『04』/18
<しかし、栄えてますね>
「あちこちへの海の玄関だからね、ここ」
ゲンの言葉に、チグサが応じる。
<大陸沿岸周回ルート、ですか>
「うん。バーフェルブール北西のエレクタルの港を振り出しに――
こことか南のトゥーバを経由して、エスターミアのフロントールに入る。んで折り返す。
ローアンは天候が比較的落ち着いてるし、大きな湾に成ってるから、重要拠点――って伯父上は言ってたね」
<……あの人の目的って、ひょっとして、例の新しい船ですかね?>
「ひょっとしなくてもそうだと思うよ。速度が別物だしね」
港に停泊している船をちら、と見る。
表向きの形式は帆船だが、中身はチグサの父――先代の『十代・韓志和』が改造した別物だ。
ジン達が、通常の船足の何倍もの速度で来れたのには、この新型の影響が大きい。
これが量産され、各地に配備されたならば、各地の交易等はあっという間に変容するだろう――
交易ばかりでは無い――文化の交流も――必然、戦争というものも、だ。
もし仮に、『彼』に今裏切りの心算が無くても、もし仮に、こちらに付くと腹に決めているのだとしても。
今この時、こちらへ戦意が向いていないにしても――少し、リスクが勝ち過ぎる気がするが――
<――弱ったな。こんな事に関わる心算で来たんじゃないんだけど>
ゲンとしては、単にチグサの護衛目的だったのだ。
それ以前、政治的な厄介事は抱えたくなかったのだが……
「――よっと。ただいま」
「今帰りました」
そんな風に考えていると、カーラとニーナが帰って来た。
「お帰り。どうだった?」
「悪い噂は聞かない感じでしたね。
非情な判断をする事もあるけれど、基本的には先代同様の名君って話でした」
「変なやつではあったな。色々と」
<――変な人なのは、最初から分かっているでしょうに>
そう呟きながら、ゲンは領主館の方を見るのだった。
・ ・ ・ ・ ・ ・
「――御話中の所すみません、殿」
――『殿』て。いや、原典でもそんなだったか。
「ふむ。件の内偵の件か? この状況に持ってくるとは、差し迫った理由が有りそうだな」
「はっ――その――」
……この人、絶対あれだな、『カタリ――
「構わん、申せ」
「――『商会』が今夜、臨時に会合を開く、と」
「……『新型』の船足を見て、本気の度合いに気がついたか――まあ、予想の範疇だな」
いや、あの、なんて?
「――『餌』にしたのか、あんた、勝手に」
「勝手に、というのは語弊があるな。カルハ殿が噛んでいないとでも?
或いは参集して僅かな時とは言え、『無用』先生が噛んでいないとでも?」
「やっぱそうだよな、あの軍師!!」
・ ・ ・ ・ ・ ・
ウェッショイ!!
「――むむむ、もう気が付かれたかな?」
「人が悪いな、あんたも」
イゾウがポツリと呟き、呉用はニィッと笑う。
「『相手』が誰なのか分からない。故に、どこから手が伸びてくるのか分からない。
比喩でも暗喩でもなく、『姿が見えない』。それ故に『脅威』だ。
だがな――どんなモノであろうとも、動けば『流れ』が出来る。
様々な方面に手を突っ込んでいるというのならば、逆に好都合ともいえる」
「『不都合』を見逃す事は『走狗』には出来ない、ってか――」
引き攣った笑いを浮かべるイゾウに、呉用はにんまりと笑う。
「『神算鬼謀湯水の如し』、とは行かんがな……
人の性に付け込んで転がすのは、私の得意とする所だ。
欲得だけで動いている者の動きなんぞ、実に実に分かり易い」
・ ・ ・ ・ ・ ・
「まあ、うちのボスが了承して無きゃ、あの船は出ないからね。
それを『餌』に『釣り』してみようって発想は、全く以って理解出来ないけど」
「――あれって、『六星連』の機密だよね、たしか」
「まあ――チグサの親父が手ずから改造した代物だしな」
ほんっと、価値が分かってんのか分かってねえのか……
あのおっさんが、たまに寂しそうな顔してた理由も分かるわ。
「のらりくらりとこちらの攻勢をかわす相手、余程の事でなくば釣れん。
もっとも、相手の反応が些か早かったのは事実だがな。
つまりは、それだけ『こちらを見ていなければいけない』という事だろう」
「――どういう流れ?」
「『ダルフォル商会』という名を聞いた事は?」
――聞いた事無きゃモグリか別大陸の田舎者って位の大ネタだろうが。
「――まさか、自分とこの政商が割り食ってるから潰そうとかそういう」
「流石に、そんなしみったれた理由では――」
怒るなよ『ピンク髪っぽい人』、ジョークじゃん。
「――じゃあ、禁制品とか密輸関係、後は海賊の類なんかを利用した、輸送ルートの独占ってとこかな。
名前知れ過ぎてるから、かなり巧妙に隠してるだろうけど」
「…………」
「…………」
沈黙すんなよ。
「――流石と言うべきか。凡そ、当たっている」
『ドフォーレ』っぽいんだもん、名前、なんて考えながら苦笑いを浮かべる。
「まあ、そこら辺の詳細な状況については、リーアム殿からでも聞いて貰えればいい」
「――『冒険者ギルド』も関わってるんですか?」
「物的証拠を押さえた段階では在りませんが、可能性は高いでしょう。
『フロントール』での密輸にも関わりがあったと、商人たちの間では噂が有りますので」
「――と言っても、これは我が領で治める事――」
「いやいや、わざとらしくネタを明かしておいて、それはない。協力しますよ、もちろん――」
……大丈夫だよ、暴走しないって、だからそんな目で見ないで、シオ、アビー。
・ ・ ・ ・ ・ ・
「――本当に、信用して良いのでしょうか」
そう呟く大臣の言葉に、ミハイは無言だった。
「失礼を承知で申し上げますが――全員、『子供』ではありませんか」
「……『使節』としては不十分、そう言いたいのか?」
「聞き及ぶ噂は知っていますが、事実だとすれば、あまりにも危うい者では無いかと。
ここ数年来の何がしかの騒動の裏には、必ず影が見え隠れする、など――」
「能力は十分だ――前もって情報を渡されていたなら、大した役者だし――
あの場で気がついたのならば、それはそれで切れ者だろう」
議論無用、という意志を瞳に湛えて静かに呟く相手に、大臣は部屋を出て行く。
「――いいんですか? 仮にも父親の代からの部下でしょう?」
「――厄介な事だ。間違った事を言っている訳では無い辺りが。
さりとて、正しいと言う訳でも無いのだから、我を通させて貰うさ」
物陰から出てきたのは、ローブ姿。
そのフードを取り去ると、出てきた顔は――
「ま、『御貴族』様も『軍将』様も、面倒事抱える身には違い有りませんか」
ニヤニヤと軽薄に笑う男。
「『裏付け』を持ってきましたよ。と言っても、俺が調べたもんじゃないですけど」
「ああ、助かる。ナーグ」
差し出された資料を、表情一つ変えずに読み――燭台の火で焼き捨てる。
「――まあ、そんな所だろうな」
「おーこわ、何処まで把握してのこの状況なんだが」
「把握する事が、何かを出来る事では無いさ――」
「そんで、あの『抗い方』、ですか?」
そこで初めて、相手を一瞥し――
「――さて。なんの事かな?」
子供の様な笑みを浮かべるのだった。
・ ・ ・ ・ ・ ・
――その夜。
港の近くにある、とある屋敷の前。
「……入っていく人間の面が、大概マフィアで御座る……」
やべえ、こりゃやべえ。
どうせ『越後屋』みたいなのの集まりと思ってたら、『武闘派』かよ。
「連中は『商会』に加担はしていますが、元々は正しく街のダニどもです。
カトル様の口振りから、御存知かと思っていましたが……」
ご存知ならもう少し物騒な割振りしとったわ、皮肉か、部下さん。
つか、あの人ガチで『カタリナ』じゃん。『カトル』って名乗ってるけど。
「あー、あー、クリスマスも近いってのに、何やってんだろね、私らは」
言うなよアビー、というか通じねえよ、この世界の人間に。
「――本当はさ、半分はバカンスの心算だったのよ。
ローアンって、気候自体は穏やかだって聞いてたからさ。
戦い続きのあんたらへの、小粋なプレゼントーって」
「……悪かったな、首突っ込んで」
「ま、状況よく聞きもしないで受けたのが、悪かったんだけどもさ。ホント、ウチのボスは……」
「まあ、大体呉用先生とカルハが悪いわな」
説明してから寄越せっつうんだよ。
何時の間にやらお膳立てしてやがって。
――つっても、好き放題に動く様に、って事なんだろうけどなぁ……
大体、面子が面子だもん。隠密で立ち回れる人間居ないもん。
チグサ達が来てる理由にも、多分ベル経由で噛んでるだろうし――
となるとゲンちゃんが来てるのも多分悪巧みの一環なんだろう――
……何で寄越すかなぁ、高火力兵器を……どう考えても派手にぶっ飛ばす事にしかならんだろうに……
毎度毎度、派手に落下する人間の言う事じゃないけどさぁ……
「――主立った面々は、入った様です」
「あいはい、んじゃ――行き――」
――ガチャーン
デイリダー!! カチコミダー!!
「……おい、ジン」
「まだなんもしてねえよ、全部を俺のせいにすんなよ」
いや、ホント、今回はまだ何もしてないって。
――人員の割振り以外は。
・ ・ ・ ・ ・ ・
「居たか」
「いや、居ない」
軍靴の音――それと鎧だ。隠す心算も無いらしい。
数は――サーチ範囲では20程か。
「くそ、何て事だ」
<しっ。静かにして下さい>
――呉用めー』とか言ってるけど、人の事言えた立場かよ、とゲンは思う。
ジンが『ひょっとしたら『別』も動くかも』って言った事、ピタリと当っちゃったよ……
いや、自分の『戦略論理』でも、こうなる可能性は考えにあったけど――だからってだな、と。
「――まさか、兵に寝返る者が居るとは……」
<……>
何をどうしたら、自分がこの国の領主館に?
「――と、とにかく、ゲニトリクス殿。ミヒャエル様と合流しなくては」
<……どこに居るのか、ご存知なんですか? 大臣>
「はっきりとは分かりませんが、執務室に、隠し部屋があるという話です。
一部の者しか知らないので、私も開ける術までは分かりませんが」
<そうですか――チグサ?>
「多分、見れば分かると思う。その手の仕掛けなんて、そう違うとも思えないし」
<では、行きますか――>
ガンッ「――ぎゃっ!?」ゴスッ
「な!? どうし――
ゴギャッ
――ぐえっ!?」
「ふう、ただいま」
「おう、お帰り、ニーナ」
<――殺してないですよね?>
「そんな真似してませんよ、一室に入れただけです」
<――聞こえてくる物音が物騒なんだよなあ……>
そんな言葉を呟きながら、ゲン達は部屋から移動を開始する。
・ ・ ・ ・ ・ ・
「――困ったな」
「困ってるように見えないんだけど」
入り口を固められた領主館、その傍の茂みから、数人の声がする。
「いや、困ってるのは事実だよ。買出しから帰ってみれば、クーデター発生って……」
「『二位の皇継』直属の部下でしょうに、貴方は。
何か言われて無かったの? フィガロさん」
「立ち位置的には、単なるコックだよ、俺は……
今此処に居るのだって、ローアンからの依頼で、糧食の研究の為に来ただけだし。
――むしろ、そっちが何で居るんですか、ナタリーさん」
「交渉事で来ただけの筈だったんだけど――なんでだろね? 何で外で状況見張ってるんだろうね?」
「泣くなよ、こっちも泣きたいよ」
「ブチブチ言ってる場合じゃないでしょ、二人とも」
状況を見つめながら、呉用の義理の娘、ファリエにたしなめられ、シュンとなる二人。
「――まあ、外部から刺激が入ったら、こうなってたって事かもね」
「……落ち着いてますね、シオさん。交渉相手がすげ変わるかどうかの瀬戸際に」
「そもそも、それが無いと思うもん」
「――さっき合流して、私をあの人の娘と見抜いた辺りと言い、貴女は――」
「いや、それは君のお父さんに頼まれてたからなんだけど……
『フィガロは信頼出来るが、別の意味で危ないと気がついた』、とか」
こう言ってはなんだが、エルフの血も入ったファリエを見る。
単なるコックとは思えない程度にがっしりしたフィガロも見る。
――人攫いの構図にしか見えない。それは直ぐ分かる。
「――父の言ってる事がさっと察せる辺り、私もどうなんだ……
因みに、そういう危機は有りはしましたが、私が弟子と名乗れば解決しましたよ」
「ああ、うん……帰って来る迄の関所で、何回も聞かれたわ、その類は」
あ、うん、やっぱり。
「――まあ、中の騒動は任せておいて、僕達は外を見張ろう。
どうせ、この流れ、ローアン太守の思い通りなんだろうし」
そんな事を呟くシオだった。
・ ・ ・ ・ ・ ・
――多分だが、ミヒャエルはこうなるのは分かっていた。
自分の傍周りから、直接の武力を持つ奴が離れるならば、内応している誰かは動くだろう、と。
ちょっとの関わりだが、切れ者に違いないあの人なら、そこまでは読むだろう、と分かる。
――ガシャーン
「己が欲を満たす為、新たな道を探ろうとする動きすら封ずるその所業――許せぬ。
このデューク=ロアーネンが正義の鉄槌を下す!!」
「出やがったな仮面野郎!! おめえら!! 取り囲んでやっちまえ!!」
――誰だお前は!! いや、モロバレだよ、なにやってんのこの太守!?




