01/【Ⅱ】
・ ・ ・
悪い夢でも見ているのだろうか。
『魔王』との決戦を期した戦いに、唐突に入った横槍で、俺も相手も地の底深くへと落ち――
旧い旧い伝説の一部に、縫い止められた。
ぎぃぎぃと、体が軋む。
ぎしぎしと、木が揺れる。
まるで揺り篭の様な音に、意識が寸断していく。
ほんの少し――あるいは、長くだろうか、ゆるゆるとした眠りに落ち――
再び目を覚まし、事実だと理解した。
深刻な機能不全が起きている、と判断したのは、体がろくに動かなかったからだ。
もう少しで手が届く範囲に、『怨敵』が同じ様に釣り下がって居るのに、身動ぎするのがやっとの有様で――
そして、それは相手も同じで有るらしかった。
或いは、そこで事が済んでいれば――
『勇者』と『魔王』の宿命、その終わりの形の一つとも思えただろうか。
その宿命ゆえに――そこが墓標となる。
実際に目にしたこの現実は――
<あばばばば、なんだこれ、なんだこれぇ~!?>
<うるっさ、なんなんだこの『花』!?>
<……なんだ、この性質の悪い夢……ははは……>
<お前、同族か眷族だろ、呆れて諦める前に解説しろ!?>
あまりにも、突拍子も無い<つづく>だった。
・ ・ ・
お、おーけー、落ち着こう。
理由は不明だが、意思疎通が出来る様に成ったぞ、こんちくしょう。
先ずはそれを喜ぶべきだ。そして次は――
――いや、意味わかんネェって、やっぱり。ナンデ、テレパシー、ナンデ。
###ピコン
###有線接続にて接続
###接続速度・・・50Mbps
###回線状態・・・良好
お、おう。ありがとうメニューさんや。
――あれか? この木を経由してるのかね?
<――と、取り敢えず――自己紹介させてもらっても?>
<――植物が自己紹介、って、なんだこの状況――王侯だのの夜会でもこんな混沌としてないぞ……>
<落ち着け、『勇者』――というか、よく見たら『ジグサ=ギグルカ』だな。
……かなり変な変異してるっぽいが、なんだこりゃ? 変種の変種か何かか?>
えっ? 聞いたことない呼ばれ方してんだが。ジグ何だって?
<いや、植物としての名前なんてどうでもいい。なんだこの『花』は>
<だぁかぁらぁ……ああと、お前ら方の方言なら、『シュリルイ=エルヴェッラ』か>
<何いきなりド級の下ネタ言ってん――ん? 聞いたことあるな>
おい、下ネタて何ぞ。
<でもなあ……こんな変異までは初耳だが……確かに節操無く増えるけど>
<――ああ。言われると、確かにアレだな。てか下品な呼び方すんなよ、『白野辺草』だろ……>
<――花、些かデカいてか、密集してるけど――確かにアレだよなあ……>
待てやこら、どんなフォルムなんだ俺、後下ネタってどういう事だ。
<二人だけで納得すんな、ええと……>
###ピコン
なんだようるせえなメニュー、今会話中――っておい、相手のステータス見れて良いのか。
<『フェバルス=ディヴァカミナス』……え? おいおい、かなり古い株じゃねぇか>
<――『フェバルス』、って、原種の近くの種の名前じゃなかったか?>
きゃー、そっちだけ見んじゃねえ、俺にも見せろー!!
<――アレ? なんだこれ? 『アルター』て?>
<<……>>
ん? ステータス見始めたら、二人が黙りこくったんだが、地雷か? ま、いいや。
###『alter』
……なんだっけ。代理とかだったか。オルタナティブとかで代替とかだったよな。
……ふふ、記憶飛んでるけど、勉強って意外と大事だったんだなあ(遠い目)
<『代理』って事は、『本家』はどこ――>
<――ああ、分かった。お前も『転生』だか『転移』だかで来た『異世人』か>
<――そっちの読み方出来るなら、そうだな――てか、何の因果で、おま……ぶふっ>
おう、何故噴く、『魔王』代理。
<いや、だって、お前、て、転生したら――くはっ>
おい、『勇者』代理。解説頼む。言語ある程度分かるつっても、スラングは分からん。
<……『ジグサ=ギグルカ』も、『シュリルイ=エルヴェッラ』もな――
――大義的には、『邪神の下生え』て意味だ――何どうしても何時の間にか生える、の辺りからだが――>
――はいはい。下生えね。うん、把握。
<要は陰毛だ>
言うんじゃねぇよ!!
茶を濁して水に流したかったのに!!
・ ・ ・ ・ ・ ・
それは、どうやって除草しても、気が付くとまた生えていた。
種を落とすだろう時期を見計らい、その群生に火を放っても同じ。
根こそぎに抜き、土をひたすら細かく耕しても、またひょっこりと姿を現す。
兎に角しつこく、駆除者を嘲笑う様に生き延び、どうやってもまた現れるその草は――
――何時の頃からか、こんな風に呼ばれだした。
「世界の外へと放逐された『邪神』が、嫌がらせに自分の抜け毛をばら撒いているんだ」
――等と。
無論、そんなみみっちい事をするモノでない事は、誰もが分かってはいた。
そんなチマチマとした嫌がらせをするぐらいならば、本気で世界を殴りつければ仕舞いになるような――
そんな、一撃が天の崩壊に匹敵する存在であると、この世界の其処彼処に刻まれた痕跡が物語っていた。
だが、その呼び名は改められなかった。
いや、正確な『名称』以外の『綽名』として、残り続けた。
それは――かつてそれが、この世界を襲った大飢饉を、神の庭から盗み出した『果実』で救ったから。
それは――かつて神々が見限った人間たちを、最期まで見捨てず、その命を繋いだから。
それは――世界の理を曲げてまで、己が信義に殉じたから。
世界のある時に、ヒトを半分に分ける大罪を犯したが故、『邪神』と呼ばれるその存在を。
しかして、この世界の人々は――決して嫌っては居なかった。
・ ・ ・ ・ ・ ・
――そう――『邪神』と呼ばれている、太古の存在。
『邪神』と呼ばれてはいるが、他の呼び様が伝わらなかった故に、そう呼ばれている存在――
その存在を、『ロキ』や『マウイ』の様な『トリックスター』に当てはめるのは、あまりにも簡単だが――
『トリックスター』と呼ばわるには、あまりにも整然と、軸の側に楯突いている。
――当時に何があったかは殆ど伝わっていない。
その姿も、朧気――振るった力の様と、その威は伝わっているが――
封じるに封じられなかった事跡以外は、殆どが禁忌と忘却の彼方の――
名前すらも禁じられた、遠い遠い過去の――『叛逆の英雄』。
<だからって……だからって……>
知ってる伝説の内容はカッコいいけどもよ……
「落ち着け、インモー」
<インモー呼ぶなこのやろう!!>
好き好んでコレになったと思ってんのかこの『勇者』は!?
「おい――どうでもいいがお前ら」
お前はお前で一頻り笑った後はめっちゃ冷静だな、『魔王』。
「私はもう別に構わんが――
このままここに居ると、恐らくは半永久的にこの薄暗がりで過ごす事になるぞ?」
えっ? 何ソレ?
「『世界』の壁そのものに突き立ったコレは、どっちの時間の軸にもある存在だ、と言われている。
その周囲では、あらゆるものを『主観』が規定している、とかいう話だ――時間の流れすら」
「――それがなんで半永久的って事になるんだ?」
「そこの草。250年生きたと言ったな?」
<ん、おうよ。てか、お前らより年上だったのかよ――>
「250年その感じで生き残ってきた意識が、接続された状態でこんな場所だ。
一秒が何十年になっているか、はたまたその逆か、想像の外だ」
――三行で。
「何千年でもそのままだろうお前に引っ張られて――
私とそこのの意識もそんな感じの『時間感覚』になり――
周囲の時間もそんな風に流れる――そんなトコだ。噛み砕くと」
俺のせいみたく言わないでくれよ……
「……流石に、それは困るな。帰りが遅いと、後詰が動く事になっている」
そう言って勇者が、無理無理刺さった根を引っこ抜こうとする――
って、痛い痛い、見てて痛い、平気なのかお前――
「――くそ、ダメだ。食い込んでしまっている――かなり深刻だな」
「はっはっは、お前もか、私もだ。挙句、術式は使えるが指向性が利かん」
はは、さっき手当たり次第に火を放ちそうに成ったのはそれでか、滅茶苦茶アブねえじゃねぇか!?
「――おい、そこの草」
<草って言うなハヤニエめ>
「まあまあ。動けないのかお前」
<自律駆動出来てりゃ、こんなとこに落ちてこないですなぁ>
「また、手間な――まあいい。見た所、根は伸ばせるんだな?」
<幸か不幸か、急速生育ってスキルがあるみたいでな>
「――んじゃお前、これまで根を這わせて来い」
ガラン
――う、腕落ちた!?
「根を伸ばせるなら、魔力操作的な事は出来るんだろうし――多分動かせるだろう」
えっと――なんだ、お前。
何で腕落ちて平気な顔してるの、こいつ?
――って勇者も涼しい顔だよ、なにこの状況!?
「いいから速くしろ、んで魔力送れば動くはずだから、指定した場所を弄れ」
<――いや、あの――お前ら、何なの?>
「ああ、直ぐ分かる。早くしろ」
――ま、まあ、いいけど。
しゅるしゅる――しゅる――ガチャガチャガチャ!!
「おい、落ち着いて動かせ、元辿ればお前も人間だろ」
うるへー!! こちとら250年草生やしてたんじゃこん畜生!!
っと、どうにかこうにか、指だけで這うみたいに動けるな――
「よし、背中側の腰の辺りに、緊急用の装置がある、それを弄れ」
はいはい――っと、これか?
「よし。それを押せ」
――ガチャン。
――カチャカチャカチャ
――――
――どさっ
<――おい、お前――>
鎧の前面部が縦に割れて、其処から落ちたのは――
「見ての通りだ。魔力やら何やらの増幅器であるこの鎧は、こういう肉体にでもならないと使用出来ない代物でな。お前の言う通りの、代理では、こういう術しかなかった」
――胴体から上の、少女の関節球体人形――そこに、生の首がついていた。
其処彼処からチューブが伸びていて、よく分からない半透明な液体が流れている。
「まあ、そっちのバカ野郎ほどではない。なあ、『勇者』代理」
そういって、『魔王』はにやりと笑う。
「――おい、草」
<――あのな、他に呼び方――事実一直線過ぎて言い返せもしねえ……>
「――すまんが、こっちも開けて貰って良いか?」
おい、今度は何が出るんだよ――あけたくねえ――
って言ってる場合でもないのか、仕方ない……
ぼやきながら、今度は首筋の後ろに――
――ガチャガチャガチャガチャ
<――お前ら、ほんと、なんなんだよもう――>
「はは、平和の為の犠牲獣さ――詳しい事は、帰れたら話してやるよ」
そこには、生身は生身っぽいんだが、腹から下がよく分からない位細密な歯車に覆われた、少年が居た。
「――ふむ。動力伝達のメインボックスがいってるか――これではな」
「やれやれ。しまらない終わり方ではあるが、戦う事が出来かねるのはどちらも同じだな――
おい、草。済まんがもう一仕事だ」
<――だから、草って――>
「チンゲの方がいいか?」
そう言うことじゃねえって分かってて言うなよお前!?
「何、楽な仕事さ――
私とそいつ、二人の核を取り出して、鎧の使える所を使って、地上へ出る。楽なもんだろ」
それの何処が?
「『勇者』と『魔王』両方が戦闘不能なら、流石に体勢建て直しにかかるだろう。
まあ、後詰がぶつかり合うのは仕方な――」
「――擬似だが、『異天力』を使える連中が後詰でもか?」
『勇者』の言葉に、『魔王』がぴく、と反応する。
「――どうやって?」
「痛みを除く術があるなら、後は意義に心酔させれば、死兵の完成だ。
まあ、かつてのアレの様な、『本当の不死身』にはならんが。
数で押し切れば押し切れるだろう――」
――なんの話だ?
「――さっさとしないと、世界の地図が塗り変わる、って話だ――一面の赤にな」
……俺、あんまり関係ないはずなのに――なんでこんな目に――
「お前が割り込んできた段階で決まってたんだ、諦めろ」
うう、健気に咲いてただけなのに……
「健気に咲いてただけの花は、『魔王』と『勇者』をぶっ飛ばさんな」
……ごもっともで。