02/【08】
勝利の確証があって戦った訳ではない。
むしろ、『勝ち』まで持って行くのは困難な気がしていた。
何せ、さっき見た通り、そしてイゾウの言っている通り、相当な『術者』だ。
打ち合いながら話を聞ければ、儲けものと思っていた。
状況自体は悪くは無い、とも踏んだ。
さっき『フェル』と激突した場所と違い、此処は通路。
強力な術を放てば、自分にも返しが出かねない――まあ、障壁位張るだろうけど。
それにしたって、極端な至近距離では避けるはず――
此方は、それを狙って――
――だが――正直、甘かった。というより、この体になっての調子の良さに溺れていた。
手探りでスキルの使える使えないを判断している段階で、戦える相手ではなかった。
・ ・ ・ ・ ・ ・
初手で相手が撃ってきた『火球』は、どうにか回避した。
煙幕を思いっきりぶっ放して、相手がこっちに撃ってくるだろう位置から逃げただけだが。
でまあ、相手に接近して、至近距離から複数の蔦で簀巻きにしようとして――
「甘いね!!」
シバッ!!
「ならっ!!」
巧い!! 伸ばしたトコを焼き切るか、だが、この距離なら、手が届――
――ぷにっ
「――は"?(威圧)」
「――え"?(困惑)」
――目測誤って、相手のわき腹を鷲掴んでしまった――
――ええと、うん。胸で無くてよかtt
「――『精踊円環』」
フッ――ゴギャッ!!
「いだっ!?」
「――『繰り返す』」
フッ――ゴギャッ!!
「ちょ、まて」
「――『繰り返す』」
フッ――ゴギ!!
「わるかった、悪気はなかった」
「――『繰り返す』」
――……
――例の瞬間移動の連続で、踏みまくられた。
上方向から降ってくるもんだから、落下の加速も相まって、痛いったらない。
てか、靴。鉄板かなんかで補強してんだろ、めっちゃ固くて痛い。
・ ・ ・ ・ ・ ・
「失礼極まるよ、この子!! なんだよ!! なんで脇腹だよ!! 反応に困るだろうが!!」
「いや、あの――何があったの……」
「――ちょっとな、ラッキースケベの成りそこないというか」
煙幕が晴れてきたところで、『フェル』が割って入って、一旦ストップした。
で、『フェル』に手当てを受けていると――
「――はぁぁぁ……結局、何しに来たの、貴方たちは」
「――ん? 何って――『フェル』」
聞きたい事も知りたい情報も色々あるが、先ずはこっちからだなと思い、促した。
「……先程は、助けていただき、ありがとうございます」
ペコリ、と頭を下げる『フェル』を見て、アビーは――
「――――」
無表情だった。
――いや、正確には、なにか、眩しいものを見たかの様に、僅かに眼を細めている。
「――駄目だな。これ以上いると、欲しくなってしまう」
そんな事を口にして、背を向けるそいつに――
「『キマシタワー』」
「何も来てないし、そういう意味合いじゃないから!! いちいち下種いな、そっちは!!」
「へえ。意味が理解できるのかよ、『17世紀人』」
――別の意味で眼を細めて、こっち見てるんですが、コワイナー。
「……本っ当に油断ならない奴ね、君は」
「こいつ生かす為にも、情報が必要なんでね。お前の目的も含めて――」
「目的も何も――単に任務的な意味合いで、お目付役で来ただけだし」
「そっちじゃねえよ」
いや、まあ、はぐらかされてやってもいいが。
「……まあ、大した事じゃないわよ――そんな事より――油断してていいの?」
「あ?」
「そろそろ、後詰の連中が入ってくる頃なんだけど」
――あ、やべ、なんか靴音聞こえてる。
「――さっさと行きなさいよ。ここは見逃して――」
「おお、そうだな――『フェル』。イゾウ達に合流しろ」
「あ、うん――ジンは?」
「俺は――」
――ガシッ
「……まだやるの?」
「不完全燃焼なんでね」
ちょっと、悪巧みに付き合っていただく。
・ ・ ・ ・ ・ ・
――その男が、そのエリアに駆け込んだ時――
「――――!?」
何かが、水路に叩き落された所だった。
その目に、一瞬映ったのは――
「――おい!! 何のマネだアビー=ウィル!!」
本来ならば、自分が確保する筈だったモノに見え――
「……何のマネ、はこっちの話なんだけどね――」
ふっ、と向けられた指先に、男は息を呑む。
収束されている魔素は、一振りされれば、自分の張れる障壁など容易く消し飛ばされる程の――
「……話が全然噛み合ってないのよねぇ? ハッシャルト?
『根の国』の上に上がってた話と、横並びでの話と――何がどうなってるの?」
「――ま、待て。誤解――」
「……まあ、私自身は単なる客分だし?
あんたがどの位はっちゃけて様が、知った事ではないけどね」
如何に誤魔化そうか、と頭を回した男――しかし、相手はそれにすら興味が無いようだ。
……実際の所、アビーは、然して興味は無い。
この男が小物で在る事は分かり切っている。
敢えての敢えてを言ってしまえば――この状況は、この男のやっている小悪に端を発してはいる。
「――ただまあ――さっさと逃げた方がいいんじゃない?
私は、あんたみたいな三下は逃がしても良いけど――
あんたに色々と横流しされた奴は――許さないと思うのよね」
何かを言いたげに、皮肉な笑みを浮かべる。
一瞬――相手は、怪訝そうな顔をし――
「――『バーゼック』が、来ているのか?」
「別に、どうでもいいんだけどね。
リスク取って先行して、態々伝えてるんだから――目的半端でも、出直す事ね。
残念ながら、『確保目標』の一つは『来なかった』訳だし」
「――来なかった? ――受け渡し相手自体が現れなかった、と?」
「――そんなところね」
状況と、相手の思考の流れから、アビーは色々と見抜く――恐らくは『四位』の誘拐にも関わったと見える。
――が、それを態々口にはしない。
アビーにとって、こいつをとっ捕まえて上に出す事に意味は無い。
今回はこいつで、前回は別――自分の関わっているところを悪し様に言いたくないが、大分腐敗が進んでいる。
その腐敗、確かに邪魔では在るが――そのなあなあさ故に、自分が目立たずに済む部分もある。
「――さっきのあの人影は?――」
「影武者よ。いいから、さっさと行きなさいな」
「――態々、水に落とす必要が?」
その言葉に、心底面倒臭そうに返す。
「――確認したいなら、勝手に覗きなさいよ。
あんな手間な相手、溺死してくれた方が楽だもの」
現時点、アビーにとって、手出しをする必要のあるものでは無い。
それは、無駄な行為だ。
――さっきまでの――ジン=ストラテラとかいう奴との、交戦と同じく。
自分の目的にぶつからなければどうでもいいのだ。
「……そう、させてもらおう。
君は――マスタークラスの意向に近過ぎるか――」
――ザボッ!! シバッ!!
――忠告を無視した馬鹿が、どうされようが。
・ ・ ・ ・ ・ ・
「…………」
その闘いに、見とれてしまった。
自分の考えていた、当たり前とは異なるその戦い方に、見とれてしまった。
固定観念の外から、それを突き付けられてしまった。
それを認めてしまえば、自分が立ち行かない。
――男は、そんな風に思いながら――ずっともがいて来た。
「――――」
それを追い落とす必要が有るか否か。そこまでは考えていなかったが――
「…………」
男は――バーゼックは、静かに、影から状況を見ていた。
・ ・ ・ ・ ・ ・
――じゃぼっ
「――あんたね」
「あんだよ」
「――あの子を『死んだ事』にする為に、私を利用して、自分を身代りに立てるとか、何なの?」
「――一応、『雛子』とかいう、身代り役何でね」
まあ、疑られながらも、水路に突き落としたりしたあたり、君も何なの。
揚句、出てきた所でちゃんと待ち受けてるとか、更に何なの。
「――裏も表も敵だらけ、そんな人生を送らなきゃいけないとか、生きてる方が不憫――」
「おいおい、勝手に決めんなよ――お前がそうだったからって、あいつもそうなるとは限らんぞ」
「限らないけど、可能性は高いでしょうに」
「――ふ、さっすが。何百歳児か知らんが、歳の功か?」
ちゃかす俺を、じっと見つめるアビー。
「あなた……普通の世界から来た割に、異常事態への適応力高すぎない?」
「『記録』から考えると、向こうでも大概だったみたいだからな。慣れだろ」
流石に、リアル魔女にお目にかかった事は無かったと思うけど、ねえちゃんは片目巫女だしな。
「――何の真似だ? アビー=ウィル」
不意に、通路の方から、男の声が響いた。
「――ちっ――外で待機を命じた筈だけれど? バーゼック」
「位階の上では同じだ。今回の任務が、お前を主体としたものであっても――」
――さっきの部下達とは別のヒトが出て来た……面倒だな……
――何がって――
「……そもそも悪いのは、横流しされてたあんたらじゃなくて?」
「……事実だが、お前が関わる事で、ややこしくなっている」
――いや、その――こっちに目配せすんなよ――
――わかったよ、さっきの借りを、今返すよ、ちゃんと障壁張れよ――
「――『不運惨果』」
・ ・ ・ ・ ・ ・
「煙幕でよかったのに、なんつうものぶっ放してるんだか……」
「――さっき、水路に投げ入れる前に、おもいっきりブッ飛ばした奴にいわれたくねえな」
あちこち痛いの、そのせいだもんよ……てか――
「――まあ、やり過ぎだったのは、認める」
天井が抜けてしまい、夕暮れの光が差しているのを見ながら、呟く。
「――一個、教えてあげるわ」
俺の前から立ち去ろうとする前に、アビーは言った。
「現世利益に血道をあげる者も増えて来ているとはいえ、うちも魔術結社でね。
『軸の木』『世界樹』、まあ、そう呼称される物の研究も、ちゃんとされているんだけど――
それから力を含んで漏れ出ていると言われる、各地の『井戸』や『泉』――
それらが、ここ十年ほどで大きく活性率を伸ばしてる、って言われてるのよ」
「――唐突に何言ってるんだ?」
「ふ――宿題、かしら? まあ、君なら直ぐに理解――」
「あの化け物が出てくる理由がそれ、か」
「違う――それは、個々の出来事の解明。
あの怪物が何処からやってくるのか、の説明にはなっても――」
――Whyの説明には、ならない、ってか――と悪態をつく俺に、相手は笑う。
「ああ、やだやだ。
魔力が強大な奴より、百計を編める奴より、鉄棒一振りで一陣崩す奴より。
私的にはあんたみたいのが一番嫌だわ」
「なら味方になればいいんじゃねえの? 敵では厄介でも――」
「遠回りの出来ない道ってのも、あるもんよ――
どんだけ他のプラスを取りこぼしても、一点のマイナスを終わらせないと先に進めない、そんな生き方もね」
さてさて、帰ろ、なんて言って歩いていくその背に、
「――お前みたいなのに、『殺し』は出来ないんじゃね?」
そう言葉を掛ける――
「要らん気遣いね、少年――さっさと『幸せ』へと戻りなさいな」
そう、乾いた声を返して、相手は去っていく――
・ ・ ・ ・ ・ ・
バーゼックは、瓦礫の中でもがいていた。
馬鹿げた相手にはぶつかった事はある。
――だが、なんだ?
この、いま、起きた、これは――
「――とんだ失敗ね」
不意に、瓦礫が除けられて、声が掛かる。
「――花火は遠くから見てるから楽しいものよ。
弾ける瞬間を見たいと思っても、不用意に近付けばそうなる」
「――この一件、報告させてもらうぞ」
相手は、小首をかしげて、不意に笑う。
「――やっぱり、話が合わないのよね、貴方とは」
そう言って、さらに瓦礫を除け、背を向ける。
自由になった上半身で、下半身に乗っている瓦礫を除け、男は立ち上がる。
「話が合わない相手と分かっているのに、わざわざ関わる必要は無いでしょうに」
「――ガキが」
男は、侮蔑の言葉を吐く――そう行かないのが世の中だ――
「世の『正常』に沿わないからと、相手を染め上げようと言うのは、大人かしら?
――まあ、そんな事より、『井戸』がまた活性化してきたらしいって話だから、そろそろ退くわよ――
この現場のみとは言え、立場には従うわよね? 『大人』さん?」
男の思考に被せる様に、少女は振り向きもせずに呟き、行ってしまった。
「――――」
片手で顔の汚れを拭いながら、男は、何かを呻いた。
――どう考えても、自分が無傷で済んだのは――
「……クソ……」
自分が、躍起になって否定したかった相手の――気まぐれだった。
・ ・ ・ ・ ・ ・
そして俺は、瓦礫を蹴って、フェルの行った方へと走っている。
状況はかなりよろしくない。
敵味方の区別が付け辛く、得体の知れない怪物が徘徊。
おまけに、自分とフェルは10歳と来てる――いや、俺は、どうなのか分らんが。
とにかく、普通に考えたら、10歳なんてのは大人の庇護下なのだ。
チートで自分で生活費稼いで家まで買って――なんて出来る世界線でもない限り。
つまり、何が心配かと言うとだ――
「――うっそ、それどこじゃなくやばいじゃねえか――!!」
ミチミチと蠢く蔦の塊に、俺は火を放ちつつ進んだ。
陰謀? ああ、後で考えるわ。
・ ・ ・ ・ ・ ・
「――大分、参ったな、これは」
呟くのはイゾウ。その背に、ベルとフェルを守るようにして、後退している。
その眼前には――さっきの怪物が、ずるずると頭を伸ばしている、それも、複数。
「――どうする、イゾウ」
「どうもこうも――上は多分まだ燃えてるし、こっち突っ切るには分が悪いしな」
さっきまでの一匹だけなら、どうにか凌げたかもしれないが、相手は複数。
加えて、さっきは断ち切れたが、今度はそれを警戒してか、そこまで出て来ない。
複数の顎が、ガチガチと音を鳴らしながら、じわじわとこちらを追い詰めている。
「旦那なら、壁ぶち抜いて抜けたかもしれんが――ベル、出来るか?」
「獲物が儀礼用の頼りないサーベルじゃあね」
出来るのかよ、と苦笑しながら、迫る顎に一太刀入れるも、有効とは思えない。
「――僕が――」
「止めときなさい、あれだけの術を放った以上、消耗はしてるはず。
――というか失敗だわ。儀式を早めた方が良かったかも」
儀式とは、『正刻の儀』という名だ。
詳細は知らないが、帝国貴族に魔術師が生まれた場合行われる。
要するに、『この術を、正義の為に使う事を正式に誓います』って奴らしい。
「――それで縛りが出来ても、それでも狙われただろうよ」
儀式の内容を思い返しながらイゾウは呟く。
帝国に隷属します、ってポーズをとっても、好き放題にやってる連中も居る。
それは、その儀式でどんな術を刻まれたとしても、それに抜け穴があるという事だ。
そして――それを知っている連中が居る以上、完全な服従とは取られない。
――もしもフェルが皇継権を返上したとしても信じないだろう。
さらに言うなら――何をどうしたって、こいつが普通の世の中に居る、その事が不安なのか不満なのか、狙う奴は絶えないだろう、とも。
たった五歳のガキを殺す為に、大公の娘と婿を殺しに掛かる連中が居る世の中だ。
「意図が不明な方が、下手な動きを抑えられるってのもある。
謀略家は、こっちも謀略を巡らしてると思ってるからな――」
旦那――エスターミア大公・ラハルドの様に、孫を政争から遠ざける為に、婿の故郷へと送ろう――なんて考え方は、理解出来ないのだろう。
「――まあ、んな事はどうでもいいやな。問題はここをどう切り抜けるか――」
――ボッ――ボッ――ボゥッ
「――王子様の御入来かね――おい、ジン!! こっち居る!!」
怪物に貼り付くように灯り始めた火に、イゾウは声を上げた。




