02/【12】
駄々っ子の様に地面を叩いていた腕が、一際大きく振り上げられ、それが――
ズガッ!! ゴギッ!!
振り下ろされるより前に、俺とツブラの一撃が入る。
――最初に出てきた時とは違い、繋がって居る訳ではない。
つまりは――擂り潰せば仕舞いだ。
杭状に展開した木を腹に突き立て、それをツブラが更に殴りつけ――
――床を叩く音が、不意にやんだ。
「――止まった、か?」
背後から声が聞こえ、ふと見るとシロウたちが立っていた。
「――参ったね、こりゃ――単なる壁役と思ってたのに、実際はエンちゃんが最強かよ」
「……経験値の違いだろ。お前らだって怠けてたわけじゃないんだから」
怪物をしげしげと見ながら呟くリュートに、ツブラは苦笑する。
「ま、帰ったら、俺が盾で少し厳しい所へ――」
――ツブラのほっとするのを待っていたかの様に。
――ビシ
それの表面に、ヒビが入り――
「――みんな離れろ!!」
俺の狼狽を待つように、そこから、一陣の風が吹き抜けた――
「――っ、なん、だ、これ――」
最初に苦悶の声を上げたのは、誰あろうツブラだった。
「く、そ――幻覚――やめろぉぉぉぉ!!」
「おい、お前がだよ!! 何、頭ぶつけて――!?」
駆け寄る側から、次々にこっち側が膝をついていく。
「――おい、なんだよ――これ――」
そう言いながら、頭にふとある単語がよぎった。
「――『フィトンチッド』――?」
突拍子もない思い付きのはずが、鼻をくすぐる匂いが、それを真実だと告げていた。
・ ・ ・ ・ ・ ・
1930年代、ロシアの学者が、とある現象を確認した。
それは、樹木が傷つけられると、周囲の細菌にダメージを及ぼすというもので――
彼は、植物が防衛反応的に、何らかの物質を精製、発散していると仮定した。
それを『植物』『殺す』という語から合成した『フィトンチッド』という名で名付けると同時に――
針葉樹の仲間のそれは、人間にとってリラックス効果を及ぼす、と明らかにした。
以降――それが世に知れ渡るにつれ、フィトンチッドというのは――
森林浴の効果の傍証として、世の中に広く『誤解されてきた』。
――ここで、敢えて、『誤解』と言ったのは、理解頂けるだろう。
『フィトンチッド』とは本来、多様にある合成物のグループ名でしかないのだ。
さて――この『フィトンチッド』。人間に有用なばかりだろうか?
細菌を殺し、リラックスを与えてくれるばかりのものだろうか?
そうは思えない。
何故なら、本質的にこの物質は、『植物がカウンターとして放っている『毒素』』だからだ。
人間の呼吸に影響を及ぼし、精神に影響を与えるものが無い等と、どうして言えようか。
証明は出来ないが、こう考えることは出来ないだろうか。
『首括りの木』などという綽名で呼ばれるような木は、人間の精神を死へと誘うような物質を発していると。
目に見えない、化学物質の手で、呼ばわっていると――
・ ・ ・ ・ ・ ・
「――おし」
正体が推測できれば、後はなんとかするだけだ。
「フェル――って、おう?」
涙ながしてるけど、毅然とした表情のまま、座ってるな。
「……その、ジン。ちょっとだけ背中貸してください」
「……鼻水つけんなよ」
こりゃ、だめかな。いや、ちょっと経てば立ち直りそうだけど、すぐにどうこうは――
――あ、同じ様に膝立ちの奴いる。
「おし、チ――じゃねぇや、ユキヤ、起きろ」
「――なあ」
不意にこちらを見つめる。おい、美形だからどぎまぎすんだろが。
「――なんで、僕は――」
「ああ、後で聞いてやる、泣き言ぬかすより出来ることから始めるぞ」
「いだだだだだ――は、鼻をつまむな!?」
いや、『記録』からして言いそうな事は推測つくけどよ……
「『今はまだ仕方がない』。そう思っとけ」
「――くそ。なんでこんなむかつく奴を思い出せないんだか――まあいい、どうすればいいんだ?」
おk、そういう薄情な位に冷静なとこも君の持ち味だ。うんうん。
・ ・ ・ ・ ・ ・
纏まらなかった思考がクリアになっていく。
正確には――一つの事しか考えられなくなっていく。
『皆等しく均等に、不幸を負えば、それは不幸ではなくなる』、と。
思ったことが有ったかどうかすら分からない、そんな考えに染まり――
そして、今や自分はそれを直接伝達する術を得ている。
自分の内から湧き上る、感情とも思考とも付かないそれが、大気に乗って伝播していくのが分かる――
ああ、痛みを分かち合う事の、何と簡単な事だったのだろうか。
さあ、みんないっしょに――
――バヂィっ!!
唐突に空気が裂け、独特な匂いが走る――これは、落雷の――
巡らす思考を妨げるように烈風が吹き――大気に満ちていた自分が散じていくのを感じ、風の吹いた方を見る――
そこに――爛々と光る視線があった。
「――よう、『ばけもの』」
年端も行かない少年にしか見えないそれは、端的に、酷薄に、たった一語を結んだ。
・ ・ ・ ・ ・ ・
ビンゴ、という気分だ――或いは、チェックメイト、か。
どんな物質か知らないが、揮発して大気に漂う程のものならば、化学組成を変性するような力には弱いはず――
と、『フェル』に雷を放ってもらったら当たり。
言うて空気に乗ってる物質なら、風で押し流せるだろうと、ユキヤに突風を放ってもらったら、見事に当たり。
そして――
「――まさかの『遊星からの』かよ」
さっきまで『本体』と思っていたのとはまた別の――
朽ちて萎んだ『頭』から、昆虫の脚を生やしたような存在が、潰走するのが見える。
もういい加減、追いかけっこも飽きた――そう思って、俺は想像する。
この世界の『魔術』ってのは、結構適当ででたらめらしい。
いきなりダウナーな『フィトンチッド】が合成される位だ。
スキルの形で明確に表示されなくても、使えるんじゃないか――そう――
呼び水になる分の魔力と、それを動かす少しの才能と、
結果を強く確信する、無限の想像力があれば――
だから俺は、起きる結果の方を強く想像しながら、それを放つ。
「【枝編み細工の夜鷹の星】」
シュルシュルと伸びる蔦がもつれ合い、一つの姿を結実していく。
それは――内側で青白い何かが燃えている、鳥の形をした枝編み細工。
何体ものそれが、次々に結ばれていき――
蜘蛛のようなフォルムになった、頭部だけの怪物に、次から次へとついばみかかる。
やがて、ついばんだ相手がくべられた青い燐火は、それ自体も燃やし始め――
後には、細かい青い炎が、花火の『柳』の形を描きつつ、闇に消えていった。
・ ・ ・ ・ ・ ・
――出来、たぁ~……
実は死ぬ程ドキドキしていた俺は、周りに気付かれないようにほっと胸を撫で下ろす。
実際問題、『不運惨果』だと、狭い空間じゃ危険すぎる――
認識はしてたんだよ。あんなん、こんなダンジョン内で撃ったら、室内で打ち上げ花火するようなもんだし。
でも最大火力の攻撃手段がそれしかなかった訳で。
加えて言うなら、さっき変化というか進化したのも圧になった。
『途中で止まって弾けて砕く』、『種を相手の体内にシュゥゥト!!』
これならいい。『ゲイボルグ』だ。前者ボラ○ノールっぽいけど。
『イガグリ、くべちゃいました(棘が刺さって殺傷力1.2倍(当社比))』
これはヤバイ!! 全範囲にネイルガンで釘撃つようなもんだ。仲間側に人死にが出かねない。冗談きつい。
だが、実際問題、俺はそのままの『魔術』を使えない。使えなかった。使えないんじゃないかな?
――いや、気付かれないようにこっそり、
ボソッ「雷槍」ボソッ
とかやったんだけどね、出なかったし。「ファイア」も「ヒャド」もダメだったし。
だが、アビーと戦った時――あの小娘型数百歳魔女――
どう考えても別の詠唱で、同じ現象の魔術使ったりしてたので、ちょっと気に成ったわけだ。
あくまで例えばなんだが――
バイクや車の動く仕組みを、一から十まで完璧に説明出来なくても、それに乗って運転が出来る様に。
もっと簡単に――自分で包丁を作れなくても、包丁で物が切れるように。
全部の仕組みを理解して無くても、結果を発生させる事は出来るんじゃないか、と。
で、まあ、発火するマキザッポを造る段階で、何となく、あ、こうだな、と。
自分のやり易い経路から、結果に繋げればいいんだな、と思ったのだ。
後はまあ、遠隔で自律で攻撃する感じ――で、ああなった。
【枝編み細工の夜鷹の星】。
イメージを確定しやすいように、言葉に発したら、ああなった。
本当は最初から全部燃えてるイメージだったんだけどな。
イメージは、ファンネルとかビットかな。直接攻撃してるし、若干違うけど。
――あの、うん。呪文部分を繰り返さないでくれ。恥ずい。
――ああ!! 『厨煮』も罹患したよ!! 『ねえちゃん』はもっと酷かったけどな!!
「――何、今の?」
う、なんだ君等。ユキヤは怖い目だし、『フェル』はキラキラした目だし。
「ええと。隠し球」
「――態々、あのテルミット反応トーチみたいなの造んなくて良かったんじゃないのか?」
「ぶっつけ本番だったんで」
てか、テルミットって。そんなに火勢強く造ったっけか……
「……なんだ、大精霊召喚!! とかではないんですか……御伽噺の再来、とか……」
「……おう、すまんの……」
てか、あんな仄青く燃える鳥型の精霊て、なんの精霊よ……どう考えても死出の先駆けかなんかじゃん……
あ、『不吉な夜鷹』混ぜてるから外れても無いか。
・ ・ ・ ・ ・ ・
奥の手もへったくれも無いな、とイゾウは胸を撫で下ろしていた。
目の前に居る旦那は、聞けば『花栄』だという。
おいおいおい、天英星だわ、勝ったわこれ、と。
「――やれやれ、終わったか。手持ちの呪矢も看板だ」
「――お手を煩わせた、異界の英傑殿」
「いやいや、そんな御大層なものではありませんよ、お嬢さん」
おお、色男め。流石に手馴れている。
「ところで、旦那――どっから来たんだ? ここ一応、領主の館の地下――」
「――逆に聞きたいんだが、どこの領主館の下だ?
俺は日銭を稼ぐ為に、化け物退治を頼まれて、『霊湖洞』ってとこに入ったんだが」
「……ロアザーリオ領の端じゃん。ここエスターミアだぜ?」
「んん? すまん、距離感が分からんが」
「あそこ道悪いからな――素歩きだと十日は掛かるような距離だ。この世界の馬は、足速いからもっと短いが」
「イゾー。『泉』の力かも知れん。共鳴してる『泉』同士なら飛べるとか聞いたことがある――
もっとも、何処に繋がってるかはっきりしない以上、現在では使われてないらしいが」
ベルの言葉に、イゾウは考え込む。
非常に不味い事が、地面の下で蠢いている、そんな感じがする。
「――旦那、湖には?」
「いや、入ってないな――そうそう。なんか湖水が脈打つように光ってたが――」
不意に頭の中で鳴った警鐘に、イゾウはジンたちを追って、穴に飛び込んだ。




