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第二十九話 別れと旅立ち

 こうして次の目的地が決まった。その日はリリアは二日酔いと戦い、キュイールはその看病。俺とシーブルは町で買い物する事になった。


 驚いたのは、ネイブスがシーブルの印象をよくする為に、シーブルが俺達と一緒ローセルを倒したのを宣伝して回っていたことだ。

 町の住人はもうローセルにお金を取られなくていいと喜んでいた。


 小さな町なので、その話は(またた)く間に広がり、たった一晩でシーブルを悪く言う住人は殆どいなくなっていた。『氷の魔女はローセルを倒す(すき)をつく為、ローセルの手下のフリをしていたんだ』とむしろ英雄扱いしてくれる人もいたくらいだ。

 本当のことだったが、この調子だともっと美化されていくかも知れない。


 シーブルの明るく振る舞う姿を見て、俺も安心した。

 翌日、リリアも元気になり俺達はセルトガの街を経由して聖都ラビナスに向かうことになった。


 町を出る時、慌ててネイブスが見送りに来た。義足(ぎそく)で無理して走ったのだろう、額から汗が流れている。


「シーブル……やっぱり行ってしまうのか。この町に残って一緒にと思っていたんだがなぁ……」


「ネイブスおじさん……あたしね、やらなきゃいけないことがあるの。全部終わったら必ず帰ってくるから、そしたらまた蜂蜜ミルクご馳走してよね!」


 シーブルはネイブスに抱きついた、ネイブスは少し寂しそうに目を伏せてシーブルを抱きしめる。

 二人を見ていてふと考えた。俺はこんな風に本気で誰かを抱きしめたり、抱きしめられたりしたことがあっただろうか……。

 リリアはぼうっとしている俺の脇を肘でつついた。


「どうかしたの?」


「いや、何でもねぇよ」


 しばしの別れの挨拶を終えたネイブスは深々と頭を下げた。


「皆さん、シーブルのことどうかよろしくお願いします」


「ああ、わかった任せといてくれ」


 頭を下げ続けるネイブスに別れを告げて町を出る。少し歩いた所でシーブルが振り向いて声を上げた。


「ネイブスおじさん! 行ってくるね!」


 シーブルは笑顔で両手を上げて大きく手を振ると、突然目を丸くして驚いた。

 街の住人達が次々に駆けつけてみんなで手を振って、口々に別れの言葉を叫んでいた。


 俺達もそんな住民達に応えるように大きく手を振った。




 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――




 また歩いて移動すんのか。俺、旅とか本当に向いてないわ。

 早く飛空船があるとこまで行きてぇな。


 そんなことを思って隣を見ると、シーブルが歩いている。


「なぁシーブル、お前空飛べるんだろ、俺達も一緒に飛ばして行けねぇの?」


「いやだよ、あたし一人飛ぶのに魔力も結構使うし、全員なんて無理。あたしも歩いてるんだから文句言わないでよね! バイデルンからなら馬車も出てるだろうから、我慢しなさい!」


 シーブルは頬っぺたを膨らませて、腕を組み怒ったポーズをする。もちろん本気じゃないのはわかっているが、一番年下のシーブルに怒られるとは思わなかった。


「そうよユウシ、シーブルはいい子ねぇ」


 リリアは笑顔でシーブルの頭をくしゃくしゃに撫で回すと、シーブルは少し照れ臭そうにしている。


「シーブルさん、一応ハッキリとしておきましょう。私達の中では一番最後に入って来たんですから――」


 キュイールが言いかけた所で、すかさずリリアが頭を叩く。


「――いたっ!」


 大人気もなくシーブルにまで先輩ヅラしようとしたキュイールは、リリアに突っ込まれた。その様子を見てシーブルは笑っている。


 そんなやり取りをしながら、俺達は雪原地帯ニヴルを抜けてバイデルンで幌馬車に乗せてもらい、ようやくセルトガの街に戻ってきた。

 シーブルは知らない町に来てはしゃいでいる。


「お兄ちゃん! あたし、あっちのお店見てくる!」


 シーブルは走って行ってしまった。リリアはシーブルの後ろ姿を嬉しそうに見ながら言った。


「シーブル……まるで人が変わったみたい。本当によかった」


「と言うより、これが本当のシーブルなんだろ?」


「ちょっと、何ぼーっと見てるんですか!? シーブルさんが迷子になったらどうするんですか!」


 そう言ってキュイールはシーブルを追いかけて走って行った。なんだかんだ言いながら、キュイールもシーブルを心配しているみたいだった。


 俺達は宿を見つけて、いつものように荷物を部屋に置いてから食事をとることにした。


「なぁリリアの剣って『オートクレール』って言ったっけ? 何か特別な剣なの?」


「うん、この剣は昔から代々聖女になる者に受け継がれるの。すごく希少(きしょう)な金属で出来てるのよ、確か……アンダ……マン――」


 リリアが何とか思い出そうとしている所に、キュイールが代わりに答える。


「――アダマンタイトです。この世界にある金属の中では三本の指に入る硬い金属です。他にはオリハルコンやヒヒイロカネといった、神が人間に与えたとされる特殊な――」


「――もう、キュイールは! 私が一生懸命思い出そうとしてるんだから、話させてよ」


 リリアはキュイールに向けて「ベー」と言って舌を出す。

 シーブルは湯気が立ち込める厚切りの肉が入った熱々のスープを、フーフーと冷ましながら飲んでいる。


「お兄ちゃんは加護を持ってるんだから、普通の金属じゃだめよね。せめてミスリルくらいの武器じゃないと、剣が耐えられないし加護も活かせない思うわ」


 シーブルはそう言ってから、スープに入った肉をフォークで刺して口に運ぶ。


「活かせない?」


 俺がシーブルに聞くと、口いっぱいに肉を頬張って喋れないシーブルの代わりに、リリアが答える。


「ミスリルとかの特殊な金属は、魔力とか加護の力で強化したり出来るのよ。魔力の伝達率が普通の金属よりもずっと高いの」


「ああ、なるほど。リリアの剣が常にうっすら光ってるのはそのおかげか」


「そういうこと、剣の強度を加護の力で上げてるのよ。そうすることでスキルを使っても耐えられるし、威力も上がるって訳。普通の金属でスキルを使えない訳じゃないんだけど、威力も落ちるし許容量を超えた魔力は金属をダメにするからね。それにしても、普通の剣でもしばらくは平気かと思ってたけど、ユウシの加護は強力なのね」


 少し呆れ気味にリリアは言った。


「みたいだな。そんじゃ、最低でもそのミスリルの剣が必要だな……なぁ、せっかくだからシーブルも何かリリアに買ってもらえよ」


 俺は自分だけ『買ってもらう』のが何となくバツが悪くて、シーブルも巻き込んだ。


 すると肉を飲み込んだシーブルはスープを飲む手を止めて、目を見開き勢いよく手を挙げる。


「あたしも何か欲しい! 杖とか、それも魔法石の付いてるヤツ!」


 シーブルの勢いに顔を引きつらせたキュイールが、ゆっくり財布を覗くと険しい顔をする。その表情を見てリリアは頬杖をつき、ため息を吐いた。


 何か俺……ヒモみたいだな。仕事が済んだらリリアに少しだけ報酬を分けてやるか。


 俺達はセルトガで一泊して、朝一番で聖都ラビナスに向かう馬車に乗せてもらうことになった。


 相変わらず馬車の乗り心地は悪い、しかしもう文句を言うのはやめた。歩くよりはマシだからだ。


 馬車に揺られること五日、ようやく聖都ラビナスが見えて来た。

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