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『03』/interlude01


 ・ ・ ・ ・ ・ ・


 『聖樹教』に於いての『巡礼』には、表向き二つの事がある。

 一つは、先達の道を辿る正に巡礼であり、各地の教会などを巡る。

 高位の『法理術師』等が各地を歩き、民に通常以上の『癒し』を施したりする事もあり、民の慰撫に繋がる。

 もう一つは、ダンジョンの沈静化――

 『障壁』や『忌避』の『陣』を張り、ダンジョンから魔物達が外へと出る事の無いようにする事だ。

 後者に使われる技術と言うのは、未だ『教会』のみに属するものであり、その権威の拠り所でもある。


 実際の所、在野の『術者』に同等の事が出来ないかとなれば、可能ではある。

 ただし、一定の効果の持続性においては、比べ物に成らない。

 高度な『法理式』や相応に高価・希少な素材を使う事――

 そして――極端な話をすれば、『権威』を犯す事に繋がりかねないと言う事もあり、『教会』の独壇場だ。


 ――それが、同時に複数箇所で破られた、との報せが届いたのは、数時間前の事。

 もっとも、破られたのは幾分古くなっていた『陣』で、被害も然程出なかったという。


 では何故、『教会』は引き上げを決めたのか――それは――


 ・ ・ ・ ・ ・ ・


 バッジョ=アールボン一等巡礼司は、立ち尽くしていた。

 自身の判断――状況の変遷――様々な事が脳裏を過ぎる。


「ひ――退け!!」

「ダメだね、退かす訳にゃいかんね――『群蜂スウォーム』!!」

「ナーグ、殺すなよ? 裏を取る」

「誰に言ってんのエザク!!」


 立ち尽くす彼の目の前で、刺客が次々倒されていく。


「――刺客の中に、こちらの味方が混じっているのは、意外でしたか?」

「――お、おお。何時の間にこんな手配を――」

「『貴方』が居た段からですよ。『彼女の兄の犬』」


 目の前の青年の言葉に、彼は――


 ――ブスッ


「――ギッ!?」


 ――飛びのいて駆け出そうとした、その足に、相手の指から伸びた光が突き刺さる。


「き、貴様さえ――貴様さえ、戻って、来なければ――『ヴァレリークの鬼子』!!」

「……縁切られて、只のユート=レム、ですって、今は」


 叫ぶその声に、青年はただ怠そうに答えた。


 ・ ・ ・ ・ ・ ・


 ……しつこい連中だよ、と、ユートは溜め息を吐いた。

 そんなに恐ろしいなら、頭を下げてひたすら謝れば良いだろうに、と。

 ――いや、それ以前に、ちゃんと顔を合わせてみれば良いだろうに、と。


 実際のところ、こっち側に戻って来た理由の一つが、これだ。

 彼女を忌む、彼女の実家――其処と関係の浅くない人物が、巡礼の一団に居る。

 こっちに来てからの十年少々で、権力の裏幕を眺めて来た彼に、それを偶然と片付けるのは、難しい事だった。

 ああ、これは、碌でも無い事が背後で動いているな、と察し――

 察しはしたが、何かをしようとは、最初は思わなかった。


 何度か触れている通り、ユートにとっての彼女は、危険生物の類に近かった。

 嫌う嫌わないというより、獰猛な肉食獣が擦り寄ってきている感覚に近い。

 それも、感情のあまり伺えない、爬虫類とかそっち系だ。

 正直、怖い――怖いのだが――


 ――心に、その人の、眉を顰めた笑顔が浮かんでしまった。


 関わって良い事が無いのは分かっているのに、戻って来てしまった。


 ・ ・ ・ ・ ・ ・


 本拠地へと戻るのに、もっとも手早いであろうルートを取る――

 その為、チャーターした船はバーフェルブール領へと向かっている。

 ――確かに、バーフェルブール東岸には、港と呼べる港は無い。

 だが、港はなくとも、ボートで限られた人数を下ろす事は可能だ。

 また、バーフェルブール領内ならば、『夜駆け』と呼ばれる深夜も走る駅馬車もある――

 乗り継いで行けば大陸中央まで、余程に遅くとも三日と掛からずに着くだろう。

 山脈を越えても良いが、何処に如何配置されているか分からない状況で、その手は取りたくなかった。

 何せ、件の島を離れ、ボートから上陸した途端、『エスターミア』領内でありながらの『襲撃』だ。

 それ程に、相手側が煮詰まって来ている、と言う事だろう。


「流石に、吐かねぇなあ」


 船底から戻って来たナーグが、椅子に腰を下ろしながら呟く。

 対面に座るエザクは、他から得た情報を整理している。

 今回の、ダンジョン探索に関わった事での収穫といえば、この二人だろう。


「頼んだのはこっちですけど――上からの命令無く動いて良かったんですか?」

「ああ、現場の上司はシゼルだから問題ない」

「『雇い主』はあのエルフねえちゃんに判断一任してるからな――

 あの人が行けつったら、俺らはそれで動けるんだよ。

 ――で、どうする? もっと詰めるか?」


 物騒な問いを、軽薄に吐くナーグに、ユートは頬を掻く。


「――知ってそう、ですか?」

「さてね。俺の知ってる限りのバッジョ=アールボンってのは、『走狗』だしな」

「信仰心自体は篤い人物ではあるが――

 エルフや神を、というよりも、『教会』を、という感じだしな――君には言うまでも無いだろうが」

「いや、何でも知ってる、って訳でもないですし」


 確かに実家、黒い所も有るけど、とユートは思う。


「――採れる手は幾つか在る。

 知って居る所まで聞き出す。敢えて泳がせる。正式に告発して大事にする――」

「現時点分かってる事は、『三位セレ』の命を狙っている奴が教会にも居る、って事だな――

 ――まあ、『外部』から支持が出た可能性もあるが、そうなると――」


 二人の呟きを聞きながら、ユートは考え続ける。


 別の候補から、直接始末指令が出た可能性は低い。

 それをやる必要の在る候補は、今は居ない。


 とすれば、各『皇継カハル』勢力の中での権力闘争の延長の上?

 ――違うだろう。狙うべき相手が違う。

 『三位』――ミカはまだ、政治的にどうと言った去就を露わにしていない――

 それに、『宗教』の庇護下である以上、極端な政策に出るとは思われていないはずだ。


 ――『魔詠人マナス』の扱いを巡り、エルフが先手?

 いや。そんな事をする必要はないだろう。

 連中の影響力と言うのは、自分が思うよりもずっと根深く、範囲が広い――

 まだ趨勢が決まっていない段階から、こんな手に出る必要があるとは思えない。


 ――ならば、やはり、単純に『エリン』の家からの刺客――

 だが、だとすれば、こんな分かりやすい手に打って出る必要が、どこに――


「ああ、いたいた、ユー君」

「……今日の『お着替え』は終わってるでしょう」

「違いますよ、ご飯、なんにします? って聞きに。持ってきますから」

「おっほ、聖女手ずから配膳してもらえるとか、羨ましいね、坊ちゃん」

「うふふ、『嫁』に見えます? お料理はまだ出来ませんけど。

 ――気分が良いので、お二人にも持ってきますよ?」

「――煽るなよ――あと、まだ安全確保出来てるか不明なんで、不用意に歩かないで」


 ――其処まで言って、不意に、とある想像に行き着く。


「……んな、バカな。そこまでバカバカしい理由か?」

「お? どうした?」


 言いながら立ち上がるユートに、ナーグが話しかける。


「――ミカさん、適当に、パスタとかを四人前。

 一人では運べないだろうから、ナーグに手伝ってもらって下さい」

「お? ここで食べるの? うふふ、いいわね。なんだか安酒場でご飯を食べるみたい」

「おいおい、俺もかい。ま、良いけどね、慣れてるから」


 そんな事を呟いて、出て行くミカとナーグを見送る。


「――行き当たったか?」

「……今俺、真剣に呆れ返ってますよ。

 これが当たってたら、ますます『教会組織』嫌いになりそう」


 そんな事を呟きながら、階下への階段を見下ろす。


 ・ ・ ・ ・ ・ ・


「……どんな気分だ? いや、あんた自身はさして感じないか」


 騒々しい食事を楽しく終えた後、階下へと降りて、そんな事を呟く。

 相手は――うつむいて無言だ。


「そういう連中も居る――

 そういう認識はあったけど、まさか直接手を出して来るとは思わなかったよ――『清浄主義者』――」


 反応なし――だが、それなりの訓練を積めば、相手の言葉に反応しない事等、簡単だろう。

 だが――既に、『本音』は聞けていたのだ。こっちが勘違いしただけでな。


「『聖女』が『俗』に染まられては、権威の価値が下落する、とでも思ってるのか?」

「――――」

「つまりは――『俺が戻ってこなければ』というのは、そう言うことだろう?」


 自慢ではないが、かつて『彼女』の精神のバランスを回復したのは、俺だ。

 ――同時に、非常に俗っぽい振る舞いをする様になったのも、確かにその時期からだとは思うのだが――

 悪いが、『色恋の熱』を『お前のせいだ』と言われても困る。


「要するにだ。お前らにとっては、昔のような、機械的な存在の方が良かった。

 言う事を聞くから、という実利から、『無垢』とかの象徴的な理由まで。

 だが、変わってしまった――しかも、許しがたい俗っぽさだ。

 その価値観を再教育する――今回の巡礼の中の何処かのタイミングで――

 『何か』を施す手筈だったんじゃないのか? うちの『外法』の中にも、似たのがあったしな」


 もっともあれは、極端に気まぐれな君主や、あまりにも悋気の酷い奥方に使ったりする、本当の奥の手だ。

 そこまででない場合は、気持ちを落ち着ける香を焚いたりするだけだ――

 だが、『医術』めいた事が、うちの実家だけとは限らない。

 『薬学』だのも、相応に――一部はそれこそ、前世を凌ぐくらい――発展している。

 魔術だって『混乱コンフューズ』だのの精神に働く物もある。


 極端に言えば――

 『ココロがピョンピョンオドル』危険なお薬や――

 『パチンといったらパラリラピーポー』な術が無いとは言い難い――

 ――あ? たまには現代からの転生者らしい事も言わせろよ。『動画』位は見てたよ、俺だって。


「――――」


 ここまで言っても、だんまりかよ……


「ユー君、止めときなさい――関わる必要ありませんよ」


 不意に、ミカが階段を下りてきた。


「相手を一個の人間と見ないから、子供にも逃げられるんですよ。

 まあ、世の中、そんな親は山と居るとも聞きますけどね」


 そんなミカの言葉に、相手はいきなり顔を上げた。


「――子の、幸せを、願う親心が――」

「すみません、分かりません。私は『親』に教会へと『捨てられた』様なものなので。

 ですが、親子でも『幸せ』が必ずしも一致しない事は、理解している心算です。

 相手の事を考えて、なんて言葉で表現しても、実際は害が及ぶ事が有る事も、ね」

「あなたに何が分かる!!」

「さあ? 自分の我を通す為に、相手の夢を真っ向から踏みにじる親の気持ちなんてさっぱり分かりません――

 それと、誤解の内容に言っておきますけど――

 私は唆したのではなく、単に傷を癒して、自分らしく働ける場の紹介をしただけです」


 静かに語る言葉に、相手は何も返さない。

 ただ、顔を赤らめ――歯を食い縛っている。

 ――成るほど。色んな事情で動いてる中に、到って個人的な事情も――分かるかよ。


「それに、誰からの命で動いているのか、とっくに分かってますよ」


 ……あ、そう。ホントに分かってるかは知らないけど。

 ――聞き出せないなら、いいか。

 ……正直。本当に正直――

 『清浄主義者』なんてモノが思い浮かんだ時点で、何処からなのか、分かってはしまったし。

 ……逆に、言質取れちゃったら、それはそれで、というのもあるし……


「と言うわけで、何も出来ない人は放って置きなさい」


 そう言うと、再び階段を上がっていくミカ。


「――ああ、そうそう。

 『始末』を命ぜられて、出先で刺客を雇う様だから、失敗するんです。

 そんなだから、『清浄派』如きの中でも、上に上がれないんですよ?」


 ――その言葉に、こいつは今度は目を見開いた。

 ……怖いなあ、やっぱ、この女……


「ささ、ユー君。嵐が近くなって揺れるらしいので、私達は上行きましょうね」

「ま、待――」


 バタンっ


 上げ戸を下ろすと、相手の声も途切れた。


「……本当に、知ってるんですか?」

「いえいえ? それっぽく言っただけです。

 あの人の子供を、諸事情で逃がしたのは確かに私ですけど」


 ――ええと、何言ってんだ、この人――


「どんな事情で、そんな風に――」

「大雑把に説明すると、彼の息子をたまたま癒して、その後、別の場所へ匿ったんですよ。

 相手も成人して、良い年の青年なのに、親からここまで恨みを買うとは思いませんでしたけど――」

「いや、そうじゃなく、なんで其処までの手出ししたんですか?」

「お料理が美味しかったので」


 ……やべえ、理由が良く分からん。


「――何処いるか、わかってる風ですね?」

「ああ、知ってますよ? 『二位デュラ』の陣営に居ますよ、彼は。

 ――彼が許す心算なら、彼から動くと思うんですけどねえ」


 やっぱ、こええ、この人。

 手段ですら0/1かよ……手出しの効かないトコったって、そこに送るのかよ。


「まあまあ。バーフェルブールまで、それなりの時間有ります。

 私も、ここ数年の事を殆ど知らないわけですし――」


 ゆっくり話しましょうね。という笑顔に、背筋の凍るゾクゾク感を受ける俺だった。


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