【06】陽だまりに集う
久しぶりに届いた手紙に目を通しつつ、ベルトーリエ=ナハルは午後の休憩を取っていた。
内容は当たり障りの無い――とはとても言えない内容だったが、兎に角、元気でやっているようで、少し安心する。
――『フェル』――
『ベルゼフェル=レト=エスターミア』であり、『フェルシオン=カノイ=ルオーラン』。
血の繋がりこそないが、ベルにとっては、紛う事無く『妹』だ。
理由は様々だが、数年前まで彼女は、諸般の事情から表立って姿を出せなかった。
その日常の殆どをエスターミア大公の私邸の敷地内で送っていた頃よりも、楽しそうに見える。
まあ――少し暴れ過ぎな感じはあるが……部屋に篭った一時の、どうなる事やらよりはマシか……
――もう一通を開ける。
「……相変わらず、字の汚い奴だな……」
……貴族風に流麗に書けとか、商家風にぴっちりと書けとかは言わないが――
もう何年もこの国に居るのだから、いい加減慣れても良かろうに、等とその内容に目を通す。
「ベルさま。お茶の御代わりは?」
「――ああ、貰うよ、エルス」
声を掛けて来た少年にそう返し、引き続き目を通し――
「……野郎――またか!?」
「はぁ!? あちゃちゃ、な、なんですか!? ししょーがまた何かしました!?」
「あのバカ――うちは孤児院じゃないぞ!!」
「――あ、また増えるんですね、妹か弟……」
文面の中の、『人員補強しましたので教育を宜しく』と書かれた一文に切れるベルだった。
・ ・ ・ ・ ・ ・
ロシュ暦1393年・マルケの月・15日。
『大断裂事件』と呼ばれる、例の一件は、エスターミア領に少なからぬ被害をもたらした。
人的被害は少なかったが、複数の領主を束ねていた大公の死と、それに伴う政情不安。
先代大公ラハルド・エスターミアの縁戚にあたる人物達は、実際の所政治向きの人物とは言えなかった。
芸術等に高い教養・理解はあるのだが、荒事には不向きな性格と思考なのだ――
……中には、あからさまにこちらに敵意を向ける奴も居るが……まあ、それは脇に置く。
矢面に立て、尚且つ、殺到する貴族連中の蛇蝎の性情に応じれるのは、御館様――
その隣にいた自分ぐらいだった。血統の点からも不足無しと神輿に担がれた。
緊急統治で『ロアザーリオ』が入ってくれたのは、むしろ僥倖だったろう。
各都市の統治者連中の、これを機とした蠢動は、たちどころに収まった。
あの館で、生き残った人員は多くなかった。
普段の政務を行っていたのはあくまで街の中であったため、資料の類は無事だった
だが、それを回していた中枢人物達の不在は、かなり痛手と成った。
裏切り者の家宰は何時の間にやら姿を隠し、定時の報告に訪れていた最側近達は死ぬか重態。
抑えに足る筈の『彼女』は――
・ ・ ・ ・ ・ ・
「――まあ、出て来れなくても、無理は無い」
「……そうは、言うが――」
「お前なんて俺が助けた後、三ヶ月無言だっただろうが」
イゾウに言われて、頭をかく。
「旦那が死に、家宰は裏切り、家は燃えちまった。
自害まで行かないのは、ジンと会って、無条件の味方も存在すると分かったからだ。
そのジンも、どっかに行っちまった――
少し待ってやるべきだろ、俺ら『大人』は」
「お前な、私だって――」
「ああ、知ってるよ。まだ16だわな、すっかり淑女になってるけど」
軽口を叩きながらも、イゾウは自分の傍を離れず、『フェル』の篭る部屋のドアを見つめている。
「だが、あいつは10だ――もう直ぐ11だが」
「――私は、良いと言うのか?」
「良くは無いが、諦めろ――多分、ジンもあいつも――
俺等以上に突拍子も無い星回りの下に生まれてるんだ。
それともお前、もうこりごりだから傍を離れようとか思うか?」
「……卑怯な言い方をしやがる……」
「――まあ――少し待つ――」
どんっ!!
「――二人共。話がある」
そこには、自分で切ったのか、髪を短くした彼女が立っていた。
・ ・ ・ ・ ・ ・
「その後、師匠はある程度落ち着いてから旅に出て、僕等みたいな連中を拾ったりしてるんですよね――」
……何処で拾って来るんだ、あいつは……
「人手が足りない、っつってんのに、な――まあ、お前みたいな優秀な奴が居て、本当に助かったよ――」
「あ、ははは、元は村の名代の子なので、事務仕事はやってるの見てましたし――」
そう笑う少年から、茶を受け取り、一気にあおる。
「……総じて考えると、悪手ではないのが、また腹立つんだよな、あいつ……」
「いやあ……みんなで『なーなーめぐんでくれよー』、って言ったら、いきなり前蹴りされて――
引っくり返って『なにすんだ!!』って言ったら、『人らしく生きたいか?』ですもん――
びっくりしましたよ、ああ、いかれた人に声掛けちゃった、って」
「――言葉がおかしいというか、ノリがおかしい時無いか、あいつ」
「まあ、最初から内政手伝いとかをしろって言ってくれれば――
顔面に痣作って帰ったら、小さい連中、ビービー泣き出してましたから……」
そう――あの一件、人的被害は然程では無かったのだ――
確かにエスターミアの役人衆は打撃を受けたが、一般はそうでは無い。
アレだけ同日に災害めいた事があった割に。
問題は、寧ろ、耕地の類が崩壊し、少なからぬ農民が、都市部や他国へと流入した事。
これには、同様に混乱を来たしたバーフェルブール領からのそれも含まれていた――
エスターミアの方がまだましと判断されたのは、喜ぶべきかなんなのか――
とにかく、そういった耕地難民とも言える連中が、大陸に溢れたのだ。
そして――弱い者は切り捨てられ、そんな中でも、助け合う者がいたり――
イゾウは、なんの心算なのか、そんな連中を気まぐれに拾っては、こっちに送ってくるのだった。
たまに、この眼前の少年、エルスの様な奴も居る為、一括りに無碍にも出来ない――
学が無くても、未開拓地の手伝いに率先して行ったりする奴等もいる。
なんと言うか――忠誠心だけなら大陸一の家臣候補が出来上がりつつある。
それに――自分もまあ、放っても置けない部分もあるのだが……
「――もうすぐ50の大台に乗ってしまうぞ……全員がここに居るわけではないが」
「はは――大家臣団ですね」
「お前ら『第一陣』が頑張ってるから混乱は無いけど、いい加減なんというか――」
「ああ、この間来てた帝都の方、『これがエスターミア少年親衛隊ですか』なんて皮肉言ってましたからね……」
「だろう!? 苦笑いでごまかすこっちの身にも成れってんだよ、あのバカは!!」
そんなベルを苦笑いで見つめるエルス。
そんな風に言いつつも、来た分を拒んだ事は無かったのだし。
「いや、でも――ベル様って、その――」
「おかーしゃん!! ごはんできたよ!!」
「……リエナ、おかーしゃんでは、ない……」
ぶふっ、と思わず吹き出すエルスを睨むベル。
「す、すみません。でも、なんだろ――
ベル様はちゃんとみんなの『お母さん』ですからねぇ」
「まだ17だ!! 母性ガンガンになるには早すぎる!! そも子持ちじゃない!!」
「おかーしゃん、スープ冷めるからはやくー」
何とも微笑ましい執務室であった。
・ ・ ・
その暖かい空気の中で、エルスは考える。
自分達を捨てて、どこかへ消えた父母達の事を。
――責める心算は無い。
責める気にすらなれない、といえるかもしれない。
バーフェルブールとエスターミアの国境にあった寒村。
そこが、『第一陣』と呼ばれる自分達の故郷だ。
痩せた森を、無理矢理に開墾しただけの土地。
そこに、半ば騙される様な形で集められたのが、自分達の親世代だった。
「領主の収入は、治めている土地面積に対しての上からの報奨金が大半だ」
父がそんな風に言っていた事を思い出す。
開墾の比率そのものは見られない。だから、開いてしまえばおざなりなのだと。
開墾し、畑がつくれる、という程度までくれば、後は手も目も金も掛けない。
それが問題なのだ、と父は言っていた。
名代に選ばれるだけあって、学はあったのだろう。
だが、それを変える事は、バーフェルブールの大公に直訴でもしなければ無理で。
そして、それをやっても変わらないとも、知っていた。
病に倒れて、あっけなく彼が死んだ冬の、終わり。
自分達の土地を治めていた貴族が、兵を連れて公都バーフェルブールへと馳せ参じた、という話が聞こえた時。
大人たちの目には、暗い光が灯っていた。
名代――自分達を抑えると共に、率いてくれても居た人間の不在は――
「――お前のとこも?」
「ああ。うちもだ……なんだ、この状況……」
ある朝、大人たちが、誰も居ないという形で芽吹いた。
一日探し――谷の深みの方に、何人分かの遺体を見た。
……反対した者を、全員で囲んで、投げ捨てたのだろうと、見つけた自分達には分かってしまった。
前年の凶作が無ければ。父が生きていてくれれば。
そんな風に思いながらも、自分に出来る事をするしかなかった。
自分達だけなら兎も角、残った子供達の半分は、まだ山越えだのに耐えるだけの体力が無かった――
幸い、エスターミアへと抜ける街道の近くではあったから――
――もし、最初にぶつかったのがあの人でなかったら。
自分達はそのまま、死ぬ寸前まで山賊をやってただろうな、と思う。
そして、この人が迎え入れてくれなかったら、結局は野垂れ死んだだろうとも。
――いつか、ここには居ないあいつに、ちゃんと謝りたい。
どうせ気にするなと言うんだろうけど。
そんな風に思いながら、エルスは今日もお茶を淹れるのだった。
「――にしても、今度はバーフェルブールって……腰の落ち着かない人だな、イゾウさんも……」
・ ・ ・ ・ ・ ・
「……参ったな、こりゃ……」
とある街の冒険者ギルド――その受付の前のスペース。
ボサボサの頭を一括りにして、手紙を読んでいるイゾウ。
「何がデス? オ師匠?」
「ああ――その――ちょっとな」
「――『死ね』とだけ書かれるとか、大概にしないと愛想尽かされるぜ、兄貴」
「兄貴言うな――ベルの言う事も分かるんだけどよ――
内政こなせる程の人員なんて、何処も手放さねえって……」
「……そっちじゃねえと思うんだが……」
「分かってるよ……でも、居ないなら育てるしかねえだろ……」
目の前の弟子にぼやいても仕方ないが、と思いつつ呟く。
・ ・ ・
あの一件以降、イゾウはイゾウなりに、内政を出来る人間を探してみた。
冒険者ギルドなどにも一応籍を置いているので、その伝手をたどってみたが、ダメ。
冒険の途中で知り合った商人に頼っても見たが、これもダメ。
理由としては簡単――人を手放さないのだ。当然だが。
剣や槍を持てるところがスタートの兵士とは違い、木っ端であっても『役人』は、ある程度の教育が要る。
事態が得体の知れないうねりを見せる中、わざわざ手駒を減らす奴はいない。
まして、目の前のこいつらの様な――
自分の所の政治の停滞で、農民の子から山賊やるまでに追い詰められるような、そんな連中が出る程だ。
「明らかに、バーフェルブール側の貴族の怠慢だがな――」
まあそもそも『御貴族様』連中とは、領地辺縁開拓に対する、感性が違いすぎるので、関わるのもバカらしい。
ああいう手合いとは、関わり合いに成らないのが一番だ。
それなら要るか要らないか知らないが――
捨てられたこいつら拾って、教育を与えて、数年後に期待した方がまだ気が楽だ。
自分がかつてそうされた様に――とまでは言わないが。
・ ・ ・ ・ ・ ・
「――というか、『教会』ではなんもしてないのか?」
今動いている、とある依頼の人物に声を掛ける。
略装だが、聖職者の格好の少年は、なんだか億劫そうに答える。
「やれる予算のある教区なら、ある程度はやってると思いますけど――
あんまりでしゃばると、実際の統治者と政争になるし、そこらへん匙加減が難しいんでしょうねぇ――
ウチの実家見たく、エライ事になる場合もありますから」
ああ、ここでもかよ……
口にする言葉とは裏腹に、非常に嬉しそうな、今回の依頼関係者の少年――
少年といっても、生意気にとある村の教会の助祭を勤めているらしい。
話としては珍しいものでもない。箔を付ける為にあちこちを歴任して、中央の教会に入る経路もあるらしい。
要は、お飾り職なのだが――
こいつの場合、お飾りとは思えない噂も、あれこれ聞いていて、どこか、ジンと似た雰囲気がある――
……まあ、其処を突付くと薮蛇に成る気がしたので、イゾウは黙る。
というか、エスターミアだけで手一杯である。これ以上は冗談じゃあない。
「なんか、実家がえらい事になってる割に、楽しそうだな?」
「――楽しいと言うか、ざまぁ見ろというか――
やっと成りたい物に成れるというか――くふふふ……」
なんというか――聖職者の末端とは思えない笑顔である。
だめだわ、深く関わったら、と決断を新たにするイゾウ。
「バル、依頼人ノ事情に関わり過ぎるナ」
「いや、だって、こいつ――どう見ても聞いてくれオーラが煩いし」
……獣人のルーリルに、仕事のルールを説かれてるなよ、バルよ……
「ルーリルの言うとおり。俺たちのお仕事は、彼を無事にバーフェルブールまで送ることだ――
それで良いんだよな、ヴァレリーク助祭?」
「いや、別に護衛も要らないんだけど――
というか、ユートで良いですって。実家と距離起きたいんですから、実際……」
「わかる。分かるがな――」
確かに獣魔撃退出来てたけど、それじゃ俺らの飯に成らんのだよ。
あと、お前の爺さんのにこやかな笑顔が怖ぇえのよ……
「繰り返ーす。お前さんの立場は?」
「……初日に言った事繰り返さなくても――
分かったって、実家までは大人しく送られるよ」
「おう、わるいな。その後逃げるとかの事は勝手にしてくれて良いが――
流石に元でも、バーフェルブールの司教の依頼は反故に出来んのでね」
というか、『荷物の受け取りに行ってくれ』で人が出てくるとか、こっちも思わねえよ。
そんな風に毒づきたくなるイゾウだった。
「……良ければ、僕の助祭してる教会で、何人か引き取――」
「こっちの事情を読んで誘惑してんじゃねえよ!! 大人しくしててくれ!!」
やっぱジンに似てるわ、あんま関わらんで置こう、と本気で思うイゾウ。
・ ・ ・ ・ ・ ・
この助祭、名をユーティレス=レム=ヴァレリーク。
彼もまた、この物語に、深く関わってくる一人なのだが――
それはまた、後のお話。




