第二十四話 一難去ってまた一難
シーブルは魔力を使い果たしたのか、そのままへたり込んだ。
「す、すげぇ魔法だな……まるでちっちゃな太陽じゃねぇか。俺まで焼け死ぬかと思ったよ」
「ユウシさん! 大丈夫ですか!? 今助けますからね」
キュイールは俺を磔にしている氷の槍を、自分の剣で何とか叩き折った。
「痛てて……悪いなキュイール。シーブルは大丈夫なのか?」
「いえ……あ、ありがとうございます。シーブルさんは恐らく魔力を使い過ぎて気を失っただけかと思います、リリア様に任せましょう」
俺は氷の槍を引き抜き、痛みで顔を歪ませ右手で傷口を押さえて座り込む。
「くそっ、こんな出血すんの初めてだよ。マジで痛え」
「すぐに回復魔法をかけますから大人しくしてて下さいよ!」
氷結魔法【絶対零度】
ローセルは最後の力を振り絞り、氷結魔法で自分の身体の火を打ち消した。呼吸が荒く、服も殆ど焼け身体の半分程が黒く焦げ、残りは焼けただれている。どう見ても瀕死の状態だが、まだ生きている。信じられない生命力だ。
「ウソだろ? あいつ……まだ死んでねぇのかよ。しぶと過ぎるだろ」
俺達全員は驚愕の表情を浮かべた。
「人間風情がぁ……はぁはぁ……お前ら全員、必ず殺してやるからな」
氷結魔法【氷結弾】
ローセルは天井に魔法で穴を空けて、飛んで逃げようとした。
「逃すか――」
――そう言いかけた時、ベルゼが突然現れローセルの首を掴んでいた。ローセルはベルゼの顔を見て震えている。
「――――」
「みっともないなぁ、そんなみすぼらしい姿になっちゃって……ダメだよ? 最後まで戦わなきゃ。どうして僕の言うこと守れないの?」
「ベ、ベルゼ様……これはちょっとした手違いでして……バレフォールも姿を消してしまって」
「そういう言い訳は好きじゃないなぁ。せめてリリア・メイデクスだけでも始末出来てたら、君にかけた呪いを解いてあげようかと思ってたのに。残念だったね!」
ベルゼはケラケラと無邪気に笑う。リリア達が警戒を強める中、俺はその様子を黙って見ていると、シーブルが呆然として小さく呟いた。
「あれが……魔王七柱の『狂神ベルゼ』……」
「も、もう一度だけチャンスを下さい!! 次こそは必ず」
「またぁ? 随分前にチャンスはあげたじゃないか。その代わり僕に呪いをかけられちゃったんだけどね」
ベルゼの不気味な笑顔を見て、ローセルは恐怖で戦慄した。
「ふふふ、でも呪いで奪われた寿命を、不老の魔法薬でしのいでいたのは感心しちゃったよ! でももう幕を引こうか」
ローセルは狼狽えながら懇願していたが、ベルゼには通用せずやがて本性をむき出しにして怒鳴り散らす。
「ふ……ふざけんじゃねぇ! 偉そうにあれこれ指図しやがって! 全部テメーの呪いのせいじゃねぇか!? こんあ呪いがなけりゃあいつらにやられることもなかったんだ! クソガキが調子に乗ってんじゃ――」
ブチッ――――
ベルゼは掴んでいたローセルの首を捩じ切った。
胴体は床に落下し、ベルゼはローセルの首をこっちに放り投げる。
「ベルゼ……」
まずい、どうする? 今あいつと一戦やらかしても勝てる気がしねぇ。
満身創痍のシーブルとキュイールを、リリアと守りながら逃げ切れる自信もねぇ。
とりあえず時間を稼いで考えろ。
「さてと、ユウシ久しぶり……でもないか。ごめんね、獲物を横取りしちゃってさ。まぁそんな怖い顔しないでよ?」
「獲物? んなもんどうでもいいよ。それよりてめー何しに来た?」
ベルゼは困ったように少し考える。
「うーん、最初はここで全員始末しちゃおうかなぁって思ってたんだけど。さっきの戦いを見てたら、やっぱり今殺したら勿体ないなって思ってさ! もう少しユウシが強くなってからの方が面白そうだから、今日はこのまま帰ろうかなぁ。ユウシもその怪我だし助かるでしょ?」
「まぁ……そうしてくれたら助かるな。それよりベルゼ、一つ聞きたいことがあるんだけどよ、教えてくれねぇか?」
ベルゼは俺の考えを見透かしたようにニヤリと笑い、人差し指で小鼻を掻いた。
「いいよ、ユウシはお友達だし。僕の呪いで弱ってたとは言え、ローセルのバカを倒したご褒美に答えてあげる」
ベルゼはまんざらでもない様子で腕を組む。
「単刀直入に聞くぜ、龍神の加護って何だ?」
「そっか、人間はあまり知らないかもね。種族によって宿す加護ってのは違うんだよ、龍神の加護は大昔に滅びた種族『竜人族』にしか宿らないはずの加護なんだ。人間であるユウシの身体にはキツイと思うけど……どうかな?」
ベルゼは俺の顔を見てまたニヤリと笑った。
しかしベルゼの読みは当たりだ。龍神の加護を使った後は、使用した時間に応じて全身に痛みと脱力感がある。
間違ってもそんな弱味を見せる訳にいかない。
「別にどうってことねぇよ? 続けろよ」
「ふーんそっかぁ、龍神の加護は最強と謳われた加護でね、能力の上昇率も圧倒的なんだけど一番の特徴は、一言で言うと戦いの才能かな?」
「戦いの才能?」
「そう、戦闘においての判断力、瞬間的な見極めや発想力。強い闘争本能、何より殺戮を好み、抑えきれない殺人衝動。これらを感覚的に備えているんだ。これはどんな局面でも覆す程の力になりうるんだよね」
まさにベルゼの言った通りだ、戦いにだんだん飲まれていくと『殺したい』という、異常な欲求が湧き上がってくる。戦いが長引けば、完全に殺意に支配されるだろう、恐らくそれまで身体がもたないだろうけど。
「なるほど、思い当たるふしがある。理解したよ、ありがとな」
「いいよ、お友達の頼みだもんね。ユウシと殺し合うのが楽しみだよ!」
ベルゼは満面の笑みで、純粋に嬉しそうにしている。
「さてと……やっぱりここで死んでもらおうか――」
------------------------- 第25部分開始 -------------------------
【サブタイトル】
第二十五話 偽物と卑怯者
【本文】
「――くそ! キュイール下がれ!」
龍神の加護発動【身体能力上昇】【自然治癒力上昇】【俊敏上昇】【属性解放】【オートプロテクトフィールド展開】
全身が痛む、出来れば龍神の加護は使いたくなかったが、もう選択肢がない。
ベルゼは一瞬で巨大な鎌を取り出し襲いかかって来た。
「ちっ、やるしかねぇのかよ!」
猛スピードで距離を詰め、俺の首をめがけて巨大な鎌の刃が弧を描くと鈍い金属音が鳴り響く。
「そんな簡単に首は斬り落とせないかぁ」
俺は咄嗟にローセルの氷の剣で何とかベルゼの大鎌を防いでいた。
「あ……当たり前だ、簡単に首を落とされてたまるかよ!」
ドレイクスキル・龍神斬撃【爪覇一閃】
無属性魔法【金剛の盾】
俺の斬撃をベルゼは盾で受け止めと、自らの剣の衝撃で全身に痛みが走る。一瞬怯んだ俺の隙を捉え、ベルゼは不気味な笑みを浮かべる。
「つーかまえた!」
ベルゼは俺の左肩を掴み、親指を傷口にねじ込む。
「ぐぁぁぁぁ……い、痛ぇじゃねぇか。何すんだ、そんな汚い手で触ったら、ば……ばい菌が入っちまうだろ?」
痛みを必死で堪えて、無理やり笑顔を作り冗談を言って余裕を見せる。
「ふふふ、痛いのに無理しちゃって。痩せ我慢はよくないよ? 龍神の力を味わってみたいんだけど疲れてるのかな、ユウシ――」
ふざけんなよ、こいつ……殺してやる――殺す――殺す――
俺の中に殺意が湧き上がってくる、痛みがだんだん薄れていく。もう全てを加護の力に委ねてしまおうか、そう思った時。
ブレイブスキル・聖斬撃【覇王一刀両断】
リリアの斬撃がベルゼの背中を抉り血が滲み出ると、リリアは怪訝な顔をする。
ベルゼは驚いて俺の肩を掴む手を離した。
「ユウシ! 大丈夫?」
「ああ、助かったぜ」
ベルゼはリリアを睨みつけて呟いた。
「あと少しだったのに、リリア・メイデクスか……今はユウシと遊んでるんだ、今は引っ込んでなよ」
爆発魔法【爆裂連弾】
ベルゼの手から光の球体が飛び出し、リリアに向けて発射される。
「まさか爆発魔法だなんて――」
「――リリア様!!」
呆然として呟くリリアの声を搔き消すように、キュイールがリリアの名前を叫ぶ。
リリアが咄嗟に張った障壁に、光の球体が当たった瞬間に爆発を起こす。爆音と衝撃波が建物全体を揺らし、爆風が巻き起こった。まるで台風だ。
リリアはすさまじい爆風で吹きとばされ、壁に叩きつけられてめり込んだ。間髪入れずに、ベルゼの手から発生した二発目の球体が襲いかかる。
まだ来んのか!? あれをまともに食らったらヤバイ!
「リリア!!」
ドレイクスキル【龍神障壁】
俺はリリアを庇い球体が当たる前に障壁を張る。障壁に触れた瞬間、爆発が起こり爆音が耳を突き刺す。爆風で身体ごと吹き飛ばされそうだが、何とか耐えた。
しかしこれだけで終わるはずもない、次の瞬間、ベルゼが巨大な鎌を振りかぶっているのが見えた。
間に合わねぇ――
ベルゼが鎌を振り下ろそうしたが一瞬動きが鈍くなった。
「――これは氷結魔法……氷の魔女か? いいタイミングだね」
ベルゼは感心したようにシーブルに顔を向ける。その隙に氷の剣で鎌を弾き飛ばしベルゼを斬りつけるが、ベルゼは片手で氷の剣の刀身を掴む。
ベルゼは握力だけで氷の剣を粉々に粉砕し、またいつもの不気味な笑顔を見せる。
「ユウシ、その氷の剣はローセルが死んだら、ただのガラクタなんだ――」
「――うるせぇ!!」
俺はベルゼが得意げに話してる所を思いっきりぶん殴ってやった。
顔面を殴られたベルゼは後ろに仰け反る。
「――やれ! リリア!」
リリアは渾身の力を込めてベルゼの喉元めがけて剣を突き刺し、一気に貫いた。
「おっと……これは一本取られちゃったなぁ。痛いよぉー死んじゃうよぉー助けてよぉー死にたくないよぉ」
ベルゼはわざとらしく泣いたフリをする。
「下手な芝居はやめなさい……ベルゼ」
「えへ、バレてた? 前回と違って随分と冷静だね、なかなか鋭い観察力だ。いつから気付いてたの?」
リリアは一つため息をついて、ベルゼの喉に剣を突き刺したまま床に磔にした。
「最初に斬りつけた時、血が殆ど出なかったからすぐに死体だとわかったわ」
マジか……俺は全然気がつかなかったんですけど。
「まぁ怒んないで、ほんのお遊びだよ。最初に言ったろ? 始末するのはやめたってさ。それより氷の魔女さんに感謝した方がいいんじゃない? あの娘が氷結魔法を使わなかったら二人とも本当に死んでたかもよぉ」
「かもな、後で礼を言っとくよ」
リリアは無言でベルゼを睨みつける。
「あ、それと僕にも感謝してね、元々ローセルは公爵の中じゃ一・二を争う実力者だったんだ。あいつの言う通り、僕の呪いにかかってなかったら君達は確実に全滅してたよ。それじゃあね、今度はちゃんと殺し合おう! またねユウシ」
ベルゼの死体からボンッと小さい爆発音とともに煙が発生すると、見覚えのある顔の遺体に変化した。
「恩着せがましいガキだな。って、あれ……こいつ、確かバラクってヤツじゃなかったか?」
リリアは剣を引き抜き血を振り払い鞘に収めた。
「確かに見覚えあるわね……」
「リリア様! お怪我はありませんか!? ベルゼは死んだんですか!」
キュイールが顔を真っ赤にして走ってやってくる。こうして、こいつがリリアの心配しながら走ってくると、安心する。戦いが終わったという合図のようなものだ。
「大丈夫よ、それにベルゼは死んでないわ。死体を操ってただけで本物じゃなかったの」
キュイールはリリアの無事を確認して胸を撫で下ろす。俺もほっとした、ベルゼとの戦いで自分が自分でなくなるんじゃないかと思った。全てを委ねてしまおうと思った時、リリアが助けに来なかったら……正直どうなっていたかわからない。
「でもみんな無事で何よりです」
「まぁベルゼは始めから本気じゃなかったみたいだけどな。それより肩貸してくれ、シーブルの所に行こうぜ。ついでに肩の傷も頼む」
「はぁ……」
キュイールは俺に対する罪悪感からか、ほっとしたからなのか深いため息をついた。




