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第三十六話 アンデッドモンスター

 リリアは話し終えると、パンを手に取りちぎって口に入れた。


「なるほどな、それでキュイールはこの街に来てから様子がおかしいのか。てかよ、今の話だと聖女は従者しか仲間にしちゃいけないんじゃねぇのか?」


「そんなの効率的じゃないわ」


 シーブルはリリアの顔を見て唇を尖らせる。


「あくまで、ガレニア教会からってだけよ。古いしきたりにこだわる人達なの、まぁ外部の人には関係ないから大丈夫でしょ」


 リリアは苦笑いを浮かべて答える。

 シーブルは不満そうな表情をしてカップに入ったミルクを飲んだ。


「それにしてもキュイールは全然悪くないじゃん……レイユってさっきのヤツでしょ? あいつがトロールにトドメささなかったから、お姉ちゃんが襲われたんじゃない! やっぱりあいつ嫌い」


「ふふ、シーブルの言う通りね。それに私もレイユのことはちょっとね。でも……キュイールはずっと気にしてる。自分は認められてないと思ってる……自信が持てないのよ。私の幼馴染だから従者に選ばれたんじゃないかって、心のどこかで思ってるの」


 リリアは頬杖(ほおづえ)をついて優しい表情を浮かべた。


「昔からそう……臆病(おくびょう)で、遠慮(えんりょ)がちで、頼りなくて。でも努力家で優しくて」


「本当に不正じゃねぇんだろ?」


 俺の質問にリリアは、少し不機嫌な顔をして答える。


「もちろんよ、レイユが落とされたのは人間性の問題。トロールを楽しそうに痛ぶってるレイユを見て、主教様は従者として相応しくないとおっしゃっていたわ。キュイールが評価されたのは、身を(てい)して私を守った所。それと知識量や機転のよさが評価されたみたい、昔から頭はいいのよね」


 リリアの答えを聞いて納得した。


 確かにキュイールの知識は目を見張るものがある。爆弾を作ったのもそうだし、料理やモンスターの解体。他の雑務も全てこなしている、おそらくキュイールがいないと旅そのものが続かないだろう。


「じゃあ、何言われてもただの言いがかりだな。むしろキュイールが選ばれたのは、レイユのおかげでもあるんじゃねぇか」


 それを聞いてリリアは笑い出す。


「そうなのよね、バカみたい」


 その時急にシーブルが窓の外を見て、真剣な表情をして眉根(まゆね)を寄せた。


「街の中に何かいる。多分……モンスター」


 シーブルの魔力感知(まりょくかんち)は大したものだ。その時突然、外から悲鳴が聞こえてきた。

 俺達は武器を持って急いで外に出て、悲鳴が聞こえた方へ走る。


 悲鳴が聞こえた辺りに到着すると、むせ返るような血の臭いと腐臭(ふしゅう)が漂っている。

 そこで目にしたのは、黒い毛並みの犬のようなモンスターが数匹で人間を食べている所だった。


 俺達に気付いたモンスターは、白濁(はくだく)した目でこちらを睨み、(うな)り声を上げる。


「くせぇ、何だこいつら……人間を食ってやがる」


 まるでスプラッター映画でも観ているようなおぞましい光景に、俺は口を手で押さえ一瞬身体が硬直してしまった。


「ゾンビウルフね……どうやってラビナスに入ったのかしら」


 怪訝な顔をしたリリアは、街にモンスターが入り込んだことに疑問を抱いているようだった。




「何してるの!? お兄ちゃん、お姉ちゃん。加護を発動して! 来るわよ!」




 シーブルが叫ぶと同時に、ゾンビウルフは牙をむき出しにして飛びかかってきた。


 氷結魔法【氷槍乱射(アイススピア)


 氷の槍が次々とゾンビウルフを貫く。仕留め損なった一体が、俺に噛みつこうと口を開けて襲いかかる。


 俺は身体を横にずらし半回転して、野球のボールを打つようにゾンビウルフの開けた口に刃を入れた。頭の上半分を斬り取ると、(あご)だけついた胴体がそのまま走って逃げようとする。


「逃さない!」


 テクニカルスキル【超加速(スーパーアクセル)


 リリアは走って行った胴体に一瞬で追いつき、真っ二つにしてトドメをさした。

 シーブルは心配そうな顔をして駆け寄ってくる。


「ちょっと! 何ぼうっとしてんのよ!」


「悪い、ちょっとびっくりしてよ。どうなってんだよアレ……」


「あーあれはアンデッドモンスターだよ。臭いし気持ち悪いからあたしは大嫌い」


 シーブルが苦虫を潰したような顔をして、首を横に振る。するとまた悲鳴があちこちから聞こえてくる。


「ユウシ! どうやら今のだけじゃないみたい! 私はこれから教会に行くから、シーブルと二人で街の人達を助けて!」


 リリアはそう言い残して走って行った。


「だとよ、仕方ねぇ。二手に分かれ――」


「――いや! お兄ちゃんと行く!」


「いや、別れた方が効率的じゃ――」


 シーブルは不満そうな顔をして、俺の背中にしがみついた。


「いや! 一緒に行くの!」


「わかった、わかったから降りろ。んじゃ行くぞ」


「ふっふっふ」


 背中から降りるとシーブルは満足そうな表情を浮かべた。


 俺達は街の中を走り回り、モンスターを倒して回る。しかし思った以上に数は多かった。

 シーブルの魔法で一気に片付けたい所だが、住人や建物を巻き込んでしまうので、一体ずつ確実に倒して行く。


「くそ、キリがねぇな。リリアは何してんだよ!」


「お姉ちゃんは教会に何しに行ったんだろね?」


 シーブルは怪訝な顔をしながら、氷結魔法を繰り出す。キュイールに買ってもらったロッドで、威力が少し上がっているようだった。


 少し疲れが見え始めた頃、それまで見たことないモンスターが姿を現した。


 体長は五メートル程で大剣を持ち、昔話に登場する鬼に似た顔つきをしている。身体は(くさ)りドス黒い皮膚に覆われていて、腐臭がキツい。


「オーガのアンデッド!? 初めて見たわ……大っきいのね。でも――」


 シーブルは鼻をつまんで顔を(ゆが)める。


「――臭い!!」


「鼻が曲がりそうだぜ、ったくよ。シーブル! 援護(えんご)頼む」


「グォォォォォォ!!」


 不気味な声を上げて、力任せに大剣を振り回して襲いかかってくる。オーガの剣撃を俺が躱すと、大剣は地面を抉り取り瓦礫が宙を舞う。


 図体の割に動きが速いな。この馬鹿でかい剣をまともに受けたら絶対に折れるぞ……俺の剣。


 オーガは俺の首に狙いを定め、大剣を横に滑らせるように振る。俺は上半身を後ろに反らして躱し、そのままバク転して着地と同時に地面を蹴って距離を詰める。


 オーガの足元からジャンプして深く斬り上げながら、オーガの頭上まで飛び上がる。ドス黒い血を()き散らし呻き声を上げたオーガは、俺を捕まえようと手を伸ばす。

 そこにシーブルが氷結魔法を放った。


 氷結魔法【大氷槍(アイスピラー)


 柱のように巨大な槍がオーガの腹部を貫く。


「ナイス! シーブル!」


 俺はオーガのうなじの辺りに、剣を深く差し込むとオーガは膝から崩れ落ちた。


「ふぅ……とりあえず、この辺りにいたモンスターはこれで片付けたな」


「お兄ちゃん、あたし疲れちゃった。ちょっと魔力が切れそうかも」


 シーブルはおでこを押さえて、少しフラついている。

 俺もシーブルも、連戦でかなり体力も魔力も消耗(しょうもう)していた。

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