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第十二話 猫目の悪魔

 シーブルが魔法を教わるようになってから、一年が経った頃。いつものように、ブリーズの家で魔法薬と加護の勉強を終えたシーブルは、自宅に帰って来た。息を切らして家のドアを勢いよく開ける。


「お母さんただいま! お父さんはもう帰ってる?」


 自宅に帰るなり、家の中を見回した。シーブルは父親から魔法を教わるのが好きだった、まだまだ甘えたい年頃のシーブルは父親のことが大好きなのだ。そんな娘を母親は愛おしく想い、心から幸せを感じていた。


「まだよ、もうすぐ冬が来るからね。今のうちに食べ物を沢山集めておかないと、冬が越せないのよ。だから今日は少し遅くなるかな」


 母親はジャガイモの皮を剥きながら、シーブルに言い聞かせる。


「ちぇ、また新しい魔法を教えてもらいたかったんだけどなぁ」


 シーブルはふて(くさ)れた顔をした。


「そんな顔しないの。実は昨日ね、ネイブスおじさんからまた蜂蜜(はちみつ)をもらったのよ。シーブルの大好きな温かい蜂蜜ミルク作ってあげるわ」


 シーブルはその言葉を聞いて目を輝かせた。蜂蜜はこの辺りではなかなか手に入らない貴重な品だ、ネイブスがたまに仕入れてくる蜂蜜がシーブルは大好きだった。


「本当!? やった、ネイブスおじさんに会ったらお礼言わなきゃ!」


 はしゃいでいるシーブルを見て、ジャガイモを剥くのを中断した。温めたミルクをカップに注ぎ、蜂蜜を入れシナモンスティックで()きまわす。

 蜂蜜とシナモンの甘い香りが漂い、それをシーブルに手渡してから優しくシーブルに話しかける。


「それより、お祖母様に教わった魔法薬を(ほとん)ど作れるようになったんでしょ? すごいわ、お父さんも出来なかったのに……シーブルはきっと、村のみんなの為になる大魔法使いになれるわよ」


 母親は自分の娘である彼女を誇りに思っていた、村人からも神童などと呼ばれ、ブリーズからもその才能を認められている。でも何より、心優しく自分の為じゃなく誰かの為に努力する、そんなシーブルの人柄を誇りに思っているのである。


 母親に()められて、シーブルは満面の笑顔を見せてシナモンの香りを楽しみ、蜂蜜ミルクをすする。


 蜂蜜ミルクを口にするシーブルの頭に巻いてあるバンダナが、崩れかかっているのに母親は気がついた。ブリーズが幼い頃巻いていたバンダナに模して母親が作った物だ。


「あたしね、村のみんなの病気を治したり、元気になる魔法薬を沢山作れるようになって、ブリーズ様の(あと)を継ぐの! それで悪いヤツからこの村を守るんだ」


 「そう、ならもっと頑張らないとね。またバンダナの結び目が崩れてるじゃないの、ほら結び直してあげるからじっとして」


 母親はシーブルの頭に手を回し、慣れた手つきでバンダナを結び直す。バンダナを何度か折って、後ろから通して前髪を残すように結び目を前に持ってくる。一見カチューシャのように見える、かなりオシャレな巻き方だ。シーブルはこの巻き方が大好きだった。


「自分で出来るよ、もう」


 シーブルはしかめっ面をしながら、蜂蜜ミルクを一口飲んだ。


 その時、家のドアを激しくノックする音が聞こえる。シーブルは怖くなって母親の後ろに隠れた。


「大変だ! フレイアさん! ネイブスだ、開けてくれ」


 父親の仕事仲間であるネイブスの声を聞き、母親のフレイアは警戒(けいかい)を解いてドアを開けた。そこにはネイブスが真っ青な顔をして立っている、いつもと明らかに様子の違う表情を見て、ただごとじゃないとフレイアは直感した。


「どうしたの? 何かあったの!?」


「……村に魔族がやって来た。ブリーズ様を出せと言ってる。魔法薬を(ねら)っているのかも知れない、だとしたらシーブルも危ない。だからシーブルだけでも逃した方が――」


「主人はどうしてるの!?」


「あいつはブリーズ様の所に……」


 それを聞いたフレイアは深刻な顔をして震えだした。彼女の両親は魔族に殺されている、嫌な思い出が脳裏に浮かんだ。守らなきゃならない、今の幸せを壊す訳にはいかない。


 確かにシーブルを連れて今すぐ逃げるという選択肢もある。でも両親を亡くし一人ぼっちだった自分を愛し、幸せな家庭を築いてくれた夫を見捨てることは出来ない、彼女もまた愛しているのだ。


「大丈夫よ、わかったわ。私もすぐ行く」


 ネイブスにそう伝えてから、不安そうにしているシーブルを落ち着かせるように、優しい笑顔を見せる。しゃがんでシーブルの視線の高さに顔を合わせて手を握ると、改めて我が子の幼さを実感した。


『今日この小さな自分の娘と別れることになるかも知れない』そんな不安が頭をよぎった。


「シーブル……この家で隠れて待ってて。もししばらくしてお母さんが帰って来なかったら、その時は誰にも見られないように村から逃げなさい。出来れば、ニヴルから出ること。いいわね!」


 シーブルはフレイアのただならぬ態度と口調で、事態を察して目に涙を溜めた。落ち着かせようと作った精一杯の笑顔は逆効果だった。子供ながらにシーブルは勘が鋭い、村人から天才と賞賛されるだけあって頭の回転も早い。


「いやだよ! 絶対にやだよ! そんな……何で逃げなきゃ行けないのぉ」


「大丈夫、シーブル。絶対に帰って来るからね、いい子で待ってて」


 そう言ってフレイアは涙を(こら)えて、無理やり笑顔を作る。そしてシーブルを強く抱きしめてから急いで家を出た。


「フレイアさん……こんなこと言うのもなんだけど、シーブルを連れて逃げた方がいい。そもそもそれを伝えに来たんだ、言っちゃ悪いがフレイアさんが来ても……」


「わかってるわ! でもラニアールは家族なのよ、大切な人なの。放っておけない! それにブリーズ様もいる、きっと大丈夫よ」


 フレイアの強い決意と意志にネイブスは何も言えなくなった、確かに大魔法使いと謳われたブリーズもいる。きっとなんとかなるだろうと、そう考えていた。






 ネイブスとフレイアは、急いで村の入り口付近にある広場に向かった。そこには既に数人の村人の死体が転がっている。生きている村人は全員(ひざまず)いていた。


 その光景を見たフレイアとネイブスは、口を手で押さえた。

 フレイアは忌まわしい記憶が蘇り絶句する。恐怖と怒りが入り混じっておかしくなりそうだったが、シーブルのことを思い出し『私がしっかりしなければ』と自分の心に鞭を振る。


「まさか、もうこんなことになってるなんて……すまないフレイアさん、もう少し話し合いの余地があるかと思って……本当にすまない! こんなことなら、無理やりにでもシーブルと逃がしていれば――」


 ネイブスは自分の考えの浅はかさを理解した。実際に魔族と会ったのは初めてのことだった、今日ここで自分が命を落とすかも知れないという危機感もなかった。そんな彼がようやく『死』を身近に感じた瞬間だった。


「――いえ、そんなことは出来ないわ。主人もいるんですもの、どっちにしても私はここに来たと思う」


 数体の仲間を連れた悪魔は、背中に翼を生やし青いドレスに猫のような目をしている。そして村人を見回し、大きい声を出す。


「おい! 何度も言わせるなよ。この村にブリーズって魔法使いがいるんだろ? さっさと連れて来い。早くしないと、また一人村人を殺すぞ」


 全員恐怖で震えて何も言えない状況だったが、一人の村人が思い切って立ち上がる。極限状態で勇気を振り絞ることが出来たのは正義感の強さからだが、足は恐怖で震えている。


 しかしさほど意味のある行動ではなかった。称賛に値するとも、命知らずの馬鹿とも取れる行為だ。


「ブ、ブリーズ様に何の用だ」


「勇気あんなお前、いいじゃん聞かせてやるよ。単刀直入(たんとうちょくにゅう)に言うと魔法薬だ。かなり特殊なのが作れるんだろ? 私はそれが欲しいだけさ」


 氷の加護発動【身体能力制限解除】【魔力増幅】





「――みんな下がれ!」





 火炎魔法【豪焔竜巻(ファイアストーム)


 その声を聞いた村人は一斉に避難した。そのすぐ後に炎の塊が現れぐるぐると渦を巻くように回転を始めると一瞬で炎の竜巻が出来上がる。その熱気は凄まじく、近くにいたら一瞬で肺まで焼け焦げてしまいそうな勢いだった。ブリーズが手を振ると炎の竜巻が悪魔達を飲み込んだ。


 おぞましい叫び声が村中に響き渡る。


「ブリーズ様! すみません、私達ではどうにも出来ず、逆らった者達はみんな殺されました」


「いいんだよ、ヤハルの大結界が崩壊してから、いずれこんな日が来ると思っておった。それよりみんな早く逃げるんだ」


 ブリーズは炎に包まれている悪魔達を睨みつけた。


「フレイア! シーブルを連れてニヴルから出るんだよ、今すぐ! そう長くは足止め出来まい」


 ブリーズがそう言うと、そこへラニアールが駆け付けてブリーズの横に並び、木の棒を構えフレイアに向けて言い放つ。


「シーブルは家か! フレイア走れ!」


「馬鹿! ラニアール、お前も一緒に逃げるんだ!」


 ブリーズは焦燥感(しょうそうかん)()り立てられ、自分の息子を怒鳴(どな)りつける。ブリーズは全く余裕がなかった、魔族と対峙するのは当然初めてじゃないし、自分の魔法にも多少の自信はある。


 ブリーズを焦らせる要因、それはボス気取りの猫目の悪魔だ。魔力感知に優れるブリーズは一瞬で感じ取ってしまった。自分と猫目の悪魔の絶望的な魔力の差を。


「だけど母さんだけ残して行けるわけないだろ!」


「あの猫目の悪魔の魔力は桁違(けたちが)いだよ。お前がいても足を引っ張るだけだ……いいから行きなさい。シーブルを守るんだ」


 ラニアールは涙を浮かべ、意を決したようにフレイアの手を取り走りだした。これが、自分の母親であるブリーズとの今生の別れとなるであろう、そう思うと涙が溢れてくる。


 しかし母親がそうであるように、自分も守らなければいけない家族がいる。何より母親の決死の覚悟を無駄にしてはいけない。ラニアールの想いが前へ前へと足を踏み出させる。


「ククク、なかなかやるじゃん? 生意気に上級加護を扱えるのか。婆さんがブリーズって魔法使いだろ」


 激しい炎の竜巻の中から不気味な笑い声が聞こえてくる。魔法でほとんどの悪魔を焼き殺すことが出来たが、やはり猫目の悪魔は別格だった。笑いながらゆっくり炎から抜け出て来る。その姿を見ただけでブリーズは容易に絶望と死を連想した。


軟弱(なんじゃく)な部下どもだな。(ばあ)さん私が誰だかわかってんの? 序列は公爵(こうしゃく)のローセル様だ。死にたくないだろ、逆らわない方がいいんじゃない?」


 火炎魔法【紅焔獄炎(プロミネンス)


 ブリーズは魔法を放つ、恐らく勝つのは不可能だ。村人をどれだけ逃がせるか、息子夫婦とシーブルを逃がすことが出来れば上等だ。


 地面が割れてそこから燃えた溶岩が噴水のように、あちこちから噴射(ふんしゃ)され辺りは炎に包まれ焦げた匂いが漂う。その光景は雪原地帯ニヴルには相応しくない、炎に包まれた地獄絵図のようだ。


「足止めくらいは……!」




 氷結魔法【絶対零(アブソリュート)(・ゼロ)




 ローセルの魔法で辺りの温度が急激に下がり炎は一瞬で消えて、溶岩を一瞬で凍りつかせる。空気すら凍りつきキラキラと光が反射し、美しさすらあった。それを見たブリーズは愕然(がくぜん)とした表情をする。


「婆さんさぁ、あんた氷の加護だろ? ()()()()()()()()()()()()()()なんて、たかが知れてんだよ。まぁ私の属性が氷なのを見抜いて、弱点ついて火炎魔法を使ったんだろうけどね」


 ローセルの言ったことは本当だ。確かに加護は自分の属性である魔法の威力を数倍に高めてくれる、しかし氷属性の相手に氷結魔法で勝負しても格上相手じゃ勝ち目はない。ブリーズが全盛期の頃なら真っ向勝負することも出来たが、それは叶わない。


 出した結論は火炎魔法で弱点を突くことだったが、やはり実力に差があり過ぎた。


 ローセルは剣を抜く、刀身はまるで水晶のように輝き、その鋭い刃は氷で出来ていた。そして不敵な笑みを漏らし、突然ブリーズに飛びかかる。



 アイススキル・氷結乱舞【百華乱冷撃(ヘルグラムバラージ)




「いかん! ――」




 氷の加護発動【フォースシールド展開】


 氷結魔法【水晶防御壁(クリスタルウォール)




 激しい攻撃に厚い氷の壁は壊され、氷の刃が何度も身体を斬りつけ、肉がそぎ落とされ激しい痛みが全身を貫いていく。ブリーズは防御に(てっ)したが、魔力の差でまるで無効化出来ずに、ついに右足は斬り落とされ、倒れ込み血溜(ちだ)まりが出来る。


「ぐぁああっ! くっ……あたしを殺したら目当ての魔法薬は手に入らない! それじゃ困るんじゃないのか……?」



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