第一話 麗しき女騎士 ※表紙あり
第一話、一部改変致しました。
――神さまお願いします！ 助けください！
さほど宗教に馴染みのない日本人でも、こんなセリフを思わず口にしてしまいそうな状況は誰にでもあるのではないだろうか。
口では『神さまなんてこの世に存在するわけない』と断言し、神に祈り普段から神を崇拝する人間をバカにするような現実主義者でも、本当に最後の瞬間には思わず神にすがりついてしまう……そんな人間はわりといるだろう。
自分では太刀打ち出来ないと悟り、どうしようもない状況において、自分の力を超える者に頼りたくなる。いや、頼るしかなくなるのだ、それはおまじないみたいなもので、もはや一種の『諦め』に近いものかも知れない。
でも俺は違う、そんな簡単に諦めたりしない。
では、俺ならどんな状況で神にお願いするか考えてみよう。
財布を落としてしまった時？
悪者に絡まれてしまった時？
恋人にこっぴどくフラれてしまった時？
いやいや、これくらいで俺は神に祈ったりしない。
じゃあ、車に轢かれそうになった時？
ナイフを突きつけられた時？
銃口を額に押しつけられた時？
それでも神に助けを祈ったりしなかった。
――じゃあどんな時かって？
答え――異世界で怪物に襲われている時だ、バカヤロウ。
「ちくしょう！ 一体どうなってんだよ！！ なんなんだあのバケモンは！？」
体長は三メートルほどあり、全身緑色の二足歩行の怪物が、ドスンドスンと大きな音を放って走っている。当然この緑色の怪物の視線の先にいるのはこの俺だ。
怪物が手にしているのは家を建てるのに使う木材のような太いこん棒、それがさながら、まるでリレーのバトンに見える。
なんとお行儀の悪いことでしょう――ダラダラと口からよだれを垂らしているじゃありませんか。
「おいおい！ お、俺を食い物として認識するんじゃねぇよ！」
自らが捕食の対象になるなんて考えたこともなかった。
「息くせぇし！ 体臭きついんだよ！ この緑ブタ野郎！ 風呂入ってんのかよ、女にモテねぇぞ！ はぁはぁ……いや、そんなでけぇバスタブねぇか」
「いやそんなことどうでもいい！ 俺を食っても美味くないから、はぁはぁ、森の中なんだから他にも食いモンあんだろ！？ もっと健康に気を遣えよ！ まずは野菜を食え、野菜をぉぉ！」
「グォォォォォォォォ！！」
『絶体絶命な時こそ冷静に』が俺の座右の銘だが、さすがに絶賛パニック状態だ。
もうずいぶん森の中を逃げ回っている、追いつかれないようなるべく木々の間を逃げ回るが、丸太のような腕でこん棒を振り回しすぐそこまで迫ってくる。
「はぁはぁ、じょ……冗談じゃねぇ！ いい加減に諦めてくれよ！」
「グォアアアアアアア！！！」
「よせっ！ やめろって、コラ！ この俺を誰だと思ってんだ！ 俺は泣く子も黙る――うわぁぁ――」
俺を捉えた怪物は雄叫びを上げて、こん棒を振りかぶり周りの木ごと薙ぎ払われ吹き飛ばされた。
「ちょ、ちょっと待てって！ おい嘘だろ！ うひぁあああああああああああ！！！！」
空中に浮いている、こんな勢いでぶっ飛ばされたのなんざ、生まれて初めてだ。
痛みと衝撃で受け身を取ることすら出来ねぇ、身体が動かねぇ。
地面に叩きつけられ、衝撃でさらに全身に痛みが走る。
イタイ……イタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイ。
意識が朦朧となって痛みが引いていく。アドレナリンかエンドルフィンか、よくわからないが気分が良くなってきた。ふと見上げると緑色の怪物が真っ赤な目で俺を覗き込むように睨めつけながら、両手でこん棒を振り上げた。
「――あ、やべぇ、俺死んだ……」
――神さま助けください！
この瞬間ついに俺は神に祈ってしまった、願ってしまった、命乞いをしてしまった。神に頼まれて異世界にやってきたはずなのに随分と情けない話だ。どんな状況も自分の力で切り抜けてきたこの俺が、逆に神頼みしてしまうとは……。
『異世界を救ってくれれば、その借金は千倍にして返してやるぞ』
どうでもいいけど、アンタを一発思い切りぶん殴ってやろうと思ってたが、どうやら俺はここで死ぬらしい。こんな死に方になるとは思いもしなかった、ろくな死に方はしないと思ってはいたが……化物の腹の中に納まるとは、ろくでもなさ過ぎる。
結論――神頼みなど何の意味もない、やっぱりただの気休めだ。
何ともあっけない死だ、そう覚悟を決めた時だった。突然、俺の身体が炎に包まれた。しかし熱さは感じない。
次の瞬間、渾身の力を込めて振り下ろした怪物のこん棒が、俺の頭に直撃した。
「――――」
直撃したが……頭は潰されていないし、痛みもまるでない。おまけに怪物の持っていたこん棒は激しく燃えている。
「どうしたんだ……これ。熱くないし痛くない、身体も急に軽くなった気がする」
これならいける、なんかわからないけど負ける気がしねぇ。形勢逆転だ、さんざん俺を苦しめたこの緑ブタ野郎をどうしてくれよう……。
「グァアアア！！！」
怪物は怒り狂ったように、再度雄叫びを上げながら攻撃を仕掛けて来た。
「コラァ……今までよくもやってくれたなぁ、ああん。オトシマエだバカヤロウ！」
その攻撃をジャンプして躱し、そのまま怪物の顔に回し蹴りを入れる。すると何かが折れたような鈍い音と共に怪物は吹っ飛んだ。
着地して吹っ飛んでいった怪物の方を見てから、中指を立ててやった。
「しゃあっザマぁみろ！ 泣く子も黙る瀬川勇史さまをなめんなよ！」
前言撤回――神頼みに意味はあった……のかも知れない、認めたくないが。
――パチパチパチパチ。
突然手を叩く音がをした。反射的にその方向を視線を向けると、木の影の向こうに人影が見えた。
少し警戒して人影を見つめていると、拍手をしながら一人の男の子が現れた。
「すごい強いね！ おじさん何者？ トロールを蹴り一発で仕留めるなんて、只者じゃないでしょ。おじさんの名前は？」
少年は少し興奮気味に話しかけてきた。
小学生くらいか？ 生意気な言葉遣いだな。身長は百五十センチくらい、黒い目はクリっとしていて、眉毛にかかるほど度の銀髪があどけない。
ワインレッドのレザーチュニックとでもいうのだろうか、見たことない服だ。ノースリーブだが、肩の所が少し出っ張っている。インナーとレザーパンツは黒で、ブーツを履いている。
何だこいつ、外人の子供か？ この格好はコスプレってヤツなのか。
「トロール？ ああ、あの緑色の化け物のことか。んなことより口の利き方のなってねぇガキだな。それに俺はまだ二十五歳だ。おじさんじゃねぇ！」
それにしても何者だ……さっきの怪物と言い、このガキが何者かもわからない状況で下手な発言は控えた方がよさそうだ。俺のゴーストがそう囁いている、冷静に……そうだ、冷静に行動しよう。またさっきみたいなトラブルはごめんだ。
「相手に名前を尋ねるときは、まず自分から名乗るのが礼儀だろ？」
「ふーん、そうなんだ。僕は……えーと、リークだよ。じゃあ……お兄さんのお名前は？」
「俺は瀬川勇史だ。リークって名前は……やっぱり日本人じゃねぇのか」
「ニホンジン？ 僕は違うよ。それにしてもセガワユウシは格好も変だけど……何者なの？」
いきなりフルネーム呼び捨てかよ……このガキ。
「はぁ？ お前に格好がどうのって言われたくねぇな。ったく……俺は龍神会って組のヤクザもんだ。それにこれはスーツだ、見てわかんねぇのかよ。結構いいスーツなんだぞ」
「ヤクザもん？ 何なのそれ」
「ヤクザはヤクザだろうが、いちいち聞いてくんなよ」
「ふーん」
リークはニコニコしながらこちらを観察している様子だったが、突然何か閃いたような顔をした。
「セガワユウシはこの後どうするの？ よかったら僕とこの近くにある町に行かない」
「瀬川勇史ってフルネームで呼ぶな！ 勇史だけでいい。その代わり『さん』はつけろ」
「ユウシだね！ わかったよユウシ！」
ちっ、クソガキが……言ったそばから『さん』がついてねぇじゃねぇか。これだからガキは好きじゃねぇんだよ……。
妙に人懐っこいリークの顔を軽く睨むように見つめて、少しの間考えてみる。
普段なら面倒なガキは追っ払うとこだけど、とりあえずこの森から出ねぇとどうにもならねぇ。それにもっと情報も欲しいとこだしな。
なんだか胡散臭いガキだが、少しの間行動をともにした方がいいと俺は考えた。
「よし、いいだろう。俺も人がいるところに行きたいしな、早いとこ帰らねぇとまずい」
「よし、決まり。一緒に町に行こう！」
リークは満面の笑みで言った。
リークの後についてしばらく森を進むと、すんなり森を抜けることが出来た。さっきは結構走り回っていたが、というか逃げ回っていたという方が正しいのだが、一向に森を抜けられなかった。
土地勘のある人間がいれば、こんなにあっさり森を抜けられるものなのだと感心した。森を抜けてしばらく歩いていると、遠くに町の灯りが見える。辺りは日が暮れかけていたが、日が完全に落ちる前には町に辿り着けそうだ。
すると突然リークが立ち止まる。
「どうしたんだ？ もう町は見えてるじゃねぇか」
「この道は近道なんだけど、正規の入り口じゃないんだ。ここに結界があるんだけど、ユウシならこの結界破れるんじゃないかな？」
「はぁ、結界？ 何を訳の分からねぇことを言ってんだよ」
『結界とか……ゲームのやり過ぎなんじゃねぇか？』バカにしてそう言いかけたが、ここはゲームの中みたいな世界観でもある。
緑色の怪物といい、俺の身体能力とあの炎……既に俺の中の常識は根本から崩れている。
ここは郷に入っては郷に従い、リークの視線の先に目をやると確かにボンヤリ何か模様みたいなものが浮かんでいる。
「な、なんだこりゃ……確かに変な模様がユラユラしてんな。これが結界ってやつなのか」
「きっと出来るよ、ここに手を当ててみて！」
リークに言われるままに、手を当てると手のひらが燃え上がり結界に穴を空けた。
「うわっ、なんだよ！ また火が出てきやがった。やっぱり熱くねぇし、一体どうなってんだ……」
俺が首を傾げていると、リークは少し興奮気味に声を上げる。
「すごい！ さすがだよ、ユウシ。これで遠回りしなくて町に行けるね」
リークは嬉しそうにはしゃいでいる。
「そ、そうか。そりゃまぁよかったな」
何か調子狂うな……こいつ、でもこれで町まで行って情報収集すれば何かわかるかも知れねぇ。
そして俺達は町の灯りに向かって進んだ。そして町の入り口の近くまで来ると、門番のような二人組が近づいてきた。
何だこいつら、とりあえず門番AとBだな。手に持ってるのは棒……いや槍だよな、やっぱ。ここが日本なら銃刀法違反で捕まってる所なんだが……。
「お前ら何者だ！ そっちの男は妙な格好をしているな。どこから来た！？」
「おじさん、僕はこの町に住んでるんだけど森で迷子になっちゃったんだ。だけど、このお兄さんが僕をここまで連れて来てくれたんだよ！」
何か話が違うけど、まぁいいか。面倒なことに巻き込まれるのはごめんだ。
「そうか、見たことない子だけど……一人で森に行ったら危ないじゃないか。この時期は日が長いからって油断しちゃいけないぞ、次は遅くならないよう気を付けるんだよ」
門番Aがニコッと笑顔でリークに注意をする、やはりどこの世界も子供には甘いようだ。門番Bも急に態度を改め、姿勢を正し俺に軽く頭を下げる。
「そちらの方も失礼しました、セルトガの町にようこそ。どうぞお通り下さい」
結構あっさり信じてくれたな。こっちは助かるからいいけど、 ずいぶん警備が緩いんだな。
「ありがとう！ おじさん達」
町の中に入ると結構人がいて賑わっているようだ。レンガで出来た建物に道は石畳、住民の服装もお芝居の衣装みたいだ。何なら荷馬車が通ったりもする……半信半疑だったが、もういい加減現実を受け入れるしかないようだ。
今はどうやって元の世界に帰るかを考えるべきなんだが……あのクソジジイの言葉が脳裏に浮かぶ。
『魔族の皇帝を倒してワシの世界を取り戻してくれ。そうすれば元の世界に戻してやろう』
そう俺に告げたのは、自称神様を名乗る神沼というジジイだった。
借金取りをしている俺が債務者の家に取り立てに行くと、出迎えてきたのはそいつだった。『ワシには金はない。じゃが、お前さんが手を貸してくれれば、その借金は千倍にして返してやるぞ』ジジイにそう言われた後、真っ白い光に包まれて気がついたらさっきの森の中だった訳だ。
神さまが人間に助けを求めるなんてルール違反もいいとこだな、普通は逆だろ……。
どちらにせよこのガキを頼る訳にもいかないな、とりあえず町を散策してまずは情報を集めるか……。
「それじゃあな、リーク。お前一人で家に帰れるんだろ？」
「家？ そんなものここにはないよ」
「はぁ、さっきお前がここに住んでるって――」
「――この町で何してるの！！」
突然リークに向けて、白く輝く鋭い刃が振り下ろされる。それをリークは片手で掴んで止めた。
怒気が混ざった声を発し、剣を振り下ろしたのは妙に好戦的な若い女だった。
眩しいくらいに美しく長い金髪、華奢で小柄な身体に白銀の鎧をまとうその姿は、まるで中世の騎士のようだ。
瞳は、最高品質のサファイヤようなロイヤルブルー。誰が見ても美しい端正な顔立ちだが、今は険しい顔をしている。
「おいおい！ ガキ相手に何やってんだよ！」
思わずそう言ったがよく考えるとおかしい、ただのガキじゃない。
その証拠にリークはあの剣をいとも容易く片手で止めてみせたのだった。
「おかしな格好ね……お前も仲間なの！？」
女騎士が語気を強めて俺を睨みつけ言い放つ。
「あーあ、せっかく人間の町を楽しもうと思ったのになぁ。でも魔力を消してたはずだけど、どうしてわかったの？」
リークはうす気味悪い笑顔を浮かべた。
「その顔を忘れる訳ないでしょ……魔王ベルゼ！！」
「あれ、お姉さん僕と会ったことあったっけ？ うーん」
リークは人差し指で下唇を触り、目線を空に向け思い出そうと首を捻る。
二人の会話が腑に落ちない、魔王ベルゼ？ 何の話をしてるんだ……。ただでさえ理解できない状況だったのに、ますます疑問が深まっていく。
「アンタ何言ってんだよ？ そのガキの名前はリークって……ひょっとして偽名か」
「あーあ、ユウシにバレちゃったじゃないか」
頬を膨らませて口をとがらせるベルゼを、女騎士はさらに険しい顔で睨みつける。
「そんなことどうでもいい！ それよりどうやってこの町に入ったの！？ この町に張られた結界はいくらお前でもそう簡単には破れないはずよ！」
「せっかちだなぁ……そこのお兄さんが結界を破ってくれたおかげで、僕はこの町に入れたんだよ」
「じゃあ……あなたまさか」
女騎士は鋭い視線を俺に向け、怪訝な表情を見せる。
「うーん、お姉さんの想像は多分当たってるんじゃないかな。あのお兄さんすごいんだよ、ああ見えて神炎の加護を持ってるんだ。結界を破る手間が省けて、僕助かっちゃったよ」
掴まれた剣を振りほどき、女騎士は地面を蹴り後ろに飛んでベルゼと距離を置く。
すると女騎士の身体がうっすらと輝きだす。
「人間がベルゼに手を貸すなんて……しかもお兄様と同じ神炎の加護ですって……」
女騎士がますます怒りをあらわにする光景を見て、俺は何が何だかわからなかった。
「俺が何を持ってるって？ 一体何を言ってんだよ」
「ふーん、その光はブレイブかぁ、『勇気の加護』……それじゃあ、お姉さんが『リリア・メイデクス』なのかな？」
「お前はここで殺す！」
リリアは激昂しベルゼを睨みつけるが、ベルゼは気にするそぶりも見せず涼しい顔をしている。
そうこうしているうちに、騒ぎを聞きつけた町の住民が集まり始めていた。
「あははは、無理だと思うなぁ。いくら神の加護を持ってても、お姉さんの魔力と練度じゃ難しいんじゃないかな？」
リリアの身体がさら大きな光に包まれる、その光が腕を伝って剣に注がれていく。
勇気の加護発動【身体能力上昇】【自然治癒力上昇】【俊敏上昇】【属性解放】【オートプロテクトフィールド展開】
「へぇ……その剣が由緒正しき伝説の聖剣だったのかぁ、そんな風には見えないけどなぁ」
「ベラベラとよく喋る……すぐに黙らせてやる！」
テクニカルスキル【超加速】
リリアは目にも止まらないスピードでベルゼとの距離を詰め、剣で斬りかかる。
しかしベルゼは一瞬で空中に移動する、リリアの剣撃は空を切った。空中に浮かぶベルゼが手を伸ばすと空間に黒い穴が空き、手が吸い込まれる。穴から手を出すと手には巨大な黒い鎌を持っていた。
「無理しちゃって……期待に応えて少しだけ遊んであげるよ。その勇気に免じて、ハンデとして魔法とスキルは使わないであげるね」
「ナメるな！！」
リリアはジャンプしてベルゼに斬りかかるが、ベルゼは容易くリリアの剣をさばきながらニヤニヤしている。
「ずっと考えてたんだけどね、もしかして、あの時の女の子かな？ 必死な形相がそっくりで思い出せた。これは……おもしろいことが起きる予感がするなぁ。考えただけでワクワクしちゃうけど……」
「何言ってんのかわかんないわよ！ この外道！」
ベルゼが鎌を振り下ろし、リリアは剣で受けきれず吹っ飛んだ。しかし空中で回転して、見事に着地する。リリアが刀身に左手をかざすと、魔法陣が現れ、手で包み込むように刀身に滑らせていく。
すかさず抜刀術のように剣を後ろに構えると、刀身に青白い光が集まる。
「真っ二つにしてやるわ！」
ブレイブスキル・聖斬撃【閃光切断】
すさまじい速度で剣を振る。すると剣に集まった光が、長さ二メートルほどの歪曲した光の刃になり、超高速で飛んで行く。しかしベルゼが片手で払っただけで、いとも簡単に光の刃は消滅した。
「――嘘でしょ、片手で搔き消した！？」
「あははは、ごめんね、今のってもしかしてとっておきだった？ だから無理だって言ったのに……忠告を聞かないから。確かにブレイブの力は魔族に対して有効だけど、力の差があり過ぎてお話にならないんだよね。例えるなら……火は水で消せるけど、山火事をコップ一杯の水で消せないでしょ？」
愕然とするリリアを見て、ベルゼはニヤリと笑い再び鎌で襲いかかる。
「おいおい、何だあの光は……一体どうなってんだ？ こんなの完全に剣と魔法の世界じゃねぇか」
リリアは懸命にベルゼの攻撃を剣で受けている。やがてリリアの剣がベルゼに弾かれることで金属音が鳴り止んだ。
弾き飛ばされたリリアの剣が、カランカランと音をたてて俺の足元に転がって来る。
そしてリリアは地面に叩きつけられると、苦痛で顔が歪み血を吐き出す。
「ゴホッゴホッ、はぁはぁ……」
倒れたリリアの身体を足で踏みつけたベルゼは、嬉しそうにリリアの喉元に鎌を当てる。
「くっ……そんな」
何もかもがわからないこの世界で、一つだけわかっていることがある。それは今、目の前で女の子が殺されそうだということだけ。
何もかもが変わってしまったこの世界で、一つだけ変わらないものがある。
――それは俺が俺であるということだ。
俺は足元に転がっているリリアの剣を拾い、握りしめるとまた俺の身体を炎が包み込む。
「うーん、やっぱりこんなもんかぁ、ガッカリだなぁ。このまま『リリア・メイデクス』を始末してもいいんだけど――」
「――待てよ、ベルゼ」
そう言い放つと同時に、ベルゼの腕は黒い鎌と一緒に地面に落ちてガランと音をたてる。
俺はリリアの剣でベルゼの腕を斬り落とした。
「――――」
ベルゼは不気味な笑顔で舌舐めずりをする。子供の姿のそれが発する、凍りつくような冷たい声が俺の耳に突き刺さる。
「――何すんだよ、ユウシ……」
「女の子には優しくしないと、嫌われちまうぜ？」
