第四話 自殺
一週間後、俺と健二は斎藤の家に向かった、築四十年くらいのアパートの一階だ。インターフォンは壊れていて鳴らない。いつものようにドアを叩いて斎藤の名前を呼ぶ。
「斎藤さん! いるんでしょ。約束の日ですよ、開けて下さい」
返事はなく、物音一つしない、部屋の中に人気はないようだった。
「アニキ……やっぱり逃げられたんじゃないですかね?」
俺はドアノブに手をかけて、試しにノブを回してみるとノブはくるりと回る。どうやら鍵はかかっていないらしい。
「不用心っすね」
怪訝な表情をする健二を横目にドアを開けて部屋に入ると、異臭がする。嫌な予感しかしない。
匂いの元を辿りふすまを開けると、人形みたいなものが天井からぶら下がっていた。
嫌な予感は的中した、首を吊って自殺した斎藤の足元からは汚物が垂れ流されている。
「くそ……ふざけんじゃねぇぞ」
後から付いてきた健二が呟く。
「うわっ! くっせぇ……こいつ生命保険入ってますかね?」
真っ先に金の心配をする健二もなかなかのものだ。
「こいつが入ってるとは思えないけどな。保険金は基本的に自殺じゃおりねぇ……まぁ免責期間の設定がどれくらいかにも……んなこたいいんだよ」
「じゃあ、最近テレビで話題の指名手配犯……えーと確か『月島ケイ』とかいう猟奇殺人犯! あれですよ、ほらあの通称『ヴァンパイア』ですよ! そいつの犯行にみせかけて……」
若干興奮してる健二を軽く睨みつけた。
「お前がこの死体を解体して、そのヴァンパイアってヤツの犯行に見せかけるのか? そもそも、生命保険に入ってるかどうかもわかんねぇって言ってんだろ。それよりこの状況をどうにかしなきゃな……」
健二は天井からぶら下がった斎藤の死体にちらっと目を向けると、解体する想像したのか突然ぎょっとした顔をして『無理無理』と言わんばかりに、首を横にぶんぶんと振った。
「ア、アニキ、とりあえず警察呼びますか?」
「ああ、仕方ねぇ、斎藤は身寄りがいねぇはずだ。いても借金だけなんて誰も相続しねぇだろ。そうなったら債務は連帯保証人に移る、とりあえず俺は若頭に連絡入れてくる」
「は、はい。わかりました」
あからさまに嫌そうな顔をする健二を残し、アパートを出て若頭に電話をかける。電話のコール音が流れる度に緊張が走る。斎藤が自殺する勇気があるなんて予想外だったが、俺のミスだ。
「お疲れ様です、勇史です。斎藤が首吊って自殺してました、すみません」
緊張していたせいか、電話が繋がった瞬間、一方的に用件を伝えてしまった。若頭の沈黙がよりいっそう緊張感を高めていく。
「……ちっ、お前は何やってんだ! ……まぁ今はそれどころじゃねぇ、説教は後だ。恐らく相続は放棄されるから、お前は急いで連帯保証人のとこ行ってこい。自殺する前に斎藤が連絡入れてたら、とっくに逃げちまってるぞ。もし捕まえられなかったら……お前わかってんだろうな?」
「承知しています、自分がこのまますぐに向かいます」
若頭はおかんむりだ、しかし冷静に指示を出す所は、さすがと言っていいだろう。
「ちょっと待ってろ。今住所をそっちに送る。保証人の名前は神沼宗一郎、もしかしたら離婚した父親かもな。じゃなきゃ好んで保証人になんてならないだろう。わかってるな? 弁護士に介入されたら厄介だ。絶対取り立てろ、もう失敗は許されねぇぞ」
「はい、申し訳ありません。失礼します」
低い声で脅すようにゆっくりと話す、大声を出して喚き散らすよりよっぽど迫力がある。
電話を切ってしばらくすると、メールで借用書の画像が送られて来た。連帯保証人の欄に神沼の住所が記載されている。とりあえず健二の携帯に連絡を入れ後始末を頼み、急いで車に乗り込み住所をナビにインプットする。
「くそ! ナメた真似しやがって……」
自分と斎藤に対して苛立ちが収まらず、両手でハンドルを思い切り叩いた。
俺は途中でコンビニに寄り、神沼に見せる為に借用書の画像をプリントアウトする。こういう時は書類を見せつけた方が効果的だ。
しばらく車を走らせると、やがて神沼の住所付近に到着した。
神沼宗一郎か。住所に記載されてる建物名からして、こいつが払えるとは思えねぇけど……でももう失敗は許されねぇ。もしこいつが夜逃げでもしてたら、地の果てまで追いかけてやる。
神沼の自宅はやはり古いアパートだった。住所によると一階の一番奥の部屋だ。
インターフォンを鳴らすと、中から「はいはーい」と返事が聴こえる。やがて神沼がドアからニョキっと顔を出した。とりあえず、ここにいた事で少し安心した。しかしまだ油断は出来ない。一般的に借金をする側は大変な印象だが、借金を取り立てる側も同じか、下手したらそれ以上にしんどいものだ。
「ふむ、どなたかな? 新聞はもういらないぞ」
俺はとぼけたジジイに内心イラつきながら、平静を装い少し残念そうな顔をする。一応人が死んでる訳だし、遺族かも知れないから礼儀は通すことにした。
「初めまして、神沼さんですね」
神沼は訝しげな表情で、ゆっくり首を縦に振った。
「突然で申し訳ないんですが、あなた、斎藤……斎藤聡さんの連帯保証人になってますよね? お伝えするのが心苦しいんですが……実は斎藤さん亡くなりましてね……お辛いでしょうけど、その件について少し込み入ったお話がありまして……ここじゃなんですからお宅にお邪魔させてもらってもいいですかね?」
借金の取り立てだと理解してビックリしているのか、息子が死んでパニックになっているのか、神沼は目を丸くして口をパクパクさせている。少し間を置いて二、三回小さく頷く。
「これは……何とも珍しい、お前さんただの人間じゃないのう。ひょっとしたらあの男の……確かにここじゃあれじゃし、それじゃ詳しい話は中で聞こうかの」
何言ってんだ、このジジイ。普通息子が死んだら、もっと動揺するはずなんだけどな。息子じゃねぇのか? まぁ俺には関係ねぇが……それより住まいはボロいけど、金はあるのか?
今するべき心配は金のことだけだ、そんなことを考えながらドアノブに手をかける。
「それじゃ遠慮なくお邪魔しますよ」
一応そう言って部屋に入った。中は生活感のある一般的な一人暮らしの部屋だ。
小さなテーブルに座布団が敷いてある。神沼は座布団にあぐらをかいて座った。神沼は俺に座るように手で合図をする。
俺はポケットに両手を入れたまま、首を横に振ると神沼は肩をすくめた。
「あなたの名前を聞いておらんかったな。何とお呼びすれば?」
「ああ、そうだったな、俺は龍神会の瀬川勇史ってもんだ。もう人目もねぇしいつも通りいくからよ、面倒くせぇから単刀直入に言うぞ。死んだ斎藤に代わってあんたに借金返してもらうから、総額で五百万円、今はもうあんたの借金だ」
「はぁ……………………」
神沼は口を開けたまま、ぼけっとしていた。
俺は斎藤の財産は借金だけで、身寄りがいても恐らく相続放棄されること、その場合は連帯保証人に債務が移る旨を説明した。
「――という訳で神沼さんには斎藤の借金を肩代わりしてもらうことになる。額はさっき言った通りだ、きっちり返してもらうからよ」
「突然そんなこと言われてもなぁ……斎藤さん? はて、誰じゃったかな」




