『03』/05
※微エロス※
『彼女』にとって、世界は『 』だった。
身動きすら取れない、その自由があるのかすら分からない。
助ける者と、助けたい者の違いすら理解出来ない。
求められるがままに助け、その事の意味すら知らない。
その階を登る理由すら知らない。
彼女にとって世界とは、白く白く塗り込められた、『闇』――
或いは、自分では儘成らない、『人形劇の舞台』だった。
――『彼』が、現れる迄は。
・ ・ ・ ・ ・ ・
どうしてこうなった~どうしてこうなった~
ああ、いかん、踊ってる場合じゃあない。脳内がガクブルパニックだが、落ち着け。
こんな時は――こんな時は、順を追って考えるんだ、うん。
1.ルオーラン公の元に、従妹である『四位の皇継』から手紙が届く。
2.件の新しいダンジョンに潜れる人材を貸してくれ、との話に何人か推挙される。
3.天敵姉さんが居た。
――待って、俺が出る要素ゼロだった筈だぞ、ジンだけ投げ付ければ良かったんじゃないのか?
何で俺までここに引っ立てられて来て――
「いやー、滅茶苦茶震えてたな、ユート。そんなに怖いの? あのお嬢さん」
「……あんただったのか、アビー=ウィル……」
「私だ――って何が?」
そうだったよ、このバカ師匠が『私も久々に暴れたい』つって自分から首突っ込んだんだった!!
この人のせいじゃねえか!! ていうか普段から暴れてんでしょうが貴女!!
「なんで俺、こっちに――カティさんとかアパムさんらと一緒に、定点防衛でよかったじゃないですか」
「あの火力偏重組が入り口の前に居れば、全く問題ないでしょうが」
「そりゃ、敵を倒す一点だけならね――」
その二組は、現在、『禁宮』の前に居る。
こっちで戦闘を行った場合、向こう側に逃げる敵がいる可能性を考慮しての事だ。
何せ――ちらっと述懐したが、『繋がっている』――何がどう起きるか、不明過ぎる。
……本当は大陸側でもそうした方がいいと思うんだが――気付いてるよね、流石に。
「というか、本当に何があったのさ? 別段普通に見えたけど」
そう言う師匠――ええ、まあ、普通というか……
「……依存度が高過ぎるんですよ、あの人……」
遠い目をする俺だった。
・ ・ ・ ・ ・ ・
俺、ユート=レムが、まだユーティレス=レム=ヴァレリークであり――
本当に渋々ながら『法理術師』をやっていた頃の事。
「――お爺様――その――これは?」
「うむ。今日の『会見相手』――なんじゃが――」
俺は、通された部屋で途方にくれていた。
無数の人形が、同じ姿勢で座ってる中に、その人も同じ姿勢で座ってるんだもの……なんだよ、これ……
「――流石に、心病んでるのは専門外ですよ、俺」
「まあ『見て』みい。無理かどうかの判断をつけて欲しい」
そう促されて、俺は相手を改めて見る。
年齢は、自分と然程変わらない様だ。随分と色が白く、食事をまともに摂っていないからか、痩せている――
前世的には『精神疾患&摂食障害』の辺りかな、と思う――思うの、だが――
「――なーんだ、これ……」
『魔素』を見る視界を通すと、明らかに事態が違う。
有体に言えば――体のあちこちに、どす黒い『何か』が絡み付いて凝っている。
「――これを、なんとかしろと?」
「当主であるお前の父親は無理と判じた。癒着が酷過ぎてて剥がすに剥がせないとな」
「――相変わらず意地が悪くないですか? これを『自由』の試練にするとか」
「これ位を出来るなら、彼奴も諦めが付くじゃろ――因みに、儂なら日数を重ねて何とかする」
「――その猶予、あんまり無いと思いますよ――」
自分には見えるステータスを、流し読みする。
思うに、体力と精神力が限界近い――というか、『第三の皇継』に『聖女』って、また――
なんつうか、とんでもない者に『施術』する羽目になったな……
「――仕方ない――寝覚めが良くないのは御免だし、やります」
そう言って俺は、陣が細密に刺繍された手袋をはめた。
ヴァレリークに伝わってる奴を、自分なりに改造した手製の奴だ。
「――『躯縛』」
麻酔薬の類は、体に負荷が掛かると判断し、先ずは暴れられない様に、相手の身体を固定する。
――うわ、意思持ちかな、黒いのがうぞうぞ動き始めた――『呪詛』じゃん、これ。
「――しゃあない――」
女性にいきなりは不躾だが――俺は相手の腹に狙いを定め――
「『光指解放』――
――所定の手順を開始した。
= = = = = =
――大体分かるよな。ヴァレリークは、そう言う家柄なのだ。
普通の『魔術』がこの世の『理』とか『在り様』とか、『大きな円』に向かうのに対して――
『法理術』ってのは、『細密で極小な点』を探していく方向性だ。
魔術が一定基準以上の『魔力』を持ってるのを原則に始まるのに対し――
こっちは原則、知識の集積で出来ている――まあ、大きく展開するのには、流石に相応の『魔力』居るが。
前者『物理学』の、後者『工業科学』に近い――『どっちも大きくは魔術』らしいけど、師匠曰く。
だが、俺が望んだのは、こういう――
= = = = = =
「あっ、んあっ、あああああああああああ!!」
ドンドンドン!!
「な、何事ですヴァレリーク殿!!」
「おい、止さんか!! 施術中は入るなと言っておる!! ――ユート、焦るな」
ちょ、まって、この――さっさと捕まれやこの『呪詛』!!
「く、くひっ――ひあ、ああああ!!」
「な、何事なのです、この――この声は!?」
ドンドンドンドンドン!!
「おい、ユート、もう少し――大人しくやれんのか?」
「相手が暴れてるんだよ!!」
「暴れて!? 何をしているのです!! 開けなさい!! 開けろ!!」
「開けたら『気密』と『浄光』の結界破れるだろが!!
『魔術』嫌いでも『能力者』嫌いでも良いが、分かんねえなら、すっこんでろババア!!」
だあ、もう、めんどくっせ!!
「『光指全展開』!!」
「ひ、やぁあぁ、あああああああああああああああ!!」
・ ・ ・ ・ ・ ・
「うわー」
「いや、うわー、じゃないです」
あんな声と反応が出るのは予想外だったんですよぅ、俺だって……
「いやいや……魔術的にとは言え、体内に直接指とか手とか入れて『呪詛』とか握りこむって――
最先端にして最異端過ぎないですか、その薄い本――禁書&焚書確定――」
「医術!! 薄い本じゃねえ!!」
「だって、君、頭掴んでて――それ軽く『脳かn』――」
「うっせうっせ――兎に角ですね――
治した――というか、剥がしたんですよ、それを――したら、何故か――」
「何故か、じゃ、ないです――何という『わるいまほうつかい』だ、こいつ」
「俺が呪詛掛けたんじゃないよ!?」
兎に角――
「……兎に角、俺は出来るだけ話さないので、師匠がフォローして下さ――」
「無理だね」
「――何故?」
……やめて、俺の背後を指差さないで。そういう秋の怪談いいから。
「――ユーくん」
テントの隙間から、その白い、人形っぽい顔が見ていた。
「――お、おひさ――」
「――うん――」
満面の笑みで。腕が、ぬるりと伸びてくる――
・ ・ ・ ・ ・ ・
ユート=レムのその後を知る者は――
「そういうのやめろ!! 助けて師匠!?」
いいから逝っておいで。
何処も彼処も平和だねー、まったく(アビーおばあちゃん)。
・ ・ ・ ・ ・ ・
エリン公の三女、『ミカレリア=セレ=エリナス』には、生まれ付き特殊な能力があった。
それは、『治癒』ではあったが――能力の源泉は不明瞭だ。
その力は強力であり、深く深く傷を負った者の傷を、跡形も無く癒し。
並みの『法理治癒師』達では匙を投げる様な『死病』をも癒し得た。
さながら――幾度か出現した『聖女』の再来であるかの様に――或いは、それ以上に。
エリンの家は『聖樹教』と強く結びつき、所領にも熱心な信徒が多い。
それは家の者たちも例外ではなく、当代の当主もそこに傾倒していた。
其処へ、『聖樹教』から、『聖女』としての招聘があったならば。
彼女が幼いとは言え、其処へと預ける事に否の有ろう筈も無かった――と言えば、まだ言葉は良い。
要するに、彼女の父は――父だけでなく、家族全員がでは有るが――
彼女の、聖とも魔とも知れない程の強力な力を、深く恐れていたのだ。
誰もが、その『光』を仰ぎ、信じ。
その強さ故に恐れ――正視する事能わず。
強き『光』の生んだ、色濃い『影』を、見る事も能わず――
・ ・ ・ ・ ・ ・
「――はあ――」
そんな相手に、ユートは今――何故か、絶賛『着せ替えられて』いる。
「ふふ――やはりユー君は多少『ゴスゴス』した格好が似合うねぇ――」
「……はぁ……」
ゴスゴスって……どっから仕入れた異世界知識なんだ、と思いながら相手を見ると――
「ふふ――」
目の前の少女が微笑む――大分落ち着いた、のか? と思う。
それこそ、施術してその後の挨拶に出向いた時は、
= = = = = =
「あの……てがしびれてきたんですが……」
「――――ん? 何か言いました?」
「……てがしびれて……」
「大変、揉みましょう」
「ちが、そうでなく……」
= = = = = =
……獲って食われるかと思うほど、片時も傍を離れなかったが――
……まあ、流石に数年経ったし、刺激をしない術は分かってきたが――
「でも――何故『四位』の陣営に居たのかなぁ?」
「……いや、騙されて……」
「ああ、そう――そいつを殺さなきゃね」
前言撤回!! 『ご機嫌』なだけで、『0/1』なのは変わってねえ!!
「……いや、殺さなくて良いです、つか、むしろ止めてください。
……というか――噂で少しは大人になったかと思ったのに」
「ユーくんを傷付ける者は、全て敵だと、あの時に言ったでしょ?」
「仮にも『三位』なんだから、自重して下さいってんですが……」
「『知ったことじゃない』と、あの時に言ったわよね?」
ほんと――おっかねえお姫様だな、おい……最高権力の決めた位階を『知ったこっちゃ無い』って……
「私の願いは、とてもシンプルでとても簡単、『君と一緒に居る事』だもの――」
「――人の事が『人形』に見えなく成ったら考えてもいい、と言ったじゃないですか」
ユートの語る言葉に、彼女は薄く微笑むのみ。
・ ・ ・ ・ ・ ・
『聖女』として無数の人間の病や怪我を癒していた彼女だったが――
その心の内面となると、『慈愛』といった物とは無縁だった――無くは無かったが、希薄だった。
――『喜んでくれるから、癒す』――それだけである。
ある種、子供の純粋さと、言えなくも無い。
だから――ある時、自分の力が限界を迎え、自身の身体に反動が出始めた時も。
自分の事等まるで気にせずに続け――そして、治せなくなった。
普通の『法理術』等とは一切が異なる彼女のそれを、教会の連中も誰も理解は出来ず。
掌を返した様に、違う教会へと移された。
勿論、『聖樹教』側に、そんな意図があった訳では無い。
不可欠と成りつつあった彼女をどうにか治そうという意図での、より専門的な所へであり――
同時に、『聖女』に不都合が発生したと言う事を隠匿する意図でもあり――
しかし――何処と無く余所余所しく成った態度の変化を受け止めるのには、彼女の心はまだ幼過ぎ――
『治療』をしている間だけは、こちらを見てくれる、『カラクリ人形』の様にしか、思えなくなっていった。
時が経ち、少しの治療は出来る様になった。
彼女の能力の詳細を、教会側が本腰を入れて調査しだしたのは、この辺りだ。
当初はあくまでも『法理術』の延長と考えていた為――
そして、『魔術忌避』の風がまだ残っていた為、後手に回ったと言っていい。
不承不承、彼らは、皇帝隷下の『魔術師』達にも協力を求めた。
そうして、判明した事は――その能力が、『種』と呼ばれる、特異な物だと言う事。
『他者の病を治して』見えたのは、実際は『吸い上げている』のに近く。
その吸い上げられる量には、一定の限界値がある――
そう判断された時、彼女の感性は決定付けた。
――自分もまた、そういう――『病を吸い取る『甕』を持った人形』だと。
誰も彼もが、振り分けられた役に従い動いている――世界は、そういう風に動いている、『人形劇』なのだと。
必要の在る時だけ、舞台に上がってくる。
必要の無い時には、仕舞われている。
ならば、自分も、世界の誰とても、人ではないのだと。
ある時、宗教の頂点と国の重鎮を助けた事により『三位の皇継』に推挙され――
あっさりとそれを許された時も――彼女は何も考えなかった。
嬉しいとも、辛いとも――より多く救えるとも、より大きな痛みが伴うとも。
単に、そうなのか、と、思っただけ。
何に成ろうが、何の役に成ろうが、何も変わらないと。
――だが、そう思わなかった者もいる――他ならぬ、彼女の家族だ。
冷遇――そうとさえ彼女は思っていなかったが――
彼らには、その自覚が付き纏っていた――取り憑いていたと言ってもいい。
自分達が冷遇した相手が、自分たちより上の位階に付く事に恐怖を感じたのか――
何処からとも無く、怪しげな呪詛に手を染め、彼女を狙い始めた。
普通の人間ならば、気が狂うほどの痛みの呪詛を受け、それでも微動だにしなかったのは――
そう言った彼女自身のパーソナリティであるが――
同時に、彼女自身の望んだ事でもあった。
幼い頃の様に、差し出された相手を機械的に救うには、彼女の心は、成熟してしまっていた――
……救った分で、救いたかった者が救えなかった。
この先、何度――同じ様な取捨選択を繰り返さなければいけないのか。
そして、果たして自分は、何人救い続ければいいのか――
救えなかった分への贖罪の様に。
救わなかった己への、呪詛の様に。
呪詛は彼女の中で、自分自身に向けられた、無意識の呪詛と共に結実し――
後は――真っ白な意識だった。
救うとか、救わないとか、そういった事も考えなくて済んだ。
――現実の体と心が蝕まれ、朽ち逝こうとも――
ある種の安寧が――
――だというのに――ソレを引き剥がし――自分の"内"をまさぐった。
そんな風な事をした少年のその顔を、薄れていく意識の中、くっきりと刻んだ。
……どうして? なぜ? じぶんは、まだいきていてもいいですか?
――後日、経過観察の為に来た彼と話をすると、彼ははっきりとこういった。
「知ったこっちゃないです。こっから選べばいいんじゃないですか?」
・ ・ ・ ・ ・ ・
「で――ユーくんは、私に付いてくれるのかな?」
「人の話、聞いてました?」
そんな風に、目の前の少年――今や青年は呟く。
「聞いてましたよ? 『魔術』が学びたいなら人材を探して――ああでも、ハドナーさんは学院ですし……」
「其処じゃないって……今回の探索は危険だから止めとけって話でしょうが」
「失礼、『三位』様。明日のミーティングがあるので、そろそろうちの弟子を返してもらっても?」
そう言って、魔術師の女性――少女が入ってくる。
――まるで、炎の様な赤い髪だ――
でも、どこか――自分と同じ様な捻くれ者の気配がする。
「ええ。すみません」
そう言って手放した私に、ユートは意外そうな顔をする。
「ですが、ユーくん。私は降りますよ」
「……忠告はしましたよ」
そう言って出て行く背中を見送り――私は椅子に座る。
「『皇位』なんて要らないけれど――『聖女』で無くなるには、そうでもしないといけませんから――」
そんな風な言葉を呟き、何時ものように意識を落とす。
夢の中ならば、貴方と自由に居れるのに――そう思いながら。
※――まあ、そういうことですw




