『03』/REm/06
その男は、謎に包まれている。
1863年――『清河八郎』という男が結成した『浪士組』に参加した所からが、確実な足跡。
それ以前の事となると、確証に足る事が少なくなる。
その側近的な男『新見錦』が、元は水戸の『玉造勢』という過激な攘夷思想集団に居たらしい――
使うのも、神道無念、水戸学の手合いにも通じている――
だから、その本名は『下村継次』だろうといった、状況証拠からの推測に頼る所が大きい。
凡その輪郭は見て取れるが、何処か掴み所が無い――何か、胡乱な男。
浪士組が京都へと至り、曲折を経て『新撰組』と成った後も、その男と言うものが見えづらい。
連絡の行き違いから槍を突きつけられても、その穂先を鉄扇で扇いで泰然としている。
かと思えば、力士と道を譲る譲らぬで喧嘩となったり、他藩の苦情に逆に切れる。
――酔っていない時の無い酒乱――は後の文筆家の色が強いにせよ、乱暴者ではある。
一方、寄宿した家の娘が夭折した時には、進んで葬儀を手伝ったり、子供等には優しかったり。
どれが真実か分からないが、どれも真実と言われれば、納得し得るような男。
それが、『芹沢鴨』という人物だ。
だが、繰り返す。
この人物は、謎が多い。
例えば――実は――
政治信条の類などまるで無く、全てが面白ずくである――
――そんな風に言っても、通ってしまいそうな程度には。
・ ・ ・ ・ ・ ・
『巨漢』は当たっている――もっとも、『肥満』という感じは受けない。
あれが、『芹沢鴨』ならば、だが――まあ、そうなんだろうな、とは思う。
『アイコン』が整い過ぎている。鉄扇持ってるし。
ステータスを覗き見る限りでも、まあ、そうだろうな、という感じを受ける。
――まあ、少なくとも――イゾウはソレと確信している。
「……で、何が、違うんだ?」
「ええと、こう――『違う種類の瓶に入った薬品』の様な違和感、と言うか……」
……聞きたくない内容だった――まあ、いい。
「――シゼルさんは、何か知ってます? そういう技術?」
「――『森都』なら、保有・研究しててもおかしくは無いでしょうけど、具体的には知りませんね。
――まあ、具体的にこう、という名前は挙げられませんが、似た様なのは存在する筈ですよ」
技術の系統樹は兎も角、言ってる事が事実なら――
……うーん……『アウルがシオに乗っかってた』のと近いだろうとは思う――思うが――
「――おい、猫エルフ」
「猫エルフて。呼び方雑ですね」
「お前本名も言わないし……いやまあ、そっちは言いや。
お前らの残り時間を縮めてるのは、あれの類か?」
抗議は一旦無視。
「違うとは思います。というか、『時間の無さ』も、勘の類ですし」
「勘で人を急かしてるのかよ」
「実は、起きられる時間が縮まって行ってるんですよね。
いきなり倒れる事もあるので、単純に『脳みそ』が負荷に耐えられなくなってるんだと思います――
――後は、『夢』の側に引き摺られて居るのかも」
「夢?」
シオの言葉に、深く頷く。
「これがまた、酷い夢なんですよねー。
望んでも居ない相手と、いきなり結婚させられる夢なんですよ。
ただ、言ったとおり、私って『霊媒』の類なので、まるで無意味とも思えなくて」
「――意味がある可能性は有りますけど、私も辞典じゃないので、そんな目で見ても知識は出て来ませんよ?」
「――そうだよな、悪い」
有能だから何か知ってるかと思ったのだが、情報クリアランスは中々に重いらしい。
――いや、どうだろな。ホントにこっちの『族長』固有の事象かも知れんし――
「――まあ、あれが何とか成らんうちは、元凶の一端だろう、『井戸』も調べられないが」
切り結ぶ二人の姿に目を移す。
・ ・ ・ ・ ・ ・
「――本気じゃねえな、『常州鴨』」
「お前だって本気じゃねえだろうが。俺とあの日にやりあった時のバケモノはどうした――」
二人の間で交わされる言葉に、もう一人のイゾウ――『首白』は静かに見ているのみ。
「――本気で無いってんなら、本気にさせてみようか!!」
そういうと仮面の男は、鉄扇をくるりと一回転させ開き――
「『梅風』!!」
「なん――!!」
強烈な烈風を放った。
――系統は兎も角、明らかに『魔術』の類だ。
「どうだ? んん?」
「――『僧籍』でもねえのに、『天狗道』に堕ちたのかよ、あんた」
「さあてな。『天狗の葉団扇』なのか、それともこの世界のモノかは知らんが」
ザっ
「――どうした。『首白』」
自分の背後に立つもう一人に、イゾウは声を掛ける。
「こいつは俺の獲物だ、やらねえぞ?」
「――もう一度聞くが、『狗骸』を何故使わない?」
苛立たしげに聞く相手に、イゾウは笑う。
「――頼りっぱなしだったからな。たまには、自分で勝ってみたいのさ」
「――そんな意地などどうでもいい。
待っている者が居るのに、何故死力を尽くさないのかと問うて居るのだ」
相手の言葉に、イゾウは応えない。
「……使えない、のだな?」
「…………」
沈黙を返すイゾウに――
「――おいおい、なんだなんだ? 人に近付き過ぎたか?
アレも使えると踏んで、こんな物を使った俺の立つ瀬がないぞ」
相対している男――『芹沢鴨』が、そんな言葉を放つ。
「――まあ、使えんのか使わんのかは、関係ないが――お前が本気を出さんと言うなら――」
その手に持った鉄扇を、先程より激しく――今度は別方向へと振るう。
「――てめぇ!!」
疾風が走り――向かう先は――
――バスッ
・ ・ ・ ・ ・ ・
――それは、誰より早く、そこに居た。
「――ほう? 何故お前の方が、その娘どもを助けるのだ?」
「……さあな」
掛けられた問いに――八頭の、狗の姿で、それは返した。
「――だが、少なくとも、お前の今やった事は、気に食わん。
我の覚えている――イゾウの目を通して見たお前は――こんな風な手に出る男ではなかった」
「やれやれ――化生殿に買って頂くとはな、ふふふ――」
疾風をまともに受けたその体からは、鮮血が散っている。
「――怪我は無いか?」
「……はい、まあ」
庇われた側は、あまりの状況に頭が働かないのか、ぼう、としている。
「――あの日、暴れ回り、あの流れを乱し、此処を崩壊させたのは、我だ。許せ」
「――ああ、と――無茶なことしてた状況だったので、関係在りませんよ?」
「――それでも、だ。謝ってすむ問題でもない。
だが――一言、言っておきたかったのだ」
――仮面の男の殺気は、未だこちらに向いて――
「芹沢ぁぁぁあああ!!」
――ガギィン
横合いから切り掛かるイゾウ、受け止める相手。
――相手はまだ、抜刀もしていない。
激しい風で、勢いを殺されて受けられ――前蹴りを喰らって跳び退る。
「――全く。頭に血を上らせて――」
そういうと、その犬は、イゾウへと向かって走っていった。
「――うん」
その背に、私は――
・ ・ ・ ・ ・ ・
「随分汚ぇ手を使いやがるなぁ!!」
「くくっ、汚いも何も――俺の出てきた理由はあの小娘だ」
「ああ? ――何言ってんだ?」
イゾウの言葉に、くつくつと、相手らしくない笑いが漏れる。
――いや――ある意味で――そう胡乱な目のイゾウに、相手は続ける。
「あの小娘は、今の俺の上にとって、野放しには出来ん者らしくてな」
「――どうやら、てめえは、単なる模造品だな」
「おお? つれない事をいうじゃねえか」
その言葉に、イゾウは唾を吐き捨てた。
「……『飼い犬』は俺、あんたは『鳥』。
『鴨』なんてへりくだった名を名乗っちゃいたが、ガキに手を出す屑じゃなかった。
ああ――面白ずくであれやこれやとやらかしても、手前の中の線が在った――」
「――じゃあ、どうするってんだ?」
「イゾウ!!」
後ろから駆けてきた『首白』に手を伸ばすと――
「――決まってらぁ――ぶん殴って、目を覚まさせてやる」
その姿は、八つの獣の頭蓋と成り、イゾウの回りを飛び交い始める。
「――良いねえ。実に良い――」
相手は――抜刀し、片手に刀、片手に鉄扇を構えてにじり寄る。
――ゴゴゴゴゴ――
不意に、足元が音を立てたのは、その時だった。
・ ・ ・ ・ ・ ・
「――お前、何をした?」
「ええとですね。ちょっと、『下』に居るだろう何かを突付いてみました」
……唐突な地鳴りに、手を突いてた相手に聞いてみれば、こいつは何を言っているんだろう。
「あの、後から出てきた――男の人居るじゃないですか?」
「ああ。多分、異世界人のな」
「記憶を辿ると、なんか、見た覚えがあるんですよ、あの『仮面』――『夢』の中で」
それは、また重要そうな情報を唐突に。
「婚儀に列席してる連中、あれに似た仮面付けてたんですよね」
「――それが、『下』を突付くってのと、どう――」
「私、『霊媒』だって言ったじゃないですか。
『語り掛けて』みたんですよ――『出て来い陰険野郎』って」
それは語り掛けると言いません……
「まあ、なんというか――単なる勘だったんですがね……
――で、多分――ああなりました……」
指差す方を見ると、『井戸』から水が溢れ始めて――水?
「――シゼルさん、上まで走って、他の連中に退避を――」
――ズガン!!
「おおー、やっと着いた!!」
「何で来るかな!?」
全員と子供達で来てるんじゃないよ!! しかもお前ら、無理矢理ルート作ってきたな!?
「おい、ジン。さっさと逃げるぞ。『上の森』もやばい」
「あ? どうやばい――」
<中心部の大半、『世界樹の近隣種』ですよ、あれ――>
……冗談、は、お前は言わないよな、ゲンちゃん……
・ ・ ・ ・ ・ ・
時は、シゼルがジンたちに合流するより、少し前に遡る。
<いいですか!! 興奮しても、人をガンガン叩いちゃダメです!!>
「「「すいませんした」」」
地上では、ゲンちゃんがマジ切れしていた。
<あーもう、どうすんです、このへこみ……>
「ゲンちゃん、流石に大人気ないぞ」
<やって良い事と悪い事があるでしょうに!!
ハーフだろうがなんだろうが、獣人のパワーで殴られたら鎧もへこみますよ!!>
まあ、おニューの車体(?)傷付けられたら切れるわな、とも思うミツキ。
・ ・ ・ ・ ・ ・
地上に残った連中は、『子供達』に村を案内されていた。
といっても、本当に何も無い。
生活が成り立っているのが不思議な位に。
「ご飯とか、どうしてるの?」
「基本は森から持ってきてます。そこは原エルフっぽいんですよね、俺ら」
「肉も、鳥だったら来ますし」
「――いや、エルフが肉も食うのにびっくりだわ、私ゃ」
偏見というか、元世界の偏った知識というか、果物とか食ってる印象しかないんだけど、と思うミツキ。
「いや、普通に食うんじゃねえ?
ファンタジーで弓得意な理由って、そこじゃないん?」
「いや、私、そこまでがっつりしたもの読んでなかったし。ユリエに薦められて、適当には読んでたけどさ」
「この世界のエルフは、普通に肉も食ってる筈だよな、ゲン」
<少なくとも、肉食に禁忌とか忌避があるとは聞いた覚えないですけどね>
そんな事を話しながら、森を歩く。
「『族長』姉ちゃんに止められてるんで、最近は深くは入ってないですけどね。
元々は俺らの遊び場なんですよ、この森一帯――何処に何があるのかなんて、村の地下より分かりますよ」
「――何でまた止められてたの?」
「十年前の『大崩壊』以降、森のあちこちで陥没が起きてるから、危ないんですよね。
まあ、昔から有った地下の遺跡が、衝撃やら振動やらで崩れてるらしいんですけど」
『遺跡』ねえ――と、ふと先日まで居た『禁宮』の事が過ぎる。
「……ひょっとして、ひょっとする? ゲンちゃん?」
<――可能性はあると思います。広域戦略地図は覚えてないんで、何とも言いがたいトコはありますけど>
「――『先行文明の砦跡』かあ……多脚砲台とか出て来るかね?」
<こんな狭い島に、それは置かないと思いますよ?
――まあ、元々がこの面積じゃなくて、残ってる島部分が、要塞の上部、とかなら……>
「それって島とか沈んだって事じゃないか、やだなあ」
先日、ほんのちょっとだけ、でエライ目を見た自分らとしては、あまり関わりたくないネタでは有るのだが……
「――で、言ってたのは?」
彼はやる気なんだよなあ――帰りたいんだろうなあ、やっぱり。
『十年前から、見た事の無い植物が出始めた』なんて、不確か情報にも飛び付きたくなる程度には……
――まあ、実際、『現代世界』と近いなら、それはそれで確認し無いと寝覚めは良くないけど――
「もうすぐです。というか多分、植生が変わるんで、お兄さんでも分かりますよ」
「――あ、うん。見えてきた。あの辺りから――」
<――全員、止まってください>
不意にゲンちゃんが鋭く警告を発した。
「――どした?」
<――不味いです。活性は低いですけど、これ、『世界樹』のお仲間ですよ>
「……本当、ですか?」
<正確には『変異植生群』と言って、『世界樹』が植わった周囲に生い茂り出す代物の一つっぽいですが――>
ゲンちゃんが言うか言わないかの間に――目の前の『森』の雰囲気が変わった。
ザワザワザワザワと、木々の揺れる音がし始める。
「――俺たちには、こんなに反応しないのに、なんで――」
「『異物』と認識したんだろ――とりあえず、逃げよう」
アパムが発した言葉に、一斉に引く全員。
・ ・ ・ ・ ・ ・
<で、周囲見渡すと、ほぼほぼ取り囲むように生えてるんですよ>
「こりゃ無理だってんで、呼びに来たんだけどさ――」
「……マジで勘弁してくれよ、飛び込んだ先が胃袋の中とか」
「いや、すまん、こっちも大分想定外でね――」
『族長』が其処までの権限持ててると思わなかっ――
「――――!?」
まさか、と、俺は、そちらを振り向き――
・ ・ ・ ・ ・ ・
「あーもう、結局降りてきちゃったのあんたら――」
「言ってる場合じゃねえだろ、姉ちゃん。どういう状況だよ!?」
「失敗した――『井戸』をどうにかしないと――」
ざっ――
「――え? ――ちょっと、あんたたち!?」
・ ・ ・ ・ ・ ・
――見ると、『子供達』が『井戸』へ向かって走っている。
というか、まるで――『井戸の水』の側が、迎える様に――一人また一人と、飲み込んでいく。
ザパッ
「――何事だ?」
――ともあれ、こいつまで引き込まれたら拙い。
「――『井戸』を止めなきゃって、言ったら、皆が――」
「――あっちもなんかの影響を受けてた、のか?」
<――――>
何かを察したのか、無理矢理走り寄って、一人を捕まえるゲン――が、手を離した。
<――ジン。貴方の話が当たってます。何らかのシステムを上書きされてます>
「ど――どういう事ですか、機神さん!?」
<誰だかは知りませんが、『彼ら』を『安全装置』にした奴がいます――
……それも、恐らくは――『自分たちの意図の為』の――>
――『族長』だけとは思ってなかったけど、十年前にこの島に来た奴、クソのクソか。
何かの形で情報を漁られそうに成った場合に、最低の閉ざす算段を準備してやがった。
「そ、そんな――み、皆は? ――た、たすから、な……」
<……すみません、無理です。今見た段階で、『生体反応』自体は切れて――
彼らは、この状況に成った時の為だけに、生存させられてたと考えられます――>
――生体固有の魔素回路を利用した、認証鍵とエネルギー源兼用の存在。
――閉じる為だけの――『隔壁』。
「――すみません、離して下さい……なんとか、しなくちゃ……」
「――まだ、何か方法が有るの?」
そんな風に語る『族長』に、声を掛けるシオ。
「……『井戸』の内側に、緊急用の停止装置がある筈なんです。
そこに、飛び込んで、止めます――みんなを助ける目だって、まだ在るかもしれないし――」
「……そこまで思いつめる理由って、何?」
それは俺も聞きたい。
残された連中の中で年嵩だったからといって、そこまでする必要があるとも思えない――
――言っている様に、『夢』で追い詰められていても、だ。
「――十年前、外部の人間を引き込んだのは、私の家なんです」
「……成るほど」
「その頃から、いやな夢を見るようになって――母は、それが兆しだって――」
……メンドクサイなあ、もう。
「――ちょ、ジンまで歩いていって、どうする気なんです?」
「止める」
すまん、シゼルさん。答えてる時間が勿体無い。
「イゾウが無茶しないように見ててくれ。俺は――」
さて、久々だし、出来るかね。
「『緊急装置』、って奴を押してみる」
「え!?」
「え、じゃねえ、まだ聞く事あるんだ、大人しくしてろ」
腕からずるりと『蔦』を井戸へと垂らし、俺は事を始める。
――少し、こっちに来るなよ、イゾウ。
・ ・ ・ ・ ・ ・
「まだ届かんなぁ」
「くそ――」
一方のイゾウたちは、さっきの振動を無視して切り結んでいた。
――異様だったのは相手――『芹沢鴨』の方。
その背中から、羽根の様な物が伸び、ふわりと中空に浮いていた。
「幾らなんでもズルイだろ、そりゃ」
「ぬふふ。天狗天狗というなら、本当に『天狗』になっても悪く有るまいよ――それ」
鉄扇一閃――空から風撃で圧倒するそれに、イゾウはジリジリと後退している。
――跳ねてもあの風で崩される。相手の溜めは殆ど無い。
一撃一撃が鋭い訳でもないが、近付けないのでは――
――くそ、『刀』のアレも――
「そろそろ、仕舞いとしよう。楽しかったぞ」
相手が、一際大きく鉄扇を振るった――
<――『螺旋盾』!!>
「ぬ――なんと!?」
迫る風の壁の前に唐突にゲンが飛び込み――
腕から伸ばした光が回転する、その『盾』を押し出しながら、相手に肉薄する。
風を切り裂きながら、相手に近付くその存在に――
「ちっ!! 面妖な奴は退いて居れ、今は――」
ゴガッ!!
意識が一瞬そちらへと反れたのを逃がさず、ゲンの背から現れたイゾウが、追撃で仮面を殴る。
「――く、さ、流石――こういう嗅覚は――!!」
「詰め手を誤ったな、芹沢」
バキバキと、その仮面にひびが入り――
「――なんだ、その面」
「……鏡でも見てみろ、バカヤロウ」
そこから露わになった顔に、イゾウは呟く。
そこには――よく見知った顔と、其処を走る、無数の曲線。
「――くそっ!! 真実かどうかしらんが、仮面無しで戦って、息が続かんのもつまらん」
そう言うと、その存在は大きく後退し――『井戸』へと跳ねた。
「またやろうぞ、犬っころ!!」
そんな事を述べながら、その存在は正確に井戸へと落下していく。
無論、その目にはジンが映るものの――
「――ふ、くく、これも、なかなか――」
――堪える様に、笑うだけで――
・ ・ ・ ・ ・ ・
深く。深く。
意識を蔦の先端に集中する。
湧き上がる『水』はどんどん嵩を増していくが、そこは問題ない。
――あれか。
井戸の壁の途中、赤く点滅している何かを見つけ、其処へとさらに意識を伸ばす。
――――
……うるせえ、だまれ。
意識に、何かが触れて来ようとしている感覚があるが、無視――それ所ではないのだ。
何せ、何年か振りで、この『蔦に意識を乗せる』という事をやっているのだから。
『神』だかなんだか知らんが、泣き言に付き合ってる暇は無い。
赤い点の前に来る。
意識を一際集中――
――あ――い
――わ――たし
へ――――いおん
不意に、ザワザワとした感覚が大きくなり――
更に深い所から伸びてくる、ナニカに意識が絡め取られる。
――これは、確かに、あの猫エルフが、たかだか『夢』を見ただけで、絶望的な感覚に陥るはずだ。
……不快。
まるで、肌上をムカデが這いまわる様な、不快な感覚が――
上っ面は綺麗な言葉になって、心の中を這いずり回る。
――ぞるぞると――あらゆる隙間、あらゆる傷から、内側へと、染み入る様に――
「――ジン!!」
……我ながら、なんとも現金なものだ。
自分にとっての譲れない者に叱咤されただけで、意識がしゃんとするとは。
一際大きく振りかぶる様にイメージ。
狙うは、意識の前の赤い点。
思い切り振りかぶった一撃は、それを強く殴りつけた。




