02/【13】
ここで俺は思い出すべきだったのだろう。
俺が、やってきた『未来』において、何と言っていたのかを。
そう――『管理の出来ない力は碌でもない』。
・ ・ ・ ・ ・ ・
足下のザワザワしたものが、引いて行くのを感じる。
さっきまで眼前に居た『かいぶつ』の悪意に霞んで、あまり感じていなかったが――
この地下に降りてきた段階から感じていた、何かがざわめいている様な気配。
幸か不幸か、さっきの精神攻撃は、自分には効果が薄かった。
幻覚そのものは見えた――確かに見えはした。
だが、ショックを受けるほどのものではなかった――あるいは、自分に割振られた役割の御蔭か。
兎にも角にも――醒芯の異天・タスクは、頭を振って立ち上がる。
「――大丈夫か、タスク」
「――ああ。手を貸せずにすまん」
話しかけてきたユキヤに応じ、そちらを向く。
「――どういう事だと思う? この綱渡りの状況は――某かの意志か?」
「……明確にどうとは言えない。そもそも、エルフがここまで予測をつけていたかも分からない――
そもそも――襲撃されてる所へ、無理矢理入り込んだ訳だしな。
現時点では、偶発的な事態であるように思える――」
自分の言葉に、少し考え込むユキヤ。
「最終的に、あの怪物の類を退治するために呼ばれたにしても、現時点でいきなりぶつけるにはリスクが勝ちすぎる。
何らかのイレギュラーで、手順が入れ替わった結果と考えるのが自然だ。
だが――分かっているのは一つ。今のままではダメだ――勝てない」
その問いに返ってきた答えに、タスクは頷く。
今回は――本当に運が良かっただけだ。
例え、助けられた相手によって、地下の怪物が活性化していたのだとしても――
いや、それすらも、真偽の程は不明だ。
仮に――そこの『少年・少女』と関係なく、怪物が今と同じだけ出ていたら?
良くて、全員で相手を引かせる――つまり、追い払うまでしか出来ない。
下手をすれば――そのまま、異世界の栄養源となるところだった。
「おい、全員逃げるぞ!!」
唐突に、穴の入り口の方から声が。
――ビキキキキキッ!!!!
穴の奥の方から、破断音が響き渡った。
・ ・ ・ ・ ・ ・
それは、奥の暗がりから不意に現れる。
フォルムはやや大振りなサルの様な――狒々型、とでも言えば良いだろうか。
そして、さっきまでの『怪物』達との明らかな違いは、その顔の部分。
触手の様に垂れ下がる、蔦とも根とも付かない、赤いそれ。
「――今度ぁ、『ムーンビースト』かよ……てかまだ終らねえのか」
等と悪態を吐きつつ、『フェル』を抱え上げて走る。
「ジン!! 無事か!?」
おう、イゾウ――お前さん、壁跳ねながら来るとか忍者か。
「俺が殿をする、兎に角穴から出ろ!!」
おい、そういう死にフラグは――と思った瞬間、イゾウが低く構え――跳ねた。
まるで獣が跳ねかかる様に、得体の知れないそれを、次から次へと引き裂いていく。
その死角から襲い掛かる相手には、何か鋭く動くモノが応対している。
たちまちの内に、あふれ出た敵の第一陣は崩壊した。
――なんか、獣の頭骨みたいなのが、周回して飛んでないか、君。
「お前――その刀といい、隠し玉多過ぎじゃねえ?」
そう口にしながら、俺は俺で蔦で格子を組み上げ、其処に火を灯す。
「お前もだろが――って言ってる場合か、『剥落』が起こる前に、さっさと引くぞ」
はあ? 何言って――と思いつつ、何の気なしに周囲を見る。
「――なんだ、これ」
周囲の壁が、どこかで見たような光を放ち始めている。
――有体に言うとだ。『泉』そっくりの色が。
「くっそ、あの時と同じだ!! 始まりやがった!!」
「何時だよ!?」
「ベル助けた時だ!! 詳しくは後で!!」
今言って、と思いつつ周囲を見回した俺は――
「――ちょ、お前らだけずるくねぇかwww!?」
『異天組』が光に包まれながら、消えて行く光景だった。
・ ・ ・ ・ ・ ・
「おい!! どういう事だこれは!?」
景色が一瞬白くなり――
次に目を開けた時には、世話役として同行していたエルフが、シロウに詰め寄られている光景だった。
思わず駆け寄り、制する。
「ちょ、シロウ君!! 落ち着いて!!」
「いくらフミさんの言葉でも、これは聞けねえ!!
あの場から、なんで俺らだけ――!!」
見回すと、場所は昨夜宿を取った、『レトヴァーエ』という街の近くの祠――
人影は、自分達のPTと、世話役だけだ。
「す、すみません、話が見えないです!!
『標』の反応に関連する決まりの通りに――」
「俺は何で俺らだけをって――!!」
「――シロウ。そいつに当たっても意味が無いぞ。そういう縛りの技術だ――」
ツブラに諌められて手を放すシロウ――
「――これで分かったよな。
俺らは、まだあちこちに首を突っ込んで歩ける訳じゃない。
お前がリーダーで構わないが、判断は冷静に――」
「――いっそ、お前が成れば良いだろ」
「おい、お前な――それで納得出来るのか、バカシナ」
吐き捨てる様に言ったシロウと、それを見据えるリュウト。
「こっから先、誰かをお前が助けたい、と考えた時。
お前なら行くぞ、ってところを、エンちゃんは天秤にかけて見捨てる場合もある。
それで納得出来んのか?」
「んじゃお前でも――」
「――『聞きなさい』!!」
その声に、三人が振り返り――その先には、出た声の大きさに、自分から驚いている、私が居る。
「――私らが、私ら同士で信じあわなくて、どう、すんのよ……」
そう言いながら、私は――『魅』の異天・フミは、自分自身の無力さを噛み締めながら、膝をついた。
・ ・ ・ ・ ・ ・
駆け寄る三人を見つめる、タスクとユキヤ。
「――まるで、『女王蜂』だな」
ユキヤの言葉に、苦笑いするタスク。
「向こうに居た頃と代わらんだろ――最後の手綱持ってるのは、何時でも彼女だったんだから」
「――変わらないのが、危険だろ」
溜息を吐き、背を向けるユキヤ。
「『生徒会長』と同じ感覚で、あの力を振るわれたら困るんだよ――
もう少し、自覚してもらわないと――」
自覚が必要なのは、自分たち全員だが――と思いつつ、思い出せない友の事を思うユキヤだった。
・ ・ ・ ・ ・ ・
何が起きて、何が残るのか――その予想が付く。
それは、必ずしも幸福でも幸運な事でもない。
知ってる以上、抗いたくなる。
分かっている以上、跳ね除けたくなる。
それが例え、著しく勝率の低い賭けでも。
今から記すのは、確定した敗北を、どうにかこうにか引き分けに持っていくお話。
・ ・ ・ ・ ・ ・
イゾウにとっては、かつて見た光景だった。
この世界に落ちて来て最初に出会った、とある悲劇。
それを否定したら起きてしまった、絶望的な崩壊の光景。
その第一段階を告げる光景に、思わず胸が締め付けられる。
別段、エルフの集落を崩壊させようとか、世界の決定に抗おうとか、そういった事を考えた訳ではないのだ。
ただ、目の前に、あんまりと言えばあんまりな表情の少女が居たから。
怒りも悲しみも、絶望すらも失ってしまったそれを、放って置くには、自分は歪み歪んで、いっそ真っ直ぐで。
だから、助けてしまった――起こしてしまった。
歴史の片隅に、『第三柱の大崩壊』と記された、それを。
今起きようとしているのは、恐らくはそれの同類だ。
花栄が、相当な距離を無視して、ここに居た理由。
世界の辺縁に住まいする筈の、あの狒々染みた化け物たちが現れた理由。
それは――知る限りの知識では、『泉』の暴走による、空間の歪曲だ。
単なる強力なエネルギーに過ぎないそれが、何故それを引き起こすのか迄は、イゾウの知らない所だが――
それを知らなくても、起き得る事を知っているだけで、十分だ。
もうこれ以上――誰にも、そんな事の重みを、背負わせたくない。
ああそうだ――自分は、ここに来る前も十分に汚れていたのだから。
ああそうだ――自分は、人が生んだ因果、その暗い穴を覗いてしまったのだから。
我が手は既に朱。そして、汝らに罪は無し。
担がれる神輿が、綺麗なままでいいように。
未来へと歩く者も、こんな落とし穴に関わる事は無い。
・ ・ ・ ・ ・ ・
――彼は知らない。
決められた『破滅』に抗おうと、自らを律し、その術を求め、世界を彷徨する者。
それを、人は時に――『勇者』と呼ぶのだと言う事を。
・ ・ ・ ・ ・ ・
「こっちだ!!」
穴を出て、花栄が指を指す方へと走る。
状況を把握しているのかは分からないが、地面の傾斜は地上へと向いている――
というか、誰が空けたんだ、この穴。
「どうも!! 自己紹介は落ち着いたら――」
「ああ、そうだな――だが、名前だけは聞いてるよ、『ジン』!!」
誰に、と言いそうになって――視線の先にそれを捉え、納得する。
「ああ、あの『謎メイド』ですか」
「そうだ!! 今さっきだがな!! 全く分からんから、詳しくは後から――」
――ドグン
その声に被さるように、空間が律動する。
「やべえ――ベル!! 全員に『加速』――」
「もう掛けた!! いいから走れ!!」
――ドグン
イゾウとベルの声が重なるように響き、俺は『フェル』を抱えたまま――
「アウル!!」
「状況は!?」
「器から溢れた『泉』が周囲を巻き込みながら戻っていってる!!
汚染半径およそ2kmだけど、被害予測は付かない!!」
光の粒子で象られたメイドの傍を駆け抜けて、地上へと飛び出る――
・ ・ ・
目の前の光景は、予想よりも不味かった。
地下で暴れた影響なのか、それとも例の怪物の影響か、田園地帯のそこ彼処に亀裂が走っている。
『マップ』を重ねて見てみると、敵の表示が殆ど無いのが幸いだ――深い方にデカイのあるけど。
そのままの光景をぐるりと見回す。
そして――
「――海かよ、全然気がつかなんだ」
「あ、うん。ここ、半島の付け根の辺りなんだよ」
へー……半島、付け根?
「――『平穏の野』、か、ここ――」
「――気が付かなかったんですか?」
気がつかねえよ、一周目と全然違う光景じゃねえか。
どうやら、図らずも同じところに居たらしいんですが。
「――どういう事だ、アウル」
「――『空虚の野』に成るのは、本来も少し後だし――」
――あ~あ、まじかよ。
やるべき事の予測、付いちゃったよこれ。
「――『フェル』。その――」
「――言いたい事が、何となく分かった――
でも――出来るの? そんな事――」
「――やるしかない。ベル、その物騒なもの貸してくれ!!」
俺の言葉に、ベルが手に持った槍をこちらに寄越す。
「なんだ? 何をするんだ?」
「俺、穴掘る。陸、切り分ける」
「はいはい、成る程――分かるか!! もっと詳しく言え!!」
いや、この上なく判りやすく言ったのに――て、『フェル』、どうした?
「ジン。貸して」
「おう、何を――」
俺が次の言葉を発する前に――
「『ドラウプニル』」
――槍、増えよった。金色だけど。
「ええ~……なん、ええ~?」
「劣化だから、数回しか使えないからね。よっ」
おい、更に増えて七本のパチモンが出来たぞ。
ドラウプニルって、なんなん、それなんなん、俺にもくれよ。
「おい、ジン。死ぬ気じゃないだろうな」
やめて。イゾウ、お前が言うとフラグがやってくる。
「ここで死ぬほど、楽な運命でもないだろさ」
そう言って俺は、槍を腕と蔦で地面に向けて構える。
「んじゃ――なんとかしてくるわ」
そう言いながら一振りすると、穂先から振動が伝わり、地面を抉っていく。
あっという間に、俺は再び地下へと落ちて行った。
・ ・ ・ ・ ・ ・
「――住民を退避させます。よければ、花栄さんも手伝ってください」
そう少女が言うのを、花栄は意外そうな顔で見た。
「……その――イゾウと言ったか? この状況は――」
「ああとな。地面が陥没するかも知れん。手を貸してくれ」
おいおい、と思いながら、少女に向き直る。
「いいのか? さっきの少年はそのままで――」
「……良くはないです」
深々と溜め息を吐き、次には実に良い笑顔で。
「でもまあ、何となく。
そういう奴なんだな、と思うので」
そんな事をいう。
花栄は――苦笑いをした。
「――よし。そこの姉さん」
「ん? なんだ?」
ベルが応えると、花栄はなんとも人の悪い顔をした。
「この矢、『火矢』に出来るか?」
・ ・ ・ ・ ・ ・
落ちていく。
落ちていく。
その先に――渦を巻く流れを見ながら。
「――落ちっぱなしですね、貴方も」
「文句は相手に言ってくれるかな? てか、なんでお前も来てるんだ?」
横を飛んでいるアウルに話し掛けながら、俺はもう一振り槍を振り下ろす。
耐久を超えたのか、キンっという音と共に、光に散ずる槍。
「本体は別場所で住民の退避してます」
「おけ、えらいぞ――じゃなくてー」
「逃げるだけで良かったんじゃないですか? わざわざ――」
「好き放題に暴れた挙句、気に入りませんつって盤面引っくり返しに掛かったらな」
うん。なんというかだな。イラってるのよ、俺。
「相手の顔面ぶん殴りたくなるだろ、このクソ餓鬼!! って」
「その為に命ベットするのが、なんともなあ……」
うるさいな。
「――伝言は?」
「すぐ――っては行かないかも知れんが、まあ、また戻る、と」
流れの中に、顔が見える。
単なる漏れでた意志に過ぎないのかもしれないが。
「じゃあな」
「落ち合い場所とかは?」
「まあ、どっかで、と――言っておけ」
俺は、それに向けて壁を蹴った。
「――ホント、因果な人達なんだから――」
・ ・ ・ ・ ・ ・
眼前に迫る顔の目前に、魔力を集約する。
「いよう、『神』!! 好き放題遊んだなら、御代は置いてけや!!」
声に応えるのか、その顔が絶叫するように歪んだ――瞬間――
「『不運惨果・散華の槍』!!」
歪な槍が、相手の表情を貫き、爆散した。
・ ・ ・ ・ ・ ・
その日。エスターミアの東にて起こった事は、人類世界を駆け抜けた。
大規模な地表崩壊により、ベル=アレア半島が、島へと変じてしまったのだ。
エスターミアを治めていた大領主家は崩壊。
そこに住まっていた者達の生死も不明。
それが起きる前に発生していた事件は、うやむやになった。
地面から繰り返し響いた地鳴り。
奇妙な吠え声。
あるいは――
大規模な亀裂が生じ、海へと没していく間際――
その亀裂を埋め尽くすように白い花が咲いていたとの話もあったが、あくまでも噂話として片付けられた。
運命の輪が回る。
時間の輪が回る。
大地は引き裂かれ――
・ ・ ・ ・ ・ ・
「――どこだ、ここ」
少年は、海岸で目を覚ます。
### ぴこん
### 東方島嶼連合
「おい、余韻よ。台無しだよ」
相変わらずの、そんな按配で。
命は、つづく。




