『03』/interlude03
大陸中央――『深き森』の中央部。
森都『ヴァルフォレ』。
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「――以上が、今期の定例報告と成ります」
「――些か、好き放題にさせ過ぎでは?」
「締めて締めての結果がどうなったかは、数百年前に結論が出ている」
「その頃とは、基底となる状況自体が――」
「――まあ、交渉事は、相手在っての事だ。下手に介在しすぎても――」
各々、好き放題に意見を述べる人物達の中にあって、黙したままの人物が一人。
「ディロービア殿。貴殿が一番状況に近い筈だ――なんぞ意見は?」
「――『交雑株』の私が、何を述べる必要があるでしょうか?」
「――幼い頃の口さがない連中の言葉を、未だ根に持って居るのか?」
相手の非難めいた口調にも、どこ吹く風といった風だ。
「根に持つ、と言うよりも、正に危惧している、と言ってきたのですがね」
「危惧? 何をだね?」
「『神の枝』殿方は、自分たちの感性が、他者と乖離していると御存知でない。
このような事は、宮廷内では挨拶程度の事ですよ――
先ずは黙っている――序で良き所で鋭く言葉を発する。
演劇めいては居ますがね、耳目を集めるには良い――皆さんの様に注目しますから」
確かに、先程まで各々の意見を言い合っていた彼らは、その人物に注目していた。
「――それに、此度私が呼ばれたのは、意見を聞く、程度の理由では無い――
――『天拳鬼腕』――『力の異天』殿の事でしょう?」
「それよそれ――統治圏の北端域とはいえ、一国の領主の娘をあてがったのは――」
「あてがう等と、無粋な言葉を。彼女は彼女の心に従い、彼を慕っているだけです。
私は単に、仲を取り持つ助言をしたに過ぎません」
「それを『一位』が行えば、問題が大きいとは思わなんだか?」
その言葉に、『一位』は一つ溜め息を吐いた。
「そう思うのならば、先ずは『異天の勇者』殿たちの手綱を、しっかりと握っていれば良かったのでは?
大陸各地に『エルフの威、未だ健在なり』と示す様に、自由にさせていたのかもしれませんが――
――実際に名を挙げたのは彼らの方だ」
そう言って、立ち上がる『一位』――
「まだ話は――」
「『学者』同士でも話が合わぬのに、私の様な『道化』とは話が合う筈も無いでしょう――
――私はこれまで通り、良き様にはからいますので、ご心配なく」
その所作は、完璧な作法であり、誰一人文句のつけ様が無かった。
「――あれも、好き放題にさせ過ぎでは?」
その背が部屋から出た途端、誰かが発した。
「――だが、あれの言う事にも一理ある。我等は確かに、交渉事は不得手。
直接の手出しを手控えてきたというのも有るが――」
「――やはり、例の事で『庭師』の家系を見捨てたは悪手だったのでは?」
「誰かが責を負わねば成らぬ時に、『中央』の失策を声高に叫んだは、連中ぞ」
「したが、何とか説得し、戻らせねば成らぬ局面では? 例の件もある――」
「だが、上がなんと言うか分からぬぞ?」
場は、再び喧騒の中へと――
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所変わって、大陸北方――マハブラン領。
「という訳で、『一位』様からの御祝儀をお届けに参った次第です」
「あー……そ、その、た、大儀でした」
「――ふふ、いや、落ち着きなされよ、『天拳鬼腕』殿。
あくまでも個人的に祝いを、との事で私が密かに持ってきたまでです。
形式張った挨拶は、無用です」
使者としてやってきたオーレ=カイル=オアークウッドの言葉に、緊張を緩ませる『天拳鬼腕』――シロウ。
「いやー、その、すみません……そう言った教育の類、全く受けてないもんで」
「何、何れ慣れますよ。『討竜の英雄』殿」
「いや、そもそも、あれも――自分だけの手柄じゃないので」
「御謙遜を――いや、そもそもそれが事実であったとしても、民が求めに応え得た事が、重要だったのですよ」
無論、オーレの言葉を鵜呑みにする程、シロウもバカではないだろうが。
「『一位』殿には、よろしくお伝え下さい」
「ええ――では」
社交辞令を交わし、相手が部屋を出て行くのを見送る。
「――婿殿。もっと寄っても良いのでは無いかと思うが?」
――だが、バーフェルブール統治圏の端の端、北方の領主には、少し物足りないようで――
「……んん~……あまり寄り過ぎると、身動きが取れなくなる、って風に言われてますし」
「ふむ。『異天の勇者』殿達の立場も理解しているが――」
「父上。あまりシロウ様を困らせないで下さい。
中央の権勢の浮沈など、この国で慎ましやかに暮らす事に、関係は無いでしょう」
「ああ、いや、エレーナ様、お父上の言う事も、まあ正しいんだから」
「分かっていますが、リュート様。父上の魂胆はあからさま過ぎるのです」
「む、むむ――それ程に、あからさまか?」
「は、はは――俺からは、何とも」
そう応える、『速の異天』、リュート。
いや、目も当てられない程度にあからさまだよ、とは思うのだが。
実際の所、この地の生活環境を考えれば――
『より大きな支援を中央から引っ張りたい』、『より太い縁故を築きたい』――
そういうのも、分からないではない。『一位』なんてのは、正に太い縁故だ。
……分からないではないが――
「――どう思う? タスク」
「……領主様、一勢力に極端な借りを作るのは、私も反対です。
確かに、この地での冬越し等が厳しい物とは聞いています。
ですが、『次』が決定していない間に一勢力に寄るのは、その後が危ないかと」
リュートの問いに、直接は答えず、領主へと水を向けるタスク。
「『精天』殿もか――うむむ、まあ、そうではあるのだが――
だが、今や『一位』様の陣営は多くの術者や兵力を抱えていると聞く。然程に危ういかのう――」
「――心の隅に留め置いて頂ければ、それで結構です」
「まあ、言っている事には一理ある。
国と娘を救ってもらった方々の意見、聞かぬ訳にもいくまいて」
領主はそう、鷹揚に笑ったが、リュートの心は晴れなかった。
・ ・ ・ ・ ・ ・
「――どうすんだ、お前。このまま、領主の婿になるのか?」
「……エレーナは良い子だ、それはお前だって分かってるだろ」
部屋を出て、隣を歩くシロウに声を掛け、予想通りの答えに、溜め息が出る。
「……相手が良い子だから、見捨てたくない、ってか?」
「俺が相手でなくても、『幸せ』は掴めるだろうけど――
なんつうか――お前も、あの子が中央の貴族連中の嫁みたいに成るのは嫌じゃねえか?」
――確かに、彼女には、野を駆け狩りをしたりしているのが似合っている。
素朴な暮らし、純朴な生き方、それが良いとは思う。
中央の『夜会』の、繕いや虚飾の中で生きていかなければ成らないなら、窮屈に感じるかもしれないが――
「それを俺らが心配するのは――」
「筋違いなのも分かってるよ――そこに幸せを感じる様に、変われるかもしれないのも――」
くそ、言っても無駄か。と心で毒づく。
いや――こいつだって、こういう純な奴だから、付き合いが続いては来たのだが。
「――このまま、何事も無く恙無く、って訳にはいかないだろうと思うぞ?」
「……ああ。それも分かってる――呼ばれたら、行かない訳にもいかないしな」
黙っていたタスクが口を開き、それに応えるシロウ。
「――実際問題、どうなんだ? タスク。
エルフ連中、どんな風に動くと思う?」
「――『一位』を推すのは変わらないだろうが、それで済むとは思えない。
何せ――連中の『予定』や『予測』に無かった事が多く成り過ぎている。
――何がしかの形で、もっと大きく『梃入れ』する腹心算は、あると思う」
エルフたちを完全に信用は出来ない――その視点から動いてきた数年。
彼らもまた、様々な事があった。
現在、彼らが二手に分かれて行動しているのも、その流れの中の一つだ。
「――分からん。実際の所、俺達は、何をすればいいんだ?」
シロウが呟く。
――沢山の人を救ったし、沢山の獣魔を倒しもした。
――だが、世界は何も変わっていない。
「俺が知るか――」
やりきれない気持ちを抱え、リュートはそんな風に呟く。
「――フミさんの説得に期待するしかないだろうな。
下手な衝突を起こさないように、という説得に」
タスクは、無表情のまま、南面の窓を見ていた。
・ ・ ・ ・ ・ ・
「――我らとしても、実際の『戦』に成る事は望ましくない。
これは『家』としての意見では無いが、各家の惣領にも、同じお考えの方は多いだろう。
武に寄った家柄なら尚の事――『国内で相争うを嫌う』から『戦費の心配』まで、根拠は色々だろうがな」
「でしたら――」
「だが、『魅』の『異天』殿――『一位』旗下の貴族、所謂『廷臣派』は――」
「『二位』の兵とはぶつかるだろう、むしろ雌雄を決そうとまで考えている者も多い。
――実際、『家』となれば、その考えも分からないでは無いのだ――
これから先、つまりは『子孫の為に家名を上げよう』と言うのもな」
「……実際の所――『陛下』の提示される内容次第では在るのだが――」
――駄目かな、と、隣に座っている『知』の『異天』、ユキヤは思った。
今の段階で、彼ら――貴族の子弟達を仲間に引き入れて置くのは、悪くないと思ったのだが。
どうにも、固定観念が強すぎる――
――いや、それでも――大分大分マシな連中ではあるらしいのだが。
「……つまらない人たちですね」
「――つまらない?」
「はい」
――おや? と思う。
――ああ、やっと、エンジンが掛ってきたかな?
「――その先の世界に、なんの夢も見ていない。だから『つまらない』」
「――――」
「仮に二つの軍がぶつかり、それで喜ぶのは誰です? 貴方ですか? それとも他の誰かですか?」
少なくとも、この場には、得をする者が居ないのは分かっている。
「――私自身は、あまり頭が良くはないです。
強い精神も無い。武力も無いと言えます。
でも、諦めるのは嫌です――今、『衝突』が優勢な筋だとしても――尚更――」
「――皆、詳しい話を、聞くだけでも聞いてみないか?」
不意に、彼女の対面に座っていた青年が呟く。
――まあ、あんな風に、じっと見つめられたらな。
「――俺達は大体が二男だ三男だで、未来が確実な訳でもない。
お前ら二人なんかは家柄の絡みで、『軍』に所属してるが、俺なんかは実質追い出されたも同じだ。
――お前らにしたって、家名を継ぐのは兄貴らだろ?」
「それはそうだがな」
「大体、仮に軍功を立てた所で、余程に衆目に付く事じゃなければ、そっちに吸い上げられて終わりだろ?
『猟犬』としか見られないより、自分で自分の飼い主してた方が気が楽だぞ?」
「……お前は矢張り、そういう事は辛辣だよな、レアッド……」
「しかも、お前に言われると単に『理想論』って切り捨てられないのが、なんとも……」
そう語る青年達に、フミは微笑む。
「『簒奪』だとか、そんな話ではないですけど、いいんですか?」
「――狡猾にも、勇猛に生きるのも無理な連中だぞ?」
「「おい」」
「何だよ、別段言葉が過ぎるって事でも無いだろう?」
「言い返せない言い様するなっつうんだよ……」
「確かに親父に従って諾々と軍には入ったけどもよ……」
「な?」
「な? じゃねえ」
「これでも一応国を憂う心はあるんだよ」
「その方向性がどうもなあ……って、まあ、其処はいい」
眉を顰めてから、フミを向くレアッドと呼ばれた青年。
「俺たちは、君も知っての通り、数年前は酒場でごろついてた連中だ――
『文官の端くれ』『家柄で成った部隊長』『輜重部の末端』、今は居ないが『舞台役者』――
聞かせてくれ、そんな連中に、どんな事を望んでるんだ? 『歌姫』」
――その言葉を聞き、ユキヤは、ああ、と気が付いた。
こいつは、疾うに人脈を築いていたのか、と。
――さて、じゃあ、状況を整理するのは、自分か――
「――今直ぐやって欲しい事、というのは特に無いんですけどね」
ユキヤはそう呟いて、皆を見渡した。
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「……どう判断する?」
「どうもこうも――」
テーブルの前の二人――
ビーギス=ラーンとウェルジ=ハーゼンの渋面に、レアッド=ローデーンは苦笑する。
考えさせてくれ、と回答し、『異天者』二人が帰った後も、こうしてまだ残っている訳だが――
「そこまで悩む内容か?」
「――実際の所、どうなんだ? レアッド。あの二人の言う様に――」
「『皇継』方々が、どう考えてそういう考え方なのかは分からんが――
実際の所、今の治世よりも緩くなる可能性は否定は出来ない。何せ――」
「大半の『皇継』が、『皇位』そのものには余り興味が無い、何てのを信じろと?」
まあ、疑わしい気分になるのも分かる――と前置きしてレアッドは続ける。
「ただ、実際の所、『位階』よりも其処に伴う『権力』で何かを、と言うのが考え方の肝では有る様だ。
言葉にこそしていないが、恐らくは『一位』もだな――
だから、廷臣派連中も、利権で一枚岩、とは成れていない――違うか?」
「……だから、無理矢理な動きをするな、と?」
「直ぐ其処まで来てる『次の代』で、もっとマシになる可能性があるなら、焦る事は無い、って話だろ」
言って茶を飲むレアッドに、二人は渋面を作る。
「――彼女らが、『廷臣派』の回し者な可能性は?」
「理解のある言葉で近付いて来て――って事は?」
「無い――と断言はし兼ねるが――
若し仮にお前らが腹に抱えてる事がそちらに漏れてるなら、もっと直接に動けば良いだけだろう。
仮に俺なら、お前らの『同志』を先ずは処断する――だが、別段、そんな人事も聞こえないだろう?」
ゆったりとした言葉の中の鋭い警告に、二人とも黙る。
実際――そう言った事は無い。
考え方の違いで、実家と絶縁と言う状態になった奴は居る様だが、それはあくまで尖った一例。
少なくとも――『改革派』と呼ばれる連中は、変な言い方だが、平穏無事に行動している。
……より強硬な考えの連中となれば、流石に分からないが――
「兎に角――お前ら二人とも、折角のお誘いなんだ、行って見てみるのも良いんじゃないか?」
「――あの台詞も、よく分からんな」
「……今正に起きている事――か。お前には分かるのか? レアッド」
「分からんよ――だが――」
ふう、と一つ息を吐き――
「――『異天者』何て者の語る事――それ相応のものなんだろうさ」
言い切って立ち上がる。
「まあ、自由にしろよ――独り者二人」
「てめ……『人生墓場』に一足先に入ったからって……」
「い、一番言っては成らん事を――」
「……言ってなんだが、既婚者は既婚者なりに大変なんだからな――
ウチは嫁さんが放任主義だから、割と好き勝手してるけど……」
「「ニヤニヤ面で言うな!!」」
立ち上がる二人を置いて駆け出し、戸口を抜ける――支払いはさっき手洗いに建った際に済ませてある。
「……さてさて、だな……面白くなるのか、酷い目に逢うのか――」
そんな事を言いながら、家路に就くレアッドだった。




