第三十五話 心の強さと想いの強さ
キュイールは全力で走り出し、リリアを突き飛ばしてトロールの攻撃から守る。
無我夢中で剣を抜き、トロールの足首の腱を斬り裂く。トロールはバランスを崩し倒れ込み、キュイールはトロールの眉間に剣を突き刺した。
リリアの顔に視線を向けて、思わず子供の頃を思い出しはにかんだ。
「大丈夫だ、ぼ、僕がついてるから……」
「キュイール……やっぱり変わってないのね。ありがとう、起こしてくれる?」
キュイールに差し出した手の向こうには、リリアの笑顔が覗いている。キュイールはリリアの手を取り引っ張り上げると、リリアは立ち上がる。
キュイールは顔を真っ赤にしながら、頭を掻いた。
「リリア様、ご無事で何よりです」
そこに主教がやって来てキュイールに頭を下げた。
「キュイール……ありがとう。素晴らしい働きだった」
その光景を気に入らなそうな顔でレイユは見ている。そしてキュイールを睨みつけながら近づいてきた。
「おいキュイール! あんまり調子に乗るなよ! 偶然だろ? 僕が弱らせてたから、お前みたいな弱虫でも倒せたんじゃ――」
――――パンッ!
「キュイールに謝って!」
リリアはレイユの頬をひっぱたいた。
レイユは下を向いて黙り込むと、主教が声をかける。
「レイユ、下がりなさい」
主教の言葉は耳に入っておらず、レイユはリリアを睨み付けながら「覚えてろよ」と小さく呟いた。
そしてこの日は一度解散し、翌日大聖堂に候補者全員が集められることになった。
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主教の前に全員が並ぶ、後ろには総主教が椅子に座りその横にはリリアが立っていた。
「聖女様の従者が決定した! 呼ばれた者は総主教様の前へ!」
キュイールはほとんど諦めていた。確かに昨日はリリアを助けることが出来たが、試験外のことだ。あくまで自分の試験結果は、一方的にトロールに負けてしまったというものに他ならない。
「キュイール・ペストレア!」
「――――」
自分の名前が呼ばれていることが信じられなかった。試験中はあれだけ無様を晒したのに、選ばれるとは思わなかった。
何かの間違いじゃないか? 色々な思考が頭を駆け巡り、こと実を受け入れられなかった。それだけ彼にとって、いい意味で受け入れがたい真実だった。
キュイールは遅れて返事をする。そしてゆっくり歩き出すと、主教は道を空けるように横に移動して総主教の前で片膝をつき頭を下げた。
「顔を上げなさい」
キュイールは顔を上げると総主教がにっこりと笑って、真っ直ぐキュイールの目を見る。
「キュイール、おめでとう……しかしこれからが本当の試練だ。かなり厳しい旅になるだろう、お前はもっともっと成長しなくてはならない……頑張ってリリアを助けなさい」
総主教がそう言うと、仏頂面のレイユが声を上げた。
「ちょっとお待ち下さい! 納得出来ません! 昨日の試験でキュイールはトロールに負けています! おかしいじゃないですか? キュイールはリリア様の幼馴染と聞いています……最初から決まっていたんじゃないですか? 不正じゃないんですか!?」
主教がレイユに向けて怒声を浴びせる。
「レイユ! 口を慎みなさい。あなたはどうしてキュイールが選ばれたのかわからないんですか!?」
総主教が主教に手で下がるように合図をすると、主教は頭を下げてから一歩下がった。
「レイユ……確かに強さは大切だ。しかし強さと言うのは何も剣で戦うことだけではない。本当に大切なのは心の強さなんだよ」
「心が強くても死んだら意味がないじゃないですか!」
「キュイールは聖女様を守るという強い想いがあった。一度殺されかけたトロールに再び立ち向かう心の強さがあった。そしてキュイールはリリアを守る為に戦い、結果キュイールは見事リリアを守って見せたのだ……それはキュイールの心の強さがもたらしたものだ」
「――――」
レイユは歯ぎしりをしながらペコリと頭を下げて、納得いかない様子で大聖堂から出て行ってしまった。
他の候補者も納得がいってないようで、それに続いて出て行った。
リリアの従者に決まったキュイールは、両親に従者になった旨を手紙に書いて送った。
キュイールが従者に決定してすぐ、ラビナスに悪い噂が流れ出した。
レイユが主張した『キュイールが不正をした』という噂だった。恐らくレイユが流したと推理出来るが、いちいち犯人探しをしている場合でもない。
リリアはキュイールが傷付かないよう、急いで旅に出る提案をした。
そして二人は、逃げるように聖都ラビナスをあとにした。




