『04』/03
マハブラン領の中枢都市、ゴドンウェイは、祝祭の気配に包まれていた。
『領主の娘の結婚』、その相手は『屠竜の英雄』――
普段は決して口数の多くない北国の人々と言えど、喜ばない筈が無いだろう。
例年よりも暖かい気候も後押しし、道を行く人々の表情も、何時に無く和やかだ。
そんな人々の中を、あまり良い顔ではなく歩く男が一人。
「――人の集まる所ならば、情報があるかと思ったが――」
男の名は呉用。かつて、『天下第一の智慧者』と称された男。
「……何が智慧者、なのだか……
術を知っていても、それを成す事が出来ないとは――」
その表情には、何時ものゆったりとした感じは無い。
その表情が表すのはただ一つ――焦り。
とある事情から、住処である『アールフトゥル』の街を出て、はや一月。
……猶予は、余り無い……
「――急がねば」
萎えそうになる心を、奮い立たせるように呟き、歩き出そうとする――
どんっ
「――っと――」
「おっと、すみません」
いかん、視野が狭まっている。普段なら人と肩をぶつける事等あまり無いのに。
そう思いながら相手に一礼をし、さらに歩を進めようとした時――
「――失礼ながら、『無用』先生じゃないですか?」
相手が、そんな言葉を掛けて来た。
「――そう名乗っていますが、どなたですかな?」
「ああ、失礼しました」
そう言いながらフードを払う。その中から、自分には見慣れた物が姿を表す。
「……失礼、アールフトゥルのどなたかの御縁者ですか?
記憶にある限り、直接の知り合いでは無かった様な――」
「ええ、お名前と特徴を聞き知って居ただけです。不躾に失礼しました。
私、フラタカンフェルの令嬢に仕える、シゼル=ミナルと申します」
眼前のエルフにしてメイドは、そんな風に瀟洒な一礼をしたのだった。
・ ・ ・ ・ ・ ・
「――あのですね、お母様?」
「なあに? マリー?」
「――久しぶりにお顔を見せて、こんな事を言うのは何なのですが……
お母様の選んでくれたドレスでは、ちょっと……」
「――そうかしら? どう思います? レザン」
「マリーの綺羅星の様な魅力が出ていて、悪くないと思うがなぁ――」
――この、両親――
「――あのですね、主役以上に目立ってどうする気ですか?
婚礼の儀にお招き頂いた側なのですから、こんな悪目立ちする格好ではダメでしょう」
正装も盛装もしないとは言いませんが、流石に度が過ぎますよ、これは……何で羽根付いてんのよ……
「あら――うーん、ダメかしらね?
この際だから、マリーのお婿さん候補でも探そうかと思ったのだけれども」
「……姉様みたいに、自分で連れて来るとか言いませんから、冷静に成って下さい……」
確かに自分の歳から婚約者・許嫁の類が居るのは珍しくもない。珍しくも無いが――
今回の一件、裏事情が死ぬ程厄介な状況で、何を言っているんだろうか、この人……
――いや、逆か。自分がそういう裏事情の類に、慣れ過ぎたのか。
考えてみれば、自分と同じ年頃の『貴族令嬢』なんて――
『今期のサーヴァランの新作、お召し上がりになりまして? あの甘さの中のほろ苦さがとても――』
『ファース様の新作御覧に成りました? 逞しいお体も然る事ながら、『歌姫』様との美しいコーラスが――』
『『エルミ=パコール』の新作なのだけれど、如何かしら? このグリードーさが――』
『まあ素敵ね、でも『ビヴォイ=グリュパン』のヴァニタイさも――』
……まあ、『お菓子』『役者』『ファッション』とか、そういう物事の方が優先度が高い筈だ。
筈だ、というか、そうだ――久方振りに出た『茶会』は、そうだった……脳が蕩けるかと思った……
……ともあれ。自分は、自分の身にも友の身にも在るせいか、特殊な事情に慣れてしまった。
おまけに、そこから派生した厄介事が身の上に降って湧くのも、別に問題無く感じてしまっている。
――だがそれは、本来なら、異常な筈だ――泣き喚いてもどうにも成らないと、鼻白んでしまえる方が――
「――マリー。この際だから、言わせて?
貴女の意思は尊重します。選択も。
でもね? 普通に、当たり前の幸せを求める権利も、貴女には在る筈よ?」
……心配を掛けては居るだろう事は、分かる。
母は、フラタカンフェルの王子だった父に見染められたとはいえ、普通の貴族だ。
奇怪な力を背負った自分と、その運命に、しっかりと向き合ってくれているとは言え――
――潮時だろうか。
自分の魔力の特質は、確かに『攻撃』や『破壊』――『戦い』に向いている。
だが、だからといって、闘い続けなければいけない訳では――
――コンコン
「――失礼します、御当主様」
「む? どうした、シゼル」
「――アポイントは無いのですが、お目に掛けたい方をお連れしました。
御時間を頂いても宜しいでしょうか?」
――珍しい。シゼルは基本的には、自分から父に人を会わせたりはしないのに。
……誰を連れてきた――? ――っと、とと、いけないいけない。落ち着きなさい、私。
今の私は招かれた賓客の一人――下手な事はしてはいけない。
「ほう? 珍しい。どなただ?」
「『無用学士』、と言えば、伝わるかと」
「――何と。何故こちらに居る?」
「その事情に関して、ご相談が……」
――やばい、聞きたい。関わりたい。
――いや、駄目だ。無茶をこの二人の前でやるのは、あの『男爵家の悪夢』で充分だ。
……充分過ぎるだろう。義絶されるでもなく、我侭を聞いて貰い、彼女を受け入れて貰った段階で――
「――すみません、お母様、まだ旅の疲れが残っている様なので、一旦休ませて頂きますわ」
「そう。何か飲み物は?」
「あ、いえ、必要ならば、自分から頼みに行きますので」
駄目だ、多分、居たら関わりたくなってしまう。
シオの悪癖が伝染っているとしか言えない。
私はとにかく部屋から出た。
・ ・ ・ ・ ・ ・
「――ほんと、なんで話がこっちに流れて来たのか分からんのだが……」
「――厄介と分かっている上で、この様な事を頼むのはどうかと思うのだが――」
――ええ。厄介極まります。
なんであのメイドが、秘密裏に町に来た筈の俺達を、手を振りながら出迎えられたのか――
――とか、どうでもいい程度に……秘密裏に動いてるって言ってんだろうが……
「――是非に、是非に頼む!! 我が妻を助ける為に――!!」
「――おいおい、落ち着け、おっちゃん。頭上げろ、そこまでしなくても、ジンは話聞くって」
勝手に決めないでもらえますかね、この婦警。
――助けるよ、助けますから、そんな眼で見ないでくれよ、シオ。
「――あのさ、呉用さん」
「――言わんでもいい。私は既に、厄介事に巻き込まれている――」
「…………」
……ただの学士の眼じゃねえぞ、何つう爛々とした――流石、元『山賊』。
「――気楽に、気軽に、家族で生きていられたら、それで良かったんだがな。
『一位』の誘いは兎も角も、貴族連中をすげなく袖にし続けたのは、癇に障ったらしい」
「――そこまで馬鹿か? 貴族連中って……」
「無論、証拠は無い。だが、ただの『嘯』では無かった――
内容をはっきりと調べるには、あまり時間がなかったが」
「――そっちは先ず、どうでもいい。時間が無いんでしょう? 奥さん」
シオの言葉に、呉用は重く頷いた。
「――症状からいうと、只の風邪に似ているのだが、何せ熱が下がらん。
兎に角熱だけでも抑えなくては、頭に負荷が掛り過ぎる。
この地に来たのも、解熱に効くという薬草を探してだったのだ」
「――だけじゃなく、原因も分かってるんじゃないのか?」
「……ああ――その原因を止める術も、恐らくはこの地に有るんじゃないかと探しに来た」
――あのメイド、この人放っておいたら、どこに向かって暴走するか分かってたな……
「――とりあえず、二つ約束してくれ」
「――何をだ?」
「情報の共有を完璧に」
「――ああ。無論だ。もう一つは?」
「兎に角――御家族に挨拶させてくれ。
一面識も無い、唐突に知り合った奴と、鉄火場に飛び込まれたんじゃ、溜まったもんじゃないだろうし」
その言葉に、呉用は意外そうな顔をする。
「――何故、連れてきていると?」
「……『友人』が痛い目を見た事を覚えてるなら、家族を置いては歩かんだろ」
――さてさて、参ったね。
上から下まで面倒な事だらけの状況じゃないすか。
「――成る程。ユート殿が、君に頼れと言った訳だ」
――あいつも居るんかい……
・ ・ ・ ・ ・ ・
ドガァ!!
「ユーウトくーん、あー・そー・びー・まー・しょー!!!!」
「ひぇっ――じゃねえ、今、夜だぞおい」
「おいこらぁ!! っち来いこらぁ!!
――あ、ご心配なく、友人です。ちょっと連れションしてきます」
「連れションてお前」
「はい、知ってます、いってらっしゃいユート」
「待って!? 止めないの!?」
うるせえ、じかんねえんだ、お見舞いするぞ!!
――バタン
・ ・ ・ ・ ・ ・
「――少なくとも、インフルエンザとかじゃないな」
「その心は?」
「『種族限定で罹患する流行性感冒』ってのは、ありえない話じゃないが――
だとすると、『居住地』の人らは兎も角、一緒に行動してる娘さんに伝染ってないのが変だろ?」
――うん、そこは俺も思ったけど、確証無いと恐いんだもんよ。
こいつ、転生前は『医学生』だし、もうちょっと確証が欲しかったんだもの。
――だからって、拉致るなって話だけど。
俺たちは現在、呉用さんが取っている宿に向かっている。
――つか教会勢なのに、良い宿に泊まってんな、お前ら。まあ、教会勢だからなのかも知れんけど。
「じゃあ、原因は『不明』?」
「不明と言うか、話をチラッと聞いただけじゃあな――逆に、呉用先生は何て?」
「『分からん』とさ。原因に当たりが付けられれば、程度で探ってたらしいし。
先ずは対症療法、ってしようにも、手持ちの生薬だけだと、効果が薄くてダメらしい。
古書古伝は当たってる余裕が無かったとかも言ってたけどな。持って来るのすら忘れてたみたいだし」
「テンパるとダメなのは、この世界でも同じかよ、あの先生……」
正に俺も思ったけど、言わんでやれよ。恋女房死に掛けてるんだから。
というか、医者はどこだ――あ、居るんだったわ。正確には薬学者方面ぽいが。
――つか、『水滸伝』は分かるのな、お前。ふーん。
「それで俺を連れて来るって理由も良く分からんが」
「ズブの素人よりは、門前の小僧の方がマシだろ。
伝手辿って『マハブラン』の御殿医、とかやるよりは遥かに早いし」
「『解毒』とかの『魔術』も効かないのか?」
「試してはみたが、専門じゃないから、効いてるのかどうかも分からんとよ。
実際の所、熱下がってないから、効いてないんだろうけど」
お、着いた――って、表で待って無くても――
「――ジン殿、ユート殿」
「「殿は良いって」」
……いや、そんな中国式(ほら、指重ねて前に出すアレ)に深々と礼をされても。
「――すいませんね、先生。こんな回りくどい手順になって」
「いや、あの場には『貴族』が挨拶に来ていた。
直接手を出したと成れば、面倒事になっただろう事は請け合いだ。
むしろ、後からでも来て頂けただけ、有り難い」
――そういう事は先に言えよ。あんな荒々しく迎えに行った意味無いじゃん。
「――んじゃ、ジン、ちょっと、俺と先生だけで診る。人払い頼むわ」
「おう。頼むぜ、『藪』」
「孵っても無いスズメに、そこまで期待すんな」
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