『04』/09
ああもう、どっから手を着けたら良いんだ――行けと後押ししたものの、混乱している。
ジンにあんな風な事を言ったものの――甘かった、と言われればそれまでだ。
『虫』を何かに忍ばせて――そういう、こそこそした『暗殺』を警戒はした。
そもそも、こんなハードな展開に出る『貴族』なんぞまだ居ないだろう、と思ったのだ。
なのに――馬鹿を小突き回して『まるっとお見通しじゃい!!』って終わる筈が、何この混乱の極みは。
「――ユート、どうする?」
「どうって――正直言って良いですか? 『知らん!!』」
『ドラ◎サン』じゃねえよ俺は、『クラ太』くぅん。
何故か上の方では『異天』同士が戦ってるし……
何があった、つか、それが『本命』臭く感じる俺も大概か……
――いや、そもそも、だ。誰がやったかは知らないが、尻拭けよ、『大人』ども。
この状況の対処に14位のガキ引っ張り出してる段で、この世界詰んでるんじゃねぇの、と言いた――
「……クランツさん、成人してましたよね?」
「いきなり何だ? してるけど」
「……飲んだ?」
「いやいや、仕事的に飲めな――おい、まさか、酒に幻覚剤でも入ってたのか?」
「そこまで過剰なものなら、マリー辺りが気が付くわね――
各勢力でも近侍で分かるのは連れて来てるだろうし――香料じゃないかな」
――はは、道理で。
『魔素』もそんなに動いてないから、こっちに引っ掛からない訳だよな――
やってる事は、単なる『催眠術』だもん。
「――香料でリラックスしてる頭へ、光の明滅と一瞬だけ竜の幻覚なり、書割なりを見せる。
んで、爆発と炎を実際に出す――後はパニックがそのまま混乱をもたらす」
「そこまでして、混乱を持ってくる理由は?」
うわー……考えてみたら、手品とかイリュージョンの類じゃねえか、これ。
冷静さを欠くと不味いのは、呉用さんだけじゃなく、俺もだな――
――そう考えながら、ユートは『三位』に向き直る。
「……『混乱』を企図しての事じゃなかったんじゃないか、と思うよ――最初は」
「え? だって、これ、どう考えても――」
うん、クランツ兄さんや。世の中にはね――
傍迷惑で、クソどうでも良いジョークを飛ばす、大バカヤロウが居るんだよ。根が真面目な貴方と違い。
「――『余興』の筈が、全く異なる筋書きで上書きされたんだろ」
「余興!? ちょっと待てよ、実際に火がボワって――」
「屋敷が燃えてないじゃん。多分、爆発音も虚仮脅しだよ」
人間、余裕が無いと視野が狭くなるな。
……というか――そういう事、なのかな?
あくまでも、視線を誘導する為に――
――ドォン!! ゴガァ!!
「……まあ、今聞こえてる『上の音』はマジモンだから、俺らも逃げた方が良いね」
「――だな、天井にひびが入っていく光景とか、恐怖以外感じない」
……ホント、何がどうなってんだ、上の状況。誰も得しないだろ、実際……
「とりあえず、階を上がった方が良いかもね」
「そうだな――責任の追及云々は、やってる余裕無さそうだけど」
――まあ?
『サプラーイズ!!』って言う筈の人間が、はめられた形なんだろうから、さぁ……
……俺はもう直接殴りはしないよ、『仕掛けた奴』。
・ ・ ・ ・ ・ ・
――こんな筈は。
それが、サシマエル=ゲナコフの思っている事だった。
『バーフェルブール』辺縁域に開拓領地を持つ、ゲナコフ侯爵家――
5年ほど前に父を亡くし、跡を継いだ彼は、相応の野心家だった。
歳は30そこそこ。そう遅い訳でもない代替わりだ。
貴族の若い当主など、基本的には無欲な者の方が珍しいのだから、彼も極普通の貴族だったといえるし――
二年前の『領主館の爆破事件』の折、いち早く駆け付けた事から見ても、無能ではないと言える。
その一件以来、『一位』の覚え目出度く、その陣営の中枢に食い込んだ彼だったが――
――実際の所、栄達の道が続いていたのかと言えば、そうでもなかった。
いかに覚え目出度かろうと、彼には家柄も血統も足り無かった。
それを覆せるだけの才知や、あるいは資金力も無かった。
――『最初に馳せ参じた忠犬』程度の扱いが精々だった。
実際の所――『個人』としての彼は実直であり、貴族同士の蠢く策謀に向く性格ではなく。
もしも『貴族の一般論』がいかに世情から乖離しているのかを理解出来ていれば。
彼の忠誠の篤さは、別のベクトルに向いたのかもしれないのだが――
人としての振る舞いの前に、位階の上層に立つ者としての振る舞いを教育された以上――
――結局は貴族にしかなれなかった、とも言えるのだろう。
――それでも、其処までで留まれればよかったのだ。
しかも、一度といえど『一位』の側近に侍った『栄誉』に、抗う事は難しく。
貴族的に行けば、一瞬花開いた幸運に過ぎず、元に戻ったのだとしても、それは『没落』に見え――
――加えて、『聖樹教の横槍』を正統な方法で論破した事も、彼の心の支えとなった――
――なってしまった、というべきか。
……後ろ盾が有ったとは言え、『ヴァレリーク』の現当主を満座の前で論破したのだ。
それは確かに――『教会勢力』が相手でも、否と言える人物、と担がれもする。
――まあ、担ぐ人間は往々、適当な所で投げ出すものだが。
貴族の威光と言う物に従わない相手に、自分が如何に無力なのか、知る由も無く。
とある『学士』の引き込み工作に失敗した辺りから、彼は徐々に失速していく。
焦りは、視野を狭め――持ち掛けられた怪しげな目論見に、乗ってしまった。
それでも『成功』していたならば――
――ビュ――
――そんな事が、彼が人生の最後に考えた事。
『力天』の拳にぶち抜かれ、眼前に飛んでくる瓦礫を前に、脳裏を駆け巡っ――
――グシャッ
・ ・ ・ ・ ・ ・
「どこだ――何処だぁぁぁああああ!!」
暴れまわる『力の異天』の暴力を、シオはツブラを抱えて回避した。
「どういう状況ですか、これ?」
「――やられた。あいつの嫁さんが、死んだ」
「――大雑把過ぎます、流れを下さい――カーラ!!」
「おう!!」
シオの呼びかけに、カーラが『力の異天』に殴りかかる。
ゴギィィィィ!!
拳同士がぶつかったとは思えない衝撃音が、床に走る。
「――で、なんです?」
「……『智天』が何らかの形で狂わされた。
術式の暴走した状態で、それと気が付かないまま近付いたあいつを庇う様にして――
――あいつの嫁さんが直撃を食らった。正確には、衝撃波の瓦礫だがな」
「……なるほど」
「特性の御蔭さまで、俺はアレの足止めは出来てたんだが、まあ、ジリ貧だった。
……生物的なリミッタが外れてりゃ、と言い訳はしたいが――」
尚立ち上がるツブラを他所に、シオは破壊された壁を見る。
「――くそ、こうならない為に動いてたってのに――」
「――その言葉だと、こうなるのを知っていた様に思えますけど?」
「……知っていた」
シオの言葉に、ツブラが呻く。
「……『未来』なのか『予定』なのか知らんが――
『力の異天が嫁を殺して発狂する』という場面を、俺は知っていた。
――誰が敵か分からん状況で、おいそれとも話せなかったから――
――誰にも、それこそジンにも言ってないが」
言っていれば――そういう悔しさを滲ませるツブラ。
「――向こうから、こっちまで、壁を抜いてきたんですね? エレーナさんは、あっちに?」
「……ああ、そうだが?」
聞いたシオは、ツブラの肩を叩き、
「――誰の思惑か知りませんが、ジンの相方の僕に任せなさい」
そう、勇猛な笑顔で笑った。
・ ・ ・ ・ ・ ・
「――やれやれ。久方振りの手合わせが、こうか――」
数分後――『力の異天』の前に、『二位』が立っていた。
「おおおおおお!!」
「むんっ!!」
ギギギギギィン!!
加減無しで振り抜かれるシロウの一撃を、鞘ごと抜いた剣でいなす。
鞘は――皹が走っている。
「おいおい、オレイカル以下複数の合金から作った奴がこれか――安くないんだがな」
「おりゃああああ!!」
体の崩れた隙に、カーラが拳を振り抜き、相手を吹き飛ばす。
「強いなおまえ!!」
「おう、俺はちと強いぞ。お前も強いな、名は?」
「カーラだ!!」
「――おい、お前ら、のんびりしてる場合か」
「――ツブラか。少し力を抜け。真っ向から受け止めてばかりでは身が持たん、互いにな」
後ろからの声に暢気に応じる『二位』だが、油断は無い。
相手は血を滴らせながら、再び立ち上がる――ダメージは決して軽くは無い。
――だが、と。
取りも直さず、それは、拙い状況に傾きつつある、と言う事だろう、と。
「――よし、カーラ。殺さないように時間を稼ぐ。俺とツブラに合わせろ」
「ようし!!」
――だが、さてさて――
果たして、其処まで思う様に出来るかな?
・ ・ ・ ・ ・ ・
「マリー、破片だけ『破砕』してくれ」
「――っとに、無茶苦茶を――」
言いつつ、集中し――相手の胸元に刺さった瓦礫を、自分の魔力の『特質』で壊す。
「――おし、消しましたわよ!!」
「ミカ、頼む。俺は小さい瓦礫を除去する」
「ええ――にしても」
相手の『傷』を吸い上げながら、『三位』は空を見上げる。
「――あの子の相方も突拍子も無いけれど、あの子自体も大概ですね」
「――ジンと関わると、ろくな事が起きないけど、その分は強く成りますからね」
言いながら、無数の『光指』を操作するユート。
「兎に角、シオが『智天』を止められると祈りましょう」
無数に走る光の線を横目に、ユートは呟いた。
・ ・ ・ ・ ・ ・
「――誰だ――僕は、なんなんだ」
魔力が暴走した状態の相手の攻撃を、かつてアビーが使った方式でいなす。
「答えろ――なんで、お前が、あいつの傍に居る、なんで」
「――居たいから」
シオの真っ直ぐな言葉に、相手は空ろな目を向ける。
「――ユキヤさん。貴方の過去の記憶までは、僕は知り様が無いけど。
貴方は自分を殺してまで、あの中に居なくても良かったんだと思う」
「あいつ等は仲間だ!! 仲間を見捨てるなんて!!」
「貴方だけが苦しむ構造に成ってしまっていたのなら、一旦離れればよかった」
――厳然たる。薄情でしかない筈の宣告が、響く。
「――それを許さない『仲間』なんて、『仲間』でも『家族』でも在りません」
――シオの言葉に、空ろな目に僅かに光が揺れた。
「……頑張ってるのに、それが当たり前の様に思われるのって、辛いですよね」
その笑顔に、敵意は無かった。眉を顰めるように、少しだけ悲しげな笑顔。
「――本当に、やりたい事は出来ないのに……
――なんで、役に立つ事は、出来てしまうんだ……僕は……僕は――」
空ろな目から、涙が溢れている。
「――御免なさい。今の僕では、貴方を『救う』事は出来ない。
倒すか、逃がすかの二択に成ってしまう――だから、お願い。今は、逃げてください」
「……逃げても、何も、無い――」
「――『庇護』が無いと生きられないほど、貴方は弱いですか?」
今度は一転、強い表情でこちらを見ている。
――と、不意に――今の内に逃げろ、と言いた気に、背を向けるシオ。
「――虚ろにしか思い出せないのに、お前もあいつも、いつも、僕を――」
最後の言葉を発する前に、不意に魔力の流れが変わる。
次の瞬間には、『智』のユキヤの姿は、マハブラン領主館の上空から消えていた。
・ ・ ・ ・ ・ ・
「おおおおお!!」
どごぉぉぉぉぉぉ!!
「――おー、いてて」
「……流石に、腹が立ってきたな。こんボケ……」
「おいおい、落ち着け――あれを死なせれば、それこそ思う壺だぞ?」
「知るか!! 自分は『暴走』してるからって、容赦無しにバカスカ殴りよって!!」
ああ、こりゃいかんな、と笑う『二位』。
「カーラ、そいつを止めろ」
「邪魔すんな!!」
「え? なに? ど、どっちをたたけばいいんだ?」
混乱を来たしたカーラの後ろから、走っていく人影が一つ。
「シロウ!! 落ち着いて!! 私は、生きてますから!!」
誰あろう、エレーナ=マハブラン。シロウの嫁である。
「……遅いぞ、『三位』。死ぬ思いをした」
「すみません、意識が中々戻らなくて」
「――え、エレーナ……」
「はい!! 生きてます!!」
見遣ると、シロウもまた負ったダメージで倒れた。
「……本来なら、ここで『力』を『退場』させる腹積もりだったんだろう。
だが、実際には、退場したのは『智』だった――それも、死ぬでもなく、壊れるでもなく。
ただただ、場から、居なくなった――良い面の皮だな」
ニヤリと笑い呟く。
「――それは、誰の思惑ですか?」
「思惑だらけで、誰の、と最早言えない状態なのだろうさ」
「――『二位』。ひょっとしてあんた――」
何かを言い募ろうとするツブラに向けて、掌を出す。
「まあ、後でゆっくりと話そう。今は、腹が減った」
そう言って、『二位』も仰向けに倒れた。
・ ・ ・ ・ ・ ・
「――これでよかったんだろうか?」
シオは、屋根から空を見ている。
方向は、ジンの居るはずの場所。
「……まあ、ジンなら、なんとかしてくれるかな?」
『竜の首』を確認、と考えていたのだが――影も形も無い。
先程まであれ程に激しかった爆発音、炸裂音は鳴りを潜め――
――何かの術が在った痕跡も、見つけ辛い。
……自分に今出来るのは、ジンを信じて、此方で調べられる事をあぶり出す事。
「……にしても、『迎賓館』なんだろうけど、こんだけ派手に壊れるのは気が引けるなあ……」
自分が壊した訳でも無いんだけど、と頬を掻きながら、地面へと下りていく。




