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【07】『風雲の相、今一つ。』


 ヴァレの継孫 奇妙に御座る

 聖典読むより 薬瓶覗き

 階位に興ぜず 怪異を好み

 法理を敷くより 魔術を望む

 真に奇態な 男子(おのこ)に御座る


 ・ ・ ・ ・ ・ ・


 どんな世の中でもそうで在る様に、御他聞に漏れずこの世界にも宗教がある。

 名を『聖樹教』と言い――在りがちと言えば在りがちなのだが、強大な権能を有している。

 そもそもが『エルフ』――『神の枝アールヴァン』に協力し、その叡智を分け与えられた――

 と言うよりも、言葉悪しく言えば、『エルフの手先』である。


 無論、理由が在っての事であると、歴史には伝わる。

 嘗ての大厄災――『フィンブルの冬』。

 それを乗り越える為、手を取ったのだと――


 ……まあ、遠い過去の選択の是非について、あれこれ言う気は無い。

 そんなモンはどうでもいい――

 多かれ少なかれ、何時の世の何処にでもある話だ。


 ……問題が在るとすれば、何故かそんな存在群の中で、中途半端に権力のある家に根付いてしまった事か。


「……ああ、ああ、全く――

 何も俺は、人を救う為に『生まれ直した』訳じゃないんだがなぁ……

 何の因果だと思います? オカダ=イゾウさん」


 豪壮な館の中を、歩きながら、只管面倒臭そうに、その少年は呟く。


「……何か言ったか?」

「……聞いて無い事にすんのかよ……」


 言われて振り返った相手の顔に、奇妙な表情が浮かんでいる。


「……何です?」

「……いや。どうしてこう、厄介事というか、奇態な事ばっかり、とな……」


 お前が言うかよ、『幕末剣鬼』……と過ぎるのを脇に寄せつつ――


「……すいませんね、うちの祖父が」

「――いえいえ、良ぅ御座んすよ、ぼっちゃん。

 お足の方は、凄く良いんでねぇ……」

「うわ、やめろよ、ぼっちゃんとか……」

「――いや、お前、こんなでけぇ屋敷に住んでて、何言ってんだ?」


 イゾウの言葉が胸に突く。


「――それも、実家と思えての事でしょ――」

「……まあ、色々とあるんだな、お前さんも」

「……ええ。色々とね」


 互いに茶を濁しつつ、歩いていく。


 ・ ・ ・ ・ ・ ・


「――生きてるじゃないですか」


 部屋に入るなり、そう嫌そうに呟いた孫に、老人は苦笑いする。


「随分なご挨拶だな、ユートよ」

「『危篤危篤詐欺』も大概にしてくださいよ。

 三度目の正直かと思ってバカ正直に帰って来ちゃったでしょうが」


 そう言いながら、傍らの冒険者を睨む少年。


「……いや、俺はそう頼まれただけだからな?」

「分かってますよ――オカダさんが悪いんじゃないですけど、怒りのぶつけ所が――」

「八つ当たりかい」

「ユート」


 このままでは、依頼した手前、可哀想だと思った老人は、孫に声を掛ける。


「――ああ、と、オカダさん、ちょっと身内だけで」

「――ん? 何、待ってればいいのか?」

「ふむ。長くは掛けぬ、少し待っていてくれ、オカダ殿」


 そう言われて、一旦中座するイゾウの背を見送り、話を再開する。


「――状況は聞いて居るな?」

「ええ。親父殿は直線的過ぎるんですよ。

 バカ正直にゲナコフ候に言っても、聴く耳持たないのは分かってるのに」

「顔を立てて等とやっている余裕が無かったのも事実では有るだろうが――

 ――なんというか、やはりお前の方が、政治向きよな」


 実子であり、少年の実父であるクスアーデ=ヴァレリークの失敗。

 その本質を的確に見抜いている辺り、やはりこの孫は奇貨だったという他は無い。

 ――惜しむらくは。自分が直接磨く事が出来ず。

 また、この少年を磨けるだけの器が、息子には無かったという事だろうか。

 そして――この少年の価値が、あまりにも先鋭化されている事も。


「若。御老が倒れたの自体は事実です。あまり――」

「顔の色見れば分かりますよ。スエルゼンさんも、うちのヤンチャに付き合わせてしまって、すいませんね」

「何を仰られるやら。不肖、パルマ=スエルゼン。

 ヴァレリーク家にお仕えする事は至上の喜びです――」


 隣に立つ老執事の言葉に、苦笑する。


「――ユートよ。お主、どうする?」

「――どうもしません。ヴァレリークの家柄に興味は無いですし。

 親父殿が不適格、っていうなら、叔父上達にでも継がせて下さい」

「それで、聖樹教に隠然たる力を誇る家が潰れてもか?」

「権力に空きが出たら、別が埋めるでしょうよ」

「家に仕える者達はどうなる?」

「貴方が生きてるなら、どうにでも出来るでしょう。

 というか、以前から――この場の人間で共有はしてたじゃないですか。

 『俺は転生者』。『聖職よりも魔術』って――約束を反故にする心算で?」


 分かっている。分かっているとも。そう思いながら、老人は眩しい面持ちで見る。 


 = = = = = =


 『聖樹教』の資料には、たまに現れる奇妙な知識を持つ者の事が記されている物がある。

 『転生者』や『預智者』と呼ばれる彼らは、しかし、閉じた文化の中では異端でしかない

 それゆえ、迫害や追放の憂き目に遭って来た、と。

 そう言った者も、教会側に取り込まれ、巧い具合に工作され――

 聖人として崇められるような位置に付けられたりしてきた。

 聖樹教というのは、エルフたちの下賜した『教え』の類とはまた別に――

 それら外側の知識を収集、保護してきた団体でもあるのだ。


 ――だが、それも最早、綻びが大きい。

 奇跡と呼ばれたモノも、もはや単なる技術に堕していたり。

 教会の権勢が、万能たるほどではなくなっていたり。

 或いは、価値が在るものと、他の勢力も理解していたり。

 最早、教会一勢力だけが占有できる時代ではないのだ。


 ……それでも尚。

 人の世は、支柱を求める。

 『聖樹教』とは、天下を支えている、柱の一つ。

 如何に古び、様々な垢の染み付いていると言っても。

 『フィンブルの冬』来、民を安んじてきた事に変わりは無く――


 ――例えば、其処を構成する一族の跡継ぎが、

 其処に救いを求めるものと、直接に向かえば或いは、とも思ったのだが――


 = = = = = =


「――変わらなかったか」


 溜息交じりの言葉に、孫である筈の少年が、乾いた笑いを浮かべる。


 ……幼い頃から老成した所があった。

 何も、それだけを以ってそう判断した訳では無いが、或いは自分の孫が、と――

 これは或いは、我が家にとっては天恵かも知れない――そうも思ったものだ。


 ――だが、実際の所。

 まるで興味が無い、と言う口振り通り、ヴァレリークの厄介事からは距離を置きたがり。

 その口振りとは相反する有能さで『片付けて』しまうモノだから、絡め取る事も中々に困難。

 ――或いは――『現実』を突き付けられれば、何かが変わるやも、とも思ったのだが。


「……俺の本質を言い当てられて、ゲロった辺りからまるで変わりませんでしたよ。

 確かに、助祭とか色々やり甲斐のある仕事ではあったけど――

 人を救う事自体は尊くても、キリが無いんですよ、実際」

「ふむ――」


 そう言いつつ、報告を受けていた内容を思うに、この少年は立派に勤めを果たしている。

 赴任した先の開拓地で問題となっていた種々の出来事を、二年掛けて立て直した。

 拙速に行わなかったのも、評価できる。

 成果を示せば、家から放ち魔術師にでも何でも成って良い、と伝え、東側へと送ったのは自分だ。

 だが、この少年は、目の前の餌に食いつくことではなく、その餌を垂らしている糸を切りに来たのだ――

 二年掛けて、ゆっくりと準備し、混乱を出さない様に行い、衆目を集めない程度に、徐々に徐々に改革した。

 自分の能力が、劇薬に等しいと理解したのだろう。ちゃんと、失敗から学んでいる。

 ――手放すには、惜しい切り札なのだが――と、老人は苦笑した。

 ――どのみち、我が家は風前のともし火。そこを考えても仕方ない、と。


 それに――こう言っては何だが、どうでもよく感じている所もある。

 自分には確かに責任があった――『聖樹教』の一翼を担う家柄の家長としての責が。

 だが、それらとは全く異なる次元の話として――

 この孫には、出来れば自由にさせてやりたいと思っていたのも事実。


 巧妙に隠している、その荒んだ眼差しを、和らげてやりたいと、そう思ったのも、間違いのない事実なのだ。


「――エリンの公女の事はどうする?」


 その言葉に、孫がビクっと成るのを見て、心底愉快な気持ちになった。


「どう、って、どうにも――」

「すっかり惚れ込んで居るらしい。まあ、あのような真似をされてはな――」

「けしかけたのあんたじゃねぇか!?」

「――ふふ、まあ、巧く言いつくろっては置くが――

 何れ自分でしっかりどうにかしろ。それが最後の条件じゃ」


 その言葉に、少年はなんとも言いがたい顔をするのだった。


 ・ ・ ・ ・ ・ ・


「――どうなさいます?」


 孫が退出し、少し置いてから、侍立していたスエルゼンが、そう問うて来た。


「……何を案ずる必要も無いだろう」

「いえ、ユート坊ちゃまではなく、『御当主様』の方です」


 言われて、渋い顔になる――

 実際の所、どうしてやった方が良いのだろうか?

 ――自分の息子ながら――アレをどうするのが是なのか、分からない。


「……久方振りに帰って来た『息子』に、会いに来る事も出来ん者に、何をどうせよと?」

「――仰りたい事も、分かりますが――」

「……パルマ。儂は――育て方を間違えた、とは思わぬ。

 あれもそんな事は言わぬだろう――だが、唯一つ、後悔している事はある」

「――それは?」


 ――深々とした溜息が漏れる。


「あまりに、『聖樹教』的に育て過ぎた――とな。

 規範や先例に忠実であるがあまり、それ以外の事が理解出来なくなっている。

 ――ユートと相性が悪い、までは分かるが――それを押し付ける様は、大人気無いとしか言えぬ」

「……差し出口を利きますが、なればこそ、何とかなさっては?」


 その言葉に、首を振る。


「あれの性格と、ユートの性格を考えれば、恐らくは数日ともたぬだろう。

 儂が止めた所で、あれが『自分の息子を、得体の知れない者に見ている』という、問題の本質は変わらぬしな」

「そこまで……」


 スエルゼンの言葉に、苦笑を漏らす。


「だから言っている――あまりに『聖樹教』的、と。

 『ヴァレリーク』の当主なら、飲める事を飲めない。認めるに認められない。

 それで才が否定する方より大きければいいが――

 故に、『勘当』でもするのでは無いかな? 端から、ユートの方は興味が無いのだしな」

「坊ちゃまは仮にも――」

「『跡継ぎ』なんて言うのはな。『皇帝』とは違い、当主の気に入る入らぬで決まってしまっているものだ」


 にべもなく言い切ると、流石のスエルゼンも溜息を漏らした。


「……それで宜しいのですか? 『聖樹教』の重鎮の御家の方が――」

「『目上を大事に』等と言う、『標語』だけで全て片が付くのなら、何らの問題も無いものだ。

 実際は、『躍起に成って大声を張り上げて居る方』が間違っているのだから、始末に終えん。

 ――自分の意思で従ってこそ、『教え』であろうに」


 そう言いながら、書いていた手紙を仕上げる。


「――では、これを、エリン家の公女宛に」

「……こちらも宜しいので?」

「居場所まで教えているで無し、問題無かろうよ――言わねば言わぬで、後が厄介そうでも在るし」


 そう言うと、ユートの祖父、元・『バーフェルブール大司教』、ヤーゲンは目を閉じる。


「――儂が、ずっと庇い立て出来るでも無し。

 自分で立ち向かえるだろうさ――ユートならばな」


 ・ ・ ・ ・ ・ ・


「――という訳で。俺はユーティレス=レム=ヴァレリークではなく、ユート=レムになりました」

「いや、なりました、じゃなくてですね――」


 帰郷から帰って来た少年を迎え入れたら、とんでもない事を言われ――

 彼の上司である、その教会の長は、苦笑いを浮かべるしかなかった。


「――まあ、貴方の才覚は、貴方に固有ですから、問題ないでしょうけど」

「それと、荷物纏めたら正式に出ますので」

「……まじで?」

「マジデス」

「私ひとりでどうしろと?」

「皆に慕われてるのはむしろクランツさん、貴方ですよ、なんとかなるなる」

「――すげぇ不安……」


 ――というか、彼もユート同様にお飾りでここに居るだけなので、なんとも言えない部分がある。

 上の決定で助祭を減らします、なんて言われた様なものだ。


 とはいえ、大きな成果が様々な分野で挙げられたのは、彼の能力だ。

 自分は、単にそれを橋渡ししたに過ぎない。

 そんな彼が、自分本来の夢を追うと言うなら、年上の自分は、見送ってやるべきだろう。


「――まあ、仕方ないか。何処へ行くんですか?」

「……ヤンデレお姉さんから逃げる為に、東へ」


 こっから更に東って、海やんけ、と思う。

 ――というか――


「――前言ってた公女って、そんな怖いんですか?」

「怖いというか、愛と設定が重いんですよ――

 13の少年には受け止め切れません……」

「――怒鳴り込んでこないですよね?

 『ユート出しなさいよ~ネタは光ってるのよ~』って」

「そういう怖さじゃないですけど、ね――」


 頭を押さえる少年に『リアジューバクハツシロ』と、教えてもらった呪文をひっそり唱える若い司祭であった。


 ・ ・ ・ ・ ・ ・


 そして、彼は東へと向かう。

 そこで――彼は出会う。

 ヤンデレ娘と同じぐらい、厄介な運命に。

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