第十六話 裏切りと苛立ち
「シーブル……お前、やっぱそいつの仲間なの?」
シーブルは俺の言葉を聞いて、また鼻で笑った。
「――まさか」
氷結魔法【氷結刃斬】
シーブルは振り向いて、何の躊躇もなく氷の刃でバラクにとどめを刺した。
口から血を吐き出し、顔を歪ませてシーブルの目を睨みつける。
「てめーシーブル、く……このグズが」
シーブルはバラクが息を引き取る様を、無表情でただ眺めている。まるで虫が死ぬのを見るような目で、ただ見つめていた。
俺はシーブルの行動を見てニヤリと笑った。
「何だ、やっぱりお前もバカじゃねぇか」
「あんたよりましよ」
するとリリアとキュイールが駆け寄ってきた。
「ユウシ……あなた本当にめちゃくちゃね。まさかこんなに早くカタをつけるなんて思わなかったわ」
リリアは素直に感心しているが、キュイールは顔が引きつっている。龍神の加護を使って俺が戦うのを初めて見たからだろう。これで少しは敬意を払ってくれれば――突然痛みが走った。
俺は加護の反動で身体中が痛むのを我慢して、気取られないように平静を装う。
「ま、まぐれに決まってる。悪魔をあんなあっさり……絶対まぐれだ」
キュイールはブツブツと文句を言って、現実を受け入れようとしない。しかし今はキュイールに構ってる場合じゃなかった。
「本気でローセルをやるつもりなのね。でもあいつはそんなに甘くないわよ……バラクとは次元が違う。本来バラクだってそんな弱い悪魔じゃないわ、人間をナメてかかる癖があるからあっさり殺れただけ。バラクが最初から本気だったら、負けはしなかっただろうけどもう少し苦戦はしたかもね」
シーブルは険しい表情をする。しかし俺はシーブルの心配をよそに鼻で笑ってやった。
「相手がどうとか関係ねぇよ? 俺はそのローセルってヤツが気に入らねぇ、相手が誰であろうがぶっ倒す。それだけだ」
「あなたも悪魔をナメてかからない方がいいわよ、ああはなりたくないでしょ?」
シーブルはバラクの死体に目をやる。
「ふんっ、ご忠告痛み入るよ」
「――はぁ」
身体の痛みに耐えているのがばれたのか、それともただの強がりに捉えられたのか、シーブルはため息をついた。リリアはシーブルの様子を見て、コホンと一つ咳をした。
「ユ、ユウシの言ってることはともかく、そういう訳だからシーブルも力を貸してくれないかな? とりあえず、ローセルの居場所を教えてくれるだけでいいから。後のことは任せて」
シーブルは目を閉じて少しの間考えてから、目を開きまたため息をついた。
俺のいた世界じゃため息を吐くと幸せが逃げるんだぜ? と言ってやりたかったが、ずっと全身の痛みを我慢しているせいか、余計なことを言う余裕はなかった。
「はっ……任せる? 本当におめでたい連中ね。さっきも言ったでしょ? ローセルはバラクとは次元が違うって、あたしはアンタ達と組む気なんてない」
「じゃあ何でアイツにトドメを刺したんだよ?」
「アタシは前からバラクが気に入らなかった。いつか殺してやろうと思って機会をうかがってた……その機会が来ただけよ」
「面白半分で首突っ込んでると、今度はその首が斬り落とされることになるわよ。早いとこ帰った方が身の為ね、また私の前に姿を見せたら……今度はあたしが相手になるから」
シーブルは握りしめた拳を震わせて、俺の目を真っ直ぐ睨みつけてくる。
「俺達を脅してるつもりかよ?」
「そう取ってもらって構わないわ」
キュイールはシーブルの顔色をうかがいながら口を開く。
「それでは私達はこれで退散しま――」
「――キュイール! 何言ってんのよ!」
リリアがキュイールの頭を軽くはたくと、キュイールはしょんぼりして口を尖らせた。
俺はどうもシーブルを悪者とは思えない、さっきもそうだったが、バラクが来た時も俺達を庇うような行動を取っている。
リリアも何となくそれを察しているようだった。恐らくシーブルは俺達を関わらせたくないのだろう。拳を震わせてるのは、シーブルも心が揺れているからかも知れない。それに俺達と組むのは確かにリスクが高い。今表立って裏切るよりも、ローセルの信頼がある現状の方が何かと動きやすいのも事実だ。
「いいからとっとと帰れ! あたしの邪魔するな、どうせアンタ達には何も出来ない!」
「よし、わかった。こうしようぜ? お前は今日ここで俺達に会ってないし、バラクは俺達がやった。お前は何も知らない、それでいいな? 城に戻ってローセルの手下やってろよ。お前にはお前の戦いがあるように、俺達にも俺達の戦いがある。それを止めようってんなら――今ここでやり合うしかねぇな」
「ちっ」
シーブルは舌打ちをして顔を伏せ、歯を食いしばる。そして顔を上げ真っ直ぐ俺の目を見つめた。
この時シーブルが何を思っていたのか、俺はよくわからなかった。悔しいとか嬉しいとか、そういう感情が入り混じっているような……そんな表情をしていた。
「あっそ、勝手にすれば! せいぜい気をつけることね!」
そう言い残し、シーブルは飛んで行った。
「ユウシ、あなためちゃくちゃな人だけど……意外と優しいのね。シーブルを助けるつもりなんでしょ?」
「ちっ……」
俺はリリアに見透かされたような気がして、今度は俺が舌打ちをした。キュイールはリリアの言っていることがわからず、首を傾げている。
最低とか冷たいとかは言われ慣れてるが、優しいなんて言われたことはあんまりない。言われた時は決まって機嫌が悪くなる。悪い癖だ、自分の中に踏み込まれてるような気がして、つい壁を作ってしまう。
「さて、問題はどうやってローセルの居場所を見つけるかね……」
リリアが頭をひねって考えている。
「行きゃあ何とかなるだろ? それに俺は優しくなんかねぇよ」
骨が軋む痛みに耐えながら言い放った。
「『行きゃあ何とかなる』って、どこに行くのよ? それがわからないと動きようないでしょ」
リリアの意見はもっともだ、正論過ぎて何も言えない。思わず言葉に詰まると、キュイールが腕を組みながら不敵にわっている。
「ふっふっふっ……こんなこともあろうかと、さっきの家の中でこの追跡用の魔道具を、氷の魔女の服に忍ばせておきました! この魔法の地図に魔女の行き先が浮かび上がってきます、これでローセルの居場所もバッチリわかりますよ」
得意げにキュイールは魔法の地図を広げて見せる。
「キュイール! やるじゃないの、すごいわ」
リリアが褒めるとキュイールはだらしのない笑みで頭を掻いている。
「お前……ローセルと戦うの反対してなかったか?」
俺は冷静にキュイールにツッコミを入れる。
「――はっ……しまった、余計なことをしてしまった……このままローセルの居場所が分からなければ……余計な戦闘に巻き込まれずに――」
リリアはため息をついてキュイールの後悔する様を眺めていた。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――
森の中の川沿いに進む、水が澄んでてミネラルウォーターとして売ってもいいくらいの名水だ。
魔法の地図に浮かび上がった場所は、『ヘイルスニル城』という今はもう誰も住んでいない廃虚になった古い城がある場所だった。その古城を目指して、俺達は夜通し歩いて進んでいる。この数日で歩くのはいくらか慣れたが、身体中の痛みもあって、俺はかなり気が立っている。
歩きながらキュイールが首を傾げながら、リリアに質問をする。
「リリア様、私はやっぱりわからないんですけど……この男がどうして優しいんですか? あの場で氷の魔女を仲間に誘った方がいいんじゃないですか? まぁあの感じだと無理そうでしたけど」
「多分、あの娘は……危険な戦いに私達を巻き込みたくなかったんじゃないかなぁ。私達にたんか切った時も手が震えてたしね。まぁ、仲間に誘えたらそれはそれでよかったかも知れないけど……ユウシはシーブルの今までの戦いを、無駄にしたくなかったのよ。それに今シーブルがこちら側についても動きづらくなるし、万が一私達が負けたら――」
俺はリリアとキュイールの会話を聞いていて、思わず腹が立った。
「おい、リリア。てめーの物差しで、勝手に俺をわかったような気になってんじゃねぇ! それに俺は負けるなんてこれっぽっちも思っちゃいねぇよ!」
――これだ、自分でも嫌になる。誰かと心の部分が近くなると、つい突き放すようなことを口走る。ただの臆病者だ、大切なものが出来るのが怖い。いつか裏切られて失うのが怖い。恋人がいたこともあったが、いつもうわべだけだった、相手も同じだ。
だから純粋なリリアのことが怖かった、これ以上惹かれたくなかった。
俺が怒鳴ると、リリアは首をすくめた。すると案の定キュイールが食ってかかる。
「おい! リリア様に向かって何だその――」
「――誰かに守ってもらうだけのてめーに言われたくねぇんだよ! 何が聖女を守るだ? 笑わせんなよ? てめーはただの役立たず――」
「――やめてユウシ、もういいでしょ」
キュイールは顔を伏せて、黙り込んだ。つい、こいつが一番気にしていることを言ってしまった。リリアはキュイールの肩に優しく手を置いた。
俺はその光景を見て自己嫌悪する。
「悪い……言い過ぎた」
「いえ……私も余計なことを言ったみたいで、ごめんなさい」
リリアは作り笑いをして、その場を取り繕った。
俺が怒鳴ったせいで気まずい雰囲気になり、しばらく口を利かなくなってしまった。
キュイールは正直よくやっている。戦闘でこそ役には立たないが、それ以外のことは全て任せきりだ。ローセルの居場所を突き止められたのも、こいつのおかげだ。リリアの為にこいつなりに必死なのも伝わってくる。
元々俺はこいつらを利用しようと思っただけだ。俺は俺の目的、つまり金だ。仕事が終わったら、こんな世界とはさっさとおさらばする。
こいつらとはそれまでの付き合いだ……だから馴れあう必要はない。そう自分に言い聞かせた。




