『03』/10
彼の母は、『ドーラ』という。
地に数多在る者のうち、抜きん出た脅威にして、巨大なるその身を、人の子らは『巨龍』と呼んだ。
『魔王』と『聖王』――宿命の子二人の運命に、巻き込まれた者でもある。
『魔王』の手によって、『外』――『アビス』と呼ばれる地から呼び覚まされた、『四体の魔』――
その内の一つ、『空駆ける者』により空の覇権を失い。
後の世に『聖王』と共に闘い、その者を『門』の彼方へと押し返すも――
今度は自身の裡の『竜たる宿命』によって、再び人を襲い――共に闘った『聖王』の手で斃される。
彼もまた――その様に生きて在り――自分が認めた『友』の手により斃れる――
『軸』によっては、単なる『害悪』としての『竜』。
或いは、『母』をその『戦友』に斃され、しかし、その『戦友』の手で育てられ――
やがては、自身も宿命に従った、もう一体の『宿命の子』。
『死』という折り返し不可能な地点を超え――
それらの事を幻視しながら、何時とも知れぬ、何処とも知れぬ彼方をたゆたいながら――
『彼』は、長いのか短いのか分からない、まどろみの中に居た。
― ― ― ― ― ―
「――ママ?」
不意に、眠りを妨げる声が響いた。
瞼を開け、そこを見ると、そこにはおぼろげな影――小さき者が二体居る。
「違うよ、貴方のママは、人の姿なんでしょ?」
「でも、ぼくに、にてるよ?」
「あー……『あの人』も変身はしたけど……でも、多分違うんじゃ……」
<――我は、オスだ。主の母ではない>
億劫であったが、首をもたげて言葉を返す。
「しゃべった!!」
<――自ら話しかけておいて、何を言うやら>
よくその影を見れば、自らの爪程もない丈だが、同族の子の様だ。
「すみません、この子、まだちっちゃいので――」
片や、翼が有る人型――自分の居た世界では見た覚えの無い者だ。声音から、まだ小娘と知れる。
<――主らは、何処から来た?>
「――分かりません。覚えていないんです」
「きがついたら、おねえちゃんと、いっしょ!!」
――恐らくは、この者らは、忘れ去られてゆく途中なのだろう。
自身もまたそうではあるのだろうが――自身は、未だに『名』を覚えている。
『名』とは、即ち、その存在に対しての縛りだ。
例え自らの『死』を自覚していても、自らに与えられた縛りが残るうちは、その存在であり続けるのだろう――
何せ、この名は、『聖王』が付けた名だ。容易く消える縛りではない――
『聖王』の名を語る者ある限り、そう消えはしまい。
――この場では更に、『意思』が明確でなくば、その存在は容易く崩れて往くのやも知れない――
自分が屠った連中の様に――そして――眼前の、『影』の色濃い、二人の様に――
……意思を残しているだけ、遥かにこちらがマシだろうが。
何度か眠りを妨げられた、敵意しか残っていなかった者共の残骸を見やる。
そこには、生前に有った本能等も擦れ失せ、ただただ、己である者への敵意のみが徘徊していた――
『死』という一枚絵には、『個』は要らぬとばかりに。
――ならば、と、この場所は何処なのだろうか、と考える。
この小さき者どもが、生きるには、余りに苛烈な筈のこの場を。
冥府と呼ぶには、あまりにも荒涼とした、この地を。
大体、この地は――と、その視界の隅で、不意に――子竜が動き始めた。
<――何処へ往く?>
「ママさがす」
「ええと、私は――この子の行きたい方へ。私が何処へと言うのは――」
ふう、と溜息を吐くと、小さい竜がコロコロと転がる。
「なにするの!!」
<おう、すまぬ――だが、そんな様では、母まで辿りつけぬぞ?>
「……そう、ですよね――怪物が沢山いますものね――」
<――それでも往くのか?>
「――私は、多分、何も知らなかったから、ここに居ると思うので」
ほう? 我自身すら分からぬ、この場所の正体を、この娘は知っているのか?
<――ここは、何処だと思う、小娘>
「――はっきりとは分からないです――でも、私たちが居た世界からは、遠く離れた場所で――」
不意に、うつむいたその影を見守る。
「――本当は、もう、次へ行かなければいけない、そんな場所なんだと――」
次へ、か――その言葉を聞き、思う。
自分の存在に、次等と言うものがあるだろうか。
『竜』は、人の子等とは根底的に違う――巨大に過ぎるのだ。
力も、身体も――或いは、その身に宿す、魂すらも。
――果たして、その様な存在にすら、『次』は在るのか?
――だが。もしも在るならば――
<――仕方ない、乗れ>
宝ならともかく、敵の骸の上に寝そべるのは、飽きたのだ――
そう思いながら、彼は再び、天へと舞った――
・ ・ ・
しかし――何処へ飛ぶとも、そこは閉じていた。
正確には、開かれている場所はあるが――自分たちでは辿り着けなかったのだ。
――それは、遥かに遠い、高い場所を流れる、光の流れ。
自身が死者であり、この場所が冥土ならば、あれこそが『道』なのだろう。
だが――自分では辿りつかない。
自身すら知らぬままでいた、心に積もる重みが、それを妨げている。
やがて、焦りが募っていく。
自身はともかく、この二人は何時までもつだろうか。
日に日に、言葉少なに成っていく二人を見て、更に焦燥が募る。
『竜の宿命』は成りを潜め――かつての友の様に、他者の為に飛ぶ自身。
そんな日々の中、不意に眼前の空間に、ほつれが見えた。
最早、猶予は少ない。
その空間の狭間へと飛び込んだ――
そこに横たわる、悪意有る運命を省みる事も無く――
・ ・ ・ ・ ・ ・
「――『グゥエイン』」
そこへ飛び込んだ事を後悔し出していた自分に、かつての自身の名は、静かに沁み渡った。
「なんで、こんなとこ居るんだ、あんた」
<多くの理由が在り、長い年月が在った――一言では語り尽くせぬ>
だが――そう彼は前置き、眼前の人間に一言発する。
<頼む――『我等』を、止めよ――>
そう言うと、彼は首を引っ込め――相手はそれを追う。
「――まじかよ――」
そう発した相手が見たのは――
ぐちゃぐちゃに継ぎ接がれ、訳の分からない形に成り下がった、『竜』の躯――
・ ・ ・ ・ ・ ・
まいったな――と思いつつ、心の何処かで、こんな事もあるだろうと思っていた。
切っ掛けは、架空史と呼ぶべき『水滸伝』から、あの弓使いの旦那『花栄』が現れた事だ。
本物か否か、とかは別として、可能性の一つとして念頭に置いてはいた。
『非実在性』に掛かってくる人物も、『召喚対象』である可能性があるなら――と。
現実に目の前に起きて欲しい事では無かったが――同時に、無責任にわくわくもしてた。
ひょっとしたら、例えば、と――
――だが、実際に。
目の前にすると、中々に動揺する。
自分が良く見慣れていた筈の存在が、その顔を覗かせ――
「……なんでボディがラスボスめいてるんだよ……」
その体が、最後の敵めいた、『塊』感を放っているのは、なかなかに衝撃的な光景だ。
「――こりゃ……なんだ――俺が見た時は、もう少し『竜』だったんだがな――」
傍でそんな風に呟くイゾウ――参ったな、時間経過で変形しやがったのか?
「――アウル」
「――ほぼ、間違いなく、『召喚器』を経由した存在――ただ――」
「ただ?」
「――複数の『素子』が確認出来る――
というか、一体何体なのか分からない位、『重ね合わせ』が起きてる――」
目の前の存在に再び目を移す――
――総体としての印象は、『ドラクエのラスボス』。
まあ、腕が何本も伸びてるから、その印象だろう――ボディ部分矢鱈巨大だが。
足も何本か伸びている様だが、巨体の陰であまり判別が付かない。
首は――『グゥエイン』、その他は――『鳥』、もう一個『竜』――
――いや、それだけじゃないな、何かの『頭部』と考えるなら、あちこちに埋まる様にして付いている。
何がどうなったのか、は分からないが――
複数の絵を重ね合わせたかのような、デッサンもデザインも狂った、奇妙な姿形の存在が、其処に居る。
「――しくじったな、ユートも連れてくれば――いや、あいつじゃダメか」
あいつ、ゲームはあまりしないんだったな、と思い起こす。
じゃあ、誰ならこれの分析に適任か、となると、他は『異天』側しか思い浮かばない――
うーん、『現代』で『ゲーム』知ってりゃ……『婦警』でも良いが、あの人、描写がくっそ下手だからな……
「おい、ジン――どうする?」
「退きたいんだけど、退くに退けない気がする――」
「あん?」
俺の指差す先を見るイゾウ――そこからは、メリメリと、その身体を破りながら羽根が何本も生え始めている。
『竜』っぽい、コウモリ状のものだけではない――明らかに鳥の羽っぽいものも含まれている。
「……飛び立つ気満々だな、おい……」
「ここの構造的に、中心の方には縦軸方向の空洞があるしな――
一と二で隔壁見たく閉じてるつっても、ぶち抜かれたら終いだろ?」
「それ以前、こんな『鱗達磨』外に出したら、エライ事成るぞ――」
『鱗達磨』とはまた絶妙な事言いよる。
「――地上部隊の退避とかはまだ大丈夫だと思うが――
念の為、二人に報せてくる。そっちからギルドに報せて貰って、俺は戻ってくらぁ」
「ああ」
イゾウは走っていく――ってか、相変わらず速いな、足。
「――ジン。一つ、分かった」
「なんだ?」
「例の『召喚器』が、何を基準に呼んだのか。
顔を合わせて、確定出来た人物が半分だけだったから、確証は無かったけど――
多分――『悲劇』を基準値に、呼んでいると判断出来る」
その言葉を聞きながら、俺の中で、残りの首の正体が氷解する。
「……やっぱ、『ウインディアの大鳥』と、『混沌竜の苗床』かよ、あの首は――」
「多分ね――て、やっぱ?」
「……ちょっとこう、確証持ちたくなかった部分も……」
『思い出す』と、なるほど、そんな風合いではある。
『悲劇』を基準に呼んでいるってのも――こいつらなら、納得出来なくはない。
確かに『原典』――『ブレスオブファイヤ2』と『サンサーラナーガ2』――
ともに、『ゲーム』だが、話としての筋を読み解けば、中々な『悲劇』だもんな。
片や、姉の為、世界の平和の為にその身を犠牲にし。
片や、言い伝えの宿命の為に、全てを犠牲にする。
他も見渡せば『海竜』っぽい部分とか色々散見出来るし――
世の中的にはもっと『悲劇的』なの居るだろ、と言うのも有るが――
――まあ、そこは言って『ガチャ』だ。偶々出たんだろうな、こいつらが――
――なんでお前そんな詳しいって?
叔父さん――『シオねえちゃん』の父さんが『レトロゲーマー』だったんだよ。俺もだけど。
いや、そこは兎も角――
「なんでデータが旧い? 世の中もっと色々居るだろに、SFC基準値だけ……?
まあ、居ないとも言い切れないけど」
「そこまで明確な理由は分からないけど――
参照データベースその物の古さや、判定式の分類に年式が噛んでるとか、何通りかパターンは見える――
でも、それよりも――」
「それよりも?」
顎に手を当てながら、考える仮面メイド――何か、仮面がム◎ュラっぽく見えてきたんだが……
「――実際の事を知らずに、語られるのみに成りつつある物事は――
出自を問わずに『物語』に成りつつある、という事かもしれないよ、小林君」
「誰が少年探偵助手だ、後、未だにお前の口調とキャラが定まらないのはなんなの?
――ていうか、何で今その文脈が出てきたんだ、お前?」
「よくききとれませんでした」
「うっせぇ」
メイド探偵『明智こころ』は放っておくとして、だ。
――兎に角、こっちは放っては置けないということだけは分かる。
イゾウが最初に見た時は、まだ『竜』の形状を保っていたという――
そっから考えると、今こいつは時間に比例して、変容の速度が上がって行ってる様だ。
――というかだな、鱗が目に見えて蠢いてるんだもん、何かが下を這ってるみたいに……
……確定じゃねえか、アレ……
「おい、『グゥエイン』!! 意思疎通の取れる間に聞いておく!!
――お前、内部から、何かに食われてるんだな!?」
<どうもその様だ――だが、助けよというのではない――諸共に、滅するのだ>
やっぱ、そうなるのかよ、クソ。
<――どなた、か、存じませんが――>
――あちゃ……やっぱり、そっちの鳥……『黒羽根姫の妹』じゃん、『ミイナ様』じゃん。
矢張りと言うか、思いも因らぬ程可愛らしい声してらっしゃる――フォルム、鳥だけど。
<私と――おじさまは――いいので、この、子は――>
……おじさま? ――おじさまwww
何笑ってんだ、俺www でも、『グゥエイン』がおじ様て――www
あー、はー、ひー……
……何処のドバカだ、こんな良いキャラを使い捨てようって奴は。
予定に無い――本当に偶発的とは言え、こんな面白い反応を守る事も出来ない、無能は――何処のどいつだ?
「――アウル、お前にも俺の『記録』が渡ってる前提で言うが――どうにか切り離せないか――?」
「……残念ながら、無理、だね。半分以上が混ざってしまってるから、切り離しても維持出来ない。
最初に聞こえた吠える声は、『彼ら』じゃなく『それ』が叫んだんだと思う――
多分、『それ』自体も影響を受けていて、自分を保てて居ないんじゃないかな」
――そうなって来ると――
「――自分を知ってるモノを探し出し、それを苗床に完全なモノに生まれ直す、として――
――先ずは差し当たり、あの三人分を、差し当たりの『肉体崩壊への補修』に。かな」
――俺の知ってる例のラスボスより、えげつなくないですか、それ。
というより、随分と『人間』的な悪意があるな、また。
<――時が無い――我と、小娘とで押さえ込むには、最早無理がある>
「――くそ、『時間停止系』とかのMODかなんか無いのか、アウル」
「在っても、あちらの内部まで浸透して停止出来るとは限らないし、想定と違えば、相手に時間を――」
<あぁぁぁぁぁ!! いたい!! いたいよ!!>
会話が寸断される。もう一つの首が叫び――壁に身を叩きつける。
くっそ、図体は巨大になってるが、中身はやっぱり子竜のままかよ――
<ぐ、早く、決めよ、人の子よ――で無ければ、我の意思残るうちに――近くの、『深淵』へと――>
「止めろ!! それだと時は稼げない――!!」
『世界樹』にこんな肥料をやれるか、勿体無い。
――ダメだ、グジグジ悩んでる暇が無い――あの黒い子竜は可哀想だが――
「ふっふっふ――お困りの様ですねぇ!!」
……ええと、聞こえちゃいけない声聞こえたんですか――
「天に地に嘆く声あらば、スッと近寄りドガッと解決、キュア――」
「うるせえ、魔女っ子BBA」
――ユートの奴、見張れよ、おい、師匠がまた暴走してますよ?
「ほ、星に、空に、かか、悲しむ人あれば、そっと近寄り――」
「お前も何してる……めっちゃ噛んでるし」
「噛んだんじゃなひひゃい!!」
てか、恥ずかしさで噛む位なら、やらなくていいだろうに――
「というか見張りの類居るだろうに、どうやって入っ――」
「いや、ジン、君はなんと言うか、興味持ちましょうよ、他者に――」
あ、しまった、アビーの方短距離だがワープ出来るんだった……
「いいから帰って寝てろ――この場に要るのは、『戦う人』じゃなく、『屠殺に』――」
――あれ、二人、何処に消え――
「出番を寄越せ、この――『(ピーー)』野郎がぁ!!」
「――!?」
背中と鳩尾を同時に蹴られ、俺は昏倒した――
だから、なんでおれ、ワープできると、わすれ――
「……アビーさん、『(ピーー)』野郎って……」
「微笑ましく見つめる程度に思ってるのに、塩っ辛い対応して逃げ回る奴は『(ピーー)』野郎だ!!」
「――まあ、そうですかね――どうやって入って来たか気にする前に、すべき事がありますよねぇ……」
余計な、お世話――がふっ……
・ ・ ・ ・ ・ ・
「――悪いんだけれど、こいつにこれ以上強く成られたら困るんだよね」
目の前の巨体に怖けるでもなく、アビーは言う――その横で――
「…………」
何を口にするでもなく、シオはジンを見ている――その腕を見るだけで分かる。
ここ数年で、無数の地獄を走り抜けてきた事を、その無数の傷が物語っている。
「……私は本来、基本的にはさ――目の前で誰かが幸せに成れない、てのは不愉快なんだよね、実際――
だって言うのに、このバカは、何の心算だか――
相手の為に率先して地獄に染まろうとするわ、背負わなくて良い業を背負おうとするわ――
――これ以上はなんつうか――『むかつく』で済まなくなるのよ――だから――」
二人を横目に見ながら、アビーは陣を展開する。
その陣は――周囲を包み――
点々と灯る炎は、勢いを増しつつ、その身を以って更に陣を描く。
「――悪いけど――焼き尽くされて頂戴――
……何、私も、目的を果たしたら、あんた等と同じ場所に落ちるからさ」
煉獄の劫火を背負い、一人の魔女が竜に相対する。
――その心の深奥に、自分でも気が付かないままに。




