お前の両親は助けてやろう」


「この……卑怯者め!! お前は人間じゃない、こんなことが認められる訳ないだろ!」


 レイユは冷たい声で言い放つ。




「じゃあ、先にお前の父親から処刑するとしよう。そしたら考えも変わるかな?」




 キュイールは歯を食いしばり、あまりの悔しさで涙が溢れ出る。

 リリアを裏切ることなど出来ない。しかしここで両親を見殺しにすることも出来ない。キュイールは自分の無力さを呪った、弱い自分を恨んだ。


 臆病で、いつも逃げ腰で、守るなんて言っても口だけだ。結局いつもリリアに守ってもらっていて、それをユウシに指摘された時も何も言い返せなかった。


 キュイールは自分の弱さが両親を殺し、リリアも殺すかも知れないと思うと悔しくて仕方なかった。

 小さな頃からリリアを守りたいと願って来た。ガレットもフラリネもそんなキュイールを応援してくれた。


「これから、ラビナスを恐怖のどん底に叩き落としたテロリストの父親である、ガレット・ペストレアを処刑する! そうすれば、主犯の名前を吐くだろう!」


 レイユは部下に合図を送る。処刑台のガレットが何かを叫んでいるが、湧き上がる歓声で掻き消されて何も聴こえない。


「やめろ! た、頼む! お願いだから……ま、待って下さい」


 レイユの部下がガレットの首に剣を当てる。その様子を、レイユはニヤニヤしながら眺めている。


「やめてくれ! やめろ、やめろ、やめろ!!」


 キュイールは喉が枯れる程叫んだ。白い刃が振り上げられ、ガレットの首筋に向けて振り下ろされる。キュイールはその瞬間を直視することが出来ず、目を瞑る――その時キュイールの中で何かが弾けるような感覚があった。


 キュイールの身体は薄い緑色の光に包まれていた。


 直後に金属音が鳴り響き、歓声がどよめきに変わる。


 キュイールがゆっくり目を開くと、ガレットの首筋を狙った剣をリリアが受け止めていた。





「リ……リリア様!!」


 氷結魔法【氷結弾(アイスバレット)




 フラリネを捉えている騎士に氷の弾丸が命中して、騎士は倒れた。

 シーブルはその隙にフラリネを助け出す。

 リリアはもう一人の騎士を斬り伏せて、ガレットを解放した。


「リリアちゃん……こんなことしたら君の立場が悪くなるじゃないか!」


「おじ様、お久しぶりです。私は友人の父親を見殺しにするような薄情者(はくじょうもの)にはなりたくないんです」


 リリアがハッキリと言い放つとガレットは微笑んで呟いた。



「ありがとう……後先考えない所はレオルドにそっくりだ。父親譲りなんだな」



「後先考えないって、キュイールにも言われましたけど大丈夫です。そこに倒れてる騎士は二人とも死んでませんから」


 リリアはガレットに笑顔でウインクして、シーブルに合図をする。



「シーブル! 二人を安全な場所までお願い!」



「はーい、お姉ちゃん」



 シーブルはガレットとフラリネを抱えて飛んで行った。

 突然のことで呆気にとられていたレイユは、状況を理解すると怒りで身体を震わせた。


 するとレイユの前に、黒い服に身を包んだ男が現れた。

 その男を睨みつけレイユは呟いた。




「貴様は昨日の……!?」




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