『03』/18
「第三層において、大規模戦闘が発生した為、視察は二層まで、とな」
「はい。この後の御予定も有るとは思うので、大変申し訳ないのですが――」
リーアムの言葉に、相手は不服そうな表情を隠そうともしない。
「――冒険者ギルドは、『四位』と結託しておいでか?」
「――何故その様な判断に及ばれるのか、理解しかねますが――」
「昨夜の『戦闘』とやら、『四位』の周囲が関わって居るのは明白――」
「――お止めなさい、アールボン殿。私が黙認した事です」
相手が追い討ちを掛け様としている所へ、『三位』が入ってきた。
「――それとも、『教会』は――
今更この程度の事でとやかく言わなければ成らない程に、狭量な組織ですか?
幾千幾万という時を、知識を集積して、技術力を編んできた組織が――
数年前の災害によって、大きく力を減じている相手に、塩を送れない程に?」
そう言われ、アールボンは眉を顰めたが――
「――本部へは、確と報告を通させて頂く。その事を忘れずに」
そう呟くと、天幕から出て行った。
「……よろしいのですか?」
「困った事に、教会の権が野辺の隅々にまで行き渡っていると、未だにお考えな様で」
「――然様で」
リーアムはそう呟くと、ざっとの概要を示した報告書を手渡す。
「――面白い事に成りましたね」
「ギルドとしては何とも答えようが無いお言葉ですが――」
「『教会』としても何とも言いがたいですが――
個人としては、中々面白い事態だとは思います。
第三層に出現したのが、『召喚物』らしい、というのは」
「数年前のバーフェルブールの件の内幕は、国の上層では周知ですからね」
どこからどう漏れたのか、或いは漏らしたのか――
先代バーフェルブール大公が『召喚』を行ったという噂は、口にこそ上らないが周知だ。
厄介事の根底――若しくは原因。
それが『一位』の一党に端を発するならば、それを責め手に誰かが責めるのは見えている――が。
「もっとも、この件が表に出される事は無いでしょう。
当事者である我々と、国と各勢力の上が把握して仕舞いでしょうね」
「やってきた日付を把握する事は出来ませんから――『古い召喚物』として扱われて終わりでしょうね」
先例が無い訳でもないし、と、付け加える相手に、リーアムは無言で微笑む。
『教会がどの程度までの知識を有するか』等、関わっても良い事は無い。
「――素朴な疑問として、お聞きしたいのですが――」
「はい?」
「『三位』様の望みは、『帝位』ではなく――」
「『聖女』で無くなる事です」
そんな事をあっさりと口にする。
「――まだ、拘っておいでですか――?」
「――あの日、私は確かに、一つの『可能性』を見捨てた――
私だけのせいでは無い、と言ってくれる人も居ますが――」
「――以前も言いましたが、どちらがより大きい影響をもたらすかについて考えた時――
あの判断が、間違っていた、とは――」
かつて――自分が選ばなかった相手の友にそう言われ、『三位』は言葉を止める――
「――片や、名が轟いたとはいえ、一介の冒険者。
片や、上のエルフも無視出来ない、聖樹教の重鎮――
どちらを選ぶべきかと言えば――」
「『両方を救えた』――それが全てです。
ほんの少し――ほんの少しだけ。自分で判断し、無理を言えたなら――
――いえ。一瞬であっても逡巡した、自分を信じる事が出来たのならば――
――私はそれを選べず――ただ言われるがままにした」
ぽつりぽつりと呟く相手を見つめるリーアム。
・ ・ ・ ・ ・ ・
――あの日の事と、今回の事態は、よく似ている。
もっとも、あの日に潜ったのは、『攻略難度』が決定済みのダンジョンであり――
その目的とするところも、大分違っていたが。
複数名の冒険者を連れ、巡礼と鎮魂を名目として、聖樹教の重鎮や、彼女がダンジョンに――
――無論、それだけの理由ではない。
調査部局の一員であったリーアムは、目的自体を明示されていた。
それは、『ダンジョン』に在った、特殊な施設の利用――との事だった。
――これは、後から聞かされたのだが――
当時の彼女は、その力の限界一杯まで『負』の要素を吸い上げ、完全に消化出来ていない状況だった――
その為、そのダンジョンの中にあった、『同等の能力』の施設に白羽の矢が立ったのだ。
――もっとも、その施設ですら、除去し切れず――
当時彼女に掛けられていた『呪詛』が、形を取って具現化。
現場にいた冒険者達が惨殺されるに到った。
その場では、回復などを施していたが――後日、結局は彼女も、意識を失った。
――彼女が、とある少年の手助けで意識を取り戻すのは、それから遠くない日の事なのだが――
意識を失う迄の日々、彼女は、ひたすら懺悔の祈りを、自分の友であった冒険者に捧げ続けていたという。
・ ・ ・ ・ ・ ・
「――私は、『人間』になりたいんです」
唐突にそう言った彼女の言葉に、リーアムは我に帰る。
「『人間』は、『嫌な事は嫌だ』と言えるものでしょう?
それを出来ないうちは、私は自分が『人間』だとは、とても言えないんですよ。
――だから、大半以上の『ヒト』が、『人形』にしか思えないんだと思います」
「――そうですか」
「それにもしも――私と同じ様な『能力』を持つ者が生まれてきたら――
同じ様に、人を『癒し続けるだけの者』に奉られないとも限らない――
『帝位』ほどの権があれば、もう少し違う『道』を引けると思いますし」
それだけの理由でもないですけれど、と彼女は頬を赤らめる。
「――『三位』様御自身のお考え、よく承りました」
「ええ――それに、この一件は、別に目指すに当たって何の支障も無いと考えています。
帳簿の中身は知りませんが、『教会』――『聖樹教』は、其処だけで十分な能力がある筈ですので。
『四位』がどんな物品を得ようとも、問題ありません――
あるいは『陛下』も、現時点での物質的な部分を見て、今回の裁可となった、とも――」
それは恐らく在るだろう、とリーアムも考える。
ある一群に、極端に不平等な状況からスタートして、だ――
その一群がある程度民衆に人気があった場合、民衆からの支持が極端に寄る事も考えうる――
『皇帝』は最高権力で絶対的ではあるが、その治世を民が支持するのかは、また話が別の事だ。
『新帝』の誕生と同時に、国内情勢が不安定になるなど、目も当てられない。
実際の所、そう言った先例も無いではない。
・ ・ ・ ・ ・ ・
『選帝』のまだない時代の事だ。
とある皇帝が実子を残さぬまま身罷った。
跡を継ぐ者、となったのは、二人。
『継承順位』の上で上位であり、繊弱ながら仁徳に優れた少年と――
『順位』はそれに次ぎ、頑健で有能ながらも辣腕でもあった男。
大半以上の民は、少年を待望した――
身分の今よりも厳然たるものだった時代にありながら、自分たちにも気さくな、友の様な少年を。
しかし、大半以上の為政者達は、余りに親しすぎる、とも捉えた。
その時代にあってはその感性は『早過ぎ』た、とも言える――
――そして、相争うには、その相手は有能に過ぎた、とも。
結局は少年は、種々様々な陰謀の渦の中へ、消えて行った。
実際の所――陰謀の有無は兎も角も、その死は『病没』とされている。
しかし、『噂』は当時から絶えなかった様だ――そこに起こる、反発や反乱も。
無論、『皇帝』に着いた者はそれらの反乱を鎮圧して回ったが――
結局その治世の半分以上を、そういった動乱の鎮圧に割く事と成った。
『皇帝』に担ぎ上げた貴族・武将の類も、それは同じであり――
――結果、生まれた隙間を埋める様に、より多くの『エルフ』達が、国政に直接携わる事となる。
・ ・ ・ ・ ・ ・
不意に――構造としては、何も変わらないな、と思う。
当時の皇位争いを、そのまま当て嵌める事は出来ないが――
誰かの都合で誰かが消える、何ていうのは――
「――内幕に関する雑談はこれ位にして――」
「え、ええ――そうですね」
不意に現実に引き戻され、上手い返しも出来ずに答える。
「ギルドとしては、どうお考えですか? この地での『巡礼』、まだ継続出来ますか?」
「――脅威そのものは除き得ましたが、調査を一日頂きたい。
『流れの淀み』に当たる部分なのだとすれば、目も当てられませんので」
「そこはお任せします――『四位』側からも、一日回復に貰いたい、との事ですので――
私としては、つつがなく終わる事を望んでいます」
その言葉を背に、リーアムは天幕を出た。
・ ・ ・ ・ ・ ・
ロイエ=クランツが、リーアムを見つけたのは、その直後だ。
「――クランツ殿か」
「ええ。どうでした? 彼女は?」
「……精神的には追い詰められておいでの様に見えた。
――ギルドの側の人間がとやかく言う事でもないが、彼女の傍には――」
「心を許せる味方なんて居ないでしょうよ――私も中央にはいませんでしたから、詳しくは分かりませんけど」
クランツも、ここ数日の『三位』の様子は気に成っていたのだ。
自身でも気が付かない憔悴――
高きから低き迄、色んな手合いの人間を見た事のあるクランツには、そう見えた。
恐らくは、その理由も、何となく分かるが――
「……やはり、ここは、件の少年に、傍に居てもらった方が良いのではないか?」
「やっと手に入れた自由を捨ててまで、戻って来るとも思えないですけど」
「――呼びましたか?」
二人の前に、一人の少年――今や青年と呼んで良い人影が立っていた。
「――ユート」
「――ええ。お久しぶりです、クランツさん」
仮面を外し――なんだか、微妙な――照れ臭そうな顔で。
・ ・ ・ ・ ・ ・
「――という事で、正式に明後日に実施、という運びです」
エスターミアからの伝達を伝え終え、ユートは一息を付く。
「――で、ですね――ミカさん」
「――はい、なんでしょう?」
「――ヴァレリークの家名は付きませんが、ユート=レムとして、貴女の傍に戻ります」
その言葉に、『三位』――ミカレリアは、意外そうな顔を見せた。
「……一晩で、どういう考えの変化が在ったのかしら?」
「……なんでしょうね――向き合う事の大切さを、身を持って示された、というか」
ぽりぽりと頬を掻きながら、ユートは呟く。
「――ただし、一つ言っておきますが――『魔術師』を傍に置くのは――」
「風当たりなんて、気にしませんよ」
その言葉に、まあ、余計な心配だったか、とユートは笑った。
・ ・ ・ ・ ・ ・
力不足だ。今のままでは。
ユートはそう感じていた。
師匠は天才肌だ。自分で教える事は得手では無いとも言っていた。
『四位』――シオは、あるいはもっと天才だ。
ただし、その努力量も半端ではないと、マリーから聞いた。
ジンは――バケモノだ。
力量の底が知れない。
対する自分はどうだ――最後に頼っているのは、ヴァレリークの術だ。
それとて、自分が学んだ事ではあるから、『自分の結実』ではあるのだが――
――今のままでは、それこそジンが言うように、『惨殺神官』でしかない。
かつて夢見た、『大魔法使い』なぞ、夢の夢だ。
――手探りで、というのも無くは無いのだが――
『才能がある』と断言された方向性の事を、先ずは極めてみるのも、一つの手かもしれない。
――教会は、長い年月を重ねて来た組織であり、対抗策の為に『魔術』を研究してきた部分もある。
そこには、在野には秘されている術もあるはず――
……利用する形で心苦しいが、『三位』の権を使えば、各地の知識も吸い上げられる。
自分に合った方法論も、きっと――
「――ど、どうしました? 人の顔をじっと見て?」
「あ、いえ」
――それは、表向き。
確かに、重要ではあるが――その術は、誰の為に使いたいのか、と成ったとき――
ユートの心に浮かんだのは、この独りぼっちの聖女だったのだ。
押しが強い癖に、こんな事で照れてしまう、そんな――
――嫌いだった訳ではない。それ以前の問題だ。
自分は――前世から多分にそうだったが、他者との関わりが、面倒だったのだ。
ドライな関係の方が、気が楽だったのだ。
元からと言えば元から。
そして――それに拍車を掛ける事も有った。
そして、それはある種――『前世』で、何も出来なかった自分には相応しくないという――
……或いは――求めた何かに成れてやっと、と――
求める道へと、脇目も振らずに、歩いていた。
『大魔法使い』、と言うのは、辿り着く目的の形であり、自分への縛りでもあった。
だが――今回の一件で、少し考えが変わった。
『何か』に成れなくても、『何か』を残す事は出来る。
飛び立っていく、あの二人を見て、そう感じたのだ。
「言っておきますが――『恋人』だとか、そういうのにはまだ成れませんので」
「――構いませんよ、傍に居てくれるだけで、大分違います」
『恋』を出来るほど、この世界と向き合ってこなかった青年は。
とりあえず、この目の前の人から向き合う事にしたのだった。




