第三十一話 暗い影
「それより、ミスリル鉱はどうしましょうかね……」
「どうもこうもねぇだろ、もうしばらくこの安物で我慢する――」
「――おい、役立たずのキュイールじゃないか。よくのこのこ戻ってこれたな、みすぼらしい平民を連れて何してる?」
歩きながら俺とキュイールが話していると、突然誰かに声をかけられた。
キュイールは声をかけてきた人物を見て、顔が曇る。
何だこいつカチンとくること言うな。
「レ、レイユさん……いや、別に何もしてないですよ。少し用事があって」
蒼い髪を真ん中でわけて、切れ長の目は緑色。白銀の鎧を着込んだ、妙に偉そうな態度の男だった。
白髪交じりの、いかにも執事みたいなのを連れてニヤニヤしながら腕を組んで立っている。
「何だよキュイール、忘れ物でもしたのか? 何で聖女様はこんなトロくさいのを従者にしたんだろうなぁ」
「何だてめーこの――」
俺が言いかけると、キュイールが慌てて俺の口を抑えてごまかす。
「ユウシさん、お願いですから少し我慢して下さい」
キュイールは小声で話す。その慌てぶりに俺は何か事情があると察したが、本当に止めるべきはシーブルだった。
シーブルはすでに魔法を使う準備をしている。
俺は初めてシーブルと会った時のことを思い出した。そういえば、後先考えずに魔法をぶっ放すヤツだった。そこは全く変わってなさそうだ。
レイユの前に執事が立ち、こちらを睨みつけ腰に携えた剣に手をかける。
「キュイールをバカにしたな……!!」
さっきの買い物でキュイールは完全にシーブルを味方につけたようだ。
氷結魔法――
――俺は慌ててシーブルを羽交い締めにして止める。
「お兄ちゃん何で止めるの? お兄ちゃんだって怒ってたじゃない? それならやっつけなきゃ――」
「――わかってるよ、だけどここでこいつを痛めつけたら、さすがにキュイールもリリアも困るぞ? 口はいいが、街中で手を出すのはちょっと我慢してくれ」
街中で、しかもリリア達の本拠地で暴れ回ったら、さすがにまずい。俺達が悪者になる。
「ユウシさん、口も我慢して下さい!」
どうやら口で罵倒するのもダメらしい、これだけ言われてるのに黙ってるのは俺も納得いかない所だが……ここはキュイールに従っておく。
何とかその場をやり過ごそうとするキュイールをよそに、レイユはシーブルに向かって人差し指を指して、興奮した様子で怒鳴り散らす。
「な、なんなんだお前らは!? こんな街中で魔法を使おうとするなんて……この野蛮人どもめ! 僕は貴族だぞ、僕に手を出すならタダじゃすまないぞ!」
俺一人だったらこいつ絶対ボコボコにしてるな、本気でムカつくわ。貴族ってこんなヤツばっかりなのかよ。
「すみません、レイユさん。私が代わりに謝罪します、お許し下さい」
レイユは興奮覚めやらぬ様子で、頭を下げるキュイールを睨みつけ人指し指をさす。
「このことはガレニア教会に報告してやるからな! 没落貴族のくせにあんまり調子にのるなよ」
レイユは声を荒げ、踵を返し執事を連れてどこかへ行ってしまった。
俺はレイユと執事が気になって、二人の後ろ姿をずっと見つめていた。
「なぁキュイール……あいつら何者なんだよ」
キュイールは申し訳なさそうに口を開く。
「彼はレイユというリリア様の従者候補だった男で、三大貴族の一つビスクイ家の三男です。今はラビナスの警備をする、ガレニア騎士団の団長らしいです」
「あの剣を持った執事みたいのは?」
「さぁ見たことないですね、ただの執事だと思いますけど。それよりすみませんユウシさん、嫌な気分にさせてしまって……シーブルさんもすみません」
「あたし、あいつ嫌い。なんなの偉そうに!」
シーブルはむくれて、明らかに機嫌が悪そうだったが、まぁ仕方ない。
キュイールは頭を掻きながら笑ってごまかす。そんなキュイールの様子を見て、俺は何も言わなかった。恐らく話したくない理由でもあるんだろう、無理やり聞き出すのは好きじゃないが……少し気になった。
そんな悪い雰囲気の中、宿に到着した俺達は各自部屋に荷物を置き、夕食まで顔を合わせなかった。
夕食の時間が近づいた頃、リリアがやって来て一緒に食事をとることになったが、キュイールは食欲がないと言って食堂にやって来なかった。
俺達は三人で食事をしながら、さっき起きた出来事をリリアに話した。話を聞いたリリアはため息をつく。
「なるほどねぇ、そんなことがあったのね。やっぱりラビナスに来たのは失敗だったかな。どっちにしろミスリルの剣もなかった訳だし」
話を聞きながら、やっぱりさっきの出来事が気になった俺は、リリアに尋ねることにした。
「それは結果論だろ。それよりあのレイユってヤツとキュイールとの間に何があったんだ? まぁ話したくないならいいけどよ」
シーブルはテーブルに並んだパンを一つ手に取り、かじりながらリリアに注目する。
「別に私は話したくない訳じゃないけど、キュイールが言いたくなさそうだったから、言わなかっただけよ……まぁこうなったら話しておいた方がいいのかな」
「まぁ俺に何が出来るかわかんねぇけどな」
「あたしは知りたい! キュイールには元気になってもらいたいし、何かあたしにも出来るかも知れないもん」
シーブルの言葉を聞き、リリアは微笑んでシーブルの頭を撫でた。
「キュイールの家、ペストレア家は貴族の中でもあまり力がない家でね。それでもメイデクス家とペストレア家は、父親同士が仲良くて私達は幼馴染だったの。私が十二歳の時、勇気の加護を宿していることがわかると、キュイールは従者になる為の勉強を始めたの」
「勇気の加護を持ってると、従者が必要なのか?」
「簡単に言うと勇気の加護を宿す者は、聖女になるのよ。そして勇気の加護は女性にしか宿らない、ちょっと特殊な加護なの。そして、聖女には選ばれし従者をつけなければならない。まぁ古くさい伝統だけどね、そんな訳で一般的な従者の意味とは、少し違うのよ」
リリアは昔を思い出しながら、少し悲しそうな表情を浮かべた。
「あの時――――」




