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第三話 本当の自分

 中年で小太りの男が息を切らして走っている。細い路地に入り、塀をよじ登っている所で服を掴んで引きずり下ろした。


 男が横ばいになってこっちを見上げると、みるみる顔が青ざめていく。


「逃げられるとでも思ってんのか? どこに行くんだよ。せっかく家まで行ってやったのによ。いねぇから探し回ったんだぜ。なのに人の顔見て逃げ出すなんてずいぶん失礼なんじゃねぇの、斎藤(さいとう)さん?」


「あはは、どうも、瀬川(せがわ)さん。いえ、あの……すみません! 今、お金がなくて……もう少しだけ待って下さい。来週には必ず――」


 男は必死に笑ってごまかしながら起き上がり、土下座をする。

 逃げようとしてたくせに、状況が悪くなるとこれだ。プライドもクソもねぇ、反吐が出る。


「待てねぇな、借りたもんはしっかり返すのが常識ってもんだろ? 子供だって知ってんぞ」


 俺はタバコを取り出して火をつけた。煙を吐き出してから、土下座している斎藤の顔面を蹴り上げる。


 斎藤は泣きながら財布を出した。俺は斎藤の財布を取り上げ一万円札を全て取り出すと、斎藤は鼻血を流し震えながらその光景を黙って見ている。


「ちゃんと持ってんじゃねぇか。俺に嘘は通用しねぇよ……でも全然足りないな。まぁとりあえず一週間だけ待ってやる。それまでに今月分を用意出来てなかったら、死ぬより辛い目に()わせてやる。わかったか?」


 俺は土下座している斎藤にそう言って、斎藤の財布にタバコを押し付けて火を消した。


「……返事は?」


「……は、はい」


 タバコの焦げ跡のついた財布を投げつけ、吸い殻を携帯灰皿に入れてその場を離れた。







 俺は龍神会(りゅうじんかい)の構成員をしていた。物心つく前に両親は事故で亡くなったらしく、親戚に引き取られた、まぁ()()()()()だ。

 最初は親切だったが、自分の息子でもない余計な金食い虫は、そのうち嫌われ者になった。小学生の頃から理不尽に殴られるようになり、中学の時には虐待(ぎゃくたい)と言えるレベルにまで発展した。


 真冬のある夜、(あざ)だらけの身体を裸にされて、ベランダに出されてる所を、近所の住民に目撃された。それからすぐに通報が入り、虐待が明るみに出たのだ。

 施設に預けられることになった俺は、当然のように荒れた毎日を過ごすことになる。俺は人を信じるのをやめて、人と深く関わることを避けるようになった。



 この時いつも頭にあったのは『いつか俺を引き取った親戚家族に、()()の気持ちを込めて殺してやろう』という(ゆが)んだ復讐心(ふくしゅうしん)だけだった。


 何とか高校を卒業したが、施設を追い出され適当にバイトをしてぶらぶらしていた。親戚家族に復讐してやろうと何度も考えたが、情けないことに結局怖くて出来なかった。幼い頃からのトラウマだ、心に恐怖が刷り込まれているようだった



 しかし、道端でばったり会ってしまった、俺を虐待していた張本人である、親戚家族の父親だ。

 不思議なもので、いざそいつを目の前にすると、俺は一気に怒りが頂点に達して、トラウマも恐怖も吹っ飛んだ。そいつの胸ぐらを掴み、身体ごと持ち上げて殺意のこもった目で睨みつけて握り拳を作る。




 しかし突然我に返った。俺を散々苦しめてきたそいつの身体は驚くほど軽かった。背は俺よりも小さく、力もあまりにも弱い。そいつの目は恐怖で濁り、さらには命乞いを始めたのだ。




「悪かった! 勇史! すまない、勘弁してくれ。お、俺を恨んでるんだよな……あの時のことは謝る。そうだっ! 金だろ? 金ならやるから……なっ、だからやめてくれ」




 ――何だ()()は? こんな情けなくて、弱くて惨めな男に、俺は……俺は……。




 何だか急に馬鹿らしくなった、こんなものに俺は今まで踊らされていたのか? こんな男の為に人生をフイにされたのか?


 力が抜けて掴んでいた服を離すと、チャンスとでも思ったのか、その男は「助けてくれ!」と叫びながら走って逃げていった。その後ろ姿を呆然として眺めて思わず呟いた。




「んだよ……それ……」




 その帰り道で出会ったヤクザと喧嘩(けんか)になった。肩がぶつかっただの何だのと、くだらない理由で、因縁(いんねん)をつけてくる。そいつが興奮している(さま)を、俺は冷めた目で見ていた。




 「そうだよなぁ、それくらいじゃないと張り合いがねぇよなぁ」




 急に身体が熱くなった、あの父親にぶつけるはずだった怒りを目の前の男にぶつけてやった。


 胸ぐらを掴んできたそいつの手を(ひね)って、顔面に一発入れた。続けてもう一発、膝をついたとこで腹に蹴りを入れた。 悶絶(もんぜつ)して倒れたとこに馬乗りになって、何発も殴った。鼻血を噴き出し、口から血を吐き出すたびに「うぐぁ」とうめき声をもらした。俺の拳はみるみるうちに赤く染まっていく、気がつくと男は気を失っていて、俺の目からはなぜだかわからないが涙が溢れていた。




 しばらくして、そのヤクザの兄貴分が『オトシマエ』ってのをつけにやってきた。たった一人のガキ相手に、大勢の仲間を引き連れてる姿を見てウンザリした。



 「ちっ、どいつもこいつも……本当にバカヤロウだ」



 いくら粋がってみてもどうにもならないこともある。案の定数人で囲まれて、よってたかってボコボコにされた。口の中は鉄の味でいっぱいになり、体中に鈍い痛みが広がっていく。倒れては立たされて殴られる、何度も何度も……。


 薄れていく意識の中で思った『このまま死ぬのか……こんなくだらない理由で』身体に力が入らず倒れた時、声が聴こえた。知らないおっさんの声だ。


 声の主が俺に近寄って叫んだ。



「てめえら、恥ずかしくないのか!? こんなガキに寄ってたかって……仁義(じんぎ)もクソもねぇ、それでも極道か!」


 視界が半分もないほどに腫れ上がった目で、見上げた視線の先にいたのが今の組のオヤジだ。




『絶望的な時ほど諦めちゃいけねぇ、絶体絶命な状況なら冷静になれ』初めて会った時オヤジが俺にかけた言葉だ、今でもはっきり覚えている。 


 昔、剣道の世界じゃ有名だったらしく、俺に剣道を仕込んだり、本当の息子のように俺と接してくれた。

 もしオヤジと出会わなかったら、今頃のたれ死んでいただろう。


 今でも剣道の稽古(けいこ)をさせられるが、嫌いじゃない。最近はオヤジに剣道で勝つこともあるくらいには強くなった。


 何かと面倒を見てくれたオヤジには俺なりに恩義を感じている。だからこうして構成員として真面目に……と言っていいのかわからないがヤクザをやっている。


 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――




「ちっ、くそ野郎が。始めから素直に出しゃいいんだよ」


 斎藤の顔を思い出すと、イラついてしまう


 俺はああいう奴が大嫌いだ、ついカッとなってしまう。借金の理由も大層なものじゃない。

 ギャンブルにのめり込み、借金に借金を重ねて膨らんだ負債だ。その債権がうちの組に回って来た。


 借金の理由は正直どうでもいい。ただ斎藤は嘘をついては逃げ回り、約束を破り、そのたびに口から出まかせを吐くろくでなしだ。俺の仁義に反する。


 スマートフォンを取り出し、迎えの車を呼ぶ。しばらくすると黒塗りのセダンがやって来て、俺の前で停まる。




「勇史のアニキお疲れ様です! 斎藤のヤツ見つかってよかったっすね。俺の情報もたまには役に立つでしょ?」




「ありがとな、健二(けんじ)。これから何か美味(うま)いもんでも食いに連れてってやるよ」




 健二は嬉しそうに、小さくガッツポーズをする。


「さすがアニキ、ありがとうございます! それで、斎藤は金持ってたんですか?」


「ああ、また一週間待ってくれってよ。最初は持ってねぇとか嘘つきやがって――とりあえず有り金は全部取り立てたが、来週にはロシアにカニでも獲りに行ってもらうしかねぇな」


 俺はそう言いながら、車に乗った。助手席に座りタバコに火をつけて煙を吐くと、車は発進する。


「アニキって斎藤には厳しいっすね。他のヤツには結構甘いのに……」


 健二は口を尖らせて小さなため息をついた。


「そういえば、斎藤の居場所探してる時に聞いたんですけど、最近様子がおかしかったらしいっすね。あんまり追い込みかけると弁護士に泣きつかれますよ」


「逆だよ。自分の身のかわいさで息を吐くように嘘をつく卑怯者は、しっかり恐怖を刻み込まねぇと弁護士に泣きつくんだぜ?」


 俺が少し苛立ってるのを感じて、健二は苦笑いを浮かべ気まずそうにしている。そんな空気を変えようと健二は明るい口調で話す。


「カニ漁船だけで足りるんですか? あいつの借金っていくらでしたっけ」


「総額で五百万ってとこだな、ロシア人に引き渡せば全額回収出来る。その代わり過酷だけどな……まぁんなもん知ったこっちゃねぇが。来週取り立てに行って払えなかったら、そのまま引き渡す。健二、お前もついて来いよ」


「わかりました、勉強させて頂きます……てか焼肉でいいすか?」


「俺が美味いもんっつったら、それしかねぇだろ」


 焼肉に浮かれている健二を一瞥(いちべつ)してから、車の窓を開け夜空を見上げ、煙を吐いた。




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