第三十話 聖都ラビナス
聖都ラビナスに到着すると、キュイールは妙に元気がない。ここに向かうと決めた時、リリアの言いかけたことと関係があるんだろう。
ラビナスは、今まで立ち寄った街とは、比べ物にならないくらい大きな街だった。沢山の店が軒を連ね、大勢の人が行き交っている。
その光景に案の定シーブルは、はしゃいでいた。
「お姉ちゃん! すっごい大きな街だね。こんなにニヴルから離れたの初めてだよ」
「世界には、もっともっと大きな街もあるのよ。水に浮かぶ都市や、空に浮かぶ都市もあるんだから」
リリアが少し得意げに胸をはっていると、キュイールが呆れ顔を浮かべる。
「私達も行ったことないじゃないですか……空中都市は魔族と交戦中ですし、水上都市はすでに魔王レヴィの手に落ちているそうです。とても観光気分で行ける場所じゃありませんよ」
キュイールの説明を聞いたシーブルとリリアは、不満そうに口を尖らせた。
空に浮かぶ都市には正直興味が湧いたが、このまま脱線し続けるのも時間がもったいないので話を進める。
「このまま旅を続ければ、いずれは行くんだろ? とりあえず今はキュイールの言ってた鍛治職人の所に行こうぜ」
リリアが額に手を当てて考える。
「うーん、そうね。まだ陽も高いし、先にそっちに行きましょうか」
「いえ、この私が案内しますので、リリア様は教会の方にお顔を出した方がよろしいかと思います。今晩は……私達、ヤハル通りの宿に宿泊します。ご用があればそちらまでよろしくお願いします」
リリアが不満そうな顔をして、腰に手を当てる。
「キュイール、気にすることないよ? 別に悪いことしてる訳じゃないんだから」
「いいよ、リリア。キュイールの言う通りにしようぜ。何か考えてのことだろうし、どっちにしろお前もその教会に行きなきゃなんねぇんだろ? 後で合流しようぜ」
リリアはため息をつく。その様子をシーブルは少し寂しそうに見ていた。
「わかったわ、じゃあ後でヤハル通りの宿に顔を出すからね。夕食は一緒にとりましょう」
リリアは教会に向かって歩き出す。キュイールは少し寂しげな目をしてリリアを見送った。
「ねぇ、キュイール。この街に来てから何か変だよ? 何か心配事があるなら、あたしが聞いてあげ――」
シーブルの肩を引っ張り、質問を遮った。
「――シーブル、キュイールには何か事情があんだよ。あんまり深く立ち入るなよ。なっ」
そう言うとシーブルは手を後ろに組み口をとがらせ、ふて腐れて歩きだす。
話したくないことを無理に訊きだすのは、あまり好きじゃない。俺自身しつこく訊かれるのは好きじゃないからだ。仕事だったら拷問してでも訊きだすが……この場合は違う。
「ユウシさん、すみません。ちゃんと話さないといけませんね」
「お前が言いたくないならそれでいいさ、でも本当に困ってるなら相談しろよ。あんまり抱え込むな、自分じゃどうしようも出来ねぇこともあるからな」
キュイールは俯いて手を強く握りしめた。
「はい……」
俺はガラにもなく、キュイールに励ましの言葉をかける。
おかしいな、何言ってんだ、俺……。
しばらく歩いて、路地裏に入ると寂れた店がある。キュイールを先頭に店内に入ると、剣・槍・斧や鎧などが無造作に置いてある。
仏頂面の白髪の老人が怪訝な顔でこちらを見ていた。
「いらっしゃい」
「あの、あなたが鍛治職人のヴェイリオスさんですか?」
老人はキュイールのことを一瞥してから、そっぽ向いた。
「ちげぇよ、ヴェイリオスは親父の名前だ、ワシはファイスだ」
ファイスは機嫌が悪そうに鼻で笑う。その様子を見てキュイールは気まずそうに笑ってごまかした。
「ええと……ではヴェイリオスさんはどちらに……?」
「とっくに死んじまったよ。このご時世だ……親父の名前がなけりゃ、いくら腕があっても食っていけねぇからな、仕方なく親父の看板掲げてんだよ。気に入らねぇならとっとと帰んな」
ファイスはギロリとこちらを睨みつけ、虫を払うように手を振る。
日本で育った俺にとって、この接客態度はありえない。少し腹が立ったが、まぁこっちの常識はこんなもんなんだろう。
キュイールはファイスの迫力に押されて、もじもじしている。
「じいさんが何者でも構わねぇよ、腕には自信があんだろ? 俺はいい武器が欲しいだけだ」
「言うじゃねぇか小僧、腕は親父にも負けねぇ。欲しいもんがあるなら、適当に選んで持ってきな」
ファイスはしたり顔で顎をさわり、壁にかかっている武器を親指で指す。
「じいさん、ミスリルって金属で出来た剣が欲しいんだけど置いてる?」
ファイスはため息を吐き、頬杖を突く。
「にいちゃん、んなもんここにはねぇよ。ミスリル製の武具なんてな、この街じゃ売れねぇからよ」
斧や槍、剣などが壁に飾ってある。正直言って良し悪しがわからない。どれも威力がありそうだし、どれもパッとしない気もする。
俺は壁にかかってる適当な剣を手に取って、眺めながら尋ねた。
「有名な鍛治職人の看板があんだろ、なんで売れねぇんだよ?」
「ミスリルは値も張るし希少だ、何より魔族と戦おうなんてヤツはこの辺りにゃ、もう殆どいねぇからな……みんな死んじまった」
ファイスは寂しげな表情をしているが、シーブルはお構いなしだ。
「ねぇねぇ、魔法石ついた杖とかない? リヴルムーンのブルーとかでもいいんだけど」
「お嬢ちゃん、魔法使いか。何色だろうとリヴルムーンはねぇな、スターグレッドのついたロッドならあるぜ。少し高いがな」
ファイスがそう言うと、シーブルはキュイールを見てねだるように目を潤ませる。
キュイールはしかめっ面をしながら、ファイスに値段を聞く。
「三万リアでいいよ」
俺は基準を知らないから、高いのか安いのかわからなかった。しかしキュイールが眉根を寄せている様子を見て、まぁまぁ高いのだろうと予想した。
「……もう少し安くなりませんかね?」
「バカ言うなよ、スターグレッドがついたロッドだぜ? リヴルムーンより上等だ、上級者向けだよ。魔法威力もかなり上がる、子供にゃあ過ぎた代物だぜ」
シーブルはファイスの顔を見上げ、目を細めて頬を膨らました後、目をうるうるさせてキュイールの顔を上目遣いで見上げた。
なかなかのおねだり上手のようだ。天性のものだろうか、結構なやり手だ。買わないとキュイールがケチだという図式を見事に作り出した。
結局キュイールは諦めたように肩を落とした。
「ですよねぇ……わかりました。それを下さい」
キュイールがそう言って代金を渡すと、シーブルは満面の笑みでキュイールに抱きついた。
ロッドを受け取ったシーブルは、オモチャを買ってもらった子供みたいに喜んでいる。そんなシーブルを見て、キュイールもまんざらでもなさそうだ。
こいつ……キャバクラにハマるタイプだな。
しかし、これでは俺の当初の目的が果たせない。どうしようか考えていたら、今度はファイスが尋ねてきた。
「にいちゃんは何でミスリルがいいんだ? 防具ならまだわかるけどよ、斬れ味だけなら鋼とそこまで大差ねぇぞ」
「ああ、俺の加護にも耐えられる武器じゃねぇとすぐ折れちまうみたいでよ……心許ないんだ」
ファイスは突然鼻息を荒くして、身を乗り出した。
「にいちゃん加護持ちなのか!? それならミスリル以上の金属じゃねぇと、武器はすぐダメになっちまうな……よし! ミスリル製の剣が欲しいならミスリル鉱を持ってきな。そしたら最高の剣を作ってやるぜ! ただし金はしっかり払ってもらうけどな」
ファイスはニヤリと笑って頷いた。
「本当か? そしたらミスリルの剣が手に入るんだな」
キュイールはファイスに挨拶をして、突然俺とシーブルの袖を掴んで引っ張って店から出た。
「ミスリル鉱なんてこの辺りじゃ簡単には手に入りませんよ? それにもうお金もありません!」
「マ、マジかよ? それじゃどうすんだよ」
キュイールが「お金がない」と言ったのを聞いたシーブルは、買ってもらったロッドを両手で抱き抱えて、返さないと言わんばかりにそっぽ向いた。
とりあえず俺達は、メインストリートであるヤハル通りの宿に向かった。
「お金はリリア様に相談すれば何とかなるかも知れませんけど」
「リリアってそんな金持ちなのか?」
「メイデクス家は名家ですよ。リリア様はそこのご令嬢です、それに教会からも資金援助されてますからお金は何とか出来ると……思います。今日は資金のことで、教会に行ったようなものですしね」
「……金の無心かよ、世界を救おうってのに世知辛いな」
その話を聞いて何だか申し訳なくなった俺は、ますます肩身が狭い気持ちになった……が、なんだか腑に落ちないし、疑問が残る。
「てかよ、一応リリアは聖女で世界を救う存在なんだろ? 普通もっと世界中の人間が協力して、簡単に資金が集まるもんじゃねぇのかよ」
「……こんなこと言いたくないですが、一般的に聖女が世界を救うというのは『絵空事』だと思われています。八十年以上前に、先代の聖女と従者は『魔王』を名乗る、グシオンという魔族を討伐したと言われていますが、当時のことを知ってる人は、もう生きていませんし……。リリア様も実績がある訳でもないですから……悔しいですけれど」
キュイールは寂しそうに俯き、深いため息をついた。
「……そうか、余計なこと聞いちまったな」




