『04』/04
「――結局は、不明?」
十分程で出てきたユートが首を振ったのを見て、俺は尋ねる。
「――原因そのものは分かった」
「おっおー? マジか、分かったのか?」
「……確実じゃないけどな。だが、治す術が分からん」
――どういう事だ?
「……『現代ニッポン』風に言うが、『免疫異常』に似てるんだよ。
咳が出てるのは良く分からんけど、あの発熱してる感じとか、白血病に似てる印象を受けた」
「……印象かよ」
「『目』で見てみたんだけど、『患部』に当たる様な所が見当たらないんだよ。
一般的な魔素の流れだから、魔素の循環不良でもないし……見てくれだけは本当に、『酷い風邪』」
「――そう成ってくると、『聖女』に出張ってもらうしかないか――」
「――いや――」
――なんだよ、深刻そうな顔で耳貸せって。
「……確証は無いんだが、古い文献にあった『邪化症』に近い印象を受けた」
「――それ、何?」
「――『邪属』は知ってるか?」
「ああ、知ってる。直で見た事は無いけど。
ダンジョン奥とかにいる、異形の生態とか聞いてる」
「――教会内でも、話がまちまちなんだけど――
アレって、一種の病気なんじゃないか、って言われてるんだ」
――肌が黒くなったり、鱗になったり、角が生えたりするとか言うのに?
――って、あ。
「ちょ――待て」
――体の形状を変える病、確かに在るわ。
『邪属』のそれ程著しい変化する訳でもないけど。
例えば。あくまでも例えばだが。
――天然痘。水疱瘡。肌に『瘡』が発生するのは、言い方を変えれば『変化』と言えなくもない。
間接リュウマチなんかの類の場合、間接が曲がって固定されたりもする。
――もっとストレートに、極端例を挙げるなら――『ハンセン病』。
――こっちの世界には、それよりももっとドギツイ変容をもたらす病気が?
「思いついたか? だから話が早いと思って、お前には言った」
「――この世界の『神』はあれか、色んなタブーに蹴り掛かるのが趣味か?」
「知るかよ、んな事まで――
だがな――もしも『フィンブルの冬』に流行したのが、それなら?」
……異形に変じた人々は、たちどころに追われるだろうな。
俺らの世界でだって、原因の詳細が分からん時代には、隔離と差別の対象だったんだから――
人はどうしても、『普通』と違うと、それを排除しようとしてしまう。
「――でも、ハンセン病って――」
「いや、直接のそれじゃないとは思う。接触感染云々も関係ないとは思う。
むしろ、疑わしいのは、『アールフトゥル』近郊で起きた『嘯』だ」
『凡そ、居るはずの無い獣魔が出てきた』――呉用はそう言った。
――それも、シーファさん、呉用の奥さんが語った事からだが。
それは――『氷土狼』。
別種の銀毛個体か何かだと思っていたらしいが……
「――『何か』に感染したそれを、持ち出して、呉用への報復に放った?
――自分で言ってなんだが、そこまでバカなの? 『お貴族さま』?」
「やった当人が、そこまで考えていたかは分からん。
凶暴化に成功した個体、とだけ聞かされていた可能性もある」
「――袖にされた報復にバイオテロとか、バカなの?」
「死ぬの? だな。正直、一番最初にくたばってろと、思わんでもない」
「――でも、手傷の類負わされた訳でも、血とかに触れた訳でも無いんだろ?」
「――俺から言えるのは、焼いて正解だった可能性が高い、って事だ」
――マジデスカ、ユー君。
「『虫』?」
「――ホント、お前――まあいいや。
ダニでもノミでもなんでもいい――
そういうウイルスを持ってる『媒介者』を、『甦らせた』大馬鹿野郎がいるんじゃないか?」
「――この領土の片隅にて、って?」
「片隅どころか、当たりは付いてるんだろ? そういう時の目だよ、お前」
付いてるよー、付いてるアルよー、協力――
「――悪いが、協力出来るのは――」
「――ああ。ここまでで良い。というか、口振りから察するに、『聖女』でも」
「ああ――残念ながら、効き目が無いと思う。
今、呉用さんの奥さんに起きてるのは、どっちかというと『変異』の類に近いんじゃないかと思う。
発熱は、それに対抗してるか、過程か――何れ、『病』『傷』の類に『聖女』の能力が判断するか分からん。
実際の所――『回復』の法理式が上手く効かないから、『+過多』な塩梅に見える」
――だよな。うん。
というか、だ――
「こっちは、何とかする――で、だ――」
「心配すんな。『結婚式を惨劇の舞台に』なんて事にはさせねえよ。
――代わりに、と言っちゃ何なんだけど――」
――おい、何サラサラ書き始めてるんだ。
「――シゼルさんに、渡してくれ」
「……お前、良くもまあ、恐れも無く……」
「違う。大概違う。ラブレターとかじゃねえ――便箋類はミカの趣味だ。
中身は――ちょっとした頼み事だ。渡せば分かる筈だ」
この局面でする頼み事って――
「――お前、実は『貴族』の宛て、付いてるんじゃ――」
「付いてても確証が無い。吊るす縄の長さが足りないってな――
いいからお前は、敵地に潜って血清の類探せ。『人為的』なら、先ず在る筈だ」
――うわ、聖職の端くれとは思えない笑顔してやがる。
「――厄介事の一角を削ってくれたのには感謝するが――
自身が厄介事になるなら容赦はしないぞ……くくく」
「……『三位』が俗っぽくなった理由、大半お前なんじゃね?」
なんて笑顔してんだお前。何処のマフィアの運転手だよ。
・ ・ ・ ・ ・ ・
「――シーファ」
自分の掛ける言葉に、彼女は言葉を返さない。
だが、強くその手を握り返してくる。
――その力も、日に日に弱くなっていく。
このままでは――
「――父さん。私、代わるから」
そう話しかけてきた娘の方を見て、頷く。
「――すまん」
「――いいから、一回寝て? 酷い顔だよ?」
――分かっている。おそらく、目の下のクマも酷ければ、顔色も最悪だろう。
「――それに――私のせい――」
「それは違う、ファリエ――最終的には、私がつまらぬ意地を張った事が原因だ」
――再三の要請を跳ね除けて、最後に帰って行った時の、あの貴族の顔が浮かぶ。
――以前の記憶など忘れて、頷いてしまえば良かったのだろうか。
あの男の説得とも言えぬそれに乗り、『一位』の陣に参じるべきだったのだろうか。
= = = = = =
義父――と言うには少し違う関係性だが――
トマーシュ翁存命の折にも、『仕官』を勧められた事もあったが、出来得る限りやんわりと断っていた。
何せその頃は、此方での覚える事が楽し過ぎて、他者に智慧を貸す時間を割く気に成れなかった。
トマーシュ翁も強くは言わず、『上手く添わなければ結局下野する事になるしな』と笑っていた。
――仕官する心算が、そもそも無かったというのもある。
はっきり言って『前』の後期で、そういうのには辟易していた。
……色んな事を思い返し、そこに纏わる面倒さを考える位なら、と。
――それならそれで、兎に角隠遁していたなら良かったはずだ。
だが、何だかんだと騒動に巻き込まれ、解決に尽力してしまった。
一体何処から聞き付けたのか、『廷臣派』の貴族が態々やって来る様にまで――
――正直、しつこさに辟易もしていたのも事実だが――それでも、礼を失しない様には振舞った筈だ。
だが――
= = = = = =
「いい加減にして下さい!!」
森での薬草採取から帰ると、娘の怒声が響いた。
「義父にせよ母にせよ、留守にしていると言っているじゃないですか!!
何らの事前の約束も無しで訪れた挙句に、『どうせ隠れているのだろう』とはどんな言い掛かりです!?」
「口の利き方に気をつけろ、小娘――そちらはエルフの血譜と言えども平民、目の前に居るのは『貴族』だぞ」
ガシャ、という甲冑の音が聞こえ――そっと足を速める。
「『カリョー=レガナ』と名乗る御仁に、何度と無く手紙は送った筈だ――私の部下もな。
度々催促していたのに、多忙に付き面会は差し控えさせていただく、の一点張り。
痺れを切らして面会を求めに来てみれば、『薬草採取』で居ないだと?
『ロアザーリオ』と『バーフェルブール』で文化の傾向が違うにせよ、こんな馬鹿にした話があるか?」
「それが部下に『家捜し』を命ずる事とどう関係が在るのですか!?
仮にも人を迎えようとするには、余りにも乱暴で無礼では在りませんか!!」
「――態々に出向いて、小娘の言葉を鵜呑みにしてのこのこと帰る等、面子が立たぬ。
そして――無礼、といったか? ――ふん。『無礼』な?
忙しい訳でも無いのに忙しいと言い、面会にも応じない――
目上の者が頭を下げているというのに、これこそ無礼と言うものではないか?」
「――そうは思いませんな」
あちこちに付いた葉っぱを払いながら出て行くと、相手は怪訝そうな顔をする。
「貴殿が『貴族』であったとして、『カリョー=レガナ』に書を送った当人として――
必要とするならば必要とするだけの遣り様を以って訪れるが道理――
脅しのつもりか喧嘩腰か知りませんが、態々武装して訪れる必要等ありますまい?」
「――貴様は?」
「お探しの人物です」
あくまで飄然と応える此方に、相手は――
「……貴様が……?」
「小汚い格好で失礼。何分、丁度時期でしてな――これはまだ、栽培の目途が立っておりませんので」
「――貴殿は――『廷臣派』からの面会要求よりも、薬草の方が大事だと――」
「申し訳在りませんが、そうなります。もう少し正確に申し上げるなら――
……『廷臣派』内の星取り合戦の的に成っている暇がない、といいますか――」
「きさ――」
――ドスッ
歩き出そうとした相手の前に、矢が突き立つ。
「――其処までにして頂けますか、『貴族』殿。これ以上は流石に――
捕縛して『ロアザーリオ』の『普遍人』の官憲に突き出さなくてはならない」
塀の上を見遣ると、そこには妻が勇ましげに立っている。
だが、流石に不味いともう一歩踏み出す。
「――書簡でも、書きはしましたが――私は御要望に御応え出来る様な者では在りません。
田舎医者が精々の者です――そして、そうなれば、その程度の人物は幾らでも居る筈でしょう」
皮肉の心算ではなかった。煽る心算でも。
「態々私の様な者を引き立てに来ずとも、もっと出来る事が在る筈でしょう――『ゲナコフ』卿」
――相手は、沈黙したまま、部下に向けて手を上げ――
「……黙って応えていれば良かったと、後悔するぞ」
= = = = = =
――仮に、平和に生きていなければ、あの言葉に含まれた棘に気が付いたかもしれないが――
……言うて詮方ないが、自分は、何時も、肝心な処で、こんな風に失敗を――
「――おう、呉用」
不意に戸が開いた音に振り返ると、其処には――
「――何故」
「何故も何も無い。行くぞ。『二位』が来れんから、兵は出んが」
「――そうではなく、何故、お前が迎えに来る――」
「決まっているだろう。ジンが呼びに来たからだ――
いやはや、あの坊主、でかくなったというか、精悍な顔に成っていて、最初は分からんかったぞ。
というか、何時の間に此方の宿を探り当てたのやら、はっはっは!!」
花栄はそう笑うと、シーファの枕元へと歩いていく。
「――奥方殿。この様な厄介な友を、よく支えてくれた。
ついては、今度は俺が救う番だ――暫しの間、旦那を借り受けるぞ」
手を取ってそう話し――後ろに立っている青年に振り返る。
「――フィガロ。頼むぞ」
「――やれるだけやってみます。呉用先生、ですね? 奥方さん、食事は?」
「……粥なら食べれるが、咳が出て喉をやられているのか、声が出せないようだ」
「それだけ分かれば十分です。ええと――娘さん、ですか?」
「――ファ、ファリエです」
「ちょっと食事作るので手伝って下さい。仕込む量は一人前でも、煮る量が――」
眼前の光景を、化かされた様に放心して見つめる呉用。
「――おい、呉用――呉学人? ――『恥多星』殿?」
「――その名では呼ぶな」
「おう、寝ても良いが、馬車で寝てくれ」
花栄がニヤニヤと笑う。
「……分からん。確かに、頼みはしたが……」
「――ジンも、その身を寄せる『四位』も、お人好しなのだろう」
「お人好し、で済む話か――自分達が目を付けられ得るのに、こんなに……」
……頼みたかったのは、単に情報だ。あわよくば、共に戦ってくれれば、位だった。
――だというのに。あの少年は。
『二位』と『三位』にも影響を及ぼし得ると、自分から大きく叫んでしまった様な物だ。
『選帝』が控えている局面で、何故そんな事を出来る?
「関係ないのだ――特にジンにはな。
救いたいから救う。反吐が出るからぶん殴る。
鉄牛も智深も、腹を抱えて笑うだろうさ」
そう嘯いて、花栄はこう言った。
「――もしも、お前がそれに『義』を感じ、『謝意』を示したいと思うのならば。
その生き方に応えて、『道』を見てやっても良いのではないか? 『智多星』殿」
開けられた戸の向こうには、朝の日が差していた。
「――言っているだろうに。筮竹なんぞ、戯れでしか握った事が無い」
馬車の傍に立っている少年を認め、呉用は歩き出した。




