第二話 神さまの借金取り
お互い目をそらさず一触即発の沈黙が続く中、ベルゼが先に沈黙を破る。
「何甘っちょろいこと言ってんだよ? 死にたいのユウシ」
「ベルゼ、女の人に乱暴しちゃいけねぇって母ちゃんに習わなかったのか? そういうのは俺の仁義に反するんだよバカヤロウ」
「へぇ、子供の腕を斬り落とすのはいいのかい?」
「――ただのガキじゃねぇんだろ?」
「――」
軽口で返答すると同時に、ベルゼは凄まじいスピードで回し蹴りを繰り出したが、それを片手で受け止めた。
辺りに衝撃波が走り、瀕死のリリアが呆然として呟いた。
「な、何よ今の……? こ、攻撃が……見えなかった……」
「へぇ……今ので殺すつもりだったけど――」
ベルゼを睨みつけると、俺の身体を包んでいた炎の色が突然変わっていた。その色は普通の炎と違い、白い炎だった。
「――これは、神炎の加護じゃない? 白い炎……バカなありえない、まさかこれは……龍神の加護も!?」
ベルゼが初めて狼狽えて見せたが、目をそらさず睨み続けていると、ベルゼはポツリと呟いた。
「おもしろい……」
やがてまたにっこりと笑ってベルゼは言った。
「そうだユウシ! 僕の仲間にならない?」
「冗談だろ? 俺はガキが嫌いなんだよ」
「あははは、やっぱり? でも即答で断られるなんて傷つくなぁ。まぁ面白いものが見れたし、今日の所はこれで帰るとするね。やっぱりお楽しみはあとに取っておくことにするよ、腕もとれちゃったし。でも何にもしないで帰ったら、ルシフに怒られちゃうかも知れないからさ……これは置き土産だよ」
召喚魔法【リムドブルム】
ベルゼが残った手を上げると、空に巨大な魔法陣が描かれる。その魔法陣の中心から唸り声をあげながら、巨大な化け物が現れた。ゲームやアニメの世界でよく見かける姿をしている『ドラゴン』ってヤツだ、こんな世界だ……もう驚かない。
「後はあの子に任せて、僕は退散するよ。じゃあねユウシ、また遊ぼう!」
ベルゼはそう言い残し、一瞬で姿を消す。斬り落とした腕と黒い鎌も同様に消えてしまった。
何が『また遊ぼう』だ、これだからガキは嫌いなんだ。それより、人間――いや人間かわからんが、腕を切り落とすなんてこと、どうして何の躊躇もなくできたんだ……。
自分でも驚きだ。今まで刃物なんざ、脅す道具くらいにしか思ってなかったからだ。
しかしそんなこと考えてる場合でもない、状況はどんどん悪くなっている。俺は空を見上げて、バサバサと飛びまわるドラゴンに視線を合わせた。
ちっ、あのクソガキ……それよりアレをどうにかしないと、みんな死んじまうよな?
町の住民はドラゴンを見て、逃げ惑いパニック状態だ。
「あ、ありがとう、あなたは……やっぱりベルゼの仲間じゃないのよね?」
リリアは満身創痍の状態だった。あちこちに切り傷やすり傷がある。不安そうな彼女を見つめていると罪悪感なのか、何なのか胸が痛くなってくる。
俺はベルゼをここに連れてきてしまったことに、責任を感じているのか? それとも彼女を――もう自分のことがよくわからなくなってきた。
こういう時は『自分が正しいと思ったことをする』もちろんそれが間違ってたこともあるが、俺はそうやって生きてきた。
「大事な決断をする時は、自分の気持ちに真っ直ぐ向き合うべき……って、昔オヤジに言われたな」
俺は彼女の綺麗な青い瞳を見つめた……答えはすぐに出る――そうだ。
――俺は彼女を守りたい。
「仲間じゃねぇけど……あのガキを連れて来たのは俺だ。だからあのドラゴンは俺一人でやる。悪りぃけど、お前の剣もうちょっと貸しといてくれ」
行動原理は素直に認めるが、彼女にそれをそのまま伝えられるほど素直じゃない。結局俺は罪悪感を隠れ蓑に使った。
「何を言ってるの! あれはリムドブルムよ、一人で倒せる訳ないでしょ。一旦退いて住民の避難を優先するべきだわ! それで体制を整えてから応援を……」
俺はリリアの言葉を無視してリムドブルムに向かって歩き出す。
「って、ち、ちょっと聞いてるの!?」
『倒せる訳がない』本当にその通りだ――普通ならあんな巨大なドラゴンが、優雅に空に飛んでいるのを見たら、戦うことより逃げることを考えるだろう。
なぜかわからない、驕っているのか――いや違う『殺れる』そう確信があった。
この世界に来るまでの俺とは比べ物にならないくらい、身体能力ははね上がっている。
――お前さんの本当の力を解放する――
こう言ったあのジジイの言葉に嘘はなかった。
だがそれだけじゃない。この白い炎に全身が包まれてから、なぜかはわからないが感覚的にどう戦えばいいのかわかる。
その時、空からドラゴンが町に降りて来て口から炎を吐き出した。
「させるかよ!」
ドラゴンに向かって突進すると、炎が火炎放射器のように、こちらに向かって放出される。すさまじい熱気で、地面に敷き詰められている石が溶け出す程だ。
しかし身体の周りの白い炎が、バリアのようになって炎を無効化している。こうなることも感覚的になぜかわかっていた。
身体が勝手に動く、まるで覚えているみたいに……昔の記憶を辿るように。ドラゴンの炎をものともせず距離を詰めていった。
ドラゴンは唸り声を上げて威嚇し、俺に狙いを定めてさらに炎を吐き出す。そんなことはお構いなしに懐に入り込むと、ドラゴンは腕を振り上げた。巨体から繰り出される鋭い爪を、地面すれすれでかいくぐる。
よけた爪は地面を抉り、粉砕された石が舞う。もし直撃したら身体は引き裂かれて、即死するだろう。
すれ違いざまに腕を斬りつけて、クルッと剣を逆手に持ち替える。身体を回転させながら、その遠心力を利用してドラゴンの横っ腹に、剣を突き立てた。巨体を覆っている鱗は割れて、その先の肉にまで深く刃が滑り込む。
「ギャアアアアアアアアアアアアアア!!!」
鼓膜が破れるかと思う程の咆哮だ。剣を引き抜き、回り込んでまた剣で斬りつけると、血しぶきが舞う。
ドラゴンの血がべっとりと俺の手に付着した、それは生々しく殺し合いという事実を実感させる。俺も死にたくないし守らなきゃいけないものがある、こいつも死にたくない。だからお互いが相手を殺すしかない――その瞬間俺の中に明確な殺意が生まれた。
俺の思考が死で染めあげられ、急激に頭の中が冷たくなっていく。
――殺す殺す殺す――ころすころすころす――コロセコロセコロセ――
俺は自然と口角が上がり、笑顔になっていた。
「また飛ばれたら厄介だな、まずは飛べないように翼を斬り落とすか」
ドラゴンは爪で攻撃を繰り返すが、動体視力が上がってるのか爪の軌道が目で確認して予測も出来る。爪をかいくぐり、何の躊躇いもなく翼と胴体の結合部分を渾身の力で斬りつけた。
「す、すごい……う、嘘でしょ……リムドブルムをたった一人で圧倒するなんて」
倒れたままのリリアは、俺の戦いぶりを見て驚きを隠せない様子だ。
翼の結合部から血しぶきが舞い、俺のスーツに血が付着した。
「汚ねぇな……」
もう感情は殺意に支配されていた、何も感じない。怒りも憎しみも悲しみも、なぜ戦ってるかもどうでもいい。どこを斬って、どうやって殺すか、この瞬間はそれだけだった。
翼が取れるとドラゴンは狂ったように暴れ出す。そして俺に向けて口から炎を吐き出した。
「グォオオオオオオオオオオオオ!」
「だから効かねぇって……もう終わりだ、その頭を斬り落としてやる」
俺は巨大なドラゴンの身体を駆け上り、ジャンプしてドラゴンの頭上に舞い上がる。体重を乗せた渾身の力で、ドラゴンの首の付け根に刃を入れる。
――俺はドラゴンの首をはねた。
断末魔を上げる間も無く大量の血が噴き出し、痙攣している。やがてドラゴンは動かなくなった。
俺はリリアの元に歩いて行き、何も言わず借りていた剣を手渡す。
「――――」
返り血を浴びた俺の姿に、リリアは一瞬恐怖に怯えたような表情をした。彼女を顔を見てふと我に返る、すると俺の身体を覆っていた白い炎も消えた。
俺は顔についた血を袖でふき取り、彼女に手を差し伸べる。すると怪訝な顔をして、戸惑いながらも手を掴んだ。
「あなたは、一体何者なの……?」
リリアを引き起こし、一呼吸して質問に答えた。
「俺は……神さまの借金取りだよ」