『04』/05
マハブラン領・中枢都市ゴドンウェイ。
――『商会』の主要幹部等、所謂上流階級を主客とする、高級なホテルの一室で――
「気前の良い事ですね、『二位』」
「御前ほどではないな、『三位』」
――おお、怖い怖い。
『軍事』と『宗教』の象徴同士の忌憚の無いぶつかり合いですか。いや、『化かし合い』かな?
恐ろしくて恐れ多くて、こんな処には居られませんよ――
「何処へ行く、メイド」
「お待ちなさいな、シゼルさん」
「……いえ、私そろそろ、『御嬢様欠乏症』が出そうで」
「んん? なんだそれは?」
「――言わんとしている事は分かりますが、平然と言いますね」
「いや、お二人相手で無ければ流石に言いませんが、ミカ様は御理解頂けるでしょう?」
「勿論分かります。分かりますが、多少は我慢を覚えたらどうですか」
我慢しましたよ、すごく、すっごく。
「流石に家族水入らずにしゃあしゃあと絡む程、考え無しではありませんが、もう、流石に、何ていうか――」
「……『三位』、お前は人の事を言えた義理では無いだろう」
「私は何年も我慢に我慢を重ねましたので」(にっこり)
「お、おう、そうか……まあ、俺は、そう言った事にはちと疎いが――」
コンコン
「失礼します。御呼びと聞きましたが――」
……何故に来なすった、我が君。
「――どういう状況か、把握出来兼ねますが、私のメイドが何か粗相を?」
あ、勘弁して下さい、今の心境と疲労で、そんな冷えた目で見られたら――ぬれ――
メギィッ!!
「――だっ!?」
「ああ、申し訳在りません。
我が家の人間らしからぬ、言動がはみ出ていたので、止めました」
「いや……今……私の頭から、人体が出しちゃいけない音が……」
だ、大丈夫か、私の頭――おっけぇ、愛しの御嬢様のお顔は、まだ見えている。
「――『エルフ』が皆、お前の様に、『楽しさ』を解せる連中であったならばな……」
「……残念ながら、デュラ様。それは無理でしょう――いたた、まだちょっと白い……」
「それが何故であるのか、『三位』に解説してやってくれまいか」
――うん、分かってて聞かないで下さいよ、いたずらっ子の目で見やがってまあ……
「……私や『カウランドール』殿の様な存在の方が、例外的だからですよ」
「――カウランドール、というと――」
「ああ。お前を呼んだ理由にも絡んでいるが――『一位』旗下のレジナールで認識は合っている」
「……すみません、少しラフにお話させていただきますが――ミカ、どう言う事?」
猫を脱ぎ捨て聞く御嬢様に、『三位』はこう言った。
「――今回の厄介事の責任を、『エルフ』の方々にどの程度負っていただくか、の話です」
――のんびりとした口調だった。
・ ・ ・ ・ ・ ・
この世界には、こう言った言葉がある。
『智のエルフ、技のドワルフ、
財の『普遍人』、魔の『魔詠人』』。
これは、それぞれの特色を端的に現している。
エルフは、神代に『神』から授けられた知識を継承してきた。
ドワルフは、遥か旧き世から、営々と技術を継承してきた。
オーディナはその人数、そして其処から吸い上がる財に裏打ちされた、実武力。
マナスは、エルフすら及ばない領域に到達する者のある、操魔力。
それぞれの総人口も、その寿命も、悉く異なる
でありながら、どれかの種族がどれかを下しきれないのは、総体としてみた時の『力』が拮抗している為だ。
その故に各勢力は敵対や蔑視をしながらも、最後の戦いに踏み込んだ事は無い。
やれば勝ち得るが、勢力基盤が揺らぐ程の犠牲を出さなくてはいけない。
――それ以前、明確に国々が種族で分かれている訳でもない。
統御不能の混乱が始まれば、それこそ今度は世界の終わりになるだろう。
「――それが、これまで一貫して、世にあった風潮」
「風潮というか、ある種の事実だな」
眼前の男に、レジナール=カウランドールは応える。
「何百年単位で、各種族の均衡は守られてきた――それを貴殿等は崩すつもりか?」
「待て待て、カウランドール。そう答えを焦らんで貰いたい」
「然様。そうカッカされては、進む話も進まん」
一人は普遍人、一人はエルフ。
ここ数百年の『帝国』内では、珍しくもない取り合わせだ。
片や貴族という、厄介な俗的関係性を除けば。
「――あくまでも、これは実験の一環に過ぎない。
貴殿も知っての通り、如何なる事も起こり得る情勢に成りつつある。それがここ数十年だと思わんかね?」
「――古の『毒』をこの世に呼び戻した理由が、それですか?」
「呼び戻すとは恐れ多い事を――だが、その事については何も言わんよ。
どっちみち、『再発見』された以上、対策として『血清』を作る必要性がある。
もしも『邪属』がその版図の拡大を企図し、世にアレを放てば――
人はたちどころに半減しうるだろう――アレが『邪属』の意図で現れたとも限らんが」
それらしい理由を――エルフの男を睨みつけ、レジナールは苦虫を噛んだ。
……睨んで見たところで、こいつではないだろう。
この面倒事、はみ出し者の一党の一員でしかないこれの企図とは思えない。
――だが――突付き過ぎては、逆に面倒か。
「――この事、『一位』様は?」
「無論、ご存じない。というより、御耳に入れるまでもない。
これらの研究に関しては、私に一任されている――『廷臣』派の総意でな」
「――つまりは、私に対して語る事は何も無い、か」
『一位』の意思ではなく、『貴族側』の事だな? と、言外に言い含める。
「……どう考えるも自由だが、貴殿等、『一位』の腹心に累が及ぶ様な事にはせぬよ」
「――ならば、貴殿等には、もう少し慎重を期してもらいたい、それだけだ」
そう言って、レジナールはその場を立ち去る。
「――」
「――」
二人の男の、無言を背に――苛立ちを噛み締めながら。
「……思いの外――」
――そして。
どう返答すればいい、と、文面について考える。
――いや。そのまま、答えるより他無い。
……面倒な事を頼んでくれたものだな――
敢えて――確証を持つ事を避けていた、その事実に触れる羽目に成るとは。
・ ・ ・ ・ ・ ・
「――あの、すみません、めまいが」
――粉を掛けるにしても、なんでその方に粉を掛けるんだ、この三人は。
「レジナールは俺の教育係、そして俺に近い考え方だ」
「…………」
知ってるよ、そんな事は!! そんな事聞きたいんじゃありませんわよ!?
「いやー、その、私、向こうに手紙出しても不自然じゃない人って、それ位で」
「……ああ、知り合いでしたわね、貴女」
「とはいえ、今現在のあちらの居場所とか知らないので、此方の方に伺いに来たら、あれよあれよと――」
――分からんでもないのだ。
今や、『一位』の勢力は、父ですらも手出しを控える程に面倒になっているらしい。
原因が、貴族内での勢力争いなのだから、眼もあてられない。
そこに怪しげな『宗教』とも言えない何かまで絡んでいる。
父は『貴族連』のトップには未だ居るが、「最早知らん」と宣言したらしいし。
「――ミカ、貴女はせめて止めなさいよ……」
「ユー君が頼んだらしいから、なんか理由があるとは思うので」
少しの疑いも無しですか、貴女ときたら……
「……つまりは、貴女の連れてきた『無用学士』に、『汚い手』を使った者を探る、と」
「多分ユートさんの意図はもう少し浅い階層だとは思いますが、実際問題叩かないと埃も出ないので」
……つまり、そこの貴方は、それに乗っかって――ニヤニヤしない!!
「そう睨むな。俺としては『領地内で何してくれてる』という理由もあるのだ。
――実際の処、レジナールに限らず、そこ彼処に粉を掛けてはみているんだがな。
割と大っぴらにやったが『一位』からの反応が無い――内部抗争を、外側からの影響で糾す気かもしれん」
「――今回の、呉用先生の一件に関しても、自分たちの部下が勝手にやった事にする、と?」
「まあ、直接にそれを指示、と言う程暇では無いとも思うがな。
黙認位はしていたのだろう――開き直って、こちらを明日の夜に消す心算かも知れんが」
全くの他者のハレの舞台に、それをやる奴が居たらそれだけで自分たちの不利に働くだろうに……
「――っと、違う違う」
「――何がです? ミカ」
「政治暗闘の類で貴方を呼んだ訳ではないんでした。
気をつけなさい、という心算はあったのだけれど、そっちはメインでは無いです」
……何を仰って?
「今回のシゼルの働き――というのもどうかとは思いますが。
兎に角、ある程度色々の情報を集約して貰った御蔭で、話がとんとん拍子で進みまして。
まあ、単なる牽制でしかないんですが――
『二位』『三位』から腹心への『質問状』でも、部下に『動くなよ』と言わせる事には成功したかと」
うわ、カウランドールさん、巻き込まれてるだけだこれ……
絶対二人とも、『要らん芸をさせるなよ』って言う心算があったんだ――偶々シゼルが話持って来ただけで。
……まあ、今のタイミングではなかったんだと思うけど……
……ユーティレス=レムも、ジン=ストラテラの事を言えないよ、私にすれば……
「そこで、私たち二人が感謝の意を込めて、主である貴女に贈り物を、という話で」
「ああ、っとそうだったそうだった。
いかんいかん、面白い話が転がっていると、そちらの方に興味がうつってしまうな」
二人して手を叩いて、どうし――……
ぎい――「お持ちしました」
「――イリマセン」
……そんな――ええと、シオ風に言うなら「ぬるっと」出て来てはいけない物が……
「受け取ってくださいな」
「遠慮は要らんぞ?」
「……双方勢力の『国宝』クラスの物品突き付けられてどうしろと――
――いや、というか、その、これも政治暗闘の類でしょうに!!」
「まあそうだが――夜会には『華』が要る。だが、俺はそういうのは、ちと苦手でな」
「私はそもそも『祭司』ですし――というかそういうの好きでは有りませんので」
「好みの問題かぁあああい!!」
ふざ、ふざけるなよ、この二人ぃぃぃ!!
おめぇらで――いやさ、貴方方で華々しくやってなさいよ!?
「いや、もう、お嬢様、借りたらいいじゃないですか」
「あんた、この『宝冠』と『首飾り』の意味合い分かってて言ってるでしょう!?」
「うん、まあ、それぞれの勢力に昔の『皇帝』が下賜したもんですよ」
「分かってて――」
――言ってて、二人の意図を察せてしまった。
――要するに、この二人――
「出てくるだろう、貴族の誰かに、『自分たちは手を組んでます』とアピールを!?」
「それ位派手に行けば、流石の『一位』も度肝を抜かれるかと思ってな」
結局暗闘に巻き込まれている!?
もう少し言うと、こっちに目を集めて裏で動く気だこの人たち!?
「まあ、私は半分は、貴女の方が似合うだろうと思うからなんだけれど」
「いや、そんな事無いでしょ、貴女が付けて出れば良いでしょう、ミカ――」
……そこまで言って、ふと思った。
「――『自分たちが庇護しているから、こいつには手出し無用』、と?」
「……そんなのが要るとは、思えんのだがな、我が『幼馴染』殿には」
……何優しい目で見て来てんの……
「今回の呉用さんの様な、馬鹿な手に出る連中も居るのにですか?
私は、この気の合う友達を守る術が有るなら、なんでもやりますよ?」
「――まあ、それには俺も同意だ。と言うより、勝手に成られたとは言え、『妹分』は『妹分』だしな」
……ふ、ふふふ……
「――ええ、そうですか。
分かりました。お借りして夜会に付けて出ます」
「そうか。終わったら『マハブラン』に入れる予定だったから、そのまま渡してくれ」
「こちらもそうして下さい――多少派手には成ってしまいますが、『贈答品』の心算でしたので」
……なんか、こう……
「ええ、分かりました――シゼル、帰りましょう」
「――は、はい。失礼します」
バタン
「……お嬢様、その……何方面に切れてるんですか?」
……流石に分かるか。
「――『子供は帰って寝てなさい』と言われた気分なのよ」
要するに、あの二人は、こちらを守るべき相手と見ている。
――シオは、事によっては『敵手』と見ているだろうに、私の事は、そうとすら見ていない。
「――シゼル。やっぱり、私、大人しくしてるのは性に合わないらしいわ」
「――仕方ありませんよ、それがお嬢様ですから」
――そんなに華が欲しければ、派手な華を飾ってやろうじゃないか。
誰の思惑も、全部薙ぎ払う、おっかない花を。




