【02】『腐朽姫の憂鬱』LS1393-03
――彼女はその日、一人でその門を潜った。
その『血格』も『家格』も、何もかも脱ぎ捨て、唯一人の彼女として。
大陸中央、森林地帯の中に在る、『国立エスカリオ学園』の門を。
全ての因縁を一度脇に置き。
全ての因縁に、立ち向かう刃を研ぎ上げる為に。
――無論、そんな風にだけ在れる程、簡単な星の元には居ないと。
彼女自身が、知ってた。
・ ・ ・ ・ ・ ・
私の名は『マリーメイア=ティファイドール=エスティリオネ=フラタカンフェル』。
帝国に幾つもある寄宿学舎の中でも、一際格調高い、『エスカリオ学園』の学徒です。
『フラタカンフェル』の家名で察しが付くでしょう――末席といえど、『王家』の家柄の出。
本来ならば、別家名となった三大公家よりも『家格』で言えば上。
『王政』ではなく『帝政』となり、その帝位も選帝で為される様に成った我が国に於いても――
帝都周辺の直轄領を治め、貴族の中でも抜きん出てて居ると言って良い家柄――
自慢ではなく、自負として、それを誇りとする家の末子です。
また、私自身も、7歳からこの学園に入り――
学識の点のみで言えば、ヌクヌクと育っている『温室育ち』達とは比べ物に成らない筈と自負しております。
ああ、いえ。
厭味を言いたいとかそう言う事では無いのです。
ただ――
「その私と同室になったのに、『あ、はい』とは何ですか貴女は!! もっと何か在るでしょうが!?」
「お嬢様!! どうどう!! 落ち着いて!! すっごく普通の反応ですから!!」
目の前で苦笑いの様な表情を浮かべている相手に、私は何とも言えない敗北感を味わっています。
こらシゼル、放しなさい!! 抱き上げるなデカエルフ!!
「も、申し訳ありません。お嬢様はどうもアレで――」
「い、いえ――ドア開けた瞬間、物凄い勢いでまくし立てられたので、理解に時間が――」
「アレとは何ですか!! 解雇しますよ、駄メイド!!」
「いやそれ、困るのはお嬢様じゃないですか、身の回りの事どうすんですか?」
「あ。あの――」
何ですか!! 今私はこの駄メイドエルフに上下関係を――
「ええと――シオ=カノイです。よろしく」
――カノイ?
「――お嬢様、カノイって……東方島嶼連合の長家の家名ですよ?」
「勿論知ってますわよ!! 分かってます? みたいに聞くな!!」
ウチとほぼ同格――
「あー、その……うちの『痛お嬢様』が失礼致しました――私、シゼル=ミナルと申します」
「あ、はい、よろしくお願いします」
ちょ、誰が『板御嬢様』だこのデカ胸!!
「……『東方』からいらしたんですか?」
「あ、いえ、住まいは大陸側ですが、『特別学徒』に選んでいただきまして――」
「あれあれ。御嬢様と一緒ですね」
――態とらしい事を――先んじてそれを話してたのは、貴女でしょうに……
『最初が肝心ですよ御嬢様!!』とか煽ったのもあんたでしょうに……っ。
「あ、そうなんですね」
「はい――ただ、御嬢様の場合、興味のある分野に突き抜けてるので、落第の危険がたまに――」
「わざわざ言わんでよろしい!!」
――その日。
私に、ライバルが出来ました――
・ ・ ・ ・ ・ ・
彼女は、ライバルとして不足の無い相手でした。
突出して成績が良いというのではなく、満遍なくA評定を取れる知識。
私? 私はA+評定が当たり前です。
――ただ、実技に、壊滅的な科目が2つあるだけで――
「相変わらず、『魔力探視』はガタガタじゃのう、マリー嬢は」
そう評されたのは、私の師である、ルク=ハドナー翁。
帝国でも指折りの魔術師である彼は――
「逆にシオ嬢は、いささか線が細いが、魔術に関しては抜きん出とるな」
何の因果か、彼女の師でもあります――何ですか、なんの嫌がらせですか!!
「前から言っていますが、お師匠様。何故彼女と一緒に実技を――」
「いや、決まっとるじゃろ。お前さん方二人の足りん所が、相互に補完しとるからよ」
くっ、悪びれる風でもなく――鼻毛を抜くな!!
「彼女の魔力は大きい筈では?」
「埋まっておる量はデカイじゃろ。じゃが、汲み出す量がの」
「それと私と一緒に授業する事に、何の意味が――」
「相互の影響に期待して、ですか?」
「そういう事じゃな」
それで魔力の粒子見れたなら、とっくに見えてるでしょう、何年貴方に師事してると――
そんな疑問も、何処吹く風だ。
……『術者』としては、突出してるのに、何でこの方、こんな――適当と言うか……
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『特別学徒』というのは、帝国内においては、魔術のエリートコースです。
『魔術師蔑視』とも『敵視』とも言える風潮のある帝国において、魔術師になる――
それはあまり賢い選択肢とは言えない――そうお思いの方も居るでしょう。
ですが、一概にそうとも言えないのです。
と言うのも、貴族・廷臣の義務に、『獣魔の駆除』が常に絡んでいるから。
特殊な力を持つ存在、その居る家柄というのは、実はそれだけで強力です。
強力な獣魔の駆逐を出来れば、その分だけ開墾開拓する領地も増える訳で。
また、他の領地へと出張して助勢する、といった事もあります。
そうやって影響力を及ぼせる『魔術師』と言うのは、極論、一族の浮沈にも関わります。
冒険者を募ってやれる事ではあっても、それを手ずから行える事の影響たるや――
その札を握るというのは、高々男爵程度が大きな顔をしたり出来る、そういった事にも繋がる為――
貴族クラスの家柄は、その獲得に余念がありません。
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速い話。私もまた、そんな風に期待されている――筈なのですが。
……ちょっと、『特殊な事情』がありまして……
おまけに、かつては見えていた筈のソレが、何故か見えない有様。
見得ない以上、その操作も大雑把に成らざるを得ません。
「ま、無理強いはせんよ。一番可能性の目があると踏んでの事じゃし。無理と思ったらそう言っとるしの」
「――分かりました、やりますわ!!」
正直、彼以上に有能な魔術の師は居ない。
その彼が『こりゃ、だめだな』とは言っていない――そこはもう、可能性に賭けるしかないのだ。
「うん。んじゃあ――」
あまり手を取り合いたくは無い、このライバルと手を取り合ってでも。
・ ・ ・ ・ ・ ・
そんな風にして、一年が過ぎ去ろうとしている。
相変わらず、見えません。
体感でぼやーっとした感じは感じ取れる様に成ってきたので、簡略なモノは出来るのですが。
複雑な式の重ね合わせとなると、たちどころに無理になってしまいます。
もう、魔術師とか諦めて、魔力ありの嫁として何処かの家に入るー――
――とか、別な考えが頭をちらちらしている程度に、余裕が無かった――或いは有ったのかも知れません。
――そんな風な事を言ってられない事態に直面するまでは。
・ ・ ・ ・ ・ ・
「おいおい、『腐朽姫』じゃねえか。ここに居たのかよ」
あまり嬉しくない声を聞いたのは、彼女と同室になってから一年程が過ぎた頃の事。
廊下をドカドカと歩きながら、距離を詰めてくるそれに、私は溜め息を吐く。
……シゼル経由で、『入ってくる』とは聞いてたけど……関わりたくなかったのに……
「――誰?」
――いや、貴女は下がってなさいよ、不思議そうな顔で横に居るんじゃないの。
「――これはこれは、オアークウッド男爵の――お久しぶりですわ」
「は、お久しぶりだな、全く。俺の誕生会を滅茶苦茶にしてくれて以来だもんな」
まだ言ってるのか、こいつ。と溜め息を吐きたくなる。
あれからもう5年にもなるというのに、ケツの穴の――失礼、度量の小さい事だ。
「あの事は、双方の家で話し合いで決着がついた筈でしょう?
それに、外の事を学舎内に持ち込むのは、あまり好まれませんよ?」
「おーい、君が言うの、それ?」
だまらっしゃいシオ。後、下がりなさいってば。
「は。家同士ではちゃんちゃん、でもな。俺は決して忘れてねえ」
「――がっついて口に入れて、吐き散らかしたのは貴方でしょうに」
「んだと――王統かしらねえが、調子に――」
――弱ったな。バカで食い意地の張ったクソデブ――
ああもう、一年でシオに影響されすぎだ私!! 口悪くなりすぎ!!
とにかく、単なる男爵のバカ息子だった筈が、こんなアホ丸出しに成長するとか――
「――そこまで」
うわー、と言いたい。よりによってこの人に見つかったか、と。
この人は『ケルフ=ルベンズ』。私の事を非常に嫌っている教師の一人である。
「……何です、ルベンス先生。こいつが王統だからって形持つんですか?」
「いいや? 授業を始めようと言うのに、目障りだと言うだけだよ」
――いや、正確じゃないかな? 正確には、シゼルの事を嫌っている節がある。
……まあ、エルフでメイドって、エルフの界隈からしたら恥とか言うし。
その癖全面的に私に忠誠を誓ってるシゼルとか、エルフからしたら奇矯な存在にしか見えないんだろうけど――
それは――私の責任ではないしなあ……
「話し合いで決着が着かないというならば、決闘でも何でもし給え。
ただし、『学舎の外』でな――ここは学び舎であり、卑俗な自尊心を満たす為の場所ではない」
「――へっ。へえへえ。分かってますよ」
そう言って教室に入っていく二人。
――いや、説明とかしないから、期待に満ちた目でこっちを見るんじゃ有りません。
「――いきますわよ」
「ああ、うん。良いけど」
そう言って、私たちも教室へと入った。
・ ・ ・ ・ ・ ・
その後、一月程の事は、あまり口に出したくも無い。
実に細々とした嫌がらせが、あれやこれやと続いた。
私の『旧悪』について記された張り紙が出てたり。
我が家と男爵家の、現在のパワーバランスについて吹聴されてたり。
しかも、何が腹が立つって――そんなもん周知の事で、ただでさえ腫れ物扱いだったのに――
「――――」
「…………」
私が歩くだけで廊下の人込みがさーっと分かれたりするようになった事だ。
いや、それ、最初の年に洗礼受けてるから。
後ろの方でニヤニヤしてんじゃないですわよ、このブ――えふんえふん。
・ ・ ・ ・ ・ ・
――でまあ、
ドスン
「――何、シゼル。その紙束」
――私より先に、従者が切れた。
「あの豚の『料理』法について考えました」
「……放っときなさい、あんな小物――相手されないからエスカレートしてるだけで――」
「それが良くありません。いい加減、逆恨み甚だしい『妄想』から覚めて貰わないと――」
「――あのさ。聞いてもいいか分からないから聞かなかったんだけど、聞いて良い?」
……いや、態々厄介事に首を突っ込もうとしないの、貴女は……
「簡単です。あの豚は、『社交界へのお披露目の会を潰された』事を根に持ってるんです」
「あ、うん。それは張り紙で何となく見た――
マリーの魔力の暴走かなんかで、食事全部腐ったとか――」
「はいはい、それで終了――」
「そうですね、起きた現象はそうです。ですが実際は、御嬢様は毒殺を防いだんです」
――言うな、ちゅうのに。一応、緘口令敷かれてるんだから。
あの一件、色々面倒臭いから、双方無言に成る事で片付いてる筈なんだから……あれは吹聴してるけど……
「――御嬢様は、当時はそれはそれは目端の利く利発な方で――」
「当時てなんぞ。今もぞ」
「それはもう愛らしくてその微笑と言ったら正しく天使の微笑と言わんばかりで――」
「ちょ、シゼルさん、鼻血鼻血」
これが嫌なんだってば、この話題は!! 確かに昔はひねてなかったけど!!
「兎に角ですね。料理に毒が仕込まれている事に気が付いたんですよ、御嬢様は」
「ほうほう」
「ですが、誰が入れたにせよ、責任を取らされるのは料理人――
御嬢様は、その料理人とは親しくしていたので、どうにかこうにか、『解毒』をしようとしたんです」
「――失敗した、と」
ちょ、なに、その哀れみとも悟りとも付かない目は!!
「流体に掛けるとなると、人体に掛けるのとは難度がまるで違いますし――
使われた毒との相性も良くなかったのでしょうね。単純な『解毒』で分解出来なかったみたいですし――
まあ、毒素の減衰には成功したんですが――その――何と言いますか、『効き過ぎて』阿鼻叫喚の状態に」
「……それ、マリーが悪い要素が見えないんだけど。
『招待者』が責任をがっつり背負わなきゃの話じゃないかな?」
……だから、嫌なんだって、この話題。
「――問題なのは、面目を潰された事なのよ。
男爵家は今でもそうだけど、中央志向上昇志向が強いから、『客』もかなり居た。
その満座で、いきなり『主役』がゲ――うぉほん、『嘔吐』して御覧なさい――」
「まあ――ヒクね。普通」
「まして、術者を多く抱え込み、その力を以って売り出している家が、たった一人の小娘に出し抜かれたら――
正直言って、面目丸つぶれですよね――結果、私は助かったんですが」
――言うなって、もー……
「やっぱり」
「――分かってました?」
「只事の愛情じゃないもんね、シゼルさんのマリーへのは。
なんか、えらい事があったんだろうな、とは思ってた――それこそ、命救った位は」
こ、こいつ――普段はボーっとした生き物の癖に、無駄に鋭いんだってば!!
「兎に角!! さっさと決着をつけましょう!!」
「何やっても恨み継続するだけだって……」
「――継続しないだけの差を見せ付けちゃえば良いんじゃない?」
……何言い出してんの、この子。
「すばらしい、シオ様。お手伝いを――」
「――要らん事に巻き込むのやめなさいな――」
「えー? 協力するけど?」
「……この話は終わりです」
そういって、図書館から借りていた本を閉じ、部屋を出る。
……これ以上、『家』に迷惑を掛けたくない。
こっちが黙っていれば、やがて飽きるだろう――
そんな風に、思っていました。
――再度言いますが――
――そんな風な事を言ってられない事態に直面するまでは。




