第十三話 絶望と希望
ブリーズはローセルを睨みつける。命乞いをしているのではない、大切な息子達と孫、そして村人達が逃げられる時間を稼げればそれでいい。
「知ってんだぞぉ? もう一人天才とか呼ばれてる魔法薬学を叩き込んだ弟子がいんだろ。もうそいつでいいよ、何処にいるか教えてくんない?」
痛みと苦痛で歪んだ顔が青ざめる、やはりシーブルに狙いが移ってしまった。何としても避けたい事態だったが、もはやどうにも出来ない。自分は余りにも無力だと痛感した。
ローセルはブリーズを蹴り飛ばすと、ブリーズの身体は数メートル吹き飛ぶ。
想像を絶する痛みがブリーズを襲う、加護の力で自然治癒力は上がっているがまるで追いつかない。今にも気を失いそうだが、ギリギリの所で踏み止まっている。
「ぐはぁああっ! はぁはぁ……口が裂けても言うものか! この外道め!」
「婆さん、なかなかの使い手だけどさぁ。老いで魔力が枯れてるよ、お互い老化には悩まされるよなぁ? 婆さんが若い頃だったら、いい勝負が出来てたかもねぇ」
ブリーズは最後の力を振り絞り、魔法の詠唱を始めた。シーブルに教えた未完成の魔法だ。詠唱を必要とする魔法は基本的に禁術に指定されている、術者のみならず近くにあるもの全てに影響を及ぼす魔法だからだ。
「し、深淵より生まれし紅く猛る灼熱、殺戮の修羅を覆いし漆黒をも呑み込む暁の豪炎よ。血の誓約に従い我に――」
「――させないよ」
ローセルは一瞬で近づきブリーズ顔を足で踏みつけ、詠唱を無理やり止める。
「危ねぇな……ったく生意気な婆さんだ、詠唱術式なんか使えんのか。そいつは確か人間のルールじゃ禁呪指定魔法じゃないのかい? 悪い人間にはお仕置きが必要だねぇ」
ローセルは無表情で何の躊躇もせずブリーズの首をはねた。切り落とした頭部はゴロリと転がった。ギョロっとした目は、まるでローセルの顔を睨みつけるようだった。しかしローセルは『何も思わない、何も感じない』転がった頭部をサッカーボールのように蹴り飛ばす。
「私は気が短いんだよ」
ローセルは剣をしまい、翼を広げて空に飛び上がりシーブルを探しに行く。
その頃、フレイアとラニアールは自宅に辿り着いた。フレイアはドアを開けて叫んだ。
「シーブル! はぁはぁ、逃げるわよ! お母さん達について来てちょうだい!」
目を腫らして隠れていたシーブルは、フレイアの声を聞いて飛び出し母親に抱きついた。どれだけ不安だっただろう? まだ幼い我が子を腕に抱きしめ『この子だけは守るんだ』と改めて誓う。
「お母さん! 怖かったよ、お父さんは?」
「お父さんは外にいるから、早く行くわよ!」
フレイアはシーブルの手を握り外に出る。ラニアールはシーブルを抱きしめた。
シーブルは心から安心した、大好きな父親とこうしてまた会えたからだ。しかしまだ心配事は残っていた、ブリーズの安否だ。
「ごめんな、怖い思いさせて……お父さんが絶対に守ってやるからな」
「ブリーズお祖母様は!?」
当然とも言える質問がシーブルから投げかけられる。今ここでラニアールは本当のことを伝える訳にはいかなかった。『命を賭して村人を逃がす為の時間稼ぎをしてる』幼いシーブルにはその真実があまりにも重たい。
「おばあちゃんは……大丈夫だ。ネイブス達ともう逃げ出した、ニヴルを出てから落ち合う予定だから安心しなさい」
胸が張り裂けそうな思いで嘘をつきラニアールは二人を連れて、自宅の裏手から森に入った。村のあちこちから悲鳴が聞こえてくる。ラニアールはその声を聞きながら、悔しさと悲しみで顔を歪め歯をくいしばる。もはや絶望的な状況だった。
森を抜けると、広い草原がある。モンスターに見つからないように身を低くして、慎重に進んでいると、突然雑草が凍りつき身動きがとれなくなった。
「どこ行くのかなぁ? 逃げられると思ってるのかよ」
空からローセルが降りてくる。いくら身を低くしていても、上から見られていたのでは意味がない。
「くそぉ! フレイア! シーブルを連れて逃げ――」
そう叫んだ時には、ラニアールの身体は真っ二つに切断され、内臓が溢れ落ちていた。
ラニアールの呻き声が聞こえ、フレイアはその光景を見た瞬間に思わずシーブルの目を手で覆い隠す。シーブルは悲痛な叫びを上げた。
「お父さん! お父さん、嫌だよぉぉぉ!」
氷結魔法【氷結弾】
上半身と下半身が離れても、ラニアールは最後の力を振り絞り魔法を使う。
「お、お前の好きには……させない!」
「あっそう」
氷結魔法【氷岩圧死】
ローセルの魔力で生成された巨大な氷の岩を、ラニアールの上半身に向けて落とす。ラニアールの放った魔法は搔き消され、下半身を残しラニアールは潰された。氷の岩の下の部分が真っ赤に染まり、血が凍りつき始めていた。
「いゃぁぁぁぁ……ラニアール……うぅ」
ラニアールが氷の岩に潰される瞬間が目に焼き付き、緊張の糸が切れたフレイアは泣き崩れる。シーブルは相変わらず泣き叫んでいた。
――ああ、またか。私の家族はまた魔族に殺されて、最愛の我が子を失うのね。
心が壊れないよう防衛本能が働いたのか、フレイアは気を失いそうになる。しかし今気を失うわけにはいかない、シーブルはまだ生きているのだ。自分の命などどうでもいい、子供だけは――シーブルだけは守り抜くとさっき誓ったばかりだ。
「キャンキャンうるさいなぁ。耳がイカれちまうだろ? そのガキが噂の天才か、ふーん……確かに人間のガキにしては強い魔力を持ってるねぇ」
フレイアは涙を流しながら覚悟を決めて、両手を広げシーブルの前に立ちローセルを睨みつけた。
「この娘には指一本触れさせない!! シーブル早く逃げて、お願いだから!」
しかしシーブルは震えて動けない。目の前で父親が殺され、母親も死ぬかも知れない。もちろん自分も……死の恐怖に支配され足が思うように動かない。
「何してるのシーブル! 早く逃げなさい!!」
母親の必死な声を聞き勇息を振り絞った。シーブルは泣きじゃくりながら何とか立ち上がり、凍った雑草に足を切られ血だらけの足を引きずって、必死で逃げようとした。
懸命に逃げようとしている子供を見ていて、ローセルは楽しかった。どうやってこの子供を絶望させてやれるか? それを考えるとゾクゾクした。
「そうかぁ、それならこの方がいいかな? ほら、よく見てろよ!!」
氷結魔法【水晶牢獄】
ローセルは魔法でフレイアの足元から凍りつかせ、全身を巨大な氷の塊に閉じ込めた。残酷な方法で殺すという選択肢もあったが、それではシーブルが自分の言いなりにならないかも知れない。目的を果たすには最適解とは言えない。
目の前で母親が凍らされ、シーブルは頭を抱えて喉から血が出る程の大きな叫びを上げる。
「お母さん……いやぁあああああああ!!!」
ローセルはシーブルの元まで歩いて行き、横腹を蹴り飛ばす。シーブルはお腹を押さえて悶絶し、頭に巻いたスカーフが解け落ちる。
「うるせぇって言ってんだろ? 話が出来ないじゃんかよ。お前を殺す気はないからさ、言うこと聞きな」
シーブルは母親から貰った大切なスカーフを拾い上げ。ローセルを見上げる。
「ぐぅ、ごほっ……お前なんかブリーズ様がやっつけてくれるもん! ブリーズ様が……きっと」
「あの婆さんならとっくに死んだよ、首チョンパだ。キャハハハ」
ローセルは自分の首を手刀で切る仕草をする。そしてシーブルに追い打ちをかけるように、高笑いをした。
「――え……嘘、うう、うあぁぁ!」
シーブルはローセルの言葉を聞き、うずくまって泣きじゃくり何も言えなくなった。その様子を見てローセルはため息をついた。
「でもよぉ、お前の母ちゃんはまだ死んでねぇよ。ただし、私の言うことを聞かないと永遠に凍ったままだ。母ちゃん助けたいんだろ? それなら私に協力しな。素直にしてればそのうち助けてやるよ」
それを聞いたシーブルは、涙と鼻水で顔をぐしゃぐしゃにしながら土下座をした。もはやシーブルは冷静な判断が下せない、まだ幼い彼女は『母親だけでも助かるかも知れない』というたった一つの希望にすがるしかなかった。
まさにこれがローセルの狙いだと気付く事も出来ずに。
「何でもするからぁ……うぅ、お願いします。だからお母さんを……お母さんを助けて下さい」
シーブルの様子を見て、ローセルはニヤリと笑った。自分の思い通りになって満足した、これで死ぬまで自分の言いなりだと。
「いい子だ、母ちゃん助けられるようにしっかり働けよ。お前には魔法薬をたっぷり作ってもらうからな」
ローセルはシーブルを抱えて飛び上がり、シーブルの耳元でささやいた。
「力がないと何も守れないんだよ、キャハハ!」
ローセルの不快な笑い声を聞きながら、シーブルはスカーフを握りしめた。
それからシーブルは、言われた魔法薬を作り続けた。ローセルが欲しがったのは不老の魔法薬だった。
ブリーズに教わった不老薬は、不完全な物だった。人間には副作用が強すぎて、服用すると即座に死に至る。
ブリーズの母親の代から長年、人間に使えるように研究をしていたらしいが、完成はしなかった。
そんな未完成の不老薬は、魔族であるローセルの身体には充分な効果を発揮した。
シーブルは自分の感情を殺し、母親を助ける為に懸命に働いた。そして魔法の修練に励んだ。ローセルの信用を得る為に、命令されたことは何でもこなした。
シーブルはいつしか『氷の魔女』と呼ばれるようになっていた。




