第二十七話 蜂蜜ミルク ※挿絵あり
このお話の最後は挿絵にセリフが書いてあります。挿絵が見えない設定でも、話自体に影響はありません。
挿絵を見えないよう設定している方も、もし興味がございましたら、お手数ですが設定を変えてご覧ください。
一休みして回復した俺達は、シーブルの故郷の村に向かう事にした。シーブルは、古城の自室から荷物をまとめて持ち出し外に出る。古城を見上げて、まるで遠い所を見るように目を細めていた。
この城はきっと辛い思い出ばかりなんだろう、これからの旅も決して楽しいことばかりじゃない。だけど後悔だけはさせたくないと思った。
シーブルの故郷の村に到着してから、あの氷の塊が置いてある家に入る。
そして氷に閉じ込められた母親にシーブルは語りかける
「お母さん……お父さんとお祖母様、それから村のみんなの仇、ローセルは死んだよ。すごい時間かかっちゃったけど、やっと終わったの。でももう少し待ってて、必ずまた逢えるから。そしたらまた一緒に暮らそう……バンダナ――もう一度結んでくれる? あたし……まだお母さんみたいに上手に結べないから」
シーブルは微笑み、母親を閉じ込めてる氷の塊を優しく撫でる。
「あたしね、本当はわかってたんだ。お母さんはもうとっくに、この氷の中で死んじゃってるんだって……。受け入れられなかった……ううん、違う、受け入れたくなかっただけなんだ。だって残酷すぎるじゃない? 子供だったあたしには。だから違うあたしが必要だったの、復讐をやり遂げられる程の強いあたしがね……ごめんね悪い子で。でもこれで『氷の魔女』はもうおしまい、これからはあたしらしく生きていけるのかな? お母さん……」
俺はシーブルの頭に手を置いてから、軽くチョップした。
「お前はまだ子供だろうが! それに悪い魔女を気取ってたわりに、悪役になり切れてなかったぜ、まだまだだお前は。悪に徹してきた俺が言うんだから間違いねぇ。氷の魔女だろうが何だろうが、お前が優しい心を持ってることには変わりねぇだろ? お前は今までも自分らしく生きて来たんだよ、だから大丈夫だ。何も変えることはねぇ、今まで通りのお前でいいんだよ」
「何かいいこと言ってる風ですけど『悪に徹してきた』って部分は聞き捨てなりませ――いててて」
キュイールがまた余計な口を挟んだので、両手で俺は頬をつねってやるとリリアが笑い出した。
「あははは、キュイール変な顔。ユウシもうやめて、おかしい、あはは」
俺達が騒がしくしている中、シーブルは呟いた。
「ありがと、お兄ちゃん……」
母親への報告をシーブルが終えてから、俺達は拠点としていた町に帰った。初めて俺がシーブルと会った町だ。
町に戻るとシーブルは居心地が悪そうだった。俺達は町の住人に目立たないように宿に戻り荷物を置いた。少し休んで夕食をとった後、俺はシーブルを連れて酒場に向かう。
「ねぇお兄ちゃん、ここお酒飲む所だよ? あたしお酒飲めないよ。それに知ってるでしょ、この町の人にはあたしすごく嫌われてる……だからあまり外を歩きたくないんだ。だから……帰ろう」
俺はニヤリと笑い右手で顎を撫でて、そういうだろうと思って予め手を打っておいた。シーブルも予想出来ないとっておきの搦手だ。
「確か、何でも一つ言うことを聞くって約束したよなぁ……」
「はぁ、何よそれ?」
「おい! 覚えてねーのかよ、約束しただろ」
「……覚えてるけど、今使うの? 何かずるい」
シーブルはしぶしぶ了承したが、やはり少し寂しそうな表情を浮かべ、足取りが重くなる。もちろんそれは承知していたが全てを終わらせたら、どうしてもあの店主にシーブルを会わせたいと思っていた。
しばらくお互い無言で歩いていると、あの店の前に到着した。入口の扉を開けながら、シーブルに軽く事情を話す。
「いや、実はお前に会わせたい人がいるんだよ。多分お前の知ってる人だ――」
「いらっしゃい――」
店に入ると、店主はシーブルの顔を見て驚きグラスを落とし割ってしまった。シーブルは店主を見て呟く。
「ネイブスおじさん……」
ネイブスはカウンターからゆっくり出て来て、シーブルの前で拝むように座り込んだ。
「お、俺はお前に合わす顔がなくて、お前から逃げ回ってた……」
ネイブスは顔を歪めて涙を流し、大きく息を吸い込んだ。
「シ、シーブル……すまない! 俺はあの時結局何も出来なくて。死んでしまったラニアールやフレイアさん……お前の為にも何とか助けになりたかったんだ。でも結局あの時、お前に命を助けられて……俺は、俺は……本当に情けない」
シーブルはネイブスの右足の義足を見て、目に涙を溜める。
「あたしこそごめんね……その足、あたしのせいだよね。その後もあたしネイブスおじさんにに酷いこと言っちゃった……」
ネイブスは首を何度も横に振る。
「全部わかってるんだシーブル、あの時お前がああしてくれなかったら俺は……それにこの足はお前のせいじゃない、俺が浅はかだったんだ……あの時もそうだ、最初からフレイアさんとお前を逃しておけば――」
「――ネイブスおじさん……あたし感謝してるの。あの時お母さんと逃げてたら、最後にお父さんに会えなかったもん。それに、多分結果は変わらないよ」
シーブルはしゃがんでネイブスの頬を流れる涙を優しく指で拭う。
「ネイブスおじさんが全てを背負うことないよ……だからもう泣かないで、もう全部終わったから。お兄ちゃ――ユウシ達のおかげでローセルをやっつけることが出来た、だから顔を上げて? ね」
ネイブスは驚いてシーブルの顔を見てから俺に顔を向けた。
「あんたまさか本当にあの悪魔を……信じられない」
「いや俺達じゃ勝てなかったよ、むしろ俺は後半何もしてねぇ。でもシーブルは大活躍だったんだぜ」
俺は苦笑いしながら、ネイブスの肩を掴み引っ張り上げて立たせ、シーブルをカウンターの席に座らせた。
「俺は喉が渇いてんだよエールをくれ、こっちの魔法少女には――お前何が飲みたい?」
シーブルはもじもじしながら、ネイブスに告げる。
「温かい蜂蜜ミルク……」
ネイブスは俯いて、カウンターの中に入った。温めたミルクをカップに注ぎ、手際よく蜂蜜を入れてシナモンスティックで搔きまわす。
「やっぱり何も変わってないんだなぁ。シーブルは昔からこれが大好きだったね」
ネイブスは少し鼻をすすりながら、俺にエールをシーブルの前には蜂蜜ミルクを置く。するとシナモンと蜂蜜の甘い香りが漂った。シーブルはその香りを楽しみ、カップを持って一口すする。シーブルは目に涙を溜めて微笑んだ。
「……懐かしい味、ありがとうネイブスおじさん」
シーブルの言葉を聞いたネイブスは、また泣き崩れてしまった。そのタイミングでリリアがキュイールを連れてやって来た。
「ユウシ! シーブルもやっぱりここにいたのね。こそこそ出かけるのを見て後をつけてみたら、未成年をこんなお店に連れて来るなんて……私達にも声をかけてよ!」
ムスッとしたリリアとキュイールはカウンターに腰掛けた。そしてネイブスは涙を拭き顔をあげた。
「い、いらっしゃいませ。シーブルを助けてくれて本当にありがとうございます。今日は全部私の奢りです! 好きなだけ飲んで下さい!」
ネイブスが笑顔で言うと、一瞬でリリアの顔はパッと明るくなる。キュイールは対照的に不安そうな表情を浮かべた。
「やった! じゃあ私達にもエール二つちょうだい!」
二人が注文したエールが運ばれてきてから、俺達はシーブルを中心に乾杯した。
「リリア様、本当にお願いですからあまり飲み過ぎないで下さいよ」
キュイールが相変わらず不安そうにしてリリアに忠告すると、リリアは少し不機嫌な顔をする。
「キュイールは真面目過ぎるのよ、こんな時くらいいいじゃない。ねぇシーブル?」
シーブルはリリアに向かって小さく頷いて、嬉しそうにまた一口蜂蜜ミルクをすすった。
「どうだ、うまいかシーブル?」
シーブルは目にいっぱい涙を溜めて、満面の笑みを見せた。それは、あの悲劇以降初めて見せた笑顔だった。
『氷の魔女』と呼ばれた少女――
――それは可愛らしい笑顔で笑う、心優しい素敵な女の子だった。




