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『03』/06


 巨大な器――それが、アビーの抱いた『三位セレ』への印象だった。

 成る程、これはおっかない――大海をいきなり目の前に突き付けられる様なものだ。

 魂そのものが矢鱈滅多らデカイものだから、普通の人の感性とは異なるだろう。

 その癖、中身が空――はは、怖い筈だ。自然現象の猛威に近い印象だろう。

 基本、平伏すか仰ぎ見るかしかない――普通の人ならば。


 目の前を歩く青年を見る。

 ――こいつはこいつで、怖いんだがな、と思う。

 其処には、およそ人が持っている『魂魄』とは思えないモノが浮いて見える。

 大きさは然程ではない――だが、表面に、みっしりと書き込みがあるのだ。

 そして――弾けんばかりに詰まっている。みっちりと。ギチギチと。

 その癖、凄まじいまでに精密に動いている。

 スイス時計か何かか、こいつ――そんな風に思ったのを思い出す。


 ・ ・ ・ ・ ・ ・


 ユートに聞いた所によれば、こいつは自分同様、前の世でも『魔』の連れ合いだったらしい。

 『魔術師の血統』という奴だ――まあ、自分とはバックボーンかなり違うが。


 ニッポンという閉鎖社会の中で、こいつの父祖は『医師』とか『薬師』としてやってきたらしい――

 ――らしいだ、正確な所は判然としない。

 どうやら、祖父の代か曽祖父の代までは継承がちゃんと成されていたらしいのだが――

 戦争やらなにやらのごたごたで、伝承の類が断絶されていたらしいのだ。


 通常通りなら、『魔術師』的には致命的な所だ。

 だが、こいつは正式な魔術師ではなく、独学と才知だけで『人為転生』まで扱ぎ付けた――

 それも、情熱のベクトルが、『大魔法使いに成りたい』なんていう辺り、相当のバカだったのだろうと思う。

 ――何の為に、とまでは聞いていない。其処まで聞くのは野暮だし、自分でも抱えかねる。


 まあ、あっちは基本的に、魔術に向かない『世界構造』に成ってしまっている。

 操作する『ソース』そのものが希薄になってしまったので、大概の『魔術』が困難になったのだ――

 『ソース』、としたのは、『魔素』ばかりの話でも無いからだ。

 ――ソレは、『不可思議なモノへの信奉心』と言っていい。

 あちらは基本的に、そう言った事への『憧れ』を抱いたとしても――

 『それ』の存在するという『確信』を持ちかねる様に――『世界』や、『ヒトの心』に成ってしまった。


 それは、産業革命のせいかもしれないし、戦争のせいかもしれないし――

 もっと根源的に、『魔術』が消え去り往く定めだったからかもしれない。

 ――まあ、『仕方の無い事』だった、そう考えている。


 ともあれ、向こうが『魔術師』の生き辛い世界に変わりは無い。

 だから、まあ、無理からぬ事ではあるのだが――だからと言って、『異世界』に『転生』は、バカの所業だ。

 ――無論、目的の為とは言え――経路も若干違うとは言え――自分もまたバカだとは思っている。


 兎に角、このバカを弟子に取ったのはそういう馬鹿げたバカっぷりからだ。

 しかも、それが中々に徹底している。

 聞いた系統から鑑みるに、こいつの家のそれは『細く鋭く』の系譜だろう。

 『法理術』の精密細密の領域は、『先祖累代の悲願の結実』に近い。

 転生先がそう言った家柄――ある種、『因縁』だ。『魂同士の引き合う重力』とも言える。

 それをかなぐり捨てて、『魔術』へと歩く様な奴は、大変興味深い。


 ――『因縁の結実』。『宿業の縮図』。

 そういった物と対峙せざるを得ない身としては――


 じゃりっ……じゃりっ……


「あ――」

「んお――?」


 目の前に、これまた興味深い相手が通りかかった。


「……お久しぶり」

「うん――元気――では無いね、何そのしょげ返った感じは」


 ――『四位フェル』である――

 あんた、仮面をつけて居ても、こっちを見て、あ、とか言ったら誰だか分かってしまうだろうに――

 いや『魂魄』見れるから私にはあまり意味無いが――


「――無視された――」

「――は?」


 目に見えて分かる程にどんよりした空気のまま、肩に手を置く――

 こちらに縋り付く様に――って怖いよ、おい!?


「――絶対"あいつ"なのに無視された――目と目が合って数秒見てたのに――」

「いやいや、待て待て、怖い怖い!! 仮面で顔を近づけるな!!」


 ちょっとまて、なんだこいつ、なんだこの反応!?


「マリーはマリーで『知らんわ!!』って言ってどっか行くし――

 全く会ってなかったし、手紙も送んなかったし、嫌われましたかねぇぇぇぇ!?」

「のろけかお前、ふざけんな、私に言ってどうす――面倒!! 肩を放せ!!」


 なんで私に言うんだよ!! 抱きつくなよ!!

 ――あ、弟子ぃ!! そそくさ逃げんなぁ!!


 ・ ・ ・ ・ ・ ・


「――東にいるらしいって話は、聞こえては居たんです。

 というか――連絡取るつもりなら、出来たとは思うんです……」


 あまりに面倒だったので、話を聞く事にした――食われるかと思ったよ、まじで――


「連絡取らなかったのは、あいつがちゃんと、いつか戻ってくると思って――」

「……帰るに帰れなかった部分も、あるからねぇ……」


 自分を拾ってくれた相手が、夫婦揃って死に、その一人残った子供は厄介な事に『種子持ち』だ。

 下手な相手に預ける事も出来なかった、というのはあると思う。

 ――まあ、『叔父』に投げて逃げれば逃げれたんだろうけど――とは言わない。

 それが出来る奴でないのは、ダンジョン内で何度か助けられて分かってるし。

 チグサ自体もがっつり懐いてたし――それに、別の理由もある。


「僕だって、正体をぼやかしてる必要在ったんで……」

「あのさ――フェ――」

「シオです」

「……被せたな――まあ、どっちでもいいんだけどさ。

 聞きたいんだけど――こっち、『怪物』の出現は?」

「『怪物』、ですか」


 ……あー、ぼかす方がいいんだろうけど――


「……『アガザル』、とか呼ばれてるのですか?」

「わか――ああ、まあ、分かるか。『代行』、何回かこっち来てたしな――」


 警戒するし、警戒させるわな――二年前のあの地下でも、似たり寄ったりの反応有ったっぽいし。


「こっちではほぼ無いです。東方島嶼で問題に成ってるのは、聞いてます」

「もしも――その『怪物』が、ジンを狙ってるんだとすれば?」


 そう――可能性が高いのだ。

 あいつが『神』と呼ぶ者を刺激し、それに対してアレが動いているのなら。

 ジンは、それを見定める為にも、こっちには帰れなかった。


「――頼りに、成りませんかね、僕――」

「――はい?」

「ジンと一緒に戦いたくて――無茶もしましたし、修行も重ねましたけど――

 全然足りませんかね、僕だと――はぁ――実際……二年であんな、『鋭い』感じに――」


 ……予想の斜め上だった。この子、あれにそこまで惚れ込んでるのか?

 いやー、うん、まあ、『人の器』は大きいから、分からんでもないが――


「――何処がそんなに好きなの、アレの――?

 言っちゃ何だけど、数年前にほんの一時、貴方を助けただけの奴でしょ。そこまで思いつめる要素が――」

「さあ――挙げれないので、多分全部でしょうけど」


 ……スットロヴェリ……甘酸っぺぇ……

 12、3の小娘がここまで思いつめてるのに、あいつは……


「――というか――なんでしょうね……夢に見るんですよね、ジンの事」

「――夢?」

「まあ、昔からは昔から、なのかもしれないですけど――

 夢の中では、夢の中の癖に、全然素直になれないんですよ、僕。

 ――それがジンだと確信出来てる訳でも無いんですけど……」

「……はぁ」

「だから、尚の事、というか――」


 ……こいつ――やっぱりこいつも、ジンに負けず劣らずの魂だわな……

 うじうじと悩んでいる相手の魂を見る。


 ――数年前、ちょっと見ただけでは分からなかった。

 ――さっき、食われるかと思ったと、私は言った。

 それは――余りに急に接近されたからもあるが――半分は、こいつの魂の形状に起因している。


 こいつは――『彷徨い歩く神域』だ。

 それも、多分、祭られているのが突拍子も無い何かだ。

 こいつの魂は、まるで神社の様な姿で、周囲にまで展開されるほどの大きさだ。


 恐らく、ユートとは異なった、何かの継承者なのだろうが――その圧が凄いのだ。

 ――流石に、何を祈願したのかわからないが――旧いモノとは理解出来る。

 ――というか。何の為にこんなものまでこの世界に――?


 こいつだけではない。召喚されたものも、転生してきた者も。

 加えて言うなら、この世界に自生の者も。

 正常に世界を動かすに必要な者、というには、あまりにピーキーな者が多い。

 『神』とやらの手管であるなら、リスクが過ぎる――『神に対する者』の手管でもだ。

 一組に至っては、『不用品ジャンク』ではあるが、物品の越境召喚をやってのけているし――

 別の組は上位術式に匹敵する攻撃力を、ほぼリスク無しで撃っている――

 ……いやまあ、メンテ代凄いとか言ってたが、それはまあ、リスクとは言わない。


 バランス崩壊を招きかねないモノが、無造作に転がっている。

 もっと根源を言えば――何故、都合よくあいつの居る世界に私が――


「――はぁ……話したら、少し落ち着いた」


 数々の疑問やらをぶち壊しにするような、暢気な口調で相手は言う。


「というか、アビーさん、意外とジンと仲がいいんですね?」

「……私の話した事の何処を以ってそう判断したんだか、さっぱりなんだけど……」

「だって――初めて会った時よりも、顔が明るいですよ。ジンの話をしてるときは。特に」


 おいおい止せよ、と思いつつ――振り返るとどうやら私は、ジンに毒気を大分抜かれているようだ。

 こいつらに関わるまでは、私はたった一つの目的だけの為に動いていた――

 例え、必要があっても要請されても、『弟子』を取るなどしなかっただろう。


「……バカと関わって、バカが伝染ったんだろうね」


 とりあえず、そんな風に返しておいた。

 ――目的を忘れるな、と、自分を戒めながら。

 この世に何が溢れようと――自分のやるべき事は、一つだけなのだ。


「……はぁ……」


 ……クソ重い溜息を……ぬぇええい!! 面倒臭ぇ!!


「――戦闘用の装備とか、ちゃんとある?」

「――ん? どういう事、です?」

「面倒だから敬語っぽい口調もやめ。ある? 持って来てる?」

「ありますけ――ある、けど?」

「準備して探す――どうせ『中』に居るだろうから」

「――え? ええ?」


 バカ、声がでかい。てか、入り口指差すな、バカ。


「ど――どうなったら――って、ああ……ジンだもんな、ジンですものね……」


 ……『記憶』無い風だったけど、思い出して来てる?

 いや――『夢で見る』つったな。其処経由か――

 ――全く――あたしゃ、見る夢なんて碌でも無いのばっかりで――


「――でも、なくなってきてるか――」

「へ?」

「ああ、いや――こっちの話よ」


 こち来てからでも頻繁に見てたのに、最近は――

 ……いや、そもそも、見ない位、どさっと寝てるんだけど――

 ――カティとかも言ってたけど、あいつと関わると、矢っ鱈に『エマージェンシー!!』って事態に……


「……というか――ひょっとしなくても、あいつ、『前世』もそんななの?」

「う――うーん……『前世』の確証は無いけど――」


 いや、『前世』なんだって、面倒臭いな――妙な所の鈍感さ、そっくりなんだけど。


「――まあ、取り敢えず――地上に居たら杞憂だったで済むから、準備しましょ。

 ――どーう考えても、杞憂で済みそうも無いけどさ――」

「……ジンが大変ご迷惑を……」

「半分は好き好んで首突っ込んでるだけだから、気にしない」


 後の半分は、『根の国そしき』からのお給料目当てだし――って、なんだ、その複雑な顔。


「……やっぱり仲がいいんじゃないか」


 面倒っ!!


「――でも良かった――」

「あん?」

「……夢の中のあいつって、ヒトの好き嫌い激しいと言うか、寄せ付けないトコ有るから――

 ――『今世』、って言って良いのか分からないけど、今は違うんだなー、って。

 ……実は、心配してたんだよね。『相変わらずの電波対応してるんじゃないか』とか」


 ……魂魄の混成のバグ、とかじゃなかったのか、アレは……


「――ま――まあ――

 ――たまーに、ネジ外れてる時は、あった、かな――?」

「……『本当に、申し訳ない』」

「――メタ――」


 やっべ、変に巧いから突っ込みそうになっ――

 突っ込み待ちをニコニコ顔でするな!! お前も十分バグってるよ!!

 あーもー、折角『火力が危ない衆』置いてきたのに、別の心配が沢山だよもう!!

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