表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
24/388

02/【12】


 駄々っ子の様に地面を叩いていた腕が、一際大きく振り上げられ、それが――


 ズガッ!! ゴギッ!!


 振り下ろされるより前に、俺とツブラの一撃が入る。

 ――最初に出てきた時とは違い、繋がって居る訳ではない。

 つまりは――擂り潰せば仕舞いだ。

 杭状に展開した木を腹に突き立て、それをツブラが更に殴りつけ――

 ――床を叩く音が、不意にやんだ。


「――止まった、か?」


 背後から声が聞こえ、ふと見るとシロウたちが立っていた。


「――参ったね、こりゃ――単なる壁役と思ってたのに、実際はエンちゃんが最強かよ」

「……経験値の違いだろ。お前らだって怠けてたわけじゃないんだから」


 怪物をしげしげと見ながら呟くリュートに、ツブラは苦笑する。


「ま、帰ったら、俺が盾で少し厳しい所へ――」


 ――ツブラのほっとするのを待っていたかの様に。


 ――ビシ


 それの表面に、ヒビが入り――


「――みんな離れろ!!」


 俺の狼狽を待つように、そこから、一陣の風が吹き抜けた――


「――っ、なん、だ、これ――」


 最初に苦悶の声を上げたのは、誰あろうツブラだった。


「く、そ――幻覚――やめろぉぉぉぉ!!」

「おい、お前がだよ!! 何、頭ぶつけて――!?」


 駆け寄る側から、次々にこっち側が膝をついていく。


「――おい、なんだよ――これ――」


 そう言いながら、頭にふとある単語がよぎった。


「――『フィトンチッド』――?」


 突拍子もない思い付きのはずが、鼻をくすぐる匂いが、それを真実だと告げていた。


 ・ ・ ・ ・ ・ ・


 1930年代、ロシアの学者が、とある現象を確認した。

 それは、樹木が傷つけられると、周囲の細菌にダメージを及ぼすというもので――

 彼は、植物が防衛反応的に、何らかの物質を精製、発散していると仮定した。

 それを『植物』『殺す』という語から合成した『フィトンチッド』という名で名付けると同時に――

 針葉樹の仲間のそれは、人間にとってリラックス効果を及ぼす、と明らかにした。


 以降――それが世に知れ渡るにつれ、フィトンチッドというのは――

 森林浴の効果の傍証として、世の中に広く『誤解されてきた』。


 ――ここで、敢えて、『誤解』と言ったのは、理解頂けるだろう。

 『フィトンチッド』とは本来、多様にある合成物のグループ名でしかないのだ。


 さて――この『フィトンチッド』。人間に有用なばかりだろうか?

 細菌を殺し、リラックスを与えてくれるばかりのものだろうか?


 そうは思えない。

 何故なら、本質的にこの物質は、『植物がカウンターとして放っている『毒素』』だからだ。

 人間の呼吸に影響を及ぼし、精神に影響を与えるものが無い等と、どうして言えようか。

 証明は出来ないが、こう考えることは出来ないだろうか。

 『首括りの木』などという綽名で呼ばれるような木は、人間の精神を死へと誘うような物質を発していると。

 目に見えない、化学物質の手で、呼ばわっていると――


 ・ ・ ・ ・ ・ ・


「――おし」


 正体が推測できれば、後はなんとかするだけだ。


「フェル――って、おう?」


 涙ながしてるけど、毅然とした表情のまま、座ってるな。


「……その、ジン。ちょっとだけ背中貸してください」

「……鼻水つけんなよ」


 こりゃ、だめかな。いや、ちょっと経てば立ち直りそうだけど、すぐにどうこうは――

 ――あ、同じ様に膝立ちの奴いる。


「おし、チ――じゃねぇや、ユキヤ、起きろ」

「――なあ」


 不意にこちらを見つめる。おい、美形だからどぎまぎすんだろが。


「――なんで、僕は――」

「ああ、後で聞いてやる、泣き言ぬかすより出来ることから始めるぞ」

「いだだだだだ――は、鼻をつまむな!?」


 いや、『記録』からして言いそうな事は推測つくけどよ……


「『今はまだ仕方がない』。そう思っとけ」

「――くそ。なんでこんなむかつく奴を思い出せないんだか――まあいい、どうすればいいんだ?」


 おk、そういう薄情な位に冷静なとこも君の持ち味だ。うんうん。


 ・ ・ ・ ・ ・ ・


 纏まらなかった思考がクリアになっていく。

 正確には――一つの事しか考えられなくなっていく。


 『皆等しく均等に、不幸を負えば、それは不幸ではなくなる』、と。

 思ったことが有ったかどうかすら分からない、そんな考えに染まり――

 そして、今や自分はそれを直接伝達する術を得ている。

 自分の内から湧き上る、感情とも思考とも付かないそれが、大気に乗って伝播していくのが分かる――

 ああ、痛みを分かち合う事の、何と簡単な事だったのだろうか。


 さあ、みんないっしょに――


 ――バヂィっ!!


 唐突に空気が裂け、独特な匂いが走る――これは、落雷の――

 巡らす思考を妨げるように烈風が吹き――大気に満ちていた自分が散じていくのを感じ、風の吹いた方を見る――


 そこに――爛々と光る視線があった。


「――よう、『ばけもの』」


 年端も行かない少年にしか見えないそれは、端的に、酷薄に、たった一語を結んだ。


 ・ ・ ・ ・ ・ ・


 ビンゴ、という気分だ――或いは、チェックメイト、か。

 どんな物質か知らないが、揮発して大気に漂う程のものならば、化学組成を変性するような力には弱いはず――

 と、『フェル』に雷を放ってもらったら当たり。

 言うて空気に乗ってる物質なら、風で押し流せるだろうと、ユキヤに突風を放ってもらったら、見事に当たり。

 そして――


「――まさかの『遊星からの』かよ」


 さっきまで『本体』と思っていたのとはまた別の――

 朽ちて萎んだ『頭』から、昆虫の脚を生やしたような存在が、潰走するのが見える。

 もういい加減、追いかけっこも飽きた――そう思って、俺は想像する。


 この世界の『魔術』ってのは、結構適当ででたらめらしい。

 いきなりダウナーな『フィトンチッド】が合成される位だ。

 スキルの形で明確に表示されなくても、使えるんじゃないか――そう――


 呼び水になる分の魔力と、それを動かす少しの才能と、

 結果を強く確信する、無限の想像力があれば――

 だから俺は、起きる結果の方を強く想像しながら、それを放つ。


「【枝編み細工の夜鷹の星ウィッカーウィル・ウィスパーズ】」


 シュルシュルと伸びる蔦がもつれ合い、一つの姿を結実していく。

 それは――内側で青白い何かが燃えている、鳥の形をした枝編み細工。

 何体ものそれが、次々に結ばれていき――

 蜘蛛のようなフォルムになった、頭部だけの怪物に、次から次へとついばみかかる。


 やがて、ついばんだ相手がくべられた青い燐火は、それ自体も燃やし始め――

 後には、細かい青い炎が、花火の『柳』の形を描きつつ、闇に消えていった。


 ・ ・ ・ ・ ・ ・


 ――出来、たぁ~……

 実は死ぬ程ドキドキしていた俺は、周りに気付かれないようにほっと胸を撫で下ろす。


 実際問題、『不運惨果』だと、狭い空間じゃ危険すぎる――

 認識はしてたんだよ。あんなん、こんなダンジョン内で撃ったら、室内で打ち上げ花火するようなもんだし。

 でも最大火力の攻撃手段がそれしかなかった訳で。

 加えて言うなら、さっき変化というか進化したのも圧になった。


『途中で止まって弾けて砕く』、『シードを相手の体内にシュゥゥト!!』

 これならいい。『ゲイボルグ』だ。前者ボラ○ノールっぽいけど。


『イガグリ、くべちゃいました(棘が刺さって殺傷力1.2倍(当社比))』

 これはヤバイ!! 全範囲にネイルガンで釘撃つようなもんだ。仲間側に人死にが出かねない。冗談きつい。


 だが、実際問題、俺はそのままの『魔術』を使えない。使えなかった。使えないんじゃないかな?

 ――いや、気付かれないようにこっそり、


 ボソッ「雷槍」ボソッ


 とかやったんだけどね、出なかったし。「ファイア」も「ヒャド」もダメだったし。


 だが、アビーと戦った時――あの小娘型数百歳魔女――

 どう考えても別の詠唱で、同じ現象の魔術使ったりしてたので、ちょっと気に成ったわけだ。


 あくまで例えばなんだが――

 バイクや車の動く仕組みを、一から十まで完璧に説明出来なくても、それに乗って運転が出来る様に。

 もっと簡単に――自分で包丁を作れなくても、包丁で物が切れるように。

 全部の仕組みを理解して無くても、結果を発生させる事は出来るんじゃないか、と。


 で、まあ、発火するマキザッポを造る段階で、何となく、あ、こうだな、と。

 自分のやり易い経路から、結果に繋げればいいんだな、と思ったのだ。


 後はまあ、遠隔で自律で攻撃する感じ――で、ああなった。

 【枝編み細工の夜鷹の星ウィッカーウィル・ウィスパーズ】。

 イメージを確定しやすいように、言葉に発したら、ああなった。

 本当は最初から全部燃えてるイメージだったんだけどな。

 イメージは、ファンネルとかビットかな。直接攻撃してるし、若干違うけど。


 ――あの、うん。呪文部分を繰り返さないでくれ。恥ずい。

 ――ああ!! 『厨煮』も罹患したよ!! 『ねえちゃん』はもっと酷かったけどな!!


「――何、今の?」


 う、なんだ君等。ユキヤは怖い目だし、『フェル』はキラキラした目だし。


「ええと。隠し球」

「――態々、あのテルミット反応トーチみたいなの造んなくて良かったんじゃないのか?」

「ぶっつけ本番だったんで」


 てか、テルミットって。そんなに火勢強く造ったっけか……


「……なんだ、大精霊召喚!! とかではないんですか……御伽噺の再来、とか……」

「……おう、すまんの……」


 てか、あんな仄青く燃える鳥型の精霊て、なんの精霊よ……どう考えても死出の先駆けかなんかじゃん……

 あ、『不吉な夜鷹ウィッパーウィル』混ぜてるから外れても無いか。


 ・ ・ ・ ・ ・ ・


 奥の手もへったくれも無いな、とイゾウは胸を撫で下ろしていた。

 目の前に居る旦那は、聞けば『花栄』だという。

 おいおいおい、天英星だわ、勝ったわこれ、と。


「――やれやれ、終わったか。手持ちの呪矢も看板だ」

「――お手を煩わせた、異界の英傑殿」

「いやいや、そんな御大層なものではありませんよ、お嬢さん」


 おお、色男め。流石に手馴れている。


「ところで、旦那――どっから来たんだ? ここ一応、領主の館の地下――」

「――逆に聞きたいんだが、どこの領主館の下だ?

 俺は日銭を稼ぐ為に、化け物退治を頼まれて、『霊湖洞』ってとこに入ったんだが」

「……ロアザーリオ領の端じゃん。ここエスターミアだぜ?」

「んん? すまん、距離感が分からんが」

「あそこ道悪いからな――素歩きだと十日は掛かるような距離だ。この世界の馬は、足速いからもっと短いが」

「イゾー。『泉』の力かも知れん。共鳴してる『泉』同士なら飛べるとか聞いたことがある――

 もっとも、何処に繋がってるかはっきりしない以上、現在では使われてないらしいが」


 ベルの言葉に、イゾウは考え込む。

 非常に不味い事が、地面の下で蠢いている、そんな感じがする。


「――旦那、湖には?」

「いや、入ってないな――そうそう。なんか湖水が脈打つように光ってたが――」


 不意に頭の中で鳴った警鐘に、イゾウはジンたちを追って、穴に飛び込んだ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ