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『03』/01


 夏も終わりが見えてきた頃。

 冒険者達の間では、一つの噂が流れていた。

 数年前まで、『平穏の野ベル・アレア』――

 今や『空虚の野ベル・リガ』と呼ばれるようになった、とある島の噂である。


 数年前まで半島だったその島は、大規模な地殻変動だか魔導災害だかで大陸から切り離されたのだが――

 この大地の動きによって、未発見だったダンジョンの入り口が見つかった。

 ここまでは、冒険者仲間の間では、既に周知の事だった。


 噂とは――このダンジョンをランク付けの為に調査しに下りた者たち――

 位階『甲』級の冒険者達が、口を揃えた様に言った言葉に端を発する。


『訳が分からない』


 ――と。

 単騎では無理でも、『竜種』――

 要するにドラゴンと戦い得る連中、経験も知識も豊富な筈の連中が、そんな事を酒席で口にしたのだ。


『強い筈の『獣魔』が、然程害が無い筈の『獣魔』に食い殺されていた』

『下りている筈の階段が、何時の間にか上階へと続いていた』

『見た事も無い何かががこちらを見ていた――或いは、アレが、『邪属イーヴィル』かも知れない』


 そんな嘘とも本当とも付かない話が、折に触れ語られる中――

 何よりも耳目を引いたのが、これ――


『死んだ筈なのに、気が付いたら島の平原に転がっていた』


 語ったのは、腕は確かな男であり、宴席といえど、然程は酔っていない様に思われた――実際は分からないが。

 死に掛けた経緯に付いては『不意を突かれた』と濁すだけだったので、其処まで本気にはされなかった。

 だが――彼のその後が、噂に妙な拍車を掛ける。


 その冒険者は、『二次調査』にも志願し――行方不明になった。

 冒険者の行方不明など、さして珍しくは無い――だが――

 何人もの冒険者達が同じ階層のそう遠くない場所で動いていた中――

 彼は、『用足しに行く』と行って、そのまま消えた。

 悲鳴や戦闘音――あるいは、その痕跡も無く。


 トラップの類に引っ掛かったのかもしれない、とギルドは説明をする。

 『転移』系や、展開の痕跡すら残さない様な物に当ったのかもしれない、と。

 だが、口さがない冒険者達は、あれこれと考察しあった。


 そもそも、『甲』種の冒険者の中でも中堅処の男。

 義務的に駆り出された『一次調査』はともかく、『二次調査』に志願したのがおかしい。

 金に困っている様子は無かったから、褒章金目当てではない。

 名誉という類を求める男でもなく、どちらかと言えば地味な活動を求める男だった。

 じゃあ何故自分から、危険度の判別の付き辛い処へ行ったのか?


 実は、とんでもない宝を見つけていて、持ち逃げした。

 実は、見てはならぬモノを見て、某かに消された。

 実は、何処かの勢力の密命を受けて動いていて――


 結局は結論は出なかったが、それでも冒険者達の解は一つに集約された。

 『堅実な筈の男の目が眩む様な何かが、そのダンジョンにはある』――と。


 しかし、それほどに華々しい実績を持っている訳ではなかった男の事は、やがて埋もれていった。

 数多の発見や、幾多の死傷者たちの、書類の山の中に――


 ・ ・ ・ ・ ・ ・


「――うむむ」

「どうだ、面白いだろう?」


 ロアザーリオの、とある田舎町の酒場――二人の男が相対して座っていた。

 片方は中々の偉丈夫。

 もう片方は、髭こそ蓄えているが、どこか童顔の男である。


「……噂話は聞いては居るが――其処へ行くというのか?」

「『行くべきか行かざるべきか』、だな――どう思う? 『智多星』殿」


 偉丈夫の言葉に、童顔の方が渋い顔をする。


「私が託宣等出来無いのを知って言うのだから、意地が悪いぞ、花栄」

「ははは、すまん。だが、神算鬼謀の方は信じて居るからなぁ――

 俺はどうも、情勢という話になると読めん。心が入りすぎて、見えた物しか見えなくなる。

 だから宋江を助ける筈が、あべこべに一緒に捕まったりしたのだ。

 少し冷静に、家族が人質に取られる可能性を考えて居れば、もう少し巧く立ち回れただろうに――」


 偉丈夫――花栄の言葉に、童顔の男は額を掻く。


「――私から言えるのは、権力闘争等、あまり関わらぬが花だ、という事だよ。

 折角に――よく分からんなりに、こうして生きているのだし」

「そうよな。だが、見つかってしまったからには、どうにも仕様が無い。

 一介の町医者・物知り殿に納まったお主が、少し羨ましいよ――呉用」

「嘘をつけ嘘を。どう見ても羨んでいる顔じゃ無かろうに……」


 童顔の男は『呉用』。

 『水滸伝』に於いて、『天下無双の知恵者』と呼ばれた男である。


「いや、実際の所、羨ましくは有るぞ?

 まさかに『平穏な暮らし』をしていようとも思わなんだから、見つけるのが大分遅れた」

「皮肉か。こっちに来て、いきなり嫁と子を寄越された身にもなれ――まあ、寄越された、とも少し違うが……」

「いやいや。良い縁だったではないか?

 辿り着いた先が森の中で、初めて会った『生き物』が『大熊』だった俺とは大違いだ、はっはっは!!」

「……それを退治してしまうのだから、お前も『鉄牛』と変わらんよなぁ……」


 そう言いながら、空になった相手の杯に酒を注ぐ。


「――どうしても行く、行かねば成らん、と言うなら――

 今から幾つか挙げる物は、最低限準備してから向かうと良いだろう――どれ、紙を持ってくる」


 そう言って、店の店主から紙と筆を借りると、さらさらと十個ほどの物品を記す。


「ふむ――『ミバールネズミ』は何故だ?」

「『現世博物考』という書物に、『魔素エセル』が極端に高い場からは逃げようとする、とあった。

 危険を察するには一番良い筈だ――単純に膂力の強いのには効果は薄いが」


 資金と伝手を使う気なら、別の手も在るだろうが、な――

 そんな風に、こちらの話していない事を言う相手に、花栄はにやりと笑って続ける。


「『符印札』や『呪矢』以外の普通の火矢や、鉄軸にした矢――後、嚆矢というのは?」

「前者二つは正常に機能出来ない場合の予備策だ。薄過ぎても濃過ぎても誤動作が考えられる。

 もっとも――可燃性の気体が漂っているやも知れんから、迂闊に使うべきでないのは同じだ。

 『嚆矢』の方は、洞窟染みた場所の中では、目よりも耳が発達している者が多いだろうからな――

 当たらなくても近場を通すだけで、混乱させられるだろうと思ってな」

「ふむふむ――この『炸煌筒』はそのお仲間か」

「ああ。音と光の爆薬だな。ある者は『ふらっしゅばん』とか呼んで居たが――」


 そう言うと、呉用はふと物思いに耽る様な顔をした。


「――どうした?」

「――不思議に思ってな。おれ等の様な存在から見れば、遥か未来からやって来た連中――

 それが、『これこれこう言ったモノ』と語り、ある程度の説明をしたとして、だ――」


 くいっ、と杯を干す。


「『ソレ』を造れてしまう『技術』がこの世界にはある――素材もしかり、知識もしかり、人もしかり、だ。

 ――であるのに、何故この世界では、これまで『ソレ』に値する物が無かったのだ?

 或いは――何故、在ったにも関わらず、隠匿されてきたのだ――とな」

「おや? 呉用先生、調べに出たくなりましたかな?」

「――いや、止そう。己如きでは、解き明かす事叶うまいよ。

 ――大体そんなのは、それこそ『権謀術数』犇く『暗闘』の中にのこのこ入って行く様なもんだ」


 そう言って笑う呉用を、少しだけ寂しげに見る花栄。

 再び肩を並べられるなら、これほど頼もしく、楽しい事も無いのだが――


「――そうだな。此岸に守る者の在る者は、それを大事にせねばならんよな」


 しかしそれも束の間、そんな風に、快活に笑うのだった。


 ・ ・ ・ ・ ・ ・


「――どうだった? 旧友は、力を貸してくれそうか?」


 街の門の所で待っていたその青年に、花栄は首を振る。


「――無理強いは出来ぬよ。アレが何に『絶望』したのか、俺には良く分かる故に」


 『ここ』へ来る前――『前世まえ』の事を思う花栄。


「――そうか――ちと惜しいが、諦めも肝心か」


 そう言って笑う青年に、花栄は書付を渡す。


「幾分かではあるが、知恵は貸してくれた。

 もしも潜るのならば、これらは用意した方がよさそうだ」

「――成る程な。準備しよう――タイミングも良い」

「というと?」

「冒険者の突き上げで、ギルド連中、『公開』を早めた様だ。

 もっとも、入れる陣容を狭めての『限定公開』で当面は行うようだが」

「上の層だけでも、ある程度掃討して置こうと言う腹心算なら――いよいよ以って――ですかな?」


 花栄の言葉に青年は頷き、こう返す。


「もっとも、それが誰の腹心算なのかは分からんがな。

 『第一エノ』の派閥の背後には、根回しの巧い者が無数にいるし――」

「子飼いの『暗剣』も本数がある、か」


 頷き、青年は門から離れていく。

 花栄は、彼を追う――追いながら、一旦立ち止まり――


「――満たされた日々を、守り抜いてくれ、友よ」


 古い友に向けて、一言だけ言葉を発し、門から出る。


「――しかし、『二位デュラ』――とと、直截に呼ぶのは不味いか」

「気にするな。呼び名も似た名だし、こんな田舎で『廷臣派』の監視の目も無かろうさ」

「ああ、そうだな――実際、こんな――言っちゃあ何だが、辺鄙な所に居るとは」


 一度出ると其処は、ロアザーリオ北側の山地が広がっている。


「――まあ、それは兎も角も――『勝つ』心算ならば――」

「言いたい事は分かっている。こちらではなく、別に頼る算が在る――そう言いたいのだろう?」

「ああ――中々纏まらんのも承知の上だが――」


 くく、と笑う相手に、言葉を区切る。


「……単に、『武力』だけでならな。何とか成らなくも無い。

 ――だが――その為に積まねば成らん首数を考えるだけで、面倒になる。

 そして何より、俺は『普通』とはちと――いや、大分離れた所が有る――」

「……まあ、な……」


 眼前の青年――まだ少年の面差しを残す相手を思う。

 見るだけでは、誰が想像が付こう。

 この青年が――ただ一騎で敵陣に切り込んで、大将首を狩り落す様な者だと。

 その血塗れの姿に、味方すらも戦慄する様な者だと。


「無論、『百騎斬獲』――ファルガスの様な者が傍に居る以上、馬脚はそう出まい――

 だがまあ――どうしたって『こう』なのだから、武人は兎も角、他が付いて来れまい」

「……為なら、長老格である方に――」

「あれも歳――と言ったら怒るだろうが、いい歳だ。

 武の面は兎も角、胃の痛む様な事はさせたくない――まあ、お前の友なら良いという物でも無いが」


 ――そして、こういう、妙な優しさのある男だと――誰が信じようか。

 自領であるロアザーリオは兎も角、バーフェルブール等では、恐れ戦き隠れる者すら居る、この青年を。


「――実際の所――」


 ふう、と溜息を吐き――肩を竦める。


「――『四位フェル』の様な、無垢とも思わせる所は、俺にはさっぱり無い」

「……仕事途中で俺の再会に無理矢理付いて来た所は、よく言えば『無邪気』だがな」

「書類を片付けるのは飽きていたからな――だがまあ、さっさと帰らんと、ファルガスの小言が長引くな」


 やれやれと言って、指笛を吹くと、森の中からのそのそと馬が出てくる。


「まあ、『官僚』だのは雇うも出来る。智慧など貸さぬという偏狭な御仁でも無いのは分かった。

 ――まあ、『分かっていた』、とも言えるが――重ねて言うが、すまんな、花栄」

「まあ、それはな――こちらも別に、探し回っていた訳でなし、そちらも思いもよらなかろうさ。

 自分の領地の片隅で、そんな『渡界者』が、ひっそり住んで居よう等」

「実際、『部下』はよく見ていた心算だったのだがなあ……矢張り、ちと――俺は視野が狭いな」


 お前でか――と思いながらも、納得もする。

 この青年――自分とは違う意味で、周りが見えない所がある。

 数十手先まで見通せる様な所は在るが、数手先の分を、容易く――


「……不便なものだな」


 不意に――とある少年の背中が思い浮かんだ。

 ――いとも容易く『死地』へと飛び込んでいった、あの少年を。


「ん? どうした?」

「――何――似た様な奴を思い出しただけだ――本の一時、顔を合わせただけだがな」


 ……陣営が違う故、事が起これば敵対せざるを得ない――

 しかし、真の敵は誰か、となるならば――


「……まあ、これからを考えるのは、帰ってからにしよう。

 折角貸して貰った『智慧』、先ずは無駄にせんように」


 頷き、馬に跨り――二人は駆け出す。

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