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『04』/21


 その瞳の中に、以前は曲がりなりにも有ったモノは無かった。

 暗い昏いその瞳を見据えていると、逆に自分が呑まれそうになるのを感じ――

 ――背中にそっと置かれた手が、その地獄めいた無感情を祓ってくれる様だった。


 ・ ・ ・


「ゴルドワーンの副官の一人は、バルク=ハメルクだ」


 ナーグさんに、その事を告げられて、心が大きく騒いだ。

 この間の、ジンが消えそうに成った時とは、また違う衝動があった。


「悪いな、シオ嬢。何時も、やなニュースばっか持って来てよ」


 そう言われて、自分は首を振っていた。

 この人が嫌なニュースを持って来ようが持って来まいが、自分はそれと向き合っていただろう。

 そして――ジンを無くしかけた時の様に――


「――生きてたんだな、あのハゲ」

「『王家の懐刀ノブルス・ダガー』にも探れない位、かなり深く潜伏してたみてぇだな。

 ゴルドワーンには、外部の複数の勢力から補佐官みたいなのが入ってるんだが――

 バルク=ハメルクは『商会』から来てるらしい――大元で何処から、ってのは分からんけどな」

「今更、何の因果だかねぇ……」


 溜め息を吐くジン。

 その在り様が、本当に何時も通りだったので、波立った心が、自然に凪いで行く。


「――僕も出なきゃ、ダメだね、それは」


 自分の運命を大きく変えた相手だ、相応の感情の動きがあるのは分かっていた。

 それでも、向き合わなければ。

 向き合って、あの日、何が起きたのかを知らなければ。


「――大丈夫か?」

「大丈夫。いきなり無言で抜刀したりしないから」

「おいおい」


 ジンが苦笑するのすら、心を癒してくれた。


 = = = = = =


 何年か振りで見たその男は、どこか地獄の幽鬼めいていた。

 もっとも、そんなモノは見た事が無いから、御伽噺の中のそれでしかないが。

 日に当たる事が無かったかの様に、肌の色は青白く。

 ある程度貫禄があった頬はこけ。

 目には、淀んだような光。


 そして、そいつは――無理からぬ事だが――こちらを見ては居なかった。


 その目には――『四位フェル』と『ローアン候』しか映っていない。

 それで何となくだが――本当に何となくだが、分かってしまった。

 あの日起きた事の全容ではない。

 こいつの心の内側でもない。


 あの日、こいつが連れ去ろうとしたのは――

 『四位の皇継フェル・カハル』であって、自分ではなかったのだ、と言う事。


 邪魔だったのか、必要だったのか、それは最早どうでも良かった。

 自分の中の、子供っぽい意地が、そいつに向けて歩を進めさせ――


 = = = = = =


「――ほんと、ほっとけない奴だよお前は」


 気が付くと、謁見の間の傍、控えの間で目を覚ました。

 ジンやアビーの顔を見て、何故か涙が溢れた。


 ・ ・ ・ ・ ・ ・


 状況の整理が必要だ――そんな事を、肉を食いながら考えている。

 ゴルドワーンを見送った後、そのままミヒャエルの宴席に招かれたのだった。


「一繋がりにしては状況に粗が有りすぎる。かといって無関係とも……」

「なーにぶつぶつ言ってんの、ジン――というか、シオはまたお眠?

 膝枕なんかしちゃって、目の毒だぞこのやろー」


 言いながらアビーがやってくる――お前……寝てる子の頬を突付くなよ……


「――酔ってんのか?」

「あん? 酔ってないわよ」

「グラス回しながら来るなよ……というか、お前もまだ『成人』って訳でもないだろに」


 この世界、そこまでそこら辺五月蝿くないから、別に良いけどよ……


「――厄介事だったわねえ、今回も」

「別におまえのせいとは言わんよ。死体の上がらなかったあのハゲを放置してた方が悪いんだし」

「あのハゲが2年前の元凶ねー。どう見ても小役人だったけどねー」


 そう言われて、俺はふと考える。


「あの時、お前も居たけど、あの状況って『誰』の差し金だったのか分かるか?」

「あたしゃそーいうのはわからんよ――居たのは、組織から流れちゃったブツを追ってってとこらし」


 おい、やっぱ酔ってねえか、お前。呂律がおかしいぞ。


「私の興味は基本的に、『ベティ』探しが根本だしさー。

 あの任務受けたのも、武器横流ししてる奴の影に、それっぽいの見かけたからだし」

「……『エリザベス・パリス』か」

「そうそう。あのアホの子に、一言言ってやらないと気がすまないのよ。

 『他人の夢に口出し手出ししてんじゃねぇ!!』って」


 ……もう、確実にミヒャエルの敵と共通してるんですが。

 どんな『ベティ・パリス』なんだよ、お前のお友達は……


「つか、やっぱ酔ってるだろお前」


 ひたすらシオのほっぺをプニプにするんじゃ在りません。


「む――う?」


 ほら、起きちゃったじゃねえか……


「おーしおし、外出て酔い覚ましすんぞー、シオ起きろー」

「ふぁい?」


 ……イゾウ、酒馴染ませたのお前だろ、酔い方そっくりだよ、勘弁してくれよ……


 ・ ・ ・ ・ ・ ・


「お? どこいくんだー?」


 傍の席でひたすら肉を食っていたカーラが立ち上がると、ジン達に着いて行った。


「――健啖家だな、牛一頭食い尽くす勢いだ」

<すいません、食費の掛かる賓客で>

「かまわんさ。食事は楽しく食べた方がいい」


 ミヒャエルの言葉に恐縮しつつも、ゲンも肉を食べる。

 美味い。やばいな。こんな美味いもの食ってたら、東に帰った時に……

 いや、あっちはあっちで美味いものあるし、ジャンクなのはアパムたち経由じゃないと食えないしな。

 ――等と考えていると――


「ふー、満足です」


 隣の席で、ニーナが至福の言葉を上げた。


「……すげえ、食うのな、この嬢ちゃん……」


 ナーグがドン引きしてる……ふふ、食費がすごい事になる面子がもう一人……


「今回、結構動きましたからねえ。というかすいません、加減無しで倒しちゃって」

「構わんよ。命令に従っただけとはいえ、逆徒は逆徒だ。

 痛い目を見て、自分の頭を目覚めさせた方が良い」

<兵隊って、物考えない方がいいんじゃ……>


 ゲンの言葉に、ミヒャエルは首を振る。


「兵の前に人で無ければ、碌な事にならない。

 ひとでなしの軍勢というのは、恐ろしいし強いかも知れんが、禍根を残す。

 ロアザーリオ入植当時の話が、それは証明している」

<あー……略奪収奪で反抗されて、滅んだ軍団あるんでしたっけ?>

「詳しいな、その通りだ」


 と一つ口を潤し、自分が考えるに、と言うミヒャエル。


「歩卒一人一人が命令軍令に混ぜっ返すのは論外だが――

 単なる構成要素になった存在というのは、人間らしさを欠いて、獣になる。

 それに――人間らしさ、というのは、最後の最後で踏み止まる一歩に化ける事もある」


 その言葉は、ゲンからすれば、甘い、と思う。

 『彼』はまだ、戦争を戦った事が無い筈だ。

 ゴルドワーンとの政争はあくまでも政争で、直接的に軍を指揮して『戦争』というのは、聞く所に寄れば無い。

 自分だって、戦友と入り乱れて、というのは無いが、あの砦を出て以降、様々な文献を目にしたりはした――

 極論、人間は、そこまで強いわけではない。


 ――だが、とも思う。

 自分は人間ではないわけで。

 自分の同族には、何千にも渡る時を、他者を守護する事に費やした奴も居たわけで。

 あるいはそれが、『最後の一歩』なのだろうか、と。


「……貴殿に言っても、理解してもらえるかは分からんが」

<……理解は出来なくても、受け入れる事は出来ますよ>


 そんな風に結論し、ゲンはさらに肉を食べる――美味い。


 ・ ・ ・ ・ ・ ・


「かざってねえかなー」

「ねえかなー――何を?」


 ふらふらしながら歩くアビーを、カーラが支えつつ、あっちへフラフラこっちへ以下略。


「――ジン、あのさ」


 それを見つめていたら、不意にシオが声を掛けてきた。


「どうした?」

「――どうしよ。僕さ――『皇帝』、成った方が良いのかな――」

「急に、なんだ?」

「うーん……なんと言うか、自由に成った心算だったんだけど――」

「……自由だろ」


 いや、言いたい事は分かるよ。こんな風に、いきなり過去が戻ってくるとか。

 フラッシュバック起こしてぶっ倒れないだけ、お前は強いよ。


「――少なくとも、今のお前には、幸せを願って――

 そのやった事の結果にも付き合ってくれる人間がいるんだから、あの時とは状況が全く違う」

「――でも――相手の目、ジンの事を……」

「おー、めっちゃ憎んでたな、あの目は」


 急にギラッギラした目になったもんな。あのハゲ。

 でも、まあ、野望ユメを砕かれた人間なんてあんなんだろう。


「……結局は、ジンにばっかり頼り切ってるんだよね、僕」

「頼れ、と言ってるんだよ。頼られないのは、逆にさびしい」

「でも――」


 あったぁあああ!!

 あったぁああ――何が?


「あいつらも、たぶんそうだろ」


 何があったんだ、というか、夜に大声止めて、恥ずかしい。


「おい、ほら、ふたりとも来い!!」

「なんだよ、この酔っ払い。魔女っ子BBAで絡み酒とか目も当てられねえよ」

「BBAじゃねえって言ってんでしょうが、いいから来い!!」


 ――引っ張られていくと――木が有った。


「さあ!! キスでもしろ!!」

「――その風習はねえな。ヤドリギの下でキスって」


 何探してたのかと思えば、この酔っ払いは……そもそも、掛かってるの別モンだし。

 良く見なさいよ、リースっぽいけど、あんな呪符めいた物の垂れてるリースって。


「『精霊の輪』だね。新しい年に向けて、その樹に宿る精霊に、一年の感謝を伝える奴」

「なんだ、違うんかい……」


 というか、お前分かってて言ってるだろ。


「うむむ……シオ、君は、色々遠慮し過ぎだと思う」

「――遠慮?」

「運命も宿命も、存在はする。けど絶対じゃない。

 どんな関係性も繋がりも、心が最終的に判断するんだ。

 シオは、いい子だから、『アザー』や『メニー』を優先しちゃうのは分かる」


 でもねー、とアビーが続ける。

 てか、座り込んでんじゃないよ、雪無いけど冷えてるんだから、帰るぞ――


「アビーサンタとしてわぁ。

 そんなに心から心を許せる相手がいるのに、そいつに我侭を言わないのは、ダメだと思うんですよぉ――

 ――それはむしろ、ジンもだけどな!!」

「落ち着け」

「お前は落ち着き過ぎなんだよ、枯れ木かお前、もっとドッキリイベント起こせよ!!」

「……はいはい、言ってる事が訳分かんなくなって来てるぞ……帰りましょうねー」


 つか、誰が枯れ木だ……そうぼやきながら片手を取ると、シオも片手を取った。


「……遠慮して見えるか?」

「……距離感の取り方を、計り兼ねて見える」


 シオがポツリと呟く言葉は、痛いところを突いている。

 求めてる訳ではないが、どこかに『ねえちゃん』を探している自分がいる。


 『自分』と『直接』の接点が在った訳でもないのに。

 在ったのは、前世というべきなのかなんなのかの俺である『ミナキ』で。

 受け継いだ『記録』の中の面影シオを、『魂が同じだから』という理由で探している。


 ミヒャエルの事を笑えない。いや、むしろ、それ以上に性質が悪い。


「――ジンは、色々カオスだから、仕方ないと思う。僕は――まあ、追々」

「……おう」


 こういうとこなんだよな。シオが『分かってしまう』事に、甘えてしまっている。

 ――良くないと分かって居る。だが、相手に踏み込むには、俺もシオも複雑過ぎる。


「――まあ、とりあえず、悩むのは後にしようぜ……

 こいつ、さっさと部屋に持ってかないと、街中から苦情が出そうだし」

「そだね」


 そんな風にズルズルとアビーを引き摺る俺たちを見て、カーラが一言。


「なんか、アビーの背丈高くないから、ふたり、夫婦みたいだなー」

「だーれーがー、こどもじゃーいー、すーひゃくさいぞー」

「……自分で言ってなんだけど、俺、こんなひねくれた子供はやだな」

「おい、竜っ子に言われてんぞ、魔女っ子」


 カーラの言葉に、笑いながら、俺たちは道を歩いた。


 俺たちは多分、アンバランス過ぎるから、こうやって寄り添っているんだろうな。


 そんな風にふと思い、詩人か、と笑った俺だった。


 空には、元の世界と変わらないような月が揺れ。

 街には、『冬来節』の飾りが揺れる。

 そんな、穏やかな夜の街を歩きながら――

 冬路を家路につく、『俺』と『ねえちゃん』を幻視した。

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