『04』/20
「ミヒャエル様!! これは、何かの間違いで御座います!!」
――『ローアン』、臨時収容施設の一角にて――
目の前を通り過ぎんとしたミヒャエルに、格子越しに絶叫する元・大臣。
「――『間違い』では無い」
「何を仰っておいでですか!! 私は――」
「一つ一つ論う手間が惜しい――『全て把握している』――この一言で悟れ」
「――――……」
ジン達には未だ見せていない、『冷徹』そのものの態度に、相手は押し黙る。
そうして、ほんの一瞬足を止めただけで、そこを過ぎると――
――ギィ
「――やれやれ。『大掃除』ついでに『鼠』まで駆除ですかい?」
一際厳重に捕らえられた、その男の言葉に――苦笑を浮かべる。
「――そんな事を見抜ける目で、何故こんな遣り様だったのだ? ヘクトル」
「何故も何も――俺ぁ『傭兵』ですぜ? 『雇い主』の意向には従うが道理でしょうに」
「――模範解答だな……『お前の言葉とは思えぬ』と言うのを除けば」
そう言って、相手を真っ直ぐ見詰めるミヒャエル。
一方の相手――ヘクトルは、頭も上げず、ベッド――と言うよりただの木箱――に座っている。
「――で? お幾ら積んで転ばせようと?」
「……幾ら積んでも転ばないだろう、お前は。お前の部下も同様だ。
待遇の改善だのと言った事を求めるならば、こんな手に打って出る前に幾らでも手がある。
――『正規軍』の一角に参画等と言う事を求める手合いとも思えない」
相手の返答には期待していないのか、ミヒャエルは滔々と呟く。
「だというのに『やった』――しかし、お前の遣り様としてはお粗末もいい所。
と言うよりも――『外からの増援』でも想定していなければ、破綻している戦術だ。
俺を捕らえたとしても、市街警備の連中が取り囲めば、館から出られないからな」
「……地下を、とは考えないんで?」
「逃走経路にそれを使うなら、最初からそこを侵入経路にも使うだろう。
でありながら、採った策は門番の家族を人質に取って、だ――
こんな何処で破綻するか分からない策、お前が書いたとは思えない――
――いや、もう少し正確を期すなら――こんな絵図面に乗っかると思わなかった、か」
ミヒャエルの言葉に、くく、と笑うヘクトル。
「……だから、言ったのにねえ……こんな程度でどうにか成るなんて、思わないほうがいいって――」
対するミヒャエルは――暫し沈黙した後、踵を返す。
「おや――? 聞きたい事は、それだけで?」
「聞いても答えんだろう、お前は。
『売る』とか『売らない』とかの話で無く――」
含みのある笑顔を向け――
「――こんなものは、『緒戦』だろう」
そう言い切ると、戸を開けて出て行く。
「……やれやれ――やっぱり役者が違う。
ヨナサーン=ゴルドワーン程度じゃ相手にも成らないのは分かり切ってたが――」
自分が捕らえられている事など、まるで意にも介さない口調で、ヘクトルは笑う。
「――さてさて――まさかに俺が捕まるとは、だが――
――いざと言う時の為の、保険てのは打っておくもんだな――」
――さあ、どう動いてくれる? ぼっちゃん?
「……それはいいが――やれやれ――
このクソ固ぇ『木箱』は何とか成らんかねぇ。
さっさと牢獄に遷して貰いたいもんだぜ」
・ ・ ・ ・ ・ ・
「どうなっておる!!」
絶叫と共にテーブルを叩き、男が立ち上がる。
「落ち着きなされ、ゴルドワーン男爵」
「落ち着けじゃと!? 落ち着いていられると思うてか!!」
目の前の男の諌めにも、耳を貸さない。
「三年!! 三年掛けて入念に準備を整えた!!
『商会』の連中に頭を下げてまで、丹念に丹念に仕込み、細心の注意を払い――
それが!! 何が何やら分からぬまま、この様にあっさりと引っくり返されて、なにををどう――」
「だから落ち着きなされ、と申し上げている。
貴方様の喉笛に手が掛かった訳でもなく、全軍が潰えたでもない。
たかが『内応者』と『現地業者』が潰れただけですぞ」
冷気すら感じる冷やりとした口調で、男は続ける。
「貴方と『商会』との繋がりがある? それがなんだと言うのです?
『ダルフォル』と言えば、知らぬ者等居ない巨大商会。其処に繋がりの無い者を探す方が至難――
まして領土持ちとなれば、関わった事の無い者の方が少ないはずです。
貴殿を担ごうとする者が居る? それは当然の流れです。
血統の立場の上では、貴方様の家もまた、ローアニクスの名を受ける資格のあるお家。
まして『軍人』の多いこの領土、現当主が柔弱と捉えられるのも無理からぬ。
貴方様は、まだしくじってはいません。
緒戦に敗れる事は、戦ではまま在る事。
そして、緒戦に敗れたから敗北ではありません」
「……手がまだ有るというのか?」
ゴルドワーンの呟きに、男は返す。
「然様ですな。先ずは――」
・ ・ ・ ・ ・ ・
領主館が襲撃されてから、二日。
――というかだな、この世界の領主館、攻められ過ぎじゃないですか?
そして、玄関先をあっさり突破されすぎじゃないですか?
平和ボケって怖いよなー……何が怖いって……
「――無茶苦茶やりやがるな」
――『やる側』も、加減ってモンが無い。
灰と瓦礫になった港の倉庫を見て、俺は呟いた。
何が起きたかというとだな、要するに海からも攻められた訳だ。
おまけに、やった事がね――大砲ドカーンですよ。
火薬じゃなく、魔術式『空気銃』みたいなモンらしいけど――被害規模代わらんなら、同じ事だよな――
海岸沿いの倉庫、思いっきりやられてるし……例の船、退避させといて良かった……
「これ見よがしに海賊旗を翻して突っ込んできて、略奪&放火で帰って行き、帰りがけの土産とばかりに砲撃――
しかも、領主が尋問中のところを狙って――本気で一遍に型付ける心算だったんじゃないですか、これ?」
「――予定の上ではそうだったのかも知れんな」
静かにそう呟くミヒャエルさんに、俺は溜め息を吐く。
「丸太橋と分かってて渡るか……」
「『尋問』に出向けば狙ってくるだろうと踏んでは居たが、『魔術砲』を持ち出されるとは思いもしなかった。
貴殿の言った様に成ったな――物品の退避を命じたのは正解だった」
「というか、普段率先して渡るあんたが言うな」
むしろそこらは警戒しようよ……後、アビー、余計な合の手入れなくていいから。
「だが――ゴルドワーンが一人で描いた絵図面とは思えない。
もっとも、当の本人は小勢を率いて駆けつけ、こんな風な手紙を残していったが」
そう言って紙を渡されるアビー。
「……ヘクトルとか言う奴の言ってる事と、一致しないね」
「――奴は恐らく、協力はしていても、もっと違う方向から動いている。
ゴルドワーン程度に飼われる様な男では無い」
「……まあ、それは兎も角、そんな簡単に『聖籍』に入るって出来るもんなの?」
「こっちでは、隠居引退の類としてやる事はある。もっとも――
あいつが『混乱の原因は、自分という担ぐ相手が居るからだ』等と言う殊勝な考え方をするとも思えないが」
要するに、隠居して領地も返すので、これ以上追求なしの手打ちにしてね、ってか。
「時を凌ぐ為だろ――後、他からの入れ知恵」
「それ以外には無いだろう――だが、受け入れざるを得ない」
「なんで?」
「『教会』関係者が後ろ盾に付いているだろう事は、その手紙に名が連名で出ている事からも分かっている。
だが、その深さが分からん――下手に手を掛けると、農民を糾合して反旗を翻す、何てなりかねん。
即時に即時出来るとは思わないが、後での重要局面でやられても困る。
そうなると、相手の『手』を塞ぎ切るのも良くない」
宗教一揆まで絡んじゃうと、もうダメだな、そりゃ。手を掛けない方が良い。
「……というか、あんた、頭良いんだから、こうなる前にもっとやりよう無かったのか?」
「――あったのかも知れんが、実際に実行できるかどうかはまた別の話だろう。
利を説いて味方を増やすにしても、切り札が無かったしな」
「あー……あんた、ロアザーリオ軍閥内で浮いてるんだっけか……」
『二位』は認めてるらしいけど、それと味方が出来るのはイコールじゃないもんなあ……
「ミヒャエル様」
「ああ、カトルか」
「ゴルドワーン男爵が、最後にご挨拶したいと」
「分かった――貴殿等も来るか? 敵手の顔を拝んでおくのもいいだろう」
「趣味悪い事を……俺らのせいで失敗した奴の顔を拝めと?」
――まあ、いいか。
「仮面つけてもいいなら。後、ナタリー呼んでくれ」
「は? ちょ、ジン、何言ってんの?」
あ、居た――いや、物品の被害状況確認任せたの俺だけど。
「お忍びで『四位』が居た所を襲った――なんて成ったら、どんな面するかな、と」
「……いや、今回私、御付……」
「あ、貸すよ、正装。一応ベル姉さんに持ってこさせられたし」
「勘弁して、ほんと……」
それが仕事じゃん、貴女の。
・ ・ ・ ・ ・ ・
「――この様な事態になり、面目次第もありません」
……もうダメか、これは――
ブルブルと震えながら呟くゴルドワーンを見、傍らの男は思う。
いや。『四位』が唐突に居たのでは、混乱もするか。
「しかし、家族領民には、何の落ち度も御座いません。
一重に、私が手綱を握り切れなかった事が原因――寛大な御処置を……」
「それを判断するのは、私では在りません。
私はあくまで、一時の客人としてこの地にいるだけですので」
しゃあしゃあと、抜かしおる。中々の役者だ。
実に惜しい事をした、と思う――まさか、この場に来て居たとは――手を伸ばすべきはむしろ……
「――ところで。そちらの方は?」
ミヒャエルの言葉がこちらに向いた。さて、どう言って取り繕うべきか――
「――は、私は『聖樹教会』よりゴルドワーン殿のお世話を仰せ付かりました――」
「……失礼、ローアン候。私にとって旧知の人物の様ですので、顔を拝見しても?」
「――ほう、それは、奇縁だな。エスターミアの縁者殿が、ロアザーリオで知人を見つけるとは」
――誰だ? あの仮面は。しかも、二人歩いてくるが……
「……こんな所で……会うとは……」
「――落ち着け」
――誰だ?
「……何かの、間違いでは在りませんかな? 私は――」
「久しいな。私の――僕の顔を忘れたか?
元エスターミア家・家宰・バルク=ハメルク」
そう言って、相手は仮面を取った。
・ ・ ・ ・ ・ ・
「――――」
驚愕の顔でも示すかと思ったら、そうでもないのな。目を少し剥いただけか。
まあ――あの時の一連の事に、こいつが関わった『証拠』って無いらしいし――
「――久しいですな」
「――本当に久しい。息災だったか?」
「見た通りで御座います。帰参する事も出来ぬままの、不義理をお詫びいたします」
「そうか。では、帰参するか?」
――ここで告発してもいいんだが、言い逃れる心算なら幾らでも出来るだろうしな。
そもそもシオを攫おうとしたのも、『エスターミアを思えば』なんて言い出せば、別に飛び火するだろうし。
「申し訳御座いません。あの事件の後、頭部を打って長く患い、ロアザーリオの縁者の下に来ておりました――
その内に、『聖樹教』のお仕事を仰せ付かるようになり――」
「ああ、お前は要らんので、構わん」
おい、ばっさり切り捨てやがったな。
「ただ、覚えて置け。お前のやった事を証立てる術が在ろうが無かろうが。
お前の邪魔をしたものも、ここにしっかりと居るのだ」
……仕方ない。俺は仮面を半分だけ取る――って、シオの時以上に驚いてんじゃねえよ。
「――お、前……は……」
「騒ぐな。見苦しい。今この時は見逃してやる。
だが――皮肉だな。何度失敗すれば気が済むんだ? あんた」
皮肉を出来るだけ込めて言う。
瞬間、相手の顔が真っ赤に成る。おうおう、いいぞ、怒れ怒れ。
シオじゃなく俺に敵意向ける分には、何でもないさ。
「――次の予定が押している。ゴルドワーン殿。これまでに」
えー、もうちょっと煽りたいんだけど(ゲス顔)?
「次は、もう少し、よい形で会いたいものだな」
あ、マジで引き上げて行っちゃった。仕方ない。
「じゃあな、息災で」
俺も赤頭をおいて、シオを連れて部屋を出るのだった。




