第二十三話 コロナ・テンペスト
シーブルのそばにかけよって抱き起こすと、俺の襟首を掴んで泣きながら睨みつけてくる。
「あ、あんたの……あんた達の、せいで! 台無し、あたしの計画が……あ、あたし、の……おしまい……よ。こん、な……」
俺は何も言えずに睫毛を伏せて、シーブルの言葉に耳を傾けた。シーブルは俺の胸の辺りを叩く、何度も何度も。叩く力は脆弱でも、悔しい想いは強く伝わってくる。涙で顔をグシャグシャにして、駄々をこねる子供のように何度も叩き、泣きじゃくる。
「バカ! 何、何考えてんのよ……あたしは、もう……お父さんもお母さんも……お祖母様も……わぁぁぁぁぁ!!! アイツに……殺されて、もう何も……出来ない、あんた達が来なければ! こんなことにならなかった!」
リリアとキュイールもかけよって来て、リリアは優しくシーブルに語りかけた。
「ねぇ、シーブル今からバカみたいなこと言うけど、聞いてくれる」
「…………」
「ユウシはね、この世界を救ってくれるんだって。その為に別の世界からわざわざ来てくれたんだから、ここは信じて任せてみない?」
なんかリリアが勝手なことを言い出したが、リリアなりに考えがあってのことだろうから、黙って聞いておく。
「はっ? そ、そんな、バカな話信じる……なんて、これ、だから……聖女は、本当におめ、でたいわ……ね」
リリアは真っ直ぐシーブルの目を見つめて、ハッキリ言った。
「私は信じてみようと思ってる……だってあの人は――」
そう言ってリリアはニコっと笑顔を作り、話を続ける。
「泣く子も黙る、ユーリンチーのセガワユウシサン……なんだから」
「だから、ユーリンチーじゃねぇから! 龍神会な!」
「何それ? 意味わかんない。バカ……なんじゃ……ないの。そんなの……そんなの――」
シーブルは目に涙をいっぱい溜めて顔を上げ、息を吸い込んだ。
「――――だったら!!! …………救ってみせてよ!!!! 今、あたしを……あたしを救ってよ!」
目を腫らしてもなお、涙はとめどなくシーブルの頬をつたって流れ落ちている。ポロポロとこぼれ落ちる涙を俺は拭った。
「ちゃんと言えたじゃねぇか……シーブル。待ってろ、俺がお前を救いだしてやる。これは約束だ、男に二言はねぇ。俺は約束を絶対に守る主義だからよ」
襟首を掴んでいた手からスッと力が抜けて、だらんと腕が下がる。シーブルはうなだれて身体を震わせむせび泣く。
俺はシーブルの小指を掴んで、指切りをした。
「これは約束の誓いだ、俺のいた世界じゃこうやって小指を絡ませて約束をするんだよ」
「約束の……誓い……」
「リリア、キュイール。シーブルの傷の手当てをしてやってくれ」
シーブルは悲痛な顔で泣きながら、リリアに抱きついた。
「何も……ま、守れなかった、あの悪魔に……お父さんもお祖母様も……お母さんも大切なものを全部奪われたまま。結局あいつの言った通りだった、あたしは……あたしは――」
――俺は上着のジャケットを脱いで、シーブルの頭に被せた。
「んな情けねぇ顔すんな、後は俺がなんとかしてやる、その代わりうまくいったら俺の言うことなんでも一つ聞いてもらうぜ?」
被せたジャケットの上から、シーブルの頭に手をのせ優しく撫でる。
「お前の悔しい気持ちも、これまでの努力も、全部俺達が引き受けてやる」
シーブルはジャケットを被ったまま、ポロポロと涙を流しながら小さく頷いた。
生意気なあの氷の魔女が、震えて泣いている。彼女の悔しい思いや復讐の誓いも、俺に託してくれた。
今までずっと誰にも頼らず独りで戦ってきた彼女が、俺を頼ってくれた。その思いに応えたい、そんな気持ちだった。
「茶番だねぇ……あたしがせっかくガキを躾けてたのに、邪魔してくれちゃって……覚悟出来てるんだろうねぇ?」
「躾? これが……躾だと?」
「そうさ、親が子供を躾けてるようなもんさ。悪い事したんだから当然だろぉ?」
「小さい子供にこんなに涙を流させて、血を流させて……こんなに悲しい顔させて……こんなもんが躾であってたまるか! バカヤロウ!」
シーブルをここまで痛めつけた目の前の悪魔に、もはや俺の怒りは止まらない。また殺意が俺を埋め尽くし始めた。
龍神の加護発動【身体能力上昇】【自然治癒力上昇】【俊敏上昇】【属性解放】【オートプロテクトフィールド展開】
ローセルは不気味な笑みを浮かべ、突然斬りかかって来た。俺は龍神の加護をまとい剣撃を躱し、斬りつけた。
ローセルは俺の剣を受け止め、すぐさま体勢を立て直し反撃して来る。
「キャハハハ! やるねぇ、龍神のおにーさん。それが龍神の加護かい? 確かにさっきと動きが全然違うねぇ。ベルゼの言いなりになるのはちっと気に食わないけど、返り討ちにしてやるよ」
俺はローセルの剣撃をさばきながら、鼻で笑って言った。
「はっ!! 何だ、お前やっぱりあのクソガキの手下だったのかよ? あんなガキの犬になるなんて情けねぇヤツだな」
その言葉を聞いたローセルが逆上する。
「誰が犬だってぇ!! ふざけんなよ? 私は、公爵だぞ!! 誰に向かって口を利いてんだよ!」
アイススキル・氷結斬撃【蒼天氷覇斬】
ローセルの振りかぶった氷の剣が一瞬で巨大化し、まるで大剣のようになった。それを片手で振り下ろす。
俺はこの安物の剣では受け切れないと判断し、ローセルの渾身の一撃を後ろに飛んで躱した。
氷結魔法【氷槍乱射】
ドレイクスキル【龍神障壁】
ローセルは俺の着地に合わせて、手の付いていない腕で器用に魔法を放つ。氷で出来た槍が矢のように無数に飛んで来る、しかし全て障壁で弾く。
「偉そうな割に大したことねぇな、これならシーブルの方がお前よりよっぽど強いよ」
「はっ? 何言ってんだ。弱っちいから、今もあそこで転がってんだろうが! さっきも泣き喚いてたろ? あのガキは昔からそうだ、ちっと懲らしめてやるとビクビクして震えてやがる……傑作だ! この私が怖くて仕方ねぇんだよ!!」
「わかってねぇな……恐れねぇってのは、強えってことじゃねぇ。それはただのバカだ」
「誰に言ってんだ!? この私をバカだと!」
「怖くてたまんねぇ時でも、一歩前へ踏み出せる! 勝てない相手だってわかってても、歯食いしばって立ち向かう!」
「――――」
「――それが……強えってことなんだよ!」
頭の中がどんどん冷たくなってくる、だんだん理性が飲み込まれていく。
――殺す殺す殺す――コロスコロスコロス――コロセコロセコロセ――
抑えていた殺意に支配される。こいつを殺す、どうコロス? 手足を全部斬り落として、身動き取れないようにして、目玉をくり抜いて、最後に首をはねて……。
「ちっ、クソがぁ。生意気なんだよぉ! 私を見下すような目をしやがって――」
「――『ような』じゃねぇ、見下してんだ」
「――――」
俺は一瞬でローセルの懐に入り、右腕の第二関節に狙いを定め刃を入れる。血が噴き出し顔に返り血を浴びる。右手に持っていた氷の剣は、切断されたローセルの腕とともに宙に舞う。ローセルは俺の動きに全く反応出来ていなかった。
頭の中が冷え切っている、動きが見える。どう戦えばいいかわかる、感情が薄れていく。相手を殺すことしか考えなくなってしまう。意識を保てと、自分に言い聞かし、何とかギリギリの所で理性を保っていた。
「確か……『力がないと何も守れない』だったな? 俺もそう思う……さぁ全力で自分を守ってみろよ」
俺はローセルの剣を奪い取り、身体を回転させて奪った剣で右足を切断した。両足を斬り落とそうと思ったが、ローセルの剣じゃリーチが足りなかった。
「ぐわぁあああああ!! 私の腕が、足がぁあああ!! このクソ野郎がぁあああ!」
ローセルが怒りに任せて叫び狂う様子を見ながらリリアは呟く。
「そんな……魔族の公爵って言ったら、魔王の一つ下のクラスよ。そんな相手に、こんな一方的な戦いが出来るなんて。超加速も使ってないのにすごい移動速度、身体能力の上昇率が尋常じゃない。こんな戦い方……まるで人間じゃないみたい……」
「どうだ、強者に食われる弱者の気分は? 次はてめーの命だ、守り切れんのかよ」
――殺してやる、もっと叫べ、命乞いをしろ、絶望しろ――
左足以外全ての手足を失なったローセルは翼を広げて空中に飛び逃げる。
俺はローセルを追いかけて飛び上がった。
「くそがぁ! よくも私の手足をぉおおおお!! てめーぶっ殺してやる!」
氷結魔法【水晶魔光槍】
ローセルは口から閃光のように氷の槍を吐き出した。しかしそれは俺に向けてではなく、キュイールに向けられたものだった。
「――――」
身体が勝手に動く、キュイールをかばった俺の肩を氷の槍は貫き、そのまま後ろの壁に磔にされた。
よかった、まだ何とか人間の心を持ってたみたいだ。完全に飲み込まれていたら、キュイールのことはお構いなしだったかも知れない。
「ユウシさん!!」
キュイールが叫ぶ。
「くそ……油断しちまった」
「ユウシ!」
「ね、ねぇ……協力してくれる? あ、あたしがとっておきの魔法を使うから、時間を稼いで欲しいの」
「でも、そんな身体じゃ……」
「あたしのことはどうでもいい! 今しかないの! アイツだけは倒さないと……お祖母様とお母さんとお父さん……村のみんなの仇なのよ! アイツが死ななきゃ終わらないの!」
「そうね、私も兄を魔族に殺されてるから、その気持ちはよーくわかる。なんとか……やってみる――」
磔にされた俺を見てローセルは狂ったように笑う。
「キャーハハハハ!! 思った通りだ! いーい眺めだな、死ぬのはてめーなん――」
「――油断し過ぎなんじゃない?」
ローセルの背後から突き刺したリリアの剣が、腹から突き出し血で染まっている。
「ぐああぁぁ! クソがぁぁ! リリア・メイデクスゥゥゥゥゥ!!!」
目が血走ったローセルがリリアの名前を叫ぶ。
「シーブル!! 今よ!」
「深淵より生まれし紅く猛る灼熱、殺戮の修羅を覆いし漆黒をも呑み込む暁の豪炎よ。血の誓約に従い我に力を与え顕現せよ、森羅万象の理を打ち砕き、全知全能たる力を示し焼き尽くせ」
満身創痍で立ち上がり魔法を詠唱するシーブルに、ローセルは驚愕する。
「や、やっぱり、後ろから眺めてるだけってのは……はぁはぁ……性に合わないのよね」
「ま、まさか――その詠唱術式は……仲間も全員巻き添えにする気かよぉ!!」
シーブルの両手から炎の竜巻が発生し、炎は轟音を放ちその激しさを増していく。
「そ、そんな訳ないでしょ。ブ、ブリーズお祖母様に教わった魔法の改良版よ……死ねローセル!」
リリアはローセルから剣を引き抜き退避する。
詠唱魔法・神炎術式【閃熱炎放射】
シーブルが両手を突き出すと炎が光線のように射出されまっすぐローセルを撃ち抜くと、ローセルの身体を中心に炎の球体が形成される。
炎の球体の下側に魔法陣が現れ球体を包み込んだ、やがて魔法陣は光の膜となり、排出される熱気が抑えていく。
「はぁ、はぁ、き、球体を光の膜で覆ってしまえば、辺り一面焼き尽くすことはないのよ。中の温度は、三千度にも達するわ……これで終わりよ」
「ぐぁぁぁぁぁぁ!! 人間共がぁぁ!」




