『03』/-1
何時の世よりか、誰が呼び始めたか――定かならざるも、『エルマルド』と呼ばれる大陸――
ここに、一つの国がある。
建国の王統の名をとって『フラタカンフェル』と冠して呼ばれた事も在るが――
その仕組みが既にして大きく異なる故――単に、『帝国』と呼ばれる国が。
千年の昔、とある王家の兄弟が相争い、兄の建国した国である。
かつて在った、『戦神』と『邪神』の争い。
其処に続く、『フィンブルヴェトル』と呼ばれる、厄災の日々。
そして、それらをを生き延び、剣を以って大陸の半分を平定した、『フラタカンフェル王国』――
千年の昔――
その後裔達は、しかし今や斜陽の彼方へと追いやられ、大陸中央に僅かに影響を残すのみだった――
各地に有力な支族が乱立し、麻の様に世は乱れていた。
その時代に、彼らは生まれた。
彼らの祖父の代。
世の乱れを憂いた『神の枝』達と共に立った彼は、再びその権を以って大陸に治を敷いた。
しかし、かつて『王国』が建った頃程には、誰もが弱くは無く。
無数の血を以って再興された王国は、しかし『王国』建国の頃の様に長続きはせず。
祖父が死して後を継いだ父は凡庸であり、それら無数の刃を纏めえず、諍いの刃に倒れた。
秘史にては――この上も無く不名誉な死であったともされるが、定かでは無い。
兄弟それぞれは、胤も胎も同じでありながら、悉く違った。
それぞれに突出していたと断言出来――双方、『王器』足り得た。
どちらが次の王と示される事無く、彼らは火中へと投げ込まれた。
兄は此れ迄通り――『神の枝』の庇護と助言の元、『異』とされた者を否む道を。
弟は此れからを――日に日に数を増す『異』とされた者をすら庇護する道を。
『これまで』を守ろうとする兄。『これから』を築こうとする弟。
二人の志向の違いは、大陸そのものに宿る意志の様に、民心を二分する。
結局、『神の枝』を上古の神々の意志の代行とする兄が、一応の勝利を収め――
『それ』すらも一つの『心』に過ぎないと断じた弟は、東へと逃れた。
残った兄は、これまでの『王』との違いを――
或いは、弟との違いを現すかの様に、上つ王、即ち『皇帝』を名乗り、『帝国』と名乗る。
『帝国』と『六星公国』――巨星が二つ、地に輝く事と成る。
・ ・ ・ ・ ・ ・
しかし――其処までしても、営々と栄華を続けられないのも、国家と言う物である。
『帝国』建国から、数百年の後――
フラタカンフェルの王統は、皇帝の位階に相応しいと言える者を輩出する事が出来ない時代を迎える。
『神の枝』の庇護の下、武勇の者も英知の者も、現れる必要の無かった血統――
それはやがて、単なる飾りへと堕しつつあった。
まるで――『王国』の統治が廃れ行ったのと同じ様に。
……『神の枝』の傀儡に過ぎないと、誰もが思い始めた頃、一人の皇帝が息を引き取ろうとしていた。
その皇帝は、能吏足りえた訳でもなかったが、しかし無能でも阿呆でも無かった。
民心が離れ、自身への不満を隠す事も無いその有様を見るにつけ、彼は一つの決断を下す――
それが、『フラタカンフェル王統のみに限らない、『皇継権』』の制度。
より有能な者を最上段に立てるこの制度は、『帝国』の更なる発展をもたらした。
そして――血で血を洗う、権力闘争も、また。
表立った『戦』になった例こそ少なかれど――その流れた血の濃さは、戦場のそれに引けを取らない。
・ ・ ・ ・ ・ ・
現帝『ゼテルフォニ=ケルウス=エルマルデイス』も、建国史上稀に見る謀争の海から現れた男である。
『選帝戦』と呼ばれるそれを勝ち抜き、自らが相対したほぼ全てを粛清の刃に切り捨てた――
――誰言うと無く、『凶皇』と呼ぶ男である。
・ ・ ・ ・ ・ ・
「さて――今宵、この場に集まって貰ったのは、話があるからだ」
皇帝の私邸――『金葉宮』の小食堂――
皇帝が私的な晩餐などを行う時に用いられる場に、現時点での各勢力の有力者が集まっていた。
「まあ、耳の早い者は既に聞き及んでいるかも知れぬが――私は後二年で退位する」
ざわめきもどよめきも起こらない。
ただ、『やはりそうか』とでも言う空気のみが、場に漂っている。
その座について、五十年。
区切りとなる年数で、と言うのは、それとなく語られていたが故に。
「そこで――『次』を決める事について、『通達』したい」
ざわめきはむしろ、この言葉で起きた。
「――『通達』、ですか」
「お、お待ち下さい、なんらの相談も無しに――」
「『軍事』のみを考えるなら『二位』が抜きん出てしまいますぞ――」
「……それを言うならば、権威権勢ではそちらの『一位』もでしょう」
「――落ち着け、皆。そう分かり辛い話でもない故、聞いてくれ」
皇帝はニコリともせず、声を大きくするでもなく、ただ淡々と話す。
「今、この大陸の現状を見るに、軍事面での才覚は必須である、これに異は?」
――誰も答えない。これは確かにそうだからだ。
各地で『賊徒』が徒党を組んで暴れ、『獣魔』の数と狡猾さも増している――
そんな中、軍事に暗い者を頂点に据えるのは、あまりいい話ではない。
傍に軍事に明るい者を置くのも手だが――
逆を言えば、それでは結局軍事に関与する連中の権力のみが増大する恐れもある。
「同時に、貴族連中への引き締めを図る必要性も在る。
――これは同意していただけるか? レザノアール殿」
「無論だよ、ゼテルフォニ殿。バーフェルブールの内務改革は、次世代での必須事項だ。
現状のままの開拓褒章制度では、いざ何かが起きた場合に逃散農民が大量に出かねない――此度の様にな――
だが、それの叱責を受けるべき者はくたばってしまっている――
……私が出張っても良いが――それで納得しないと反乱だのになり兼ねん――
無論、貴殿が立っている間にそんな事を起こす阿呆は、流石に居ないだろうが」
冷えた目で他の貴族を見渡すレザノアール=フラタカンフェル。
「――相変わらず、好き放題のご様子ですな、『高殿の方々』は」
「剣を嵩に着て好きにされている軍部の方々ほどでは――」
「よさぬか。陛下の御前ぞ――再開拓時代の遺恨を何時まで引き摺っておられる」
エルフの発した言葉に、貴族・軍部の有力者が言葉を返そうとするのを、皇帝が食卓を指で叩いて止める――
三人とも、青い顔で口を噤むのを、レザノアールは苦笑しながら見ている。
「加えて――魔詠人の問題も有る。
エルフ殿たちには面白くないだろうが、これほどに勢力が伸長しているのでは、な。
迫害などは少なくなっただろうが、それでも尚『テロ』だの何だのと言われ無き言葉が飛ぶ有様。
下手にそのままにしておいては、それこそ何時爆発するとも分からぬ。
つまり、無視するよりも取り込むべきと判断せざるを得まい――聖樹教においては如何か?」
つい、と目をやる。
「あ――あくまでも、私の愚考ですが、その通りかと。
結局の所、冒険者、民の生活、あるいは貴族の方々の軍務等に到るまで――
彼らが関わる事は、陛下の治世で大きく広がりました」
「――『聖樹』に身を置くとも思えぬお言葉だが?」
「『神の枝』の御意向も、そこに連なる方々のお気持ちも理解は出来ます。
何せ、『教え』の上では、彼らの力の源流は、『彼の者』の過ちに端を発する――
しかし、押さえつけてどうにか出来る時代ではありません。
彼らの名誉回復などは、必須になりつつあります」
年若い聖職者の言葉に、皇帝は頷き――エルフもまた不承不承、頷く。
「――さて、困った。誰を選ぶべきか。
『一位』は貴族に。
『二位』は軍事に。
『三位』は、立ち位置こそ貴族寄りだが、宗教に大きな影響がある。
――だが、好き放題に争ってもらっては、『私』の国が哀れだな」
『私』の――そう断じられても、誰も文句を言えない。
この眼前の男の50年前は、誰もが知っている。
荒ぶる権力闘争の嵐の後、無数の粛清の血を流し、その分の蜜を撒き、荒れた国を一年で再統括したのだ。
その十年で直接の『手出し』を手控えるようになったと言えど、その恐れは響き渡っている。
――そも、手控えるようになっただけで、全くしなて居なかった訳でも無い。
――直近では、自分の血統上の『甥』を――
「――そこで、こうしようかと思う」
誰もが血の気を失くす中、妙に暢気な調子で呟く。
「皆、民の間で『試争探索』というモノが流行っているのは、知っておるかな?」
「――ご冗談を、陛下。あれを陛下が広められたのは、ここに居る者たちならば、周知でしょう」
「ふ、そうであったか。私は古い文献から、骨子を提示しただけだが」
ここで初めて人らしい笑顔をみせた男に、場の空気が幾らか和らぐ。
「――まさか、陛下、それを?」
「うむ――競い合ってもらおう」
この言葉に、場は今度もどよめいた。
「し、しかしあれはあくまでも少人数で行う事では――?」
「大規模な軍事とはまた違うのではありますまいか」
「政治力と言った点を如何にして――」
様々な反論が囁かれる中、その程度は分かっていた、と言いた気に手を叩く。
「――何、考えては居る。全ての点を判断出来る様にな。
『政治』『軍制』『財政』――流石に『信仰』まで集めてしまっては拙かろうが――
次の時代を築くに相応しい者を見定めるにたる舞台を――
――我が生涯を掛けた、全てで以って」
瞬間、その笑顔に、満座が凍りつく――それほどに、獰猛な笑顔。
「――さて、夜も更けて来た故、私は退出しよう。皆は後は好きな様に」
そう告げて、皇帝は退出していった。
・ ・ ・ ・ ・ ・
「――大叔父様」
退出して私室に向かう彼に、言葉を掛けてきた者が居る――
「――久しいな、ベルトーリエ。
――いや、たまに手紙を貰っていた故、そう感じはせぬが」
「――確かに、手紙の内に『戦争は回避すべき、甥を殺してまで守った事が泣く』と書きましたが――
……これは幾分、『外連味』が過ぎませんか?」
「何だ――居たのか。事前に言えば、もっと近い席を用意したものを」
目の前に立つ娘に、彼は笑う。
「しかし、『外連味』とはな――意図を汲んでいる癖に、言いよる」
「――これはやはり、民に向けた事ですか。『汝らが王は、斯くの如し』と」
「――最後に仕えるべきは、民草の幸福なのだよ――違うかね?」
彼はそう言って窓の外を見る。
「――あの三人に、それを出来るとは思えませんが」
「然様か?」
「……『三位』は変わらず、人を人と見れず。
『二位』は人と見ていますが、余りに遠く――
――『一位』は、言うを待たぬ――そうは思いませんか?」
振り絞るように呟く言葉に――
「――ならば、相応しき者を」
「――相変わらず、国を守りたいのか滅ぼしたいのか、分かりませんね、大叔父様は」
国が治まって真っ先に東方島嶼連合――六星公国と親和をなしたり。
かと思えば、徒とも言える機に、魔術師をそちらへ追放したり。
エルフとも――いや、この世の誰とも密な関係を築かず、50年の治世を行った。
『峻厳帝』『凄烈帝』と呼ばれながら、ただ一人――誰にも、心は明かさず。
「――『四位』は、壮健であろう?」
「――まさか、再び出て来いと?」
「アレなら、『聖なる平穏の国』でも『根なる幸いの国』でも築けると見た――その目の内にな」
ギリっ――
「――あんた方は――何時まで子供の未来に縋り付くんだ!!」
不敬極まる事に、自分の胸倉を掴む娘の手を、柔らかく握る。
「――嫌ならば、殺し殺し、殺し尽くして、何処へでも行くがいい。
さもなくば、何処までも追っていくぞ――それが、憂き世だ」
目には、感情らしき感情が無い。
煙る様な、くすんだ灰の目が、ベルを映す。
「――下らない望みだ――死にたければ、勝手に鴨居に縄を掛けてろ」
そう言って、ベルは胸倉を離して踵を返す。
「――そうは行かぬが、我が身なのだ――」
その背を見もせず、呟き――
「……叶うのならば、疾うの昔に。
――それを成せぬ故――今、此処に」
そう言って、皇帝は闇の中へと歩いていく。
窓から差す月明かりが、二人を照らす――
ロシュ暦1395年の、ある春の宵の事である。




