01/【Ⅵ】
「さて、繋がったぞ」
<あ、はい>
繋がったぞ、じゃねえよ――『どくのぬま』みたいな紫緑になってるじゃねえかよ……
<……う、うーむ……いかなきゃだめですか?>
「――まあ、現世に帰るというなら止めないが――」
――めき、めきめき――
「――アレで溢れかえった世界に、わざわざ戻るのも酔狂だと思うが」
そう言われて振り返った先には――あ、やべえ、絶対にやべぇ、これ――
其処には、青褪めた全裸の人間?が立っていた。
――ええと、な。なんでハテナなんだよ、と思ったのは無理も無いが。
「――――」
現実に、リアルに『<○><○>』目の、だな……
明らかに『違っちゃってる』人間型が居たら、みんなも疑問符浮かぶぜ、正直……
「――こりゃまた――『普遍人』も突拍子も無い者造ったもんだ」
余裕そうですね、魔王さん……俺はドン引きしてますよ。
「油断するな、こいつら――『イュムペート』は――」
<見りゃ分かる、加えて、その名前でも分かった。
『接木』とは頓知が利いてるな――後天的に変化させたコレには、似合いだ>
「……お前……」
<つか、戻ったとして、こんなんどうしろと?>
いや、こんなんなんとも出来ないって……
どう考えても俺の過去に、直接の関わりの無いところで作られてますやん……
ていうか、目が嫌だ――感性が絶対に交わらない、という自信がある。
<あのだな、やっぱ、そっちが行った方がいいんじゃ――?>
「さっきも言っただろうに――」
<いや、だって、俺なんの知識もないし>
さっきのあの様見たでしょうが。逃げまくってたでしょうが。
「――結論から言えば、私では無理だった、という事だ。分っているだろう?」
<…………>
……まあ、戻って、そっから戻って来たんだろう、とは察せるけど……
「お前でも無理かもしれないが――まあ、あらゆる手段を試してみないと、気が済まない」
<――なんでまた。他所の世界の事だろ。着想元が、チート的な存在の複製だったとしても>
「責任だの何だのと言う話ではないが――」
『賢者』が言葉を濁している側で――それは無言のまま、すばやく接近して――
「――黙ってろ」
『賢者』の放った風に引っくり返される――って、弱いじゃん。
「――お"あ"あ"」
え? はい?
「お"あ"あ"」 「お"あ"あ"」
「お"あ"あ"」
「お"あ"あ"」 「お"あ"あ"」
「お"あ"あ"」
え、ええ……? なんだ、なんだ、どこの萩原朔太郎だ、この光景。
しかも、どんどん増えて行ってるぞ――というか、これ――
<何か、分裂してないか?>
「見たままだ――ある種の植物のように、『自分』の途中から『苗』状に成って――」
<あ、良いです、詳しく聞くと頭痛い>
無い頭で頭痛が痛いよ、実際……そして――
<要するに、『植物』としてこいつら駆逐しろってことか?>
「まあ、はっきり言えば、島一つ覆う繁茂力というか、生命力に期待しては居るが――それではない。
――もっと、根底的な事だ」
『おにいさん』
――は?
『おにいさん』『おにいさん』
『たすけてぇ』『おおおにい』
『おにいさぁん』『ぉにぃちゃぁぁぁ』
「これだ――知能はほぼ無いのに、こうやって油断を誘う狡猾さは残ってる――
まあ、お前なら、こういうかわいそうな狂人でも、無言で殴り倒せると思うんだがな。『平等』なお前なら」
いや、あの、何知ってて、何を言ってるんだお前。
<いや、あのだな――俺すら知らん俺の何を知ってるんだよ>
「――思い出せたら、この言葉の意味は分かるさ――」
何を思い出せと――百年ほど思い出そうとして、諦めたのに。
……まあ、諦めた、というか、思い出しても切なくなるだけか、と見切ったというか……
めきめきめきめき
「……ちょーっと、不味くないか? あいつらの重みで、軋んでるぞ?」
「――数を減らすしかないな。行くぞ、『魔王』」
「はあ――なんつう因果だろね、これまた」
そう言って、歩いていく『勇者』と『魔王』。
――お前ら、さっきから無い筈の手で殴るわ、いつの間にか足が伸びてるわ……
「――全く。あれだけの能力があるのに、たかが『勇者』と『魔王』か」
<たかがって――>
「――『運命』を切り拓ける程の立ち位置ではないのさ、この世界でのそれはな」
<だからって、『草』に頼るなよ――>
「『鰯の頭も』、だな――『溺れる者は』、の方かも知れんが」
……お前みたいな『賢者』が『溺れる』状況って。
――手詰まってるな、これ。
行く以外、選択肢ない様な気がしてきた……
・ ・ ・ ・ ・ ・
――かくて、俺は――虹色の流れの中を、遡っている。
その色彩一つ一つは、世界の様々な場面から成っている。
――渋るだけ渋り、風呂敷を広げるだけ広げてからで悪いが――
俺は結局、時間を遡る事にした。
――なんの因果で、異世界来てまでこんな目に、ぐすん――
……何て嘆いたって、まあ、決断理由は……結局は俺の感性だしなあ……
= = = = = =
決断した理由は、少しずつ少しずつ思い出されていった、『賢者』と『魔王』の『記憶』だった。
細々と語る事は無い――
何度と無く過去へと遡る者にはお決まりの、失敗と挫折の繰り返しの記憶だったからだ――
それぞれの目的は多少違っていた様だが、どっちにしても、失敗の繰り返しには違いない。
『賢者』は『帰還』を、『魔王』は『脱出』を根本的な理由にして、外の世界への渡界――
ここでは、『賢者』や俺の様な連中が来た世界へ――その術を模索していた。
だが、どっちもまあ、何らかの形でアレ――
『接がれし者』とか呼ばれてた奴や、そのお仲間が邪魔になっている様だ。
……邪魔、つうか――まあ、大きな意味合いにおいては、『邪魔』だな、うん……
根絶してから渡れば良いのに、と少しだけ思ったが、そもそもの根絶が難しいらしい――
というか、どっちも肩書きがはっきりしてるせいで、表立って首謀者に敵対出来なかった。
そして、時間を遡上出来るスパンが短いためか、試行の度に失敗している様だ。
『賢者』で百年。『魔王』は三十年ほど――何れも、何らかの『改造』のせいであるらしい。
相手さん方が長命な『エルフ』で、組織立ってるのも原因だとは思うが。
――まあ、試行回数が少ないよ、とも思ったけどな。賢者は5回ほど、魔王は10回ほどだ。
試行錯誤と言うには、回数が少ない気はするが――
まあ、普通の感性なら、何百年も生き続けて逝き続けて、その度失敗とか気が狂いそうな気もするし。
――俺? 俺は――どうなんだろ、既にSAN値的なモノは無いのかも知れん。ははは。
そんな事より、問題の根底――つまり、俺の解決すべきクエストは二つ。
一つ目。『接がれし者』の根絶、乃至はその『発生の妨害』。
こいつらは、放って置いても世界を渡ろうとする――
理由は、こいつらの不死性のベースが、『超命の異天者』から持って来られてるかららしい。
細胞レベルで帰郷したい世界かなー、とか、ちょっと思う。俺自身は覚えてないけど。
二つ目。『醒神の異天者の排除』。
こっちの理由も、まあ根は同じだな。
――この場にやってくる事になった、直接の切っ掛けにも重なるし。
・ ・ ・ ・ ・ ・
<というか、きりが無いな――って、また増えた>
「『外』に何百万単位で徘徊してるんだぞ。どれだけお前が範囲攻撃出来ても――」
――メリメリ
「ほら、また――」
「お師匠ちゃんも撃ってよ!! こっちだけだと無理だって!!」
「情けない声出すな、ベル。こっちはこっちで安定するので忙しい――『風穿』」
<ああた、忙しいと言いつつ、なにその5、6体貫通する魔術攻撃……>
説得されて居る間に、洪水時の水位の様に増え始めた相手を排除しながら、俺たちは徐々に追い詰められていた。
遠隔攻撃的な事はしないが、何分数が数だ。
――というか、この状況って、まんまゾンビものだよな……
<全く……さっきの誰かが原因だってんなら、それを仕留めれば良いんじゃないのか、これ>
「――その口振りだと、早々に介入してきたか、あの幽霊」
<……ああと。介入って、まさか>
「あれの使っている術の一つだ。幽体で他人に囁き掛けて、啓示でも気取っているらしい」
<…………>
おいおい……ガチで『使徒』なのかよ……適当に煽っただけなのに……
<というか、なんで敵対してんの?
あんたの『記録』から察するに、『異天者』って元々は同一勢力に呼ばれたんだろ、これ>
「来る前の記憶が曖昧な状態で呼ばれて、何百年も顔合わせててみろ。
人間的に嫌な部分が鼻に付きもするさ――この世界に対するスタンスも違うしな」
<……草葉の陰でひっそり暮らしてたかった……>
「今更だな。縁が出来た段で、最早諦めろ――さて、行くのか? 行かないなら私が行くが」
え、お前、俺が行けばいいんじゃないの?
「無理強いするつもりは無いさ。
可能性が広がるなら、大きく広がる可能性に賭けたい、という事だし――」
「そう繰り返されても困るのだがな」
――引いたんじゃないのかよ、こいつ。
さっきの何かと同じ表示出てる奴が一人、ノコノコ出てきましたが。
「『フラガン』か。本体はどうした。
というか、『ウィスペル』といい、それ程にこいつに介入されるのは嫌か」
「本体? 相変わらず不愉快な奴だよ、お前は。
『超命』と組んであんな目に合わせておきながら」
「成る程。貴重な情報をありがとう。奴はまだ壁の中か」
壁の中てあんた。
――というか、『賢者』達が『現在』を改変するのに失敗してるのに――
繰り返したところで何の問題も無い筈だろうに、なんでちょっかいを――
「――挙句には、そんな存在に頼るか」
「何でもやらなきゃならんのさ――『考えて生きる』ってのはな」
……ああ、そもそも、相手は、何が目的なんだ?
ええと、何をどう調べりゃ良いんだ、この場合。
###ぴこん
###用語サーチ機能を解放しました。
おま、今それ――ああ、要るわ。珍しく役に立った、ええと――醒神の異天者――
<――成る程、というか『賢者』、知識投げるんじゃなく、状況説明はちゃんとしてくれ。
というか、この木そのものを向こうの世界にぶつけようとか、向こうに何の恨みがあるんだ、『醒神』さんよ>
「……やはり、『御主』の危惧は当たっている。お前の様な奴こそは、厄介だと」
いや、あの……要らん事言わなきゃ良かった、雉も鳴かずば……
「――自分でヘイト集めるとは、マゾか、お前」
<違う。違うけど、お前、これを野放しの『結末』は、はっきり言ってから行けとか言えよ>
脳内に――無いけど――去来する、薄気味の悪い光景を見つつ、俺は苦笑いした。
・ ・ ・ ・ ・ ・
それは、幾度か訪れた、未来の景色。
曖昧な記憶と重なる、故郷の景色――しかし、決定的に違っている。
景色の大半は薄暗く、そして、木漏れ日が差している。
つい、と上げた視線の先には、天を覆う程の葉の繁り。
地を見遣れば――人型の、プランター。
ヴラド・ツェペシュの繰り広げたという景色も、こんなであったのだろうか。
――碌な思い出など無い筈の記憶にさえ、粛々と染み渡る。
この光景は、忌避すべき光景だと。
・ ・ ・ ・ ・ ・
<今俺、『草木』だけど、流石にこの光景は無いわ。
なにあの、全世界総『アガリビト』みたいな光景、気持ち悪い。
というか、知識だけあっても役に立てなきゃ意味無いんだな、これ……>
一々思い出すコマンド挟まなきゃ理解出来ないとか、もっと小便利な伝承法は無かったんですかね――
……って愚痴っても仕方ないか――目の前のあからさまに敵なの何とかしないと……
「――この『木』そのものをぶつける――
それは、結果的にそうなる、というだけの事だ。
隔絶した場所への『梯子』代りだ――」
<へえ?>
「お前が何処までを見たかは知らんが、それらは――」
<おいおい、あんなんで『どうだ、へいわになったらう』でも無いだろ?>
……流石にあれは無いよ、うん……
戦う人間が居なくなれば平和、って、そういう事じゃねえだろ。
「……ふむ――矢張り、面倒な事になる前に――始末するべきか」
そう言って、相手は手を振り上げる――
それを合図に、こちらを見る無数の『<○><○>』目。キモイ。
そして、唐突に――そいつらはこちらに向けて跳ねて来て――破裂した。
<な!?>
ビシャビシャと掛かる液体は、血の匂いと言うよりは、なにか青臭い草の匂いのよう。
それが樹液か何かの類と判断出来た瞬間――
借り物のカラクリの体に掛かったそれが、ピシピシと固まり始める。
だが――それが驚きの理由ではない。
<何してんだ、『勇者』に『魔王』!?>
弾け、吹き上がる赤茶けたその液体の大半を、俺の前に飛び出てきた二人が遮ったからだ。
「――なにやってんだ、『勇者』」
「お前こそ何してる」
「可能性に賭けただけだが?」
「同じだ。この草、自分で思ってるよりずっと、『アレ』を嫌ってる様だからな」
そういって、ボロボロの『魔王』と『勇者』が、俺の側へと歩いてくる。
「訳分からんまま、こんな事態に巻き込まれて、すまんとは思うがな、ジン。
どのみち、お前がこの世界にやってきた事の根底が、お師匠ちゃん達と同じなら、
この世界の『神』はお前の敵だ」
「そして――恐らく、お前がどう言おうと、相手はお前を敵としか認識しないだろう。
問題は、別の軸にはお前の存在が影も形も無かった事だが――」
「はっ――『勇者』、わからんのか?」
「お前は分かっているのか?」
「簡単な事だ。あの島の上を最終の決戦場にしたのは、今回が初めてだろう」
<おおい、お前らだけで理解してんな。分かるような説明を――>
ズ――
足元から響き始めた妙な音に、俺たちは黙る。
「――何時までやってる。あいつ、とうに逃げて、これを動かしに掛かり始めたぞ」
早く言って、『賢者』。
<――結局、行くより他無いのか>
そう言って、俺は『賢者』の横の空間の穴を見る。
<で。俺が行くのは良いんだが、お前らはどうすんだ? このままだと死ぬだろ、確実に>
そう言うと――なんできょとんとした顔でこっち見てるんだおまえら。
「――やっぱりそこかよ、この御人好し」
「まさか、そんな所を気にして躊躇っていたのか?」
「……草がこの世界で一番の善良な奴って、何の皮肉だろうな、これ」
<いや、おい、なんで呆れながらニヤニヤしてんだお前ら>
そういうと、『賢者』はフッと笑った。
「――どのみち、この段までこの場所で生き残っていた事の方が少なかったんだ。
というよりも、可能性を誰かに賭けて終われるだけ、大分マシだ」
<――結局、いつも捨て身だったのかよ>
「知識だけでも過去へ送れば、失敗とは言わない――そんな風に言い訳出来たからな」
皮肉気に応える『賢者』。
「どうしても、私達が気になるなら、お前も『知識授受』が出来る術を使えるようになって――
過去の私達に渡せば良いさ――まあ、この軸の私達その物には成らないとは思うが」
「てか、私等は、いい加減疲れた――だから、ゆっくり休ませてくれや、ジンちゃん」
そんな風に続けた『魔王』を見ると、おどけながらも、何か悲しげな目をしている。
<――『魔王』の癖に、なんて目をしてやがる。女の子か――まあ、女の子なんだろうけど>
「うるせぇな、しんみりする事ぐらいあるわ、ぼけぇ、デリカシー無しのチンゲボケぇ」
え、なんで下ネタまで絡めてディスられたの俺。
<――ま、いいや。じゃあな>
・ ・ ・ ・ ・ ・
「――軽いな~。なんて軽さだ」
そんな風に口にした『魔王』を見て、『勇者』は苦笑する。
「お前が言うか」
「うるせぇ。同レベルのデリカシー無し、こんボケぇ」
「――『勇者』。お前は何も渡さなくて良かったのか?」
そう『賢者』に問われて、『勇者』は苦い顔をした。
「――俺の様な成り損ないの知識は不要でしょう――
何も考えず、直感で動いて居た方が、幾分かマシな生き方が出来たでしょうから」
「そう卑下するな。幾千幾万の分岐の中で、アレを掘り当てたのは、僥倖だ」
そう応えながら『賢者』は、閉じて行く門を見つめた。
・ ・ ・ ・ ・ ・
「――無駄に期待されてもな……」
目の前を流れていった景色を見送りながら、俺はさらに歩を進めている。
というか、謎まみれのまま過去へ行くのはなぁ……
「というか、この体もなによ」
門を通り過ぎたら、俺は、光の粒子で出来た人型になっていた。
「情報で出来た姿ですから」
「おっ、そうだな」
――えいっ、ガシッ!!
「ぎ、ぎゃぁああああ!? な、な、な!?」
「おら、逃げんなよ『メニュー』、説明するんだよあくしろよ」
「ま、します、しますからアイアンクローを外して!!」
おう、逃げないならいいや。
「なんちゅう事をするんですかいきなり!?」
うーん、抗議の声を上げられても、ぜんぜん怖くないな。
メニューのインフォ音声から分かってたが――
目の前には、背丈の然程高くない少女が立っていた。
「はい、後で謝るので、説明しましょうねー、『邪神』さん」
「ったく、分かってるなら敬意はら――でいいっ!?」
「だから逃げんな」
「ひぇっ――いや、まって、なんで『メニュー』ってバレたし!?」
「分んねえと思ってたお前にびっくりだよ」
首根っこを掴みながら、更に進む。
――というか、どのぐらい歩けばいいんだろうな、すげぇ向こうまで道続いてるんだけど。