『03』/03
冒険者ギルドというモノの成り立ちは、実は『帝国』よりも古い。
確たる証の在るでは無いが、下手をすると『神の枝』の『降臨』よりも古いとも言われる。
ギルドに伝わる話によれば、かつて、人と『鋼鬣』の先達たちがこの大陸にやって来た頃――
開拓の最前線地帯では、やはり獣魔や野盗の類の被害は多かった。
となると、戦闘に覚えのある者達は、それを職とする――何処の世界でも同じである。
仲介や紹介は、各町の宿屋や酒場の主達が世話をしていた。
公の色が濃くなるにつれ、街の行政所管となったが、やがて政治・行政からも独立した。
国家を跨ぐ活動には向かなかった為であり、それが切っ掛けで外交的な摩擦が出る事もあった為でもある。
行政に属するには厄介だが、そういった荒事の手を手放すのも惜しんだのだろう。
手綱を取って巧く運用――そう言った話し合いが成され、商人たちの資金を入れつつ発展し――
各街の有力な冒険者等が、情報や人員を相互補完し合う様にして成立して行った。
現代風に言うのならば、『第三セクター』的なモノが、ギルドの最初期と言えるだろうか。
――とは言っても、ネットワークと言うよりは、縦横の繋がりの面が大きかった。
良くも悪くも、『口入屋の寄合所帯』だったのである。
その結束がより強固に成ったのは、『フィンブルの冬』以降の騒乱・混乱期――
国も土地も荒れ、各地に獣魔が溢れた――ただ隣町と行き来するのすら、剣呑な時代。
それらを討って回る仕事は、各国争覇の機運が上がる中では、国の兵ではなく冒険者達の仕事であり。
国々もまた、それら冒険者の代表統括であるギルドに任せていた。
逆を言えば、この時点に成ってやっと明確な『御墨付き』の元、大きな『組織』と成ったとも言える。
それから――幾つもの国が集合離散を繰り返しても、名が変わっても、彼らは一定の形を保ち、存続し続けた。
獣魔やダンジョンの類は、世に尽きる事無く存在していたからだ。
しかし――長く長く続いたシステムは、その分の弊害がこびり付きもする。
今やギルドは、ほぼ一つの国家と呼んで差し支えない程の権勢を持ち。
統合され、統括されるシステムは、完成されているが故に、変動出来ず。
その中央に在る者は最早――
『冒険者』と呼べる程の者は、残っていない。
・ ・ ・ ・ ・ ・
『帝都・エイバロニア』、冒険者ギルド中央本部、会議室。
「えー、お手元の資料をご覧になられたと思いますが――」
各地のギルド長に囲まれ、一人の男が報告をしている。
「――ご覧の通り、件のダンジョンの『三次調査』が終わりました。
厳密な判定、という訳ではありません――『不確定要素』が多過ぎる為です。
現時点で冒険者を入れる事には、『調査局』としては反対であると――」
「そうもいかんのは、分かっているだろう?」
テーブル向こうに座る男を見る――険しい顔の壮年の男は続ける。
「最早上からも下からも、矢の催促だ。
何時になったら良いのか、等と言うのはまだ大人しい方。
何時何時までに結論を持って来い等と言う貴族もいる――高度に政治的な状況に成りつつあるのだ」
「……例の事の為、一刻も早い実地調査を、と言う貴族方々のご意見も分かりますが――」
「『引き伸ばし』は最早無理だ――リーアム局長」
その言葉に、リーアムと呼ばれた男は、顔を歪ませる。
「――有望な冒険者を、『政治判断』で殺す御積もりですか? 代表」
「言葉がきつすぎるぞ、リーアム君」
斜め前の席、自分と然程歳の変わらない風な男を見る。
「スタッド殿は、君の管轄下である、あの町で起きた事態でも、かなり苦心された――
もっとも、君に責任のある話では無いが――
貴族と直接ぶつからねばならない、代表の立場も考えて差し上げろ」
そう言いながら、眼鏡を直す男。
「……ラウール。貴殿の言葉もありがたいが、リーアムの言っている事も尤もではある。
批判は甘んじて受けるとも――実際、気持ちの上では、まだ早いと突っ撥ねたくあるのだし」
「然様ですか」
「――下がってくれ、リーアム。『危険度判断』を出来るだけ上げて通達する」
「――ですが――」
「希望する者達にも、周知は徹底する――そこが、ギリギリだ」
その言葉に、リーアムは一礼して部屋を出た。
「――厄介な事だ――」
代表――スタッドの呟きに、一座は無言になるが――
「……かといって、貴族連の御機嫌を損ねる訳にもいかないのでは?」
「――そうだな。しかし、『嘗ての判断ミス』の焼き直しをする訳にも行くまい。
貴族連を敵に回すのは厄介だが――『陛下』の機嫌を損ねるのは、恐ろしい」
眼鏡の男――ラウールの言葉に、溜め息を付く代表。
「――貴殿等に言っておきたいが。此度の一件、冒険者ギルドそのものの存続が掛かっていると言っても良い。
あたら冒険者を死なせれば、『陛下』の心象を悪くし、さりとてこれ以上の引き伸ばし策――
『更なる深層への道は』閉鎖しておく、などという手は、貴族連中も冒険者連中も敵に回し兼ねん」
ギルド長たちは、各々で考え――発言しだす。
「冒険者は元々危険を犯すのが仕事――関係なく解放してしまえば――」
「それでは我等の危険判断が疑われるぞ?
不満を持たれながらも、危険判断基準は厳正であったが故、位階昇給の預託金制度などが回ってきたのだ。
それそのものが崩壊する様な判断は――」
「だが、一理あるのでは? 我等だけで判断が出来る事ではない故、自己責任でと――」
「そう言ってしまえば、これまでの基準すら揺らぐと――」
そんな中、眼鏡の男――ラウールがひとつ咳払いをする。
「――差し当たり、こちらで厳選した方々を入れれば良いのでは?
如何に『甲級』を入れて調査したにしても、空気感は伝わらないでしょうから」
「――何か、策があるのか? ラウール宣伝局長」
「策と言うほど遠大ではありませんよ。
『第四次』の探索調査に、我等だけではなく、各勢力からもお招きすればよいかと。
それも――出来れば、数度に分けて、各『皇継』勢力から」
ラウールの言葉に、各地のギルド長は少し考え――首肯する。
「……それが、手だな」
代表も頷き、一座は考えを纏め始める。
・ ・ ・ ・ ・ ・
「――どうだった?」
「ダメに決まってるだろ」
会議から戻ってきたリーアムを見て、やっぱりな、と呟くイゾウ。
「ま、そうだろうと踏んでたよ」
「中の状況をまるで理解出来てない。
ダスバック程の手練が、たかだか『トラップ』で跡形も残さず消える筈も無いだろうに――」
「まあ、そうだが――消えた奴の『人物』まで考えてる『役員』なんざ、お前位だろうよ」
そう言うイゾウの言葉に、リーアムは溜め息を付く。
「――折角、『三次調査』に入ってもらったのに、すまんな」
「どの途、こうなるとは思ってたさ――まあ、ダンジョンで淘汰されるのが、冒険者の宿命っちゃ宿命だしな」
「――それで良いとでも?」
「良くはねえよ。だが、一つの事実だよ、ぼっちゃん」
そう言うイゾウに、リーアムは不機嫌さを隠しもせずに言う。
「――そんなモノが、冒険者、など――」
「誰も彼もが成功しない、人生とさして変わりゃあしねえさね」
怒りなど何処吹く風のイゾウを見て、勤めて冷静になろうとする。
「――解放は仕方ない。代表に言われる迄も無く、政治判断に噛むのは分かっていた。
だが、だとすれば――ある程度でも正確な危険度を色分けしたマップを配布する――」
言いながら、机の上の紙を捲る。
「お前のくれたこのマップ――正確か?」
「誰に言ってんだ――まあ、俺が書いたんじゃねえが」
そう言って、自分も机の上のマップを見るイゾウ。
そこには――無数の×印。
「――しかし、そうだとすれば――この層に降りるのすら、危険すぎる」
「だが、隠してもばれるぞ――あれ、やたら声でかかったしな」
三枚目の其処には――一際大きな×印。
「――被害が少ないのを祈るしかないとは、なんて様なんだ――」
そう悲壮に呟くリーアムに、流石のイゾウも一言も発さずに居た。
・ ・ ・ ・ ・ ・
数日経った、ある日の朝。『帝都・金葉宮』――
「陛下、『一位』様が御面会を求めておいでです」
「ふむ――来たか。少し待てと伝えてくれ」
着替えながら、皇帝・ゼテルフォニは返事をする。
「宜しいのですか?」
「内容は予想が付く。食事前には終わる」
そう言いつつ、手近に掛かっていた秋用の上着を纏い――部屋を出る。
「待たせたな。『一位』よ」
「いえ――」
廊下に立って待っていた『一位』を見遣り、歩き出す。『一位』もそれに続く。
「来た理由は、『四位』に『許可』を与えた事か?
そうであるならば、事は単純。アレがあの場所の現時点での『領主』だからだ」
「――御賢察、恐れ入ります。
ですが、今現在、我等は次代を巡り競い合っている最中。
そこの舞台と目されている場に、一勢力だけを優遇して視察させるのは――」
「一勢力を優遇、のう――
冒険者ギルドにも多数の支持者が居るであろう、お主が言うと皮肉にも聞こえるが――
まあ、よい。誰も一勢力だけを入れては居らぬ」
皇帝は、然程興味なさげに告げる。
「――『三位』、ですか」
「教会側から鎮魂と慰撫の為にと申し入れられたのでは、断る事も出来まい?」
「――確かに」
「――『一位』。磐石を期したいのは分かるが、過敏に過ぎると下の者が不安になるぞ?」
「肝に銘じます」
そうして、会談ともいえない会談を終え、皇帝は歩み去っていく。
『一位』は、その背を見送り――
「――あれだけ鷹揚で、しかし隙は無い――か――まあいい。
おおよそ、『ハクタク』の言っていた通りの内容だった――中々に切れる――」
一人呟いた。
・ ・ ・ ・ ・ ・
「どう見る? 花栄」
「どうもこうも――
冒険者ギルドからは、各陣営より選出の上でという話があるなら、これは単なる事前の視察だろうし――
――ふむ、『四位』は別として、『三位』は皇帝の『聖樹教』への当て付けか当て擦りだろう。
こちらと『一位』が『次』に回されたのは、逆にギルドからの配慮では無いかな?」
「ふふ、『配慮』か――その心は?」
「『一位』は情報をもっと得られれば良い。
こちらへは――まあ本当に『お忙しいでしょうから』、ではないか?」
ロアザーリオの荒野に建てられた、軍団宿営地――彼らは現在、国内の獣魔討伐の途中だ。
秋口は、意外と野の獣魔の活性が高い。
冬眠を行う獣から派生した様な連中は、その頃の本能ゆえか、秋に食物を溜め込む傾向がある――
つまり、人里まで降りて来やすいのだ。
『武』を以って成るロアザーリオにとっては、少なからず、『外せない行事』でもある。
「――見通しの立て方は流石だな。やはり、軍師もいけるのではないか?」
「止してくれ。俺は今の自由さが気に入っている」
そう言って、最早何度目になるか分からない会話を交わす。
「そうか――となると、気に成るのはむしろ『一位』の動きだな。
こんな些事にあやを付ける者でも無いから、次を待っているとして――
『ハクタク』とやらを引き入れたというが――心当たりはやはり無いか?」
「無いな。少なくとも、俺の時代には居なかった。
『三顧の礼』の様な形で迎え入れたというから、彼の『諸葛孔明』を疑えもするが――」
疑える、だけではな――『二位』はそう薄く笑う。
「念の為、噂が出た時に、呉用殿に聞いてみた」
「……何時の間に?」
「俺とて、手紙位は書けるぞ。ちと字は汚いがな――こう返答を貰った。
『遠方の者に三度の訪問を行う暇があるならば、傍に在る者を気遣いなさい』とな――」
「ははは、『先ず隗より』、か。彼奴らしいな、はっはっは」
「――貴殿にも言われたな。『皇帝でなくとも、民は集う』」
「そう――先ずは己に出来る事をやらねば――」
「分かっている――今回のこれもまた、試金石、と言う奴だしな」
そう言い合う中へ、一人の兵士が入ってくる。
「準備、整いました」
「うむ――では、始めるぞ」
そう言って、『二位』は天幕から出て行く。
先ずは自分に出来る事から始める、と。




