【01】『空見る人々』Ls1393-03
――例えば、ある日、偉大な君主が身罷ったとしよう。
それも、老いとか病に臥してとか、或いは戦場に赴いてとか、そう言った『起こり得る』状況ででなく。
唐突に、突然に、予想外に起きてしまったのなら。
如何に慕わしい君主であったとしても、『喪』に服している場合ではなくなる。
その能力と、声望が高ければ高い程――突然に地面に落下した時の『音』や『衝撃』は巨大になるのだから。
「――でも、まあ……準備も何も無しで、被害も段違いな割りに――巧く治まったのも、その声望故、かな?」
街角の掲示板に貼られた、『四位代行』名義の布告を見て、アウルはやれやれと溜息を吐く。
・ ・ ・ ・ ・ ・
エスターミアのとある街――その停車場で、私はこれを記している。
状況の錯綜著しく、整理をしなければ――そう思ったのだが、どうにも整理がつかない。
私は別に頭は悪くない筈なのだが、『考察』というのは本来の役割でない為か、上手く纏まらないのだ。
件の一件から、凡そ二週間――その混乱も少しずつ落ち着き始めた。
落ち着かざるを得ない、とも言えるだろうが――
あの一件――『大断裂事件』と通称され始めている一件について、真実を知っているものは殆どいない。
同じタイミングで大陸各地で事件が起きていた為、調査の手が回っていないと言うのもあるだろう。
バーフェルブールでは領主館への『災害』――『廷臣派』はそう強弁している――により、大公の消息が不明。
――まあ、恐らくは死んでいるだろうが――
三大公家の内、二つで同時に『仔細不明の死』を出す訳に行かないという、『帝国』自体の思惑だろう。
ロアザーリオの街道周辺では『爆発』――これは恐らく、花栄さんがやってきた件の洞窟だろう――が起きた。
むしろ、こっちの方が『災害』に近いだろうが――
衆目から見ればどちらも、『魔術結社』による『同時多発テロ』に見える様に、世論が動いている。
そういう風に情報統制を行っている、とも考えられるのだが――
実際の所、社会の上の連中、『貴族』とか『聖樹教』も、完全な詳細を掴んでは居ない様に思う。
詳細なデータを収集しているだろう、『神の枝』は或いは、か――
――それでも恐らく、データからの推測がやっとだろう。
この事態の根幹が、高々一人だと確信出来ている者など、居ないだろう。
『ジン=ストラテラ』。
本名――いや、前名、『ミナキ』、あるいは『シオ』。
今回の一件の、『目』は確実に彼だ。
彼は――これまでの中で何度か触れているが、その構造その物が奇怪極まる構成をしている。
『そもそも混ざってるって何だ』とか言わないで欲しい、私が一番突っ込みたい。
『邪神』の転生者によって崩壊を留められ、何の因果か、この世界へやってきた存在。
路傍の草に転生し、そこから粛々と繁茂し――そして今や、事象の中心。
端的に言えば、『邪神』の申し子の彼だが――あの人に、そんな意図があったかは不明だ。
その行動し始めるトリガーと成ったのは、どちらかと言えば偶然――『魔王』と『勇者』の衝突だ。
あの二人が、あの場所で事を構えたのが、どの程度の介入によって成されたのかは不明だが――
ジンそのものは、生存本能を刺激されてはじめてモソモソと動き始めた、といっていい。
行動開始以降の事も、どちらかと言えば『流され型』の主人公でしかない。
『賢者』が居なければ、外に出て、ではさようなら、だったろう。
『情報集積帯』でも、『邪神の残骸』が出てこなければ、自分に再び転生して繁茂。
彼が、明確な自分の意志で行動を開始したと言えるのは――
遥かな昔の死に行く邪神の体へと転生し、そこから『自ら』を放った、あの行動からだ。
――そこまで考え、ふと思う。
一つ、一つ、また一つ。
積み重なる様に、『通常』とは異なる事が重なっていく。
そして思う――彼は、歴史の中に時折現れるような、『特異点』の類なのか、と。
『特異点』と呼ばれるに相応な影響は、確かに与えている。
彼の軌道が、起こっていなかった事を起こしているのは事実だ。
それと同時に――いやまて。それを言うならば――とも。
この世界は現時点、『特異点』たる連中に満ち満ちているのではないのか?
例えば、以前――やって来た方の『歴史』を振り返るならば、『異天』連中。
彼らは、今回の戦闘でこそ振るわなかったが、私達がやってきた『未来』では一つの国を裂き――
その上で再度一つの旗の下に、権力と人心を集めている程の影響力だ。
今回は、時期が早かった故、と考えれば、その存在は軽んじられない。
そして――『フェル=カハル』。
ジンにはぼかして伝えたが、自分には、彼女が後の『魔王』であろう確信がある。
容貌の酷似もそうではあるのだが――もう一つの理由がある。
それは、順序が逆転し――しかし、その逆転も打破されている事。
あの『歴史』の『魔王』と『勇者』が、『代替』と呼ばれていたのは、その『前』に当たるそれぞれが消滅した為。
ジンはまだ詳しく読み込んでいない、あるいは状況を知らないから気が付かなかったのだろう。
『正史』、と呼ぶべきかは分からないが――そちらの『私達がやってきた未来』では、こうなのだ。
『フェル=カハル』は、五歳の時に、『樹の巫女』に捧げられる。
それが数年の後、内在魔力の増大で、維持が不可能となった為、次が選ばれる――
そう、その『次』こそが、ベル姉さんこと、『ベルトリーエ=ナハル』。
この時何が起きたのか、詳細は不明だが、『第三柱の大崩壊』と呼ばれる事件が起きている。
悔やまれるのは、自分にはその辺りの魔力変遷のデータが無い事だ――
だが、兎にも角にも、周辺数キロに渡る大崩壊が起き――
その残骸に、『遺物01』『遺物02』と呼称される、『勇者・代替』と『魔王・代替』が残っていた――
これが、『正史』で起きた、というか、起きる事だ――個人名称こそ異なるが、恐らく大局に変わりは無い筈だ。
その後に、『賢者』と呼ばれる事になる『知恵の異天』に二人の教育が任される事になるが――
これは恐らくは本筋の意図とは関係の無い事だろう。
エルフ連中では御し切れなかった、それが恐らく真実だ。
兎に角重要なのは、『本来の魔王』であろう人間が、そこに現存している事――
「――困ったな――そうなると、イゾウさんが助ける以前から、既におかしいぞ?」
考えながら、その違和感に気が付く。
イゾウの出現した時間軸を追って気が付いたのだが――
最初にベル姉さんが囚われていた段階に出現。
それによって『第三柱の大崩壊』が発生。
その際の時間異常の為か、五年前に出現し、フェルを救っている。
だが、『第三柱の大崩壊』は、この軸では七年前に起きている。
つまり――フェル以前から、彼女は囚われていた事になる。
「……ああ、まあ、追う意味無いか――『帝国』の建国段階からしくじってるし」
そう――『正史』なら磐石の筈の『帝国』は、建国段階から既に水入りなのだ。
本来なら、弟を下した初代皇帝は、その勢いで東方島嶼に攻め入り、下すのだから。
宮廷内の権力闘争のログなんてものは流石に無いので、なんとも言いがたい部分も有るが――
まあ、磐石に運営して見えるだけで、常に危うい舵取りだったろうとは想像が付く。
そして、その中で権力を欲した者が居たとすれば――手段は問わないだろう。
例えば、自分の娘を『樹の巫女』に捧げる、位の事は。
「てなると、やっぱりあの人のせいじゃんか~、何やってくれてんのさ~……」
どこかへすっ飛んでいった、旧・草の存在を思い浮かべる。
タンポポかなんかか、あの人は。風が吹くたび、あっちへこっちへとまぁ……
そもそも、『虹星』なんて存在で呼ばれてる事すら分かってるのか分かってないのか――
『ちょっと通りますよ』で何億人に影響出してんだ、あの草!!
「止めなかった私も私だが――『邪神』が聞いたら、腹抱えて笑うだろうなぁ……」
頭痛くなってきた……と思い、帳面を一旦閉じる。
『邪神』に起こされて以降、めちゃくちゃだよ、全く、と。
「……もっと頭痛い人も、一杯居るだろうけど」
――例えば、この一件の、『攻め手側』。
企画立案した者ですらも、ここまでの大事は想像し得なかっただろう。
――ましてや、其処に巻き込まれた者の苦労たるや――
・ ・ ・ ・ ・ ・
「此度の一件の後処理、諸侯に有っては、まことに良く働いてくれた」
一段高い壇上から、居並ぶ諸侯に向けて言葉を発する男。
「追調査は必要だが、それは各家で行うものとする。必要と判断したら、刑部も動かすがな。
現時点、様々な憶測が飛んでいるのは我が耳にも届いているが――
それらこそが、我が帝国を混乱に陥れんとする策謀である恐れも有る。
諸侯に有っては、軽挙妄動に走らず、日々の公務を粛々と行う事を願う」
その言葉が切れ、その座から立ち上がるのを見、諸侯は頭を垂れて見送る。
その末席で、レジナールもまた、頭を垂れた。
・ ・ ・ ・ ・ ・
ぎりぎりのラインだった――帝都『エイバロニア』の行政府の一つ、その一室から出ながら、溜息を吐く。
『一位の皇継』から、事態処理は一任するとの言質は取っていたが――
「レジィ――と、すまん――カウランドール卿」
声を掛けられ、振り替える先には――
「――『デュラ=カハル』殿」
「おう。ちと話がある。内々の話だ」
まだ騎士見習いにしか見えない、しかし、武人然とした少年が話しかけてきた。
「話ですか」
「ああ。ちと面を貸してくれ」
そう言いながら自分の部屋へと向かう少年に、レジナールも従い――
そこまで長い距離を歩かず、目的の部屋へと。
「適当に掛けてくれ。ベルッケンの茶で良かったか?」
「――ええ」
言いながら、手ずから茶を準備し出す。
……立場の上では止めるべきなのだろうが、止めて聞かないのも、良く知っているので、そのままにする。
「――率直に聞く。今回の事、どの程度まで知っている?」
カップを前に置きながら、本当に率直に聞いてくる――
「――エスターミアの代替わりを企図して、バーフェルブールの前大公が動いていた所までは。
計画の青写真は知っているが、細部は不明、といった所です――何処にどういった依頼、命令、などは、皆目」
レジナールもまた、率直に応えた。
事実、彼の知っているのはその程度であり、自分は『召喚器』の調整に注力していたのだし――それに――
「そうだろうな。『叔父上』はそういった事は自分の手の内だけでやる御方だった」
くくっ、と皮肉気に笑うこの少年に、その手の偽りは無用の事だろう。
それだけの日々を、歩いてきたのだから。
「となると――俺がエスターミアの緊急統治に入ったのは、悪手だったか?」
「いえ。口さがない噂など、一時の事です――というより、『廷臣』から回すと、後々がややこしくなります。
それだったら、テーブル叩きつけて脅してでも、『武人』勢力で動いてもらった方が、後腐れがありません」
「ふ――軍閥どもまで欲を掻いたかと噂しているのに、お前は相変わらずだな」
「――『宮廷連』と、私の考えはあまり近くありませんので」
それもまた偽らざる事実だった。
自分にとって、『彼』がなろうが、『目の前の少年』がなろうが、さしたる違いは無い。
「その答えは?」
「興味があるのは『権力』ではない、とでも。
というより、下手に貴族を入れると、絶対に『根付いて』しまいますから」
そう言うと、彼は愉快そうに笑う。
たった14の少年には思えない、枯れた笑い方だ。
「やはり、お前は俺に近い――いや、教育係であったお前に、俺が近いのか」
「勿体無いお言葉」
「よせよせ、レジィ。兄と弟のようだ、とまで言われた、お前と俺の仲だぞ」
「……貴方の様な弟は、ちょっと、と思わないでもないですが……
まあ――いい日々だったとは、思いますよ――あの頃は」
「――ならば、俺に付かぬか?」
そういって、『二位の皇継』は顔を近づけてきた。
「――軍閥も宮廷連中も、所詮は同じ穴の狢――見るべき者も居るは居るがな。
お前の様な者こそ、本来は俺の横に相応しい――手を組まんか?」
「――立場を分かった上で、仰っておいでで?」
「目的を理解した上で言っているのだ、『上のエルフの外れ者』よ」
その言わんとする事も理解出来る――だが――
「――まあ、言えぬだろうと分かってはいる――
『エノ』の後見に立たされた今となってはな――全く、ちと手が遅かったな」
「御理解頂き――」
「だが、思いつき、という訳でもないぞ。『正統な庭師の系譜』よ。
知っての通り、ロアザーリオでも、訳の分からない被害が出た。
古式に通暁する者を求めるのは、当然だと思わないか?」
その言葉に――この少年もまた、今回の一連の騒動の根幹を推察していると知る。
「――窮鳥を懐に入れたのは、その為で?」
「――ふ、鎌をかけるか。だが乗ってやろう。
『アレの居るらしい場所を考えろ』――俺の、いや、如何なる諸侯の手も届かない場所ぞ」
「では――」
「さてな。もっとも、噂程度でしか聞いていない事だ。
あれだけの事が起こった後に、世俗に危険を感じた者が、子弟を預けるに丁度良い『庭』があるのであれば――
それは、あの場所ほど相応しい所も無い――まあ、内では色々あるらしいが」
「……まあ、ありますね」
「その中に入る迄の安全を確保するに、自分の旗下の者が手を貸そうと――
俺はそれら一つ一つまで関知はせん事にしている――武人の平時の稼ぎは、そういう所で捻出するべき、だろう?」
「――成る程。これは――鎌をかけた心算が、失言でした」
そう言って、レジナールは茶を啜る――言われた内容が、自分が嘗てあれこれと言った事だったからだ。
「――馳走になりました」
「ああ。何時でも来い――ああ、そうそう。
煩いハエを幾分か叩いておいたが、良かったかな?」
「……ありがとうございます。
さてさて――どちらの方角から来たものやら」
「何処にでも沸くさ。お前の立場なら」
「――弱りましたね。何時か言った事を、そのまま返されるとは」
苦笑しながら、レジナールは部屋を出る――
回廊から、空を見遣りながら、レジナールは考える。
彼の言葉は全く以ってその通りだ。
あの場所は――特定の権力下には無い。
内部でのヒエラルキーには、確かに影響があるだろう。
だが――自分の様な、上のエルフからは見向きもされなくなった者でも門を叩き。
相応の知見を得て出てくる事が叶う程度には、門戸は誰にでも開かれている。
――だとすれば。幾年かの猶予が、この世界には出来た、とも言えるのか。
デュラ=カハルには言わなかった事を、心の中で考える。
あの時――計測していた魔力が、『泉』のそれとは異なる、異常な値を示した事。
詳細は不明だが、あの場所で――
昨今言われている『魔王』からも、頭一つ抜きん出た存在が、一瞬その片鱗を覗かせたと言う事実。
推測するに――それは、『四位の皇継』なのではないか。
そして――魔術結社等の方から漏れ聞こえてくるその死は、誤認なのではないか。
だとすれば――そう推測を立て、かけた鎌だったのだが。
もしも、それが目覚め、世界が『魔王』として受け入れたならば。
世界は、再び大きな動乱期を迎えるだろう。
「――目的の為の情報を集め得る、権力――たまたま得たとは言え――これは、偶然なのか」
或いは――これすらも、予定表の一部なのか?
まだ見えない暗雲に、レジナールは身震いをする。
「……安穏が叶わぬなら、備えなければな――」
まだその姿を見れない、何かへと向かい――祈る様に呟いた。
・ ・ ・ ・ ・ ・
「アウル――」
「はいはい。何ですかイゾウさん」
あれこれと考えていると、イゾウが荷物を運んできた。
自分でも持てるんだが、持ってくれる、を断る理由も無い。
「お前、これからどうするんだ?」
どうするんだ、と言われても――
「特定の人に付いて回るには、やる事調べる事が多いので――放浪メイドですかね」
「おう。分かった――一応、俺の知り合いのギルドに一筆書いた。使え」
「ああ、ありがとうございま――す」
――いや、これ、果たし状にしか見えないですよ、イゾウさん……
「――それこそ、そっちはどうするんですか?」
そう言うと、イゾウは頭をかく。
「決めては無ぇ。まあ、俺も放浪かね――ベルに後処理全部させるみたいで悪いが」
「……まあ、文官の才能ないですからね、貴方」
「ほっとけ」
そう言った顔が、スッと鋭くなる。
「……今回の一件、探るのか?」
「……今回に限りませんし、これからも、きっと何かあります」
「――何が起きる?」
「――分かりませんよ。そこに織られる予定の糸があるだけの状態なんですから」
実際、そうだ。
貴方も私も、その糸の一本に過ぎない。
だが、彼は納得したようだ――流石に、混沌の時代を生きた人は切り替えが早い。
「それも、そうか――織物の柄なんて、機織の機嫌次第か……」
「ええ――ああ、名残惜しいですが、そろそろ」
今、駅馬車に乗れば、夜ぐらいには次の街だろう。
この片田舎では限りのある情報も、もう少し詳しく手に入るだろう――
そう思い、立ち上がると、イゾウがカバンを持った。
「――はあぁぁ……のんびり暮らす予定の世界で、なんつう事態に……」
「まあ――運が悪かったんですよ、貴方も私も」
何が、と問うイゾウに、
「……『彼』に出会ってしまった」
「……それはあるな。で無けりゃ、旦那の横で殉死でもしてただろうし」
「ね? ――『フェル』だって、ああは成ってませんよ」
「ああ――そうだな――
『生命』は救われたが、『運命』は曲げられた、とか、頓知が利いてる」
それはまあ、貴方に遭った彼女達も――とは言うまい。
「――何処行ったかね、あいつ」
「――さて――行く先々で、迷惑掛けてなきゃ良いですけど――」
そう言って、二人、空を見上げるのだった。
・ ・ ・
走っていく馬車を見送り、イゾウは一つ伸びをした。
「……さて――どうするかね」
そう言って、顎をさする――
「……とりあえず、髭剃って、髪切って、か」
水溜りに映る自分の顔の、あまりの事に、苦笑を浮かべ――
「――このままで済ますと思うなよ、誰かさんよ」
近くに居た鳥が飛び去っていくのを見送り、イゾウもまた、歩き出した。




