【12】『1394 on the street』
『エスターミア』――
『東』を意味する古現地語に由来し、基本的になだらかな丘陵・平原が続く。
また、大小を問わず水場が多く、所によってはだだっ広い平原の真ん中に、滾々と泉が湧いている事もある。
そう言った地に、人の住まわない訳も無く。
『帝国』の前身たる『王国』時代、あるいはもっと以前から人が住まっていたとも言う。
同時に、統一された時代でも、『王国』の中枢とはやや距離のある地帯でもあった。
理由は複数求められるが、先ずは北の山脈と西側の複数の川だろう。
北側は峻峰こそ無いが、通れるルートの限定された『バーフェルブール』北東域に通ずる道。
西側は、『天が荒れると一筋となる』と言われる複数の河川で遮断された道。
肥沃な平原部ではあっても、大人数――例えば軍勢――の一時一遍の往来には向かなかった。
しかし同時に、少人数ならば問題無い訳で――
『王国』内で迫害された様な、例えば『魔詠人』の避難先となったのも理解出来る。
かつての『魔詠人』との軋轢や『帝国建国動乱』の際に、最後まで戦場と成った理由も頷けよう。
もっとも、それは相当に昔。
『帝国』の財力と、そこに協力する『神の枝』の技術力により、大道は成った。
極端に苛烈な罰を与えず、慰撫と威武を以って、王道は成った。
――今や『エスターミア』は、完全に『帝国』の一部と成った、そう言えるが――
それでも尚、其処に住まう人間の気風は、少しく違っているが、無理からぬ話でもある。
そもそも、エスターミアの原生の住人たちは、舟人が多かった。
此処で言う『舟人』とは、幅広く『漁師』から『水夫』まで、『舟に乗る事を生計とする人』だ。
無論、他地域との交流の利便と言うのもある。天然の良港となる地形が多かったというのもある。
だが、それだけが理由で――今や殆ど交渉の途絶えつつある、『南方国』と交流はすまい。
――恐らくは、彼らは――そういった人々だったのだ。
それが、彼らのかつての来歴を示すのか、それともそうだった故に此処に至ったのかは定かでは無いが。
確実なのは、彼らのそれは、近代的とまでは言わぬまでも高水準だったという事だ。
『造船』『操船』『航路の取り方』――『港湾の建造』に至るまで。
――現在に在っても――
否さ、『大陸周縁航路』の重要さが増し、『六星連』との『東方交易』がその大きさを増す中では尚の事。
エスターミアの港湾都市と言うのは、重要さを増している。
それは二昔前迄なら、単なる漁港だった『フロニス』の町が、『フロントール』と名を変える発展をする程に。
・ ・ ・ ・ ・ ・
『フロントール』――現時点での、『帝国』東岸最北の港。
『バーフェルブール』の東岸域は大型船の入港に向かない為、最北東域への大規模物資運輸の要でもある。
「――弱ったなぁ……」
ロシュ暦の1394年も終わろうとしている年の瀬のその町を――
彼女は、そう多くない手荷物と共に、当ても無く歩いていた。
「この年の終わりも終わりに、無職で家無しかぁ……はは……」
彼女の名は、ナタリー=エルマーニ=ビットパルト。
冒険者ギルドの、しがない会計係だった――数時間前までは。
街並みは、『冬来節』の飾り付けが綺麗だが、彼女の心中は暗幕の裡である。
「――いや、私の判断自体は、間違ってない――筈――
……でも無職だもんなぁ……」
もう何度目だか分からない溜息を溢し、ガラガラとキャリーを引っ張る。
――彼女自身、自分の性格の短所を嫌と言う程知っている。
それは、後先を考えない事。
十代半ばで、『有名な歌い手になる!!』と家を飛び出した時も。
二十代に入る所で、『ああ、芽が無いや私』と、誘われた事務職に飛びついた時も。
決断が速いと言えば言葉は綺麗だが、要は先ずは見回す、という事が出来ないらしい。
「――頑張って5年、きつい仕事なりに頑張ったんだけどなあ……」
冒険者ギルドの会計係、と言うと、なんだかお堅い仕事の様に響くが、その内容たるや――
持ち込まれる獣魔の死体の査定だとか、自分では理解の及ばないダンジョン遺物の清掃だとか――
職場に泊り込みで毛皮の枚数を一枚二枚、数が合わなーい、である。
『会計?』なのだが、上司のお言葉には逆らえない訳で――後先考えないが、変に真面目な訳で……
「……考えてみりゃ、何で私、持って来ちゃった……そりゃ、あの場に放置は拙いと思ったけど……」
……そんな彼女が、職を失った理由――それは――
「ぶつくさ言ってても仕方ないと思いますけど」
「――ふ、ふふ、だね、そうだね――
ていうか、何で止めてくれなかったの!?」
「いや、ナタリーさんいい加減限界だったでしょ、あの仕事は」
「ああ!! そうさ!! 無理だったさ!!
上司の駄目っぷりに、本気で転職考える程度にね!! だからって――」
「『メイドは見た』みたいな展開でしたよね。
ドア蹴破って『悪事はまるっとお見通しじゃい!!』って」
「それ言ったのはあんたでしょうがよぉ、私ごとドア蹴ってぇ……」
「うす、すまんす」
――この『メイド』と、手荷物の重みの大半を占める、とあるブツが理由だ。
・ ・ ・ ・ ・ ・
数時間前――いや、その事態自体を把握したのは、もっと以前からだったのだが。
「――うっわー……もう、これ、本格的に成って来たな……」
東方島嶼連合の支部から届いた荷物、その中身を整理している内に、とある物件を見つけてしまった――
『魔精結石』と称される、魔力の塊である。
このブツの何が不味いか――それは、このブツが、『ゴーレム』の作成に必要だからだ。
しかも――数と、宛先が不味い。どう考えても百は下らない数のソレは――
「バーフェルブール行きですか――迂回してたのに、それもしなくなりましたね」
「……戦争準備だよねぇ、これ……でなく、なんで居るの?」
「書類仕上がったので」
「……相変わらず有能だね、君は――」
傍にいつの間にか立っていた『メイデン種』を見る。
エルフ以前からこの世界に存在し、誰かに仕える事、誰かを守る事を存在命題とする人型の良き隣人――
だが、この子は、必ずしも『良き後輩』ではないようで――
「どうします?」
「……どうって、そのまま流すのがベターでしょうね」
頬を掻きながら応えるナタリー。
……関わりたくない、と書いている顔の前に、ひゅっと人差し指が伸びた。
「『帝国法』――何条の何項か忘れましたけど――
『軍事目的と判断できる物資の移動に関連する法』ってありましたよね。
――『連座罰』付きで」
「……言いなさんなよ……」
ナタリーとて、それは知っている――発見した場合の報告義務があるのも。
だが、もう何年も省みられていない法だ。
空文に成ったが、そのまま残り、思い出したように権力闘争に用いられているだけの法律である――
守っている貴族も商人も、ほぼ居ないだろう。
まして、ここは『帝国』と『六星連』の玄関の一つ。
荷物が滞留したら、後からバーフェルブールなんかからチクチク言われるのに、こんなのは一々――
「たまには、良い事をしましょうよ。ほら」
ナタリーの煩悶を他所に、そう言って差し出された紙を手に取る。
「――いや、あのね。これ出しても、お役所は動かないでしょ」
内容は件の法に沿った、役所への報告書である。
何時の間に、とは最早突っ込まない。この子の何時もの事だ。
――まあ、報告義務、と言う奴を果たす事は出来る。
荷の内容と整合性が取れれば動かしていい、という事で――それ以降は受け手の問題になる。
だが――さっきも言ったとおり。空文なのだ。
通常は査察と確認だけでかなりの時間が取られる為、省かれている――
「報告義務さえ通せば、私等は不問で済みますよ、多分」
「……出した、って実績があれば、どうなっても問題ないか――サインと責任者印入れて――はい」
「んじゃ、出してきます」
「うん――六星連行きの荷のカウントあるから、早くね」
出て行くメイドの背を見送る。
「……まあ、ギルド長にも一応言っておくか……」
それが、その場で出来た、最後の仕事だった。
・ ・ ・ ・ ・ ・
「あの後書類の体裁整えて、報告にギルド長の部屋に行ったら、背中蹴られてそのままこの流れだもん。
――何があったのよ? というか、何で蹴ったのよ? もう一度聞くけど何で蹴ったのよ?」
あー、いやー、それがですねー、じゃねえよ、この――
「たまたまエスターミアの執務代行さんがいらしてまして。
たまたまドジっ子発揮したら、資料がたまたまその方の手にスッポリ収まりまして。
――いやー、たまたまって怖いですね」
――なにを言ってんだ、と思いつつ、じとりと見る……にこやかな笑顔である。
「『全員床か壁に手を付け』って入ってきた時は流石にびびりましたよ。
業務停止まであの時間で持っていくとか、流石に有能ですよね」
「……やっぱ、君はそっち関係者?」
――前々から思っては居た。やってきたタイミング等が、色々出来すぎている。
「まあそうです。監査役とかそういうもんではないですが。
――敢えて言うなら『貴方の心のお庭番』です」
「――いや、あの。で、何の用?」
用は済んだでしょうが……職寄越せ、とぼやく――
「スカウトだ」
不意に、後ろから声が掛かる。
「ベルさん、片付きました?」
「知るか。ギルド本部に話を持っていってからじゃないと、動けない」
――ええと、見た事あるけど、相変わらず軍服似合うなー、この人……
「そっちでも独断って言われて切られて終わりだろうけどな。で、どう? アウル」
「いや、まだ話詰めてないです。と言うか、早過ぎますって――雑事はエルス君に投げましたね?」
いや、あの――とナタリーがもにょっていると――
「……職と宿と飯が欲しいか?」
「欲しいです!! 宿舎追い出されて宿もまだないです!!」
出てきた言葉にナタリーは即答した。
「被せ気味とか、どんだけ焦ってたんですか」
「最悪あんたにたかろうと思ってたからね!! つかその位で無いと間尺に合わないでしょ!?」
「いや、何か詫び様とは思ってましたが、そんながっつかなくても――」
そう言い合うナタリーとメイドを見ながら、その女性――
「――ふふ」
ベルトーリエ=ナハル執務代行は――凄惨な笑顔を浮かべた。
「よろしい。君には――私たちの悪事に加担してもらおう。
存分に歌い踊って貰うとする……逃げられると思うなよ? ナタリー=エルマーニ=ビットパルド」
――また、踏み間違えた、と思うナタリーだった。
・ ・ ・ ・ ・ ・
――何日か後――
年が明けようとしている、その数時間前。
「――どうしてこうなった――」
自分の容姿を窓に映しながら、ナタリーは溜め息を付いていた。
――髪はバッサリと切られ、服は男物。
「どういう事なの……」
「まあ、対外用の看板が欲しくてだな」
「あのですね、『第四の皇継』の影武者するとか――」
「言ってなかったからな」
言いたい内容の機先を制され、切ない顔に成るナタリー。
「心配ないよ。例の事件で火傷を負って、顔を出せないという設定だから」
「――本人が、言わないで下さいよ……」
目の前でニコニコしている少女に肩を叩かれる。
――困った事に、自分と背丈が然程変わらない。チビで悪かったな。
この少女が、対外的には男の筈の『フェル=カハル』だと言われた時の自分の感情――
何と言えば良かっただろうか――『やらかした』。ああ、それだな。
今までの『やらかし』の中でも、飛び切りだ、と。
お尻触られて劇団の偉い人ハッ倒したのなんか、眼じゃないよ実際……
「――こんなのを、ずっとは続けられないと思いますよ?」
「役者志望だっただけはあるじゃないか。
『風が……来ます』、とか中々私達でも言えんぞ?」
「台本ぐらい下さい、あと、役者というか歌い手です、はい……」
つか、何一つ覚えてないですよ……本当に言いました? 私?
「ぼろが出ない様なキャラには仕上がってたので、問題ないでしょう。お茶どうぞ」
「すまん、エルス――それに、続けても一年だ」
そんな言葉に、ナタリーは、自然と疑問を浮かべ――それに苦笑するようにベルは答える。
「どこの貴族も軍閥も、この一年は下地を均すのに追われたようだからな――
こっちにとって都合のいい事に、なんとも都合のいい事に、な」
「――――」
「――ん?」
にこにこと笑うアウルの笑顔に、お前だろ――と思うナタリー。
絶対うちに来るまで、あちこち回って色々やってただろ……
「で、こっから本格的になる。君が見たブツの流れなんかは、その先触れだ」
「――『戦争』になるんですか?」
「『戦争』には成らないよ――そうさせない」
言って、ベルは窓の外を見る。
「正直、今『戦争』に成ると勝ち目が無い――いや、『撤退戦』位は出来るだろうがな。
問題はその後――仮に『六星連』に頼ったとしても、長くて十年の時を稼げるだけだ。
もっとも、成っては困るのは何処も同じだろうから、成ら無いと思うんだが――」
窓を見ながら呟いているベル――その窓に映った表情が、僅かに曇る。
「――だが、まあ、貴女の言葉を借りるなら――
『風が来る』。それも、全てを飲み込む嵐がくる――」
「――何が――始まったんです?」
ナタリーの疑問に、ベルは振り返らずに答える。
「――正式ではないし、通達も未だだ。
だが、恐らく、この後二年内で、大きな政変が起きる――
時期の前後はあるだろうが――確実でもある」
「――その間、私がたまにああいうキャラを演じる、と――」
「すまんが、そうしてくれると助かる――フェル――シオの手が空くのでな――それに――」
「――それに?」
「貴女自身、存外、楽しいのでは?」
「――――」
『楽しい』って――? ――ああ、『楽しい』とも。
いきなり、わけの分からない大事に巻き込まれて、混乱はある。
影武者なんて立場、大分危うい事位、色々読んだ台本で分かっている。
だが――
最早通る事は無いだろうと思っていた所に、熱が燈っていくのを感じる。
「――お願いします。一世一代の大芝居、手伝ってください」
「――卑怯ですよぅ『お姫様』、その言い方は……やります、やりますよ」
舞台は蛇蝎ひしめくこの大陸全土、それを向こうに打っての大芝居。
最高の路上芝居に、自分の血が震えない訳が無かった。
・ ・ ・ ・ ・ ・
こうして、二つの極点の回りに動く風が、全てを飲み込んでいく。
無論、他にも風の目があり、無数の乱気流を生み――
全ての草の眠りを覚ます、激しい疾風が吹き荒れようとしている。
やがて、冬が再び来る。
朝の情勢の読みは夕べには覆り――
数多の騒音、数多の静寂、数多の武勲、数多の尽滅が飛び交う――
油断のならない、狼と鉄の時代――
――『フィンブルウェトル』の恐ろしき冬が。




