『04』/07
「事前の先触れも無しで来て済まんな、マハブラン卿。
種々の事に忙殺されて居たのに加え、手違いで届け先が分散してな――
招待状を見つけて、慌てて来た次第だ――贈答の類は後日届ける故――」
「いやいやとんでもない、お越し頂けただけで重畳です――ささ、こちらへ」
父がその相手を恭しく出迎えるのを、エレーナは神妙な面持ちで見ていた。
『一位の皇継』、『ディロービア=バーフェルブール』。
この大陸において、『皇帝』その人を除けば、最も『名』と『顔』の知られた『支配者層』ではあるまいか。
社会的には『廷臣派』の最中枢――『エルフ』と『貴族』のハーフという血統と家名の持ち主。
その人物の点でも、学識高く、眉目秀麗。
それでいて、『遊び』も心得た――非の打ち所の無い『貴公子』だ。
――だが、エレーナは、実はこの人物の事があまり好きでは無い。
――嫌いなのではなく、なにか、不安の募る所がある人物なのだ。
有能であるが故の、自分の様な田舎娘では考えも付かない思考をしているから、と思わないでもないが――
……『シロウ』の実直さを知ってしまった今となっては――
「エレーナ。久しいな」
「――はい。その節はありがとうございました」
「なに。私にとっても利のある話だったから薦めたまでの事」
……こう言った所だ――思惑がある事を隠しもしないが、実際に思惑が何処にあるのかが分からない。
『勇者』と一貴族の娘が結ばれる事の是非を問うたら、何時の間にか仲を取り持ってくれていた。
尤も、直接に何かをと言うよりは、反対意見が在りそうな所を抑えてくれた、と言う感じでは在るのだが――
――逆を言えば、そんな厄介そうな事を、やる程度の思惑はある、という事だろう。
『貴族』の勢力へ『勇者』を取り込むのが思惑なのか、はたまたもっと異なる思惑が在っての事なのか――
……真意が分からない――或いは本当に、単なる善意であるとしても、その善意が何処か信用出来ない。
狭い貴族社会の中で、自分は比較的はみ出し者の変わり者だった。
領土こそ広大で、位階こそ皇帝の直臣だが、『荒野の大公』等と揶揄される事もある家柄――
――その娘である私は、正直、夜会に出るよりも野辺での狩りが好みだった。
勿論、出ない訳にも行かないので出てはいたのだが――
……はっきり言ってしまうと、上手くは行っていなかったのだ。
何処かの夜会へ出ても『田舎者』『山出し』以上の特色の無かった自分――
『ヒトとしてみれば、年が近い』と、何かにつけて目を掛けてくれた事への恩は感じている。
だが――その目を掛けてくれていた事さえ、今では、何か得体が知れない。
「――っとっととと、これはこれ、わっとぉ!?」
「――シロウ」
「おお、『屠竜』殿」
――不意に自分の後ろに、自分の『婿』が立った。
「す、すみません、着慣れない服を着たもんで、身動きが」
「ははは、『儀礼装』は『正装』とはまた違って、動きにくいからな」
「あはは、いや、凄いひらひらですね、正直、こっ恥ずかしいんですけど……」
「何、人生に数回も着ない服だ。我慢したまえ」
軽く交わす会話には、棘は無い――他家の奥方連の様な、皮肉も何も無い。
だが――この、正体の分からない獣と対峙した時の様な、不安はなんだろう。
――夜の闇の向こうから、視線だけが、こちらを――
「さて――挨拶回りをしてこなければ。また後程な」
そう言って軽やかに歩み去っていく姿は、舞台役者の様ですらある。
――何だろうか。私は――何時からこんなに――
「――どうした? エレーナ」
「あ、はい、いえ――緊張してるようです」
そんな風に誤魔化しつつ、エレーナも自身の準備に取り掛かった。
・ ・ ・ ・ ・ ・
やはり、来たか――
今や『醒天』とも呼ばれるようになったタスクは、それを見下ろしていた。
傍らには『迅天』、リュートが立っている。
「――やっぱり来たな――予想通り」
「ああ。人の心を掴むのは、絶妙に巧い」
「どんな思惑かさっぱり分からんがな――どう思う?」
「得体の知れない宗旨に傾倒している、なんて話も聞くが、貴族ではありがちの噂話程度のものだしな……」
来た理由は不明か、と呟く相手に、タスクは目をやる。
「――ツブラ達はどうしている?」
「それぞれの場所にいる――ユキヤは相変わらず不調っぽいな」
「……無理を重ねてるからな、あいつも」
「つか、ツブラの馬鹿体力に触発されても仕方ないだろうに、あいつ。
所謂『MP』多い訳でもないのに、無茶な術試し過ぎなんだよ」
――『『智天』のユキヤ』の事を考える。
実は、『MP』にあたるモノが、自分もユキヤもそう多い訳ではない。
――『MP』という単語の意味は――ここでは『魔術を使うスタミナ』とでも捕らえて貰えればいい。
少なくとも、自分たち『異天の勇者』にとっては、その認識――
使い果たしても死にはしないが、無理をすればその分が澱の様に溜まる。
此処最近のユキヤの様に、街道沿いの整備を魔術でやったりしていると、その分の返しが出る。
広範囲で人工雪崩を起こしたりする様な真似をしていれば、それは段違いの消耗だ。
「――まあ、式典には這ってでも出る、とか言ってるから、無理な訳では無さそうだがよ」
「あまり無茶をさせたくは無い。出来れば気を張っててくれ。『勇者』の一人が不調なんて――」
「あら? タスクさん、リュートさん」
不意に掛けられた声にそちらを向くと、『三位』が立っていた。
自分の使う術が『法理』系統な関係で、『聖樹教』に出入りしているうちに、顔を見知った。
「――どうも」
「ふふ、何か悪巧みですか?」
「いや、違いますよ――『三位』さんこそ、護衛も無しでどうしました?」
「お手洗いです」
「お、おう……相変わらず、あけすけな」
「聖女だって生理現象ぐらいは有りますよ?」
分かっているが、もう少し恥らえ、と思うタスク。
「それに、悪巧みはそっちでしょう。『二位』と一緒に――」
「言う程遠大な事では無いですよ? 『テーブルに花をもう一輪』、程度の話です」
「その為にやるのが、それぞれの『国宝級』のブツを出すって段階で、キレ過ぎだろ」
言うなよ、と思いつつ『三位』に目を向ける。
「そもそもアレ、持ってても着ける人が居ない段階で持ち腐れですから」
――それでも、それを贈るという事は、自分達も目を掛けている、という無言の圧力になる。
……二人して『廷臣派』に楔を打ちに来たのか、とも思えたが――
――だが、実際の印象から考えるに、そこまで考えて居ない可能性も――
「っと、こんなとこに居たんですか、『三位』様」
廊下を曲がって出てきた相手を、タスクは見る――ユート=レムだ。
「衣装合わせたり潔斎したりあるんですから、ふらふらしないで下さいよ」
「ええ、では、お二人とも」
そう言って歩いていく二人を見送る。
「……どこもかしこも、フリーダムなこったな」
「ああ。だが、気を抜くなよ、リュート」
「ああ――ちょっと見回ってくる」
「頼む」
自分だって、友の幸福を願わないではない――
「……とは言え――」
――厄介は厄介だな、と思いながらも、その思いを飲み込むタスク。
……『言っても仕方の無い事なんて、今に始まった事でも無い』、と――
・ ・ ・ ・ ・ ・
「現時点、届いた『贈答品』はこれで全部か?」
「ええ。特に不審に見える物は在りませんでしたね」
「お目に掛かった事も無い様な、高級菓子はありましたけど。流石、一級貴族」
ツブラはビーギス達と共に、警備に当たっていた。
華やかな場所は息苦しいので、自由に動き回れる配置に自分から入ったのだった。
「考え過ぎじゃないですか? まだ勢力図の決して無い時に、暗殺とかは――」
「より大きな事の為の、陽動にやる可能性はあるだろう。用心はして置いた方がいいと俺も思う」
ビーギスの言葉に、ウェルジが応える。
そんな言葉を聞きながら、ツブラは考える。
「あの、もう運んでも?」
「――ああ。大丈夫だ」
兵士の言葉に我に返り、そう言ったが、ツブラの表情は晴れない。
「――なあ。陽動をこんな所でやったとして、その目的はなんだ?」
「……『貴族の危機意識の甘さを指摘』、とか言いたいが――
――『誰』がやるかで、全く意味が違ってくるな」
主立って敵が居ないこの領主に、そこまでの心配は無いかもしれない。
だが、敵ではなく――獲物と見ていたならば?
「――列席者にも不審な人は居ませんでしたね」
そう言って、レアッドが入ってきた。
「……もっとも、何考えてるのか分からない様な連中は沢山いましたが」
「そりゃ、『上の貴族』連中なんて、そんなのだらけだろ」
「まあそうなんだが――」
「――フミは?」
「あちこちから話し掛けられてますよ。あの人は衆目集めますからね」
人脈が更に増えるのは結構だが――ツブラはまだ考えている。
「……ユキヤが使えないのは、何とも痛いな」
「まだ不調なんですか?」
「不調を押して動いたから、尚不調だ、と言っていた」
実際問題、『遣霊』を十匹も放っていれば、この屋敷程度なら動きは監視出来る。
消耗はきついかもしれないが、取り得る手としてはベストの筈だ――筈だった、と言うべきか。
――原因がはっきりしない不調に悩まされているあいつに、無理はさせられない。
「しかし、なんで其処まで確信を持って、何かが起こり得る、と?」
「――詳しくは説明出来ない。俺自身が、今ひとつ理解出来ていないからだ」
「――『堅天』殿以外が言えば、何言ってんだか、と流す所だが――
俺は、個人的に、貴方を信頼しています。その貴方が言う以上――」
「――すまんな。当らなかったら、後で説明するよ」
何故ソレが起きるのかは分からないが、ソレが起こるのは可能性が高い。
そんな、得体の知れない確信に、ツブラは溜め息を吐く。
・ ・ ・ ・ ・ ・
「――『智天』殿」
不意に掛けられた声に、ユキヤは後ろを振り返った。
そこには、『一位』。
「――ああ、どうも」
「……あまり、調子が良く無さそうだな?
普段の貴殿なら、先に気が付いていそうなものだが」
――読まれている、と思った。
いや、一月前から不調なのは事実だが、それを理由には出来ない。
不調の発端が何であれ、こんなに容易く背後を取られるなど――
「そうキリキリと張り詰めていては、そうもなる――ほら、これを」
不意に突き出した手に身構えるが――その手にあったのは、一輪の花だった。
「男が男に花など、中々奇態な事だが、この花の香りにはリラックス効果もある」
「――ああ、有り難く受け取っておきます」
「そう、人の善意は素直に受け取るものだよ。
まあ、私を相手に君が警戒するのも、分からないでは無いが――」
「――何故です?」
「私自身、自分があまり信用し易い存在とは思っていないから、だな。
君の様に、物事を多岐に亘り考察せねば成らない様な人間にとっては、尚の事――」
――やはり、この男は油断なら無い。
語る言葉、仕草、全てが。
何故なら――自分は今、こいつを、『親しい友』と認識しそうになった。
――人の心に、そっと入り込むのが、絶妙に巧い。
「――さて、旧知全員に花も贈ったところで、宴席へ向かうとしよう。
この地の肉は、肥えては居ないが地味豊かだからな、楽しみだ」
どれが本音かどれが真意か、まるで掴めない言葉を残し、すたすたと、振り返りもせず歩いて行く――
「――性質は、あいつに似てるんだよな……」
階段を降り行くその背に、そんな言葉を呟き、手中の花の香を吸う。
「……違う世界なのに、金木犀みたいな匂い、ってのも、不思議なもんだな」
不意に去来する、懐かしい過去を思い出しながら、階段の踊り場に立ち尽くすユキヤ。
「――っと――ぼーっとしてる場合じゃねえ」
さっさと着替えなければ――深呼吸をして、まだフラフラしている体を臨戦態勢にする。
「――っ――」
体のあちこちに、疼痛が走る――まるで――
「……ホント……何も異世界来てまで、こんな――『無理すると風邪引く』が再現されなくてもよ……」
吐く息に熱を乗せる――そんなイメージで溜息を吐く。
――暗示半分でも、幾分かはマシになった。
「……自分が一番、世話が焼けてたら、それこそ、世話無いわな……」
言葉こそ自嘲気味だが――まるで、寄る辺無い何かの様に、フラフラと歩いて行く――




