『04』/19
ダッダッダッダ――ガチャッ
「――居ない――こいつは――」
「つまり、そういう事ですよ――」
ビュッ
「ぬおっ」
「非常に残念ですよ、ヘクトル殿。
口も態度も悪い貴方ですが、給金分の忠誠はあると思っていたのですが」
ローアンの領主館、その隠し部屋。
ヘクトルと呼ばれた男の前に、すっと姿を現す人影。
短髪に軽装の鎧、マントを羽織った姿――
それは、ジンたちの前で、ミハイに報告を持ってきた人物――カトルだった。
「――カトルか。何の話を――」
――ビュッ――ガギンッ
「と、言いたいが、お前にその手のごまかしは効かねえだろうな。
――忠誠はあるさ。それが、お前さんの様に個人にじゃなく、第三師団そのものに向いてるだけだ」
細身の剣の連突を切り払いつつ、体勢を整え――
「よく言う――ゴルドワーン如き私心の塊で、勤まるとでも思っているのか?」
「勤まるともさ。勤まらなくても、別段問題ないともいえる」
「――『再編』の噂に乗ろうというのか?」
「噂じゃねえさ、必ず起きる――必ずな」
今度は逆に、切り込んでくる。
「軍閥と一括りに言っても、意志はそれぞれ様々。
だが、今のままじゃ『二位の皇継』の直属部隊だけが重要視される――十分強いからな。
だけじゃねえ。『継承戦』が迫ってるんだ。
各師団解散の上、兵だけを直属に、何て流れにも成りかねねぇ訳だ」
ギリギリと鍔競りをしながら、カトルを圧する。
しかし、無理攻めではない。
「その前に、連名で指揮権を返還し、完全な旗下に入ろうってのは、前からあった話だ――どこの師団でもよ。
それを取り纏めるならば、ゴルドワーンに坊ちゃん程の武才がなくても別に問題はねえ。
いや、下手な武才を持つ必要は無いとさえ言える。何せ、担ぐ御輿は『武神』とも言えるお人だ」
執拗に攻めながらも、周囲警戒は怠っていない相手。
流石に一筋縄ではいかない、とカトルは思う。
有利に進んでいようとも油断は無い。
――だが、内心穏やかではない筈だ。
こちらの『将』を取れなければ、クーデターは成らない。
『領主館を急襲した賊徒』か、『新領主を担いだ忠臣』か、そこの瀬戸際に立っている。
――だから、自分を見逃して、退く訳にはいかない。
ベラベラと手の内を語りながら、こちらから情報を探ろうとしている。
「――そんな策謀、貴方だけの物では無いだろう。
どこのダニだ? 他者の命を転がして、甘い汁を吸おうという輩は」
「言ってやるなよ、誰だって、自分は可愛いもんさ。
死に物狂いで、命の底まで燃やして戦いたいなんて人間、そうそう居な――
ドガァッ!!
――ッ!?」
「――ふん」
壁が吹き飛び、相手が横に吹っ飛ぶのを、横目で見送るカトル。
「が、は、卑怯だぞ、てめ……」
「騎士同士の戦い、とでも言う心算か?
笑わすな。お前は逆臣、私は一本の剣。あの方の手助けと成るなら、いかに汚い手でも使う。
他国の方の手を借りてもな。違いを上げるなら――」
ヘクトルが頭を上げると――
ドガァッ!!
「ガハァッ!?」
「私も命を張っている、と言う事だ」
二つの人影が飛んできて、自分の鎧をさらに凹ませた。
「――門番の人の家族を人質に取る様なやり方、私は許せません」
「ごたいそーな御託並べる資格なし!!」
「ニーナ殿、カーラ殿、そいつはもういい。
大臣同様、ミヒャエル様が直々に裁かれるだろう。
私たちは入り込んだ残兵を――」
ガチャ
<――ん? なんだ、敵のボス、やっぱり裏道から入ってたんですか。
知らせずに部下を陽動に使うとか、下種い奴ですね>
「ゲンちゃんさん。どうですか?」
<ほぼ捕縛しましたよ。チグサのトラップで――ゲンちゃんさん?>
「……一応、傭兵とはいえ、我が領の精鋭なんだが……」
<狙ってる相手がちらちらあちこちから姿現したら、注意力散漫にも成りますからね。
金髪で鎧姿っぽい映像を見せれば、食いつかざるを得ませんし>
無断で自分に仕込むのはどうなんだろ、等とぼやいている相手に、カトルは笑う。
「やれやれ。つまりは出番なし、と言う事か。
久方振りにミヒャエル様に良い所を見せられると思ったのだが」
<あの、事も在る程度落ち着いた様なので、あの方について聞いて良いですか?>
「うん、まあ、構わないよ――そうだな。
貴殿等には、変わり者にしか見えないだろうからな」
「いや、ふつうに変――もがが」
「はいはい、ちょっと黙ってね?」
「ふ――変人なのは事実だ。いや――どこかが壊れてしまっている、というべきか」
カトルは、そんな風に呟くと、寂しそうな笑みを浮かべた。
・ ・ ・ ・ ・ ・
短剣やら曲刀やらを携えて、相手が殺到する。
アーメットの様な物を被った人物は、まるで人込みを避けるかの様に、その間を縫うかの様に避ける。
「ぐあっ!?」
「うおっ!?」
相手を避けながら、的確に細身の刃を刺し入れ、一撃で一人を確実に削る。
しかも、殺しては居ない。急所は外している。
そして――奇妙な事に、相手の刃が刺さった、と思った瞬間――
「――えっ!?」
「こちらだ」
「ぐうっ!?」
何時の間にか背後に立ち、一撃を当てる。
「――なんじゃ、ありゃ……」
「今のは、『幻影』やら何やら、諸々の合わせ技だね」
んな事聞いてる訳じゃないんだが、解説どうもアビー。
「――というか……どういう執念があったら、あんなの使える様になるんだか……」
「どういう事だ?」
「性質の悪い冗談みたいな言い方に成るけど、『夢と現』の狭間の状態だよ」
……どう考えてもそれ、お前の『敵』から何か掠め取ってないか?
「道理で空白がある訳よ――複数の『相』に同時に存在する様な状態なら。
あんだけはっきり存在してるのに、現実感が希薄なのは、多分そのせいだと思う」
「『ミカエル』の筈が、ランドルフ=カーターかよ……」
「あんな攻撃的なランドルフ=カーター居ないと思うけど、言い得て妙だわ」
そんな事を言って居る間に、雑魚は殆ど蹴散らされる。
「好き放題にしてくれるもんだぜ……」
お、今度の相手はあの人かな?
――って、なんだよ、そのトンプソン機関銃みたいなの。
「だが、そこまでだ。どこの誰かなんて関係ねえ!!
バラバラのひき肉になっちまえばな!!」
「――やってみるがいい」
「おーっととと、正義の味方が第三者を見殺しにすんのかい?」
おおう。こっちに銃口向けるなよ。危ないだろ。
「何処の馬鹿か知らないが、良いタイミングで来てくれたもんだぜ。
邪魔で仕方なかったこの馬鹿をぶっ殺せ――
「五月蝿い」
――るんっ!?」
「話が進まないでしょうが、やられ役」
酷い。あんた、全力で背後から股蹴らなくても……
「む――幹部は逃がしたか」
「ああ、うん。そそくさと出て行ったよ」
「――何故見逃した?」
いや、何故って……
ぎゃぁあああ!!
な、なんじゃこりゃあおい!?
「――ジン、何を」
「やだなあ、アビーさんこそ何を?」
「ちょっと床抜いておいただけだけど」
「俺は人懐っこい植物を放って置いただけだけど」
トラップぐらい仕掛けますよね。あからさまに怪しいルートは。
「――ふ。まあ、助かった」
パキ、パキキキ――
相手がそう呟くと、アーメットは乾いた音を立てながら後頭部の方へと引いていき――
――うん、まあ、ミヒャエルさんの顔だよな。そりゃ。
「どういう流れでそんな力を得たのよ」
「――然程長い訳ではないが、詳細は私も分からない。
何せ、件の夢から醒めようと足掻いている時に、こうなっていたのだからな」
はっはっは、なんか、どっかのマンガで、夢を現実にまで上書きする連中居たけど、それかなー……
うーん、なんというか、どういう事だよ……
「――隠していて、済まなかった」
「言うタイミングがそもそも無かったじゃん。構わないわよ」
流石アビー、度量がデカイ。
「兎に角、厄介事抱えてる、ってのは分かったわ。
まあ、任せときなさい。こっちには『匠』がいるから」
――はい、どうも。全て掻き混ぜる匠です。
得意なのは、異世界知識と物語のパターン解析からの、状況分析解体です。
「ああ、噂では聞いている。
問題点ごと吹き飛ばし、風通しを良くする人物が居るとな」
そっちの匠じゃないです。いや、確かに緑モノ寄せではあるけど。
・ ・ ・ ・ ・ ・
「先代、フランシス閣下は、正しく『騎士』の鑑の様な方だった」
館内の被害状況を確認しながら、カトルは語る。
「領主としても有能で有り、軍勢の長としても申し分の無い方だった。
その分、家庭の事に掛かり切りに成る訳にも行かなかった。
妹御、モニカ様の世話を焼いていたのは、主にミヒャエル様だった」
<ふむ>
「多感な時期を、最愛の妹の病と向き合い、まだ幼い妹と向き合い――その死に直面し――
――ミヒャエル様の中には、暗い影が落ちた」
人間ですらない自分に、心の変遷は分からないが、精神に多大な影響があった事は想像に難くない。
そんな風に考えながら、ゲンは更に思考する。
<恐らく彼は――『父性』が優先されてしまうのでしょうね。
他者の『守護者』であろうとするのも、その感性の延長ですか>
「良く分かっているな。そして同時に、酷く幼い少年の部分もある。
それでいながら、その双方をすり合わせてしまう程度に、出来る」
カトルはそう呟く。
「ゴルドワーンから見れば、目の上のたんこぶであると同時に、得体の知れないモノに見えるだろうさ。
『自分に何の利も無いのに、何故こんな事をするのか』。
『誰に褒められるでもないのに、何故そんな事をするのか』。
『実利』の為に動くモノであるほど、理解が及ばない、それが――」
<――そうですかね?>
ゲンの呟きに、カトルは振り返った。
<そんなに深奥に踏み込む必要ないでしょう。
ヨナサーン=ゴルドワーンという人物を鑑みるに>
「……調べたのか?」
<噂話であれこれ聞こえましたよ>
「そうか――貴方の所見は?」
そんな御大層なもの無いですけどね、と前置きして、ゲンは呟く。
<『夢』という言葉を、自己暗示と正当化に使う人間、そう思えましたよ>
・ ・ ・ ・ ・ ・
「兎に角、今回の一件の根は、この領の内紛に端を発してる、って事ですか?」
「そうだな。二年前の父の死には、不審が残る所もあった。
それを調査するよりも領地の安定を期して動いたが、ゴルドワーンは何度かこちらに粉を掛けて来ていた」
「粉を掛ける?」
アビーの問いに、ミヒャエルは頷く。
「そう大仰な――軍勢を率いてという類ではない。
自分の統治する領地で、こちらの息の掛かった商人を締め出してみたり、とかな」
「おおう、せこいな」
「大義名分も無く動けば、流石に『ロアザーリオ大公家』が動く。その辺りは流石に分かっている」
「成る程。無視した訳ですか。その程度なら、と」
「一々構っている暇が無かった、とも言えるな。
二年前といえば、様々な情勢が大きく動き出した辺りだったし」
……うん。まあ、俺のせいな部分も、あちこちに。
仕方ないよ、まさか自分で『空虚の野』作ると思わなかったもん。
「明確に動きが出だしたのは、凡そ一年経ったぐらいだ。
不平をもつ者を糾合する勢力がある、という程度の話だったが」
「その段階で叩かなかったのは?」
「ゴルドワーンの領地は、四軍の領地に近過ぎてな。
四軍の将は勇猛果敢で名を馳せる男だ。有能でも在るのだが、下から突き上げられれば動くだろう。
摩擦の原因まで抱えたくなかった、というのが一番だ」
「あー、目の前でヒラヒラやるだけで興奮しちゃうのか……」
要は当人は兎も角、周囲が猪なんですね、分かります。
「というか、なんでそんな厄介なとこにそいつの領地があるんです?」
「元々、高祖父の時代に、妾腹だったその兄が治めるという事で落ち着いた地だった」
おいおい、国内に火薬庫作ったぞ、こいつの高祖父、馬鹿なの?
「武勇の人だったその人物は、領地鎮護の為と、納得の上で向かった様だが、その子等までは違ったらしい。
基本的にゴルドワーン家は、何時でもこちらを狙っていた――まあ、よく在る話だ」
よく在ってたまるかバカ、よく在っちゃいけない類の話を当然の様に語るな。
「まあ、もう一つの理由としては――」
「『賊徒』ですか」
「そうだ。盗賊・夜盗・野伏せり。
呼び名はどうとでも言えるが、世が乱れて流民が出れば必ず発生する手合いだ。
おまけに、とある事で受け皿が壊れたせいで、統制の取れない連中だらけでな」
「――受け皿?」
「あー、それは俺、何となく分かるわ。
逸れ者には逸れ者なりの、ギルド的なモノがあるのさ。
分かりやすく言えば、『マフィア』とか『ギャング』とか」
東方にも有ったな。所謂『一家』的なモノが。
俺のそんな説明に、ミヒャエルは頷く。
「そう。そこは、悪党なりの、居場所で有り、軛だ。
そこには一般とはまた異なる論理と掟がある。
無論、通常の律法に照らせば、大小の違いは在れど、悪に違いは無いのだが、な」
「あー。『一分の掟』とかそういうあれ?」
「渋いとこ持って来るね、お前……」
そして、それはどっちかというと海賊、と考えつつ、変わらんか、と思いなおす。
盗賊の類にも、その手のモノはある。
依頼でとっ捕まえた連中には無い事も多かったけど。
= = = = = =
掠め取る側の取り過ぎるなの論理なんて、お笑い種ではあるのだが、実際の所、それには相応の計算もある。
経路が廃れれば、その分、別に動かなければいけない。
だが、其処にだって『同業種』が居れば、殺し合って縄張りを得るだののリスクを負う。
おまけに、目立ってしまえば上前跳ね……違う違う、法の番人どもがお出ましになる。
要するに見つかり次第ブッ殺される。捕まえて裁判で縛り首、なんてまだ優しい。
その後ろにどんな事情があるのかを考えるのは、人だ。
それを考えないで、根こそぎに一掃しても、次の世代が出て来る。
何せ、素地はそのままだからな。
法は人を守らない。法は法を作ったシステムを守る。
それを以って守られる人も居るが、それは副次物。
行使する側にその気があるかどうか次第なのだ。
不意に、ある依頼人の言葉が浮かんだ。
まあ、カルハだが。
野放しにしたくなくても、とか、俺に愚痴る話じゃ無いと思うんだけどなあ……
ともあれ――ロアザーリオの裏通りには今、そういう大きな重石が無い状態なんだろう。
……とある事、って何だろ。思い出せば思い出せそうだが、面倒でもありそうな……
= = = = = =
「――話が脱線したが――要するに、だ。
こいつらの如き連中が、そういうあぶれモノを拾う様になってしまった訳だ」
縛り上げられた『商会』の連中の前で、剣の鞘をトントンと床に突く。
「――どうするんです?」
「聞きたい事、は実は無い」
さいですか。じゃあなんでこんなとこまで来た。
「目当ての人間も来るかと思ったのだがな」
「――ゴルドワーンとかいう――」
「ああ。だが、まあ、居ない以上は仕方ない」
戻って、これから先の話をしようというミヒャエルに続いて、俺たちも屋敷を出る。
「片付いているか?」
「カトル様が粗方」
「ならば、港の倉庫へと全員移しておけ――必要ならば、迎えに来るだろう」
わー、捕まえた分を餌か囮に、まだ釣り上げる気だ、この人……




