『04』/22
その夜――
「やあ、良い夜ですな」
ローアンの路地裏を、音も無く歩く集団に向けて、暢気に声を掛けた男が一人。
「最初っからその手に打って出てたら良かっただろうに、往生際が悪くないですか?
――つっても、あんたらの知る由の無い所か」
その人影は、ナーグである。
相手取る集団は、仮面をつけている。
「――――」
「ま、答える訳ねえやな」
無言で殺到してくる相手に、ナーグは肉薄しつつ、確実に急所に毒を打ち込む。
自分、近接はそこまでじゃなかったんだがなぁ――とある無茶苦茶な訓練を思い起こしつつ、ほっとする。
「まさか、自分にまだ伸び代があるとは思わなかったが、やれる事はやっとくもんだな」
シオとマリーどころか、その学友――
有体に言えば、リエット=レトキアに組み手で引っくり返されて以来、みっちり稽古していたのだ。
……正確を期すなら、『させられた』だが、そこはまあ……
というか、オルランドゥの旦那は、あちこちに弟子を作り過ぎだと思う……
何時の間に、リエットにあれを教えてたよ……
「――っと!?」
無言でもう一人が切り掛かって来るのをかわしながら、ナーグは壁を蹴って別方向へ。
「――よりによって、か。やっぱり、『神様』はろくな事しねえな」
「――――」
再度、肉薄してくる相手を、一瞬屈んで投げ飛ばし、躊躇い無く胸に打撃を加える。
相手は、ぴく、と一瞬痙攣し、動かなくなった。
「しかし、まさか、『古巣』まで絡んでるとはなあ……」
倒れて動かない連中の仮面を見遣り、ナーグは呟く。
ジンが見たならば。あるいはイゾウやベルトーリエが見たならば――
『別の事』にも気が付くそれを、ナーグは静かに見下ろし――面を外す。
仮面の下の顔には、見覚えがある――もっとも、その顔に、こんな『線』は走っていなかったが。
「……だからあの段階で、足洗うべきだつったのに」
その顔は――かつてナーグが所属していた、とある魔術結社の知り合いの顔だった。
魔術結社、等と言っても、色々有る中でも、大分黒い分類のものだ。
要するに裏ギルドの様なもので、研究よりもそれを利用しての暗殺や諜報、破壊活動を行っていた。
そのスポンサーが『オアークウッド』だったのを知ったのは、出てからかなり経ってからだ。
「――裏組織の見本市の様相を呈しているな、『四軍』は」
物陰から、もう一人出てきた人影に、ナーグは両手を挙げて応える。
その片手には『懐刀』の印。相手の突き出した手にも。
その二つは、僅かに共鳴したように見えた。
「あの辺りってのは、『帝国』建国前は、ロアザーリオの中枢だからね。
ナイーブな地域なのに、今のお方みたいなのがデンと構えてると、そうもなる」
「随分余裕があるじゃないか。
私は、いつ攻め入って来るかも分からずハラハラしているのに」
「お前さんの『殿』だってデンと構えてるじゃないか、落ち着きなよ、カトルさんよ」
ナーグの軽薄な挙動に、カトルは溜め息を吐く――もっとも、その顔は笑顔だ。
「まだ実戦に到るとは思っていない。だが、今回の様な裏工作が続けば、面倒だ。
捕らえた相手を暗殺され続けては、こちらの体面にも関わる」
「まぁ、『元・大臣』には可哀想な結果になったが、そんな事もあるさ。
搭の屋根に上って、そこから毒蛇仕掛けるなんて離れ業出来る連中、そう居ないから」
出来るだろう奴の心当たり、今始末したけどな、と死体を担ぐナーグ。
「――どうする気だ?」
「死んだ後は、せめて人間として弔ってやりたいんでね。つっても、本名も何も知らんけど」
「……ミヒャエル様は、そういった組織も、ある種の受け皿として必要と考えているようだが――
――私には、未だに是とする事は出来んな」
「おおう。さっすが、元『御武家の姫』。お優しい事で」
「――バカにしてるのか」
「違う違う、んな事無いって。
優しさは有り難いですとも――その優しさが、直接こちらを救えなくてもね」
ナーグの言葉に、カトルは言葉を止める。
「ただまあ――俺やこいつが腹減らしてた時に、飯を持ってきたのは、『そいつら』だった。
今のエスターミアの『少年近衛』どもが羨ましくない、ったら嘘になるが――
これは、こればかりはどうにも成らない。どれだけの網を張り巡らしても、零れ落ちるモンはある。
かといって俺らの運が悪かった、と言われると腹が立つ。
『生かされて、そんな事をさせられて、可哀想に』なんていわれる筋合いはない。
選び様の無い選択の連続ではあったけど、ろくでもない汚れ仕事だらけだったけど――
――俺たちは『それでも生きる』と選んで生きてきた。
死ぬ自由はあった――事実、耐え切れずに死んだ奴も居たよ。
何せ、傍らには常に、自分ですら死ねる短刀と毒薬があったんだ。
だが選んだ。生きて、何時か、こんな事ではない事を、なんてユメを見つつね。
俺からすれば、決定済みの生き方しか選ぶ事の出来ない、あんたらの方が、余程哀れに見えるよ――
そっちから見て、どんだけ悲惨で、哀れに見えてもね」
語り切ると、ナーグは静かに歩を進める。
「――すまんな。哀れんだ心算は無い。
世界は『もっとマシな器を用意出来なかったのか』と、そう思っただけだ」
「――どのみち『汚れ手』だよ、行き着く先は。
学も無い、育ちも微妙な孤児の行き先は、良くて『孤児院』からの『冒険者』――
悪くて『組織』の下働きからの『犯罪者』――残りは『物乞い』かな?」
それでも、死ぬよりはマシだ、とナーグは呟き――
「――『死ぬよりマシ』、か」
「――命がある以上、死にたくないのは当然じゃないのか?」
「どうだろうな……」
――そんな風に続けて、溜め息を吐く。
「なーんでだろうね……生物ってのは、なんでこう――『生きよう生きよう』とするんだ?」
「――唐突に、なんだ?」
「知ってるか? 人間の頭って、耐え難い苦痛に直面すると、それを遮断しようとして、様々に動くんだぜ?
自分以外の出来事の様に錯覚させてみたり、第三者を心の中に模倣してそれに背負わせたり――
――知覚が出来ない様に、バカに成ってみたり。
生物に課せられた義務が生きる事なんだとしても、さあ――
死ぬよりきつい現実を直視してまで生きなきゃならないってのは、最早『呪い』じゃないかね?」
そんな言葉を、普段通りの軽薄な調子で語るナーグ。
「――お前が、そんなに感傷的な人間とは思わなかったな」
「……感傷的、か?」
「お前はいかにも饒舌に見えるが、実は本音を語るのはそう多くないはずだがな。
……『冬来節』も間近の夜に、友を倒せばそうもなるか。
だが私は――死んだ方がまし、とは考えない」
カトルの言葉に、ナーグの目がスッと細くなる。
「――苦痛の感度はそれぞれ違う。
お前が私に哀れまれる必要が無いのと同じ様に、私もお前に哀れまれる必要等無い。
死を逃げとは考えない。何時かは死ぬのが生物の義務だ――満ちていようが欠けていようが、何時か死ぬ。
じゃあ、何故生きるのか、といえば、生きている事の中に、まだユメを見ているからだ。
――今よりマシな世界を求めているからだ」
「――ユメ、ね」
「奇麗事さ。だが、人間なんてのは――奇麗事で紅しながら、手を汚し足を棒にする生き物だ。
……そういうものだ、人間とは。位の高低、富の貧富によらずな」
その言葉に、くくく、と低く笑うナーグを見て、カトルは何とも言えない顔をする。
「――いい女だなぁ、あんた」
「……生憎、私の生涯はあの方に捧げると決めている」
「挙句に名刀なんだもんなあ、参ったね。あー惚れそ」
「――やはり私はお前がきらいだ。どこまで本音かさっぱりわからん」
まあまあ、と宥めるナーグは、不意に真面目な顔に成った。
「ま、俺らのやる事は、『子供』の『夢』を守る事さね。
奇麗事上等。それでも、願い叶う未来を守る事が、俺らみたいなのせめてもの使命さ」
「――オルランドゥ殿からの受け売りではないか」
「当然。俺は愛の言葉しか囁け――いでっ」
無言で相手の脛をけり、カトルは歩いていく。
「――因果な生き方だよなぁ……だが、まあ、お前の分は、俺が生きてやるからさ……」
蹲りながら、背中のかつての友に、そう呟くナーグだった。
・ ・ ・ ・ ・ ・
――また、別の場所――
「むう……ふむむ……」
「――――」
「……うむむむむ」
「呉用殿。うるさいぞ」
「おっと……失礼……ふむむむむ」
「おい、こっちを向け、一発殴ってやる」
横から飛んできた思わぬ殺気に、呉用はびくりとそちらを向いた。
非常に冷えた眼でこちらを見る、ベルが居る。
「な、なんですかな?」
「唸るなとは言わんが、表情が変わり過ぎて気持ちが悪い」
「――失礼、そんなに変ってましたか」
「『軍師』という割に表情がコロコロ変わり過ぎだ。というか、何をしているんだ?」
「ああ、その――各陣営の人員を表にしてみようかと」
うん? とベルがその手元を見ると――
「……真っ黒で何がなんだかわからんぞ」
「うん? ぬお!? いかん、書き込み過ぎた!!」
「何をやっとるんだ、貴方は……」
「そうは、言っても、四方の状況が混沌として居りますのでな……」
いやはや、と言いながら紙を横に置く。
「……捨てないのか?」
「反故にする前に読み返すと、自分でも思わぬ事が読み取れる時が在りますのでな」
「――エルス」
不意に隣室の少年を呼ぶベル。
「はい?」
「呉用殿を手伝え。書留役だ。出来得るだけ整理して書き込め。
後、リエットを連れてこい、ハドナーの爺は要らん、余計な会話に成るのは後で良い」
「はい」
「え、いやいや、手慰みに付き合わせる訳には――」
そう言う呉用に、ベルは首を振る。
「長くない付き合いだが、貴殿の舵取りの仕方がなんとなく分かってきた。
自由に回る思考をこちらが手助けした方が早い。
でないと、そんな真っ黒な書物が積み上がる」
ベルに言われてチラと横を見ると――
「……本当にいかんな、何時の間にこんなに書いたんだ、私は……」
足元に、山となった黒い紙が。
・ ・ ・
「先ずは、今ジン達が関わっている陣営、『二位』の陣営についてだな」
呉用がそう呟き、つらつらと書きこむエルス。
リエットはその傍で、聞き役と雑用をしている。
「無論、まずは『二位の皇継』――」
そう始めて、エルスはそれをひたすら筆記していく。
- - -
デュラ=カハル
『二位の皇継』。武力・軍事面における英才教育を受け、またそれに応える才知の持ち主。
単騎の武腕にも優れ、カリスマ性もあり、忠誠という点では盤石。
ただし、本人の本心には不明な所も多い。
花栄
デュラの側近に納まっている、『転移者』。
弓と槍の名手であり、軍略にも明るいが、直情的な所がある。
デュラに仕えているというよりも、居心地のいい居場所として居る、との事。
ローアン太守・ミヒャエル候
ジン達の現在関わっている相手。軍閥派の麒麟児。
権勢を求める手合いではないが、必要な物事の為には、清濁併せのむ度量が在る。
また、その実生活・本心に不明な所も多い。
ゴルドワーン男爵
ミヒャエルの敵対主。複数の勢力から支援を受けているらしい。
実に分かりやすい権力嗜好者だが、その器とは思われない。
- - -
「この背後には『四軍』のナイグトハーロが居ると考えられる。
まあもっとも、『が』なのか『も』なのかは判断が付き辛いが――
何れにしたとて、『誰か』が居るのは確定的な事だろう」
「でしょうね。男爵単体で出来る裁量を超えてる気がしますし」
「――まあ、その爵位、実際に皇帝から下賜されたものでもない訳だが……」
「追認の形でしたね」
「――あの、そこはどうでも良いんじゃ……」
ベルの殺気を感じて、エルスは話を戻した。
「で、ハメルク――さん? ハメルクの野郎? も居るんですね」
「『懐刀』情報ですので、間違いは無いと思います」
「うむむ……そんな便利な情報網、私が欲しい、とぼやいてみる」
- - -
バルク=ハメルク
元・エスターミア大公家・家宰。
エスターミア大公家に離反した人物。内政面では有能だった。
現在は『商会』という組織に所属しているとみられる。
反旗を翻した理由には不明瞭な部分も多い。
- - -
「最後の一文、要りますか?」
「要る――所属が不明な場合、当人の嗜好・趣向・思想に基づいてフラフラと渡り歩いている場合もある。
要不要で言えば、要る――そのまま書き留めて置いてくれ」
「はい――後、居るか居ないか不明ですけど――」
「居るとして書いた方が良いな。オアークウッドが抱える組織が動いているならば」
- - -
オーレ=カイル=オアークウッド
オアークウッド家の嫡男だったが、諸事により、疎まれている。
現在は『一位』の陣営で動いている。
- - -
「性格が変わった、と言いましたな、リエットさん」
「まあ、直接会ったのでは無いので、はっきりとは言えませんけど――
以前までのあの人の、『俺様』な感じはなりをひそめている感じですね」
「大人になった、と考えるべきか、はたまたそう成る程の何かがあったのか。
――両方か。不明瞭だが、『暗躍』を任として数年も生きたなら、油断が成りませんな」
まあ、突けば馬脚が出るかもしれませんが、と続ける。
「まあ、こちらの陣営を――」
そう言いながら、続ける呉用――が。
「――いや、むしろ分からなくなりそうだな。人名と特徴をざっと書いてもらってよいかな?」
「はい」
呉用の言葉に、エルスがさささっと書き始める。
- - -
ジン=ストラテラ
『転世者』とされる。事象の中心に居る事が多い。
非常に特殊な術を使う。
性格は悪くないのだが、たまによく分からない思考回路になっている。
シオ=カノイ
『四位』。エスターミア家の遺子。『魔王』に匹敵する魔力を持つ、との話。
当人は非常に温和。
ただし、温和というかほんわかし過ぎて、何を考えているか分からない事もある。
アビー=ウィル
『転世者』。魔術の点では抜きんでているが、よく分からない性情の人。
当人には揺るがない理由があるようだが、こちらに付いている。
アウル
よく分からない『メイデン』種の人。
人をけむに巻いているのか、それとも適当なだけなのか、はたまたこちらが分からないのか。
- - -
「ちょ、ちょっとまて、エルス殿」
「はい?」
……要点を抑えて、非常に分かり易くは在るのだが、逆に分かり辛い。
「……よく分からないだらけだな」
「よく分からないだらけです」
そう真っ直ぐに見られて、呉用は頭を抱える。
――ええと――何だ? この――流れで集まった集団。
「いかん、単純な味方が居ない。寄せ集めにも程がある。
逆に何故まとまっているんだ、この陣営……」
「言いたい事は分かりますけど――多分、思惑や利害と関係なく――
こいつら、ほっとくといかんな、と思うからじゃないですかね? シオだけしか詳しく知らないですが」
リエットにそう言われ、呉用は――思わずうなずいた。
「……まあ、心配するだけ無駄か。向こうはジンも居る。
情勢が転変し続けている、という事を踏まえて考えるしかないな」
「はい」
「エルス殿。出来るだけ、こちらの陣営の人材を書いてくれ。
私は新参・しかも前は田舎街の町医者、噂程度は聞いていても、分からん事も多い」
「そうですね……二晩下さい。各陣営まで含めて、分かる範囲で書きます」
「うん、ふたば……うん?」
「他の書類も溜まってますので」
そういう事じゃない、と呆れ。
「……梁山泊にも、こんな人材が居たら……己ももう少し、自由だったのに……」
書類の山、内政仕事の山と格闘した日々を思う呉用。
「――しかし、何故唐突にそんな事をし出したのだ?」
「え、ああ、まあ――」
ベルに問われて頭を掻く呉用。
「……大人は大人なりに、良い格好をしてみたくなってきましてな――」
そんな事を嘯くのだった。




