第二十一話 叛逆の魔女
キュイールが目をつぶる――しかしハルファの攻撃は来ない。キュイールがゆっくり目を開けるとハルファの腕は掴まれていた。
「キュイール、カッコいいじゃねぇか? 後は任せてすっこんでろ」
「離せてめぇ! 何邪魔してくれてんだよぉ……バレフォールの旦那をどうしたぁ!」
ハルファはユウシの手をほどこうと、腕を振り回しながら喚き散らす。
「さぁね、お前みたいなクソ野郎に教えてやることなんて何もねぇよ」
「まさか!? 旦那を……」
ハルファは驚きを隠せない様子で狼狽える。
「おい、リリア。もうギブアップか、まだやれんだろ?」
ブレイブスキル・聖斬撃【覇王一刀両断】
リリアはハルファの身体を縦に真っ二つにした。
「あ、当たり前でしょ……」
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キュイールは回復魔法を使い、リリアの傷の手当てをする。
俺の腹の傷は、神炎の加護のおかげで血は止まっていた。
「キュイール、回復する魔法使えたんだな?」
「ユウシと行動を共にしてから、そんな大きな怪我をしてなかったからね。少しくらいの傷なら私の加護で回復出来るし」
キュイールの代わりにリリアが答える。
「戦闘中に使える程器用ではありませんがね。癒しの加護を持っている訳でもないので効果は薄いですが……そ、それより、助けて頂いて……あ、ありがとうございます」
キュイールは照れ臭そうに顔を赤くして言った、それを見た俺は微笑む。
初めてこいつが素直に礼を言ったな、まぁ不本意ながらといったとこだが……まぁよしとしよう。
「俺はてっきり従者ってのはピンチになると、ご主人様見捨ててさっさと逃げるもんだと思ってたけど、さっきのはちょっと違ったな」
「な、何を言ってるんですか。私は従者です!! リリア様を――」
「――わかったから、ありがとうキュイール」
リリアにお礼を言われて、キュイールはさらに顔を赤くして照れている。
「それよりユウシ、さっきのバレフォールってヤツ……本当に倒したの?」
「いや、それが何か途中で消えていなくなっちまったんだよ」
リリアが怪訝な顔をする。
「確かバレフォールって公爵だよ。それに公爵の中でも実力者の『アスタロス』って悪魔の仲間だったはず。何でここにいたのかな」
「ふーん、でもあいつ去り際にベルゼの名前を口にしやがったんだ。あのクソガキが一枚噛んでるのかも知れねぇな」
その会話を聞いたキュイールが、ゲンナリして顔を伏せる。
「また魔王七柱ですかぁ」
「そういや前にリリアもそんなこと言ってたな。何だよ、その魔王七柱って?」
キュイールはゲンナリしたまま、ため息をつく。
「魔族の序列は、皇帝・王・公爵・侯爵・伯爵――」
「キュイール、悪いんだけど長くなりそうだから要点だけ頼む」
「わかりました。魔王七柱は、ルシフ・サタン・ベルゼ・レヴィ・ベルフェア・マーモ・アスモスという七人の魔王のことですね。この上に皇帝エレグリオスがいます」
「バレフォールより強いのがベルゼ以外にそんないるのかよ……ヤバイ、ちょっと心折れそう」
俺はそう呟いた。さっきバレフォールと戦って、結構無茶なことをしようとしているのが、少しわかったからだ。完全にナメてた、今まで苦戦という苦戦がなかったからだ。リリア達がやたらと慎重なのをようやく理解出来た。
「ユウシそろそろ行こうか、私の傷もだいぶよくなったし」
俺達は玉座の間にローセルがいると予想して、そこに向かった。階段を上り四階くらいまで来て、絨毯に沿って進むと装飾が施された扉が見えた。玉座の間の扉を前にして、軽く深呼吸してから扉を開けた。
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天井が高く、床には白い大理石が敷き詰められている。壁や柱に豪華な装飾が施された、だだっ広い部屋の奥は段差がある。
その先の立派な椅子に、青いドレスを着た猫目の悪魔が足を組んで座っている。
悪魔が見下ろす視線の先でシーブルは血塗れになって倒れていた。
「あら、遅かったのねぇ……待ちくたびれちゃったわ、ねぇシーブル?」
「てめー……まさか、そいつを殺した訳じゃねぇよな?」
思わず口走ったが明らかに失言だった、俺達とシーブルの繋がりを感じさせる発言だ。その証拠にローセルはニヤッと口角を上げて鼻で笑った。
あのマスターの話が本当なら、ローセルの目的はシーブルの魔法薬だ。簡単に殺すとは考えづらい、だからこそ思わず口にしてしまった。
相手からしたら『なんで殺す訳ない』なんて思うんだ? って話だ。
「へぇ、お仲間を殺されて怒っちゃったってとこかねぇ」
「はっ、何言ってやがんだよ。そのクソ生意気なガキは、俺がこの手で始末したかったって言ってんだよ」
ローセルはカマをかけたみたいだったが、俺は何とか誤魔化して切り抜けようとする。
「キャハハ、そうかい。それなら心配ないわよ……こいつは気を失ってるだけ、殺してない。このガキには死ぬまで魔法薬を作らせるんだから。ただ……嘘をついた罰で、少しばかりお仕置きをしただけさ」
「そうか、なら安心したよ」
「それより、バレフォール達はどうしたの?」
「バレフォール? あいつならどっか逃げちまったよ。他のヤツは死んだ」
「ちっ、どいつもこいつも使えない……」
「本当に最低ね、その娘は仲間じゃなかったの!? そんなんだから、お仲間はみんないなくなるんじゃないの!?」
「うるせぇな……ってあら、アンタが聖女リリア・メイデクス? 見惚れちゃうほど綺麗な顔ね、嫉妬しちゃうわ。殺すのがもったいないくらい」
ローセルは立ち上がり、シーブルを軽く蹴飛ばした。するとシーブルは意識を取り戻し、ゆっくり立ち上がる。
「おらシーブル、潔白を証明するんだろ? あの威勢のいい聖女どもを殺るよ、援護しな」
「おい、キュイール。お前は離れてろ、巻き添え食うぞ」
キュイールは「はい」と返事をして、少し離れた場所に移動した。こんな時ばっかりは素直なヤツだ。
リリアが小声で俺の名前を呼ぶ。
「シーブルはどうするのよ? このまま戦うことになるのかな……」
「正直わからねぇ、今度会ったら相手になるって言ってたしな。出たとこ勝負だ」
「それって、成り行きに任せるってこと?」
「他にいい案でもあんのかよ?」
リリアは黙り込み、ローセルを睨みつけた。どうやら何も思いつかなかったようだ。
ローセルは不気味な笑みを浮かべて、腰に下げた剣を抜く。美しく透き通った氷で出来た剣から、ドライアイスのような冷気がまとわりついている。
「楽しませてもらうわよ、リリア・メイデクス!」
テクニカルスキル【超加速】
猛スピードでローセルが距離を詰める、リリアは咄嗟に加護を発動させた。
勇気の加護発動【身体能力上昇】【自然治癒力上昇】【俊敏上昇】【属性解放】【オートプロテクトフィールド展開】
甲高い金属音が鳴り響く、リリアは何とかローセルの初撃を剣で受け止める。
神炎の加護発動【身体能力上昇】【自然治癒力上昇】【俊敏上昇】【属性解放】【オートプロテクトフィールド展開】
俺も加護を発動させてローセルに斬りかかる。しかしローセルはリリアの剣を弾き返して、距離をとって華麗に躱して見せる。
「ユウシ! 伏せて!」
ブレイブスキル・聖斬撃【閃光切断】
リリアの放った青白く輝く斬撃が、俺の真上からローセル目がけて飛んで行く。
氷結魔法【水晶防御壁】
光の斬撃はローセルの手前で、氷の壁に弾かれてしまった。
「シーブル、あたしを守ってる暇があったら攻撃しろよぉ? アイツらを殺さないと無実は証明出来ないだろ」
「くっ…………」
氷の加護発動【身体能力制限解除】【継続回復】【魔力増幅】【属性限界突破】【俊敏制限解除】【フォースシールド展開】
シーブルの身体を包んでいた冷気が、吹雪に変化する。その様子を見たリリアは驚いて声を上げた。
「嘘! あの娘、上級加護まで使えるの!?」
「くそっ最悪の展開だ! やるしかねぇのか」
「まずアンタから殺そうか。龍神のおにーさん」
声がしたと思ったら、もうローセルが剣を振り下ろしている。シーブルに気を取られていた隙を狙われてしまった。安物の剣で何とか受け止める、かなり重い一撃に不安になる。いつまで持つのか……折れたら最後、死ぬだけだ。
フレイムスキル・炎斬撃【炎龍一閃 】
炎を帯びた斬撃を軽々とローセルは受け止める。
「加護を二つ持ってるんでしょ? 嘘みたいな話だけど……あたしにも見せてよぉ、龍神の加護ってのをさ。龍神のおにーさん!!」
剣を合わせたまま、ローセルは回し蹴りを繰り出す。咄嗟に障壁を張ったが突き破られて、蹴り飛ばされた。壁にめり込み、崩れそうになる。
「ぐあ! 痛てぇなこのやろう」
「ユウシ!」
「よそ見してる余裕あるの? 聖女様」
氷結魔法【氷吹雪】
「きゃあ!」
シーブルの放った魔法でリリアは吹き飛ばされ、俺に目がけて飛んできた。
「痛てぇなリリア! 何してんだよ」
「ごめん、ユウシ不意をつかれ――」
氷結魔法【大氷槍】
氷で出来た巨大な柱が、俺とリリアに向かって飛んで来る。しかし氷の柱は壁を突き破り、大きな穴を開けた。ガレキに埋もれてここが四階だったことに気が付いた。
「おい、リリア……俺達、落ちてるな」
「かなりまずいわね……私達は落ちても少し怪我する程度だけど、あそこにはキュイールが残ってる……」
「リリア様――――!!!!」
キュイールの叫ぶ声が遠くなっていく。俺達は障壁を張って落下の衝撃に備えた。
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「シーブル……ワザと外したんじゃないだろうねぇ? 加護持ちの人間はこんくらいの高さから落ちたって死にゃしない。もしワザと外して逃したんだったら……どんな目に遭うかわかってるよなぁ」
ローセルは凍りつきそうなほど冷たい目で、シーブルを睨みつける。
「も、申し訳ありません。そんなつもりでは――」
「じゃあそこに残ったもう一人の仲間を殺せ。ただの人間だ、出来るだろ?」
キュイールは一人取り残された恐怖で、固まっている。恐らくリリアとユウシはここへ戻って来るだろう、でもその頃には自分は死んでいると容易に想像出来たからだ。
「ローセル様、こいつは人質として生かしておいた方が――」
「――人質なんかいらないんだよ、このあたしがそこまで追い込まれるとでも思ってんのかよ? アイツらは、そいつが生きてようが死んでようが、どっちにしても戻ってくるさ」
シーブルは黙り込んで拳を握る。
「もういい、あたしがやる」
煮え切らないシーブルの態度にイラついたローセルは、キュイールに向かって距離を詰めて剣を振り上げる。キュイールは死を覚悟して、思わず目をつぶってしまった。
氷結魔法【水晶防御壁】
「――――」
ガキンと音がしてキュイールが目を開けると、そこには氷の壁があった。ローセルの剣は氷の壁に弾かれてしまった。
「あれ……死んでない」
シーブルは冷や汗を流す。どうしようもなかった、見殺しには出来なかった。しかしもう、こうなってしまっては何も言い訳出来ない。
「シーブル……ようやく本心を見せたねぇ」
手足がガタガタと震えだす、やはり恐怖が刻み込まれている。今までずっとローセルに逆らわずに生きてきた。いや『逆らえずに』と言った方が正しい。
いつか必ず家族の仇を取ると心に決めていたが、いざその時が来ると、当然のように刻み込まれた恐怖心が顔を覗かせる。
覚悟を決めるしかない、何もしなければまた誰かが死ぬのを見るだけだ。小細工も嘘も思いつかない、正真正銘最後の賭けに出るしかない。
震える足を押さえつけ、シーブルは勇気を振り絞り、隠し持っていた小瓶の液体を口に流し込み覚悟を決めた。
「ここで……全てを終わらせる!」
「回復薬を隠し持ってやがったのかぁ。シーブル、随分反抗的な目じゃんかぁ……やる気かよ? 足が震えてんぞぉ」
「ローセル!!! お前を殺してやる!」
シーブルは逆上して叫ぶ。その目は血走っていた。




