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第十八話 復讐の誓い

 住民の叫び声が響き渡り、町中がパニックになっている。

 シーブルはその光景を見て身体が震えだし、あの日の記憶が(よみがえ)り両手で顔を(おお)って呟いた。


「あ……ああ……やめて、もうやだよ……」


「おい、シーブル何してんだ? 行くぞ」


 シーブルは一瞬で恐怖に支配され、バラクの言うことに逆らえなくなり無言でついていく。

 広場の中心に降り立ち、バラクは手を数回叩き周りを見渡した。注目を集めて大声で話しだすと、住民の顔はみるみるうちに青くなる。


「はい注目! 僕は魔族の公爵ローセル様の使いでやってきたバラクだ。たった今からこの町の皆さんは、ローセル様の支配下に入ることになりました! 皆さんは死にたくないよね? なので町の代表者いるでしょ? 助かる方法を教えやるから出て来いよ!」


 警戒した町の住民達がバラクとシーブルを取り囲む。


「いきなりそんなことを――」


「――逆らうと死んじゃうよ」


 シーブルが気づいた時には、反論(はんろん)しようとした男の喉をバラクの槍が貫いていた。


()()()()()()


 バラクが槍を引き抜くと血が噴き出して男が倒れると、血溜まりが出来る。

 シーブルは心臓の鼓動が速くなり、胸を押さえて後ずさりした。

 目には恐怖と悔しさで涙が溜まっていく。


「早く出て来ないと人間がどんどん死んでくよ? 次はどいつにしようかなぁ」


 バラクが次の犠牲者(ぎせいしゃ)を探し始めると、意を決したような表情をして一人の男が一歩前に出てバラクを睨みつける。


「わ、私がこの町の町長エスカルドだ……お前は一体何が望みなんだ……?」


 バラクはニヤニヤと笑いながら、エスカルドに槍を突きつけた。


「この町の住民全員から一人五万リア集めて、毎月僕達に支払えばこれ以上何もしないよ。お前が断るならこのまま殺す、断らない代表者が出てくるまで殺し続ける。簡単だろ?」


 エスカルドは言葉に詰まり顔色が変わり、目をつぶり息を吐き出した。


「わ、わかった……言う通りにしよう」


「なかなか利口な人間だな、それでいい。この町の住民はどれくらいだ? 名簿を持って来させろよ」


 バラクがエスカルドを(おど)している時、後ろからどこかで聞いた声が聞こえる。


「シーブル……シーブル」


 振り向くと見知(みし)った顔が、しゃがんで人差し指を口に当てている。


「ネイブスおじさん……よかった、生きてたのね!」


 ネイブスは焦ってシーブルの口を押さえる。


「声を出すな……一緒に逃げるぞシーブル」


 ネイブスはシーブルの手を掴んで走り出す。


「だ、だめだよ! ネイブスおじさんもバラクに殺されちゃう!」


「シーブルを何とか逃す。ラニアールとフレイアさんの為にも……それにシーブルはブリーズ様の一番弟子なんだ。絶対に生き残らないといけない」


 ネイブスはいつもと同じ優しい笑顔でシーブルに語りかける。

 その笑顔を見てシーブルは涙が溢れ出る。幸せだったあの頃の思い出が蘇る、父と母、そして祖母と暮らしていたあの頃を。今、ここから逃げ出したい、辛くて苦しくて悲しい毎日から逃げられるのなら……死んでしまった家族や村のみんなを(とむら)うことすらままならない、こんな現実から抜け出したい。

 

 ネイブスが差し伸べた手が、彼女には眩しく見えた。


「ネイブスおじさん――」





「――――」





 ネイブスは派手に転び、一緒にシーブルも転んでしまった。


「ぐあああ……足が……足が……」


「どうしたの大丈夫――」


 呻き声を上げるネイブスを見ると、右足の膝から下がなくなって、血溜まりが出来ている。


「いや……いやぁ!!」


 シーブルが悲鳴を上げると、なくなったネイブスの右足を持ったバラクが、不敵な笑みを浮かべて立っていた。


「シーブル何してんだよ? そいつと知り合いなんだったら、お前が()()()を起こさないように殺しておかないとな」


 バラクは手に持ったネイブスの右足を、雷魔法で黒焦げにして投げ捨てた。


 何かが弾けた、頭の中で絶望と恐怖と憎しみがぐるぐる回って、パキンと乾いた音がしたような気がした。逃げられない、逃がす気なんてない、あたしが終わらせる以外に止まらないと、彼女はそう確信した。


 シーブルは心を殺し、覚悟を決めて袖で涙を拭った。


「こんな男は知りません……だから殺す必要はありません。この男はあたしを誘拐してこの町から逃げ出そうとしただけです」


 シーブルはネイブスを睨みつけ、顔を踏みつけた。


「バラク様に楯突(たてつ)くな……死にたいのかお前。あたしはこれ以上死人は出したくない、死んだ分だけこの町から受け取る金が減るからだ」


 バラクはニヤニヤしながらシーブルを眺めている。


 人が変わったようなシーブルを前にして、ネイブスは驚きが隠せない。


「バラク様、助けて頂きありがとうございます。早く名簿を受け取って次の町に行きましょう」


「ダメだよ。僕に逆らったら殺すって言っただろ、だからちゃんと殺さなきゃな。()()()()()()よなぁシーブル?」


 バラクは槍を持ってネイブスに近づいていく。


「バ、バラク様! 一人五万リアなら一年で六十万リア、十年で六百万リア。こいつを殺したらそれだけの損失です、この町の人間をこれ以上殺すのは得策(とくさく)ではないと思います」


 バラクが足を止め、しかめっ面をして頭を掻く様子を見てシーブルはさらに続ける。


「もし、資金不足で魔法薬の研究が遅れたらローセル様は何て言うでしょうか?」


 これは駆け引きだ。バラクを説得出来なければ、ネイブスの命はない。

 焦りと不安と緊張でシーブルの額から冷や汗が流れる。


 口を真一文字に結び、真っ直ぐバラクの目を見つめるとバラクは軽く笑ってため息をついた。


「……そうだな、もうこの町の支配は終わってる訳だしな。ここはお前の口車(くちぐるま)に乗ってやるよ、広場に戻るぞ」


 バラクの言葉を聞いてシーブルは安堵し、胸を撫で下ろす。そしてシーブルは隙を見てネイブスの懐に回復薬をこっそり入れ、バラクの後ろについて行った。


 ネイブスはシーブルの後ろ姿見つめながら、痛みと悔しさで涙を流し呟いた。


「シ、シーブル……俺は何て無力なんだ……本当にすまない」


 溢れ出そうになる涙を必死で堪えながら、シーブルは復讐を誓った。


 もう誰にも頼らない、もう誰も死なせない、ローセルを必ず殺して全てを終わらせる。

 その為には力が必要だ……。




『力がないと何も守れない』




 あの時のローセルの言葉が脳裏に蘇り、頭にこびりつく。

 その通りだ――ローセルを圧倒する程の力を手に入れるしかない。


 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 シーブルは昔の出来事を思い出しながら、そのまま眠ってしまった。

 朝方になった頃、ドアが開く音でシーブルは目を覚ます。

 


「おや、起こしちまったかい……シーブル?」



 声を耳にした瞬間に声の主が誰なのか理解すると、シーブルの額から冷や汗が流れる。恐怖心を押し殺し、ゆっくり声がする方向に視線を向けると、不気味な笑みを浮かべたローセルが立っていた。


「顔色が悪いねぇ、何か悪い夢でも見たのかい?」



 シーブルは自分を落ち着かせるように、胸に手を当てて呼吸を整える。


「これはローセル様、どうやら悪い夢を見たようです。こんな時間に何の御用でしょうか?」



「ふふん……ちょっと一緒に来てもらおうか? 訊きたいことがあるんでねぇ」


 ローセルはニヤニヤしながら舌舐めずりをする。その顔を見たシーブルは全てを悟った。バラクを殺したこと、ユウシ達を見逃したこと、全てローセルに見透かされていたことを。


 シーブルは寝起きで頭をフル回転させるが、何も知らないフリをするくらいしか思いつかない。とりあえず、ローセルの言う通りにするしかない。恐らく軽い拷問を受ける程度だろう、ローセルの目的はあくまでシーブルの作る魔法薬だ。殺すことはしない、今までもさんざん痛めつけられてきたが、魔法薬作製のおかげで五体満足で拷問は終わる。


「はい、ローセル様」


 シーブルの返事を聞き、ローセルは踵を返して歩き出す。


 なるべく動揺を隠し、余計な発言をせずにローセルの後に続いて歩きながら考える。今日このまま勝負をかけるか? ユウシ達を巻き込めばあるいは――いや、ダメだ。彼らを死なせることになるかも知れない、もう誰も巻き込めない。それに彼らはこの場所を知らない、当然ここには来ない。自分一人でうまくやり過ごせるか? 考えがまとまらないまま、気が付いたら玉座の間までやってきていた。


 ローセルは玉座に腰を下ろし、シーブルの目を真っ直ぐ見る。とりあえず跪き、下を向いて目を逸らす。



「シーブル……もう一度訊く。バラクはどうしてる?」


 ローセルは「もう嘘をつくな」と言っているのだと理解した。しかしここで本当のことなど言える訳がない。シーブルは咄嗟に嘘を捻り出した。



「申し訳ありません、ローセル様。昨日、バラク様と合流した際に、聖女とその仲間と数名と一戦交えました。しかし、バラク様は手傷を負い……この失態をローセル様に報告するなと申され、汚名を返上すべく聖女どもをお一人で追っていかれました」


「どうしてお前はバラクと一緒に追わなかったんだぁ? のこのこ一人で戻るなんて――」


 突然ローセルが立ち上がり、シーブルの顔を蹴り上げた。


「――このあたしに嘘ついてんじゃねぇよ!」


 顔を押さえてうずくまるシーブルを、ローセルは何度も蹴りつける。顔は腫れ上がり、鼻から血が吹き出す。それでもローセルはやめない、薄ら笑いを浮かべてシーブルを痛めつける。口から血を吐き出し、大理石の床はシーブルの血で赤く染められていく。


「あたしをナメてんのかぁ! シーブルよぉ。誰を相手にしてると思ってる!? あたしの恐ろしさを、また刻み込んでやろうかぁ?」


「ロ、ローセル様……本当です。バラク様が……」


「バラクのせいにしてんじゃねぇよ、最初にあたしが訊いた時に嘘ついたのはテメーだろうが!!」


 ローセルの蹴りがシーブルのみぞおちにめり込み、シーブルは悶絶する。今は耐えるしかない、ここで勝負をかけても死ぬだけだ。今までの苦労も水の泡となる。


「ゴホッゴホッ……も、申し訳ありません……ローセル……さ、様」


 ローセルはシーブルの首をつかんで持ち上げると、その時大きな音がして城全体が少し揺れた。


「何だ? この音は……」


 ローセルはシーブルを投げ捨てて、再び玉座に腰を下ろした。シーブルは呼吸を整えて、拳を握る。



「爆発か、地震ではなさそうだな。何か来やがったか、もし聖女どもがここへ乗り込んで来たんなら……シーブルよぉ、潔白を証明するチャンスってヤツだ」



 シーブルはローセルの意図を察して、息を飲む。しかし、本当にユウシ達だとしたら……おかしい。この城の場所は教えていない、この辺りを闇雲に探しても、こんなに早く見つけ出すなんて考えられない。


 ローセルはニヤニヤしながら、倒れたシーブルを見下ろした。足を組み直し、肘掛けに腕に置き頬杖をつく。


「どうしたシーブル、本当に相手が聖女どもだったら、バラクはもうやられたってことだ。相棒の敵討ちが出来るんだから、もっと嬉しそうな顔しろよ? キャハハ」


 明らかにローセルはこの状況を楽しんでいる。そんなローセルにシーブルは反吐が出そうだったが、だんだん意識が遠くなっていく。悪魔の高笑いを聴きながら、シーブルは気を失った。


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