『03』/REm/03
――『エスターミア』公都――
うろうろ――
「……落ち着いてくださいよ、ベル様」
「……落ち着いて居ない様に見えるか?」
「――そんなニ、うろうろしていてハ」
ルーリルに言われて、ふと気が付くと、カップを持ったまま窓際を歩いていた。
エルスの入れてくれた茶はすっかりと冷めていて、香気も何も無い。
「――気に成るなら、一緒に行けばよかったんじゃねえの? エルス、超が付く位有能なんだし」
「そうもいかん。『一位』の使者が来るのに、当人も代行も無しではな」
バルの言葉にそう返しながら、ベルは新しく貰った茶を啜る。
「その内容が『ダンジョン調査の挨拶』だの『夜会』への招待だののどうでもいい中身でもな。
『招待は受けかねますが、調査は御随意に』と応える者が、私かエルスかで、後の流れが違う」
「……兄貴に育てられてても、立派な『大人』してるよなあ」
「……あれはあれで、ちゃんと『育てる』事にも向いているんだぞ?
――多分に大雑把だったり、遣り様が無茶苦茶ではあるが」
いや、まあ、俺らみたいなの連れ帰りまくってるからな、と苦笑しつつも、続ける。
「いや、面倒見が良いのは分かってるんだよ――ただ、当人――なんつうか――」
「――ああ、あれか? 『俺は悪い見本だと思っておけ』って奴か?
まあ――色々と在るんだろうさ。あれでも――『渡界者』だしな。
だが、当人が言う程、悪い見本にも当て嵌まらんだろう事は分かるだろう――」
そう、大人としての悪い見本なんてのは――
其処まで口にし、まあ、と切り替えるベル。
「――信じてはいても、心は儘成らんもんだ。ウロウロする位、大目に見てくれ」
「――だから、書類逆様だって――相変わらず、めんど臭ぇオカンだな、この人」
ゴッ
バルを蹴り付けながら、イゾウの事を思うベル。
「――聞いテモ、良いダロウカ?」
「うん? 何をだ?」
「――イゾウ師匠は、一体全体、どうイう風にしテ来たら、ああ成るンダ?」
不意に、ルーリルが発した疑問で、自分に視線が集まる。
「私モ『虎彪』――獣人の中デも世情知らズな方で、不明故ニやらかすガ――
御師匠ハ、何と言うか――『身分』だトか『有職』――何と言っタ?」
「……無理に使うな。『有職故実』な――ああ、でも、確かに興味は尽きねえよな。
兄貴、なんつうか、把握した上で絶妙に外してるんだよな、多分」
「ソウ――ああシテ――色々な事ヲ白眼視してイルのに、バルたちを救ったりもスル。
その腕前ハ正に『師』と呼ぶに相応しいガ――」
じっと見てくる目を見返しながら、頬を掻く。
「――どういう、と言われても、前も――って、ああ、前に答えたのはエルスにだったか」
言いながら――自分が以前言われた事を思い出すベル。
「――『ある日不意に、全部馬鹿馬鹿しくなって逃げ出した犬』――それが、当人の評だ。
……確かに、お前たちよりは長く関わっているから、聞いているあれこれも多いかもしれないが――
はっきり言って私も、系統立ててアレの過去の年表を作った訳でもなし、話す程、思い出す程混乱する」
だから、問いたければ当人に聞け、と言って――
「……まあ、何と言うか――
あれだけ楽しそうに歩いている事が出来るなら――
あれが言う様に『野良犬』で在ったとしても、別段、悪く無いと思えるがな――」
そう、付け加えた。
・ ・ ・ ・ ・ ・
『岡田以蔵』について、皆さんはどの程度知って居るだろうか。
――なんて言っても、ここでは詳細は述べない訳だが――
出来る限り簡略にするならば、凡そは次の様になる。
十八程で江戸へ出て剣術修行を送り、一年程で土佐へ帰国。
その後は、武市瑞山に付いての武者修行を兼ねた、見聞や人脈を広げる為の旅行に出向く。
やがて、土佐勤皇党が結成――
自身もまた京に上り、尊皇攘夷過激派の尖兵となり、『天誅の名人』等と呼ばれるようになる。
もっとも、この辺りを峠として、彼のその後の人生は只管な下り坂と成り――
『酒色に溺れて借金を造る』『拷問に耐えられず仲間を売る』等、あまり宜しくない評が付き纏う事に成る。
――そして最終的に、二十八で打ち首獄門となる。
――これが大雑把な――『正史』の『岡田以蔵』である。
――だが、イゾウは違う。
その違えられた道すがらは、何れ語られるとして――
・ ・ ・ ・ ・ ・
とある妓楼の廊下――
「――客を『犬』呼ばわりとは、随分な銀猫だな」
……うわ、面倒臭――その光景を目にして、影で額に手を当てる、イゾウ――
「違ったか? 『主』に付いて唸って回るなぞ――躾の成って無い犬と変わりますまい」
「女、貴様!!」
あ、やべ――ととと、と走り寄って間に割って入り――
「ちょ、ちょーっと待った。お二人とも、武市さんが待ってますから」
「――イゾウ、どけ――」
「こっちにはこっちで、俺から良く言って聞かせますから」
ひたすら平伏するその様に、刀を抜かんばかりの剣幕だった相手も、しばし黙る。
「……ジュウナイ。ここはイゾウの顔も立ててやろうではないか。
お前も酔い過ぎだし、武市さんの顔を潰すのも良くない。
それに、このままでは、何時ぞやの様に――くく――みっともない裸踊りを見る事になるぞ?」
「――っちっ――後から来た者の腰巾着が――
女!! それの相手でもしとれ!! 『猫』に似合いの『犬』じゃ!!」
ドスドスと歩いていく足音が遠ざかり――
「――ふう。酔い過ぎだっての――
なかなか戻って来ないと思ったら、廊下で遭った相手に酌させようとか――
そんなんだから、姐さん方も半平太さんにベッタリになんだよ……」
よっこらしょ、と言いながら、立ち上がり――
「あー、そっちも災難だったな、この通り、すまんかった」
「――『犬』、か」
頭を下げ――と、先程まで響いていた声とはまた別の女の声に、イゾウは振り返った。
「…………」
真っ黒な、猫が居た――そんな風に見えた。
「――『犬』、ですか?」
「――『犬』じゃな」
「おいおい――助けた相手に『犬』『犬』と連呼するなよ」
その影に向けて、すすっと寄って行きながら、話しかける声。
よく見れば、その『絡まれていた方』も、普通とは言えない。
何せ、その毛色が――白い。
――紅毛南蛮、羅紗緬、とか、色々と脳裏を過ぎったが――
「――あんたらは『黒猫』と『白猫』に見えるぜ?」
不意に、そんな詮索がどうでも良くなり――どうでも良い、と同時に――
「――自覚が無いか、忘れて居るのか――」
「――人相見もなさるのかい、そちらの『太夫』姐さんは」
あまり触れられたくない記憶に触られた感じがし、少し退いて身構える。
――『違う』。何かが『違う』。
尋常のヒトとは異なる空気に、自分の中の何かがざわめいている。
「『太夫』なんぞという面映い者ではないが、私の妹が世話に成った。一献いかがか?」
「――すまんが、戻らねばならん席があるんでな」
後退るイゾウに、くすくすと笑い、その女は言う。
「ならば、何れ、日を改めて。
ここの主に、『新夜』に会いに来た、といえば、分かるゆえ」
「――生憎、気軽に来れる銭の無い、『浅黄裏』って奴でな」
「――何故居るのですか?」
……要らん事を聞きやがるな、そっちの白いの。察しろよ。
「――宴席の伴に来ただけだ。この服だって借り物だしの」
「――姐さま。こんな懐も肝もしみったれた者に、情けを掛けなくても良いのでは?」
「やれやれ、相変わらず口の悪い事じゃ、この女児は。
さっさと逃げられたとは言え、危うい所を助けて貰っておいて――すまんの」
そう言われて気が付くが、白い方は、まだ幼い顔立ちをしている様にも見える。
――というか、年相応に生意気な目をしていて、若干イラッと来る。
……いや、まあ、こんなもんか、この年頃の娘なんぞ……
「――子供のいう事だ。一々気にせん」
「然様か。まあ、金の心配はせんで良いわえ。一席分位は、こちらが持とう、ふふ。
それ、いくぞえ、『白』――こんな刻限まで出歩いているから、要らぬ者に捕まるのだ」
そう言って、二人は歩いていき――角を曲がった所で、不意に気配が――
「――お、イゾウ、こんな所に居たのか?」
「――ああ」
ふと横を見ると、数少ない『友』と呼べる相手が立っていた。
「――おい、顔が青いが、どうした? 悪酔いでもしたか?」
「……悪酔いの方が、まだ良いかもしれん」
ああ、また――訳の分からん者に見込まれたか、と、溜め息をつく。
――それが、イゾウと彼女達の、出会いだった。
・ ・ ・ ・ ・ ・
「『運命の女』との出会い話は良いよ。問題はお前の『犬』だろ――」
「まあ、待て。話の始めには、口火が肝心だろ」
「そうだよ、ジン。面白そうなのに」
「そうだそうだ」
誰がお前の過去を『お話』形式で言えといったよ。
てか、シオもエルフ娘も、別に今しなきゃいけない話じゃないだろが。
つか何興味深々になってんだよ。唐突にエロ小噺に流れそうで困ってるのに。
「――まあ、端折るか」
「最初からそうしろや」
「――ジン。お前、俺をどの位知ってる?」
「悪いが、大半違ってるだろうあんたの事は、さっぱり分からん」
「そうか――じゃあ、俺の『親』の事も知らんな?」
……そこまで戻るの?
「ひひひ、そこまで嫌な顔すんなよ。
一言で言ってやる――『俺の母』は、『狗神筋』だ」
――えー、あー……『正史』が怒りそうな事をまた……
「だがな――俺の中のあれは、『そっち』のじゃねえ」
「――じゃあ、なんだよ」
「――そうさなあ――」
そう言って、イゾウは物憂げな顔に成る。
「――『往逢神』の類なのか、なんなのか――
ガキの頃に、遭って――しゃべったんだよ」
「――しゃべった? 何て?」
なんでボリボリ頭掻いてんだ。
「――『院は何処に在りや』」
「……え?」
「そう言ったんだよ、『犬』が」
……なんか、微妙に不穏当な単語が聞こえたんですが。
「廃寺だったか祠だったか――肝試ししてた最中でな。
『院は何処に在りや。兄弟たちは何処に有りや。などて我を置いていかれる』――
そんな事を、悲しげな声で鳴くんだな、道行の途中でよ。
普段から『なきみそ』呼ばわりされてたから、こっちも進みたいのに、道を空けてくれねえ。
仕様が無しに――連れ帰ろうとしたんだ。なんか、えらいボロボロに成ってたが、紐は付いてたし」
「――よく、そんな怪しげなのを連れ帰ろうと思ったね――」
「別に、家で飼えると迄は思わなかったが、入り口で待ってる連中に、一旦押し付け様と思ったんだよ」
「……いや、そうでなく……」
シオに呆れられるんじゃねえよ、天然。
「――ああ、そういう――
言ったろ? 血筋でなんだろうが、色々と、変わったモノは見慣れてたんだよ。
それに、実際の所、最初は本当にただの犬にしか見えなくてな。
まあ、実際は――ある程度歩いたら、紐だけに成ってたんだが」
「それで?」
「引き返して探した。
何も無く帰ったら、途中で逃げ帰ったと思われ兼ねんしな」
「――見つかったのか?」
「――あれを見つかったと言って良いのか――まあ、居たは居た。
同じ様な言葉呟いて――」
・ ・ ・ ・ ・ ・
いずこぞ――
それは悲しげに吠えていた。
わがきみは――
カタリカタリと、歩くたびに、骨と成った後ろ脚が音を立てる。
いずこに――
その首には、幾つも頭が付いていた――
髑髏に成っているそれが、オウオウと在り得ない音を立てる。
虚ろな眼窩には、鬼火めいた蒼い物が溢れ――涙の様に、零れていた。
普通なら、震え恐れて逃げるようなそれを、幼いイゾウは、ただ呆然と見ていた。
何処に居られる――!!
叫び、飛び掛ってきたその顎が開くのを、呆然と――
・ ・ ・ ・ ・ ・
――なんという怪談。むしろ『くぁいだん』。
「後は――普通に気絶してな。
別に漏らしはしなかったんだが、『なきみそ』の返上も――まあいい。
んで――困った事に、それに憑かれたらしい。
ふとした拍子に、あれの方が主導権握って出てきちまう様になってな。
――剣術やら修めたりで、それも少なくなったんだが――」
「それと、ここに来た事と、何の関係が在るんです?」
『族長』がそう言うと、イゾウは再び頭を掻く。
「――似てたんだ。あの場所と、この場所の雰囲気が――今はこざっぱりしてるけどよ」
「――似てた、って?」
「――空気、かね」
そんな風に言いながら、更に歩を進めていく。
「――寂寞、それだけが漂う、あの『伽藍堂』の雰囲気に、似てたんだ――んでな――」
『族長』の方をちら、と横目で見て――
「……『第三柱』の例の一件以降――『ソレ』がすっかり御見限りでな――
単純に、あの時無茶苦茶に力を振り絞った反動で消えちまったとか――寝てるとか――
そういう事なんだと思ってた――思おうとしてた、とも言えるがよ――」
通路のドン詰まりに向け、足を速める。
「――だが、実際――『迷い犬』に成って、似たり寄ったりの所に棲み付いてるんだとしたら――
……あの力がどういうモンであるにしろ、俺には使いこなせず、アレに頼ってやっとのモンにしろ――
向き合わなきゃならねえモンと向き合わないで来た、俺の手落ちだわな」
そう言って、イゾウは、目の前の『扉』を開く。
――そこには、空間が広がっていた。
円柱の底、と言って良いだろうその場所の真ん中には――
「――やっぱ、『井戸』があるよな、そりゃ」
「……いや、目をそらすなよ、ジン。
なんだ、あの鳥居。ここって『元糾の池』か?」
『三角柱』を描く様に合体した、鳥居が立っている。
……やっぱ、アウルとアビー連れてくれば良かったかね……




